第六十六話 神に関する情報
「ささささ、やりましょやりましょ」
妙に張り切っているアルモンドが三階の広間に入りながら言う。ここは前も一度、ダンとフーリアを相手に戦ったことのある場所だ。手前側の壁を見てみると、僕が放った汎用系第四位魔法「断槍凡鋼」によって発生した槍がまだ突き刺さっていた。僕は奥側のアルモンドから少し離れたところに立つ。
「準備は良いですか、カイトさん?」
「いつでもどうぞ」
「海斗!殺さない程度に本気で戦え!」
つるぎが激を飛ばしてくるが、内容が過激すぎる……
「流石ですね……じゃあ、フーリア君。合図をよろしく」
「はい!頑張ってください、師匠!それではいきますよ……開始ぃ!」
フーリアの声とともに、アルモンドが魔法を放ってくる。放たれるのは火の玉。僕はそれを避けた。連続で火の玉を放ってくるアルモンド。僕はなるべく頑張って避ける。避ける。
「魔法を使わないのですか」
「ええ、まあ、まだ……」
アルモンドは少し不服そうな声で聞いてくる。それもそうだろう。アルモンドは魔術師同士の魔法対決をしたかったのだろう。だから僕はあえて、なるべく魔法を使わないようにすることにした。
「そうですか……では!」
アルモンドが僕との間合いを詰めてくる。そして、今度は火の玉ではなく、火炎放射的な魔法を放つ。炎系第三位魔法「焔魔赤浄」が僕に襲い掛かる。
「わっとっとっ」
僕は何とか悪魔の舌のように伸びる炎を避けた。しかし、アルモンドは本当に火炎放射器みたいな持続力で炎を出し続け、僕を追い詰めて来る。壁際に追いやられているので、僕はようやく雷系第三位魔法「鳴雷甲迅」をアルモンドに向かって放つ。電撃はアルモンドに当たる前に避けられてしまう。しかし、アルモンドは雷撃を避けるために一度魔法を中断せざるを得なかった。だから、僕はその瞬間を見逃さずに壁際から離れて、アルモンドと距離をとる。
「炎系の魔法って、熱くないですか?僕、それが苦手で炎系の魔法は諦めたんですよね」
「慣れればどうということはありませんよ」
笑顔で答えるアルモンド。僕は汎用系第三位魔法「緑壁籠諏」を五枚同時に展開した。僕とアルモンドの間に五枚の土で出来た壁が出現し、アルモンドの攻撃をふさぐ。
「焔魔白厳」
壁の向こう側からアルモンドが唱える声がした。そして、壁が次々に溶かされていく。炎系第四位魔法「焔魔白厳」によって生み出された白色の輝きを放つ炎を、アルモンドは鞭のように自在に操りながら壁を壊していく。僕も急いで魔法を準備する。「緑壁籠諏」によって出来た最後の壁が壊された瞬間、僕も魔法を放つ。雷系第五位魔法「天轟雷空賦濁」によって、雷撃が光速でアルモンドの少し右をかすめながら壁に激突。壁はその雷撃によって粉々に砕け、穴が開いた。雷撃は、近くにいたアルモンドの付けている付属品に反応して毒牙を向ける。
「くっ?」
アルモンドは慌てて身に着けていたものを外して、どうにか電撃の包囲網から逃れた。だけど、僕の攻撃からは逃れられない。僕はアルモンドが慌てて身に着けていたものを外していた際に距離を詰めていたのだ。そして、昨日つるぎがスルダのあごにアッパーを喰らわせていた姿をイメージしてこぶしを握り、下からアルモンドのあごを狙って振る。
「がっ」
まともにあごに僕のこぶしが入り込む。僕はそのままためらうことなく腕を振りぬく。アルモンドの身体が吹き飛ぶなんてことにはならなかったが、僕の右アッパーをまともに喰らって後ろへ倒れこむ。
「ぐふ」
背中から倒れるアルモンド。僕はすかさず倒れこんだアルモンドに近づき、肩辺りを触って少しだけ電気を流す。
「ぎゃっ!」
という声を出すアルモンド。
「はい。僕の勝ちですね」
僕はアルモンドに笑いかけながら言う。アルモンドは痛さと悔しさをにじませた顔で、あごをさすりながら上半身を起こし、
「負け……ですね……」
と言った。
僕たちは三階を後にして、もう一度二階の部屋に戻ってきた。
「さて、それで何の話を聞きたかったのでしたっけ」
アルモンドが言う。
「なんか、神に直接会える方法みたいのなってないかなぁという話を」
「ああ、そうでしたね」
僕たちは案内された席へと座る。アルモンドはいつぞやと同じように、本棚で何かを探しているようだった。
「師匠、地図なら本棚の脇ですよ」
「ええ、わかっていますよ。さすがに昨日の今日で忘れませんよ……あ、あったあった」
フーリアからそう言われて、アルモンドは笑いながら本棚から一冊の本を引き抜くと、脇にあった大きめの巻かれた紙を手に取りながらこちらにやってきた。
「これですよ、これ」
アルモンドが僕たちの目の前に差しだしてきたのは、古びた一冊の本だった。
「たしか、これに古の人と神との遭遇を書いた物語があった気がするんですけど……」
ペラペラと本をめくるアルモンド。その手があるページのところで止まる。
「ありましたよ。ここです」
そこに描かれていたのは確かに、神と昔の人々が遭遇したという物語だった。
「私が知っている神の話はこれくらいですねぇ」
アルモンドはそう言った。
「そう……ですか」
思ったよりもずっと中身のない話だったので、がっかりしてしまう。つるぎはどう思っているのだろうと思って、そちらの方を見ると、つるぎが口を開いた。
「そもそもこのワルフラカ帝国には神話が存在しているのか?」
「ええ、一応はありますよ。でも、それを信じている人は昔より少なくなりましたねぇ」
「なるほどな。なぜ信じる人が少なくなったのだ?」
「それは単純で、見たことがないからですよ。神を」
「見たことがない、か。では逆に、信じている人はなぜ信じているのだ?」
「いやあ、それは一概には言えませんけど……家系の問題とかもありますし……あ、でもそうですね。国ぐるみで神を信じているところがありますよ」
忘れてました、と言いながら、アルモンドは先ほど脇に抱えて持ってきていた紙を広げる。そこには、ワルフラカ帝国のほかにいくつかの国の名前が書かれていた。いわば世界地図のようなものだ。
「この、ワルフラカ帝国の北東部に位置するここに、最近できた国があるんですよ。確か、三十年ほど前にできた国なんですけど、名前は……」
「神聖ミギヒナタ国です」
ダンがアルモンドの言葉を引き継いで答える。
「ああ、そうです。神聖ミギヒナタ国。ここは国教がありまして、全国民がそれを信仰しています。確か、国のトップは神官だったような気がしますね」
「なるほど……神聖ミギヒナタ国ねぇ」
「ええ、もともとここはワルフラカ帝国の隣に位置するレーレン公国の領土だったんですけど、その土地を奪った形で建国したのが始まりですね」
「国から土地を奪ってって、すごくないですか?しかも、レーレン公国ってワルフラカと同じくらい大きな国じゃあないですか」
僕は思わず口をはさむ。
「ええ。しかも、その土地を奪ったグループはとても人数が少なく、十人程度だったという話を聞いたことがあります。一人一人がまさに神のごとき力を振るってレーレン公国の軍隊を退けたとか。まあ、この話は眉唾程度のモノでしょうが」
「なるほど……」
つるぎはそれっきり、口を閉ざしてしまう。
「私が知っているのはこのくらいですかね。お二人がどんなことを知りたいのかはわかりませんが、あとは帝都に行った方が何かと発見があるかもしれませんね」
「帝都、ですか」
「ええ。ワルフラカ帝国の首都・リグディルーベです」
「リグディルーベ……」
僕はつるぎの顔を見る。するとつるぎと目が合った。つるぎは静かに頷く。僕はアルモンドに視線を向けると口を開いた。
「そうですか。わかりました。いろいろと教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ戦っていただきありがとうございます……まさか殴られて決着がつくとは思っていませんでしたけど、接近戦になれていない魔術師には有効でした……」
「あ、そういえば、あご大丈夫ですか?」
「ええ。まだ少し痛みますが、問題ありませんよ」
「そうですか。すいません」
「私から仕掛けた勝負ですから、お気になさらず」
「そうですか。では、僕たちはそろそろ」
僕たちは椅子から立ち上がると、出口に向かって歩いていく。
「いえいえ、こちらこそ何のお構いもなしに」
「いえ、ありがとうございました」
僕とつるぎはアルモンドにお辞儀をし、
「では」
と言って、つるぎを先に部屋から出し、僕もそれに続いた。
「いつでも来てください」
アルモンドが僕たちの背中に向かって言う。きっと、フーリアは僕たちに向かってあかんべえをしているだろう。僕たちはそのまま振り返ることなく階段を下りて塔を出た。
「君も意地が悪いな」
「何が?」
塔を出てすぐ、つるぎが僕にそう言ってきた。
「わざと魔法で決着をつけなかったのだろう?」
「それはそうだけど、決して意地悪してやろうと思ったからそうしたんじゃないよ?」
「本当か?」
つるぎはニヤニヤしながら疑いのまなざしを向けてくる。
「本当だって。だって、僕が魔法を人間に当てたら死んじゃうんだから。ギルツィオーネのあれは、奇跡みたいなもんなんだよ?」
「まあ、それはそうかもしれないが。しかし、神聖ミギヒナタ国か……」
「初めて聞いた名前だね。リータがいつだったかにこの世界についての話をしてくれた時には出てなかった」
「新興国だから、情報がガルティアーゾまで入っていなかったんだろう。それに、レーレン公国には関係ありそうだったが、ワルフラカには大した影響もなさそうだということで、特に南側に位置しているここらでは関心が薄いのだろうな」
「……これからどうする?」
しばらく歩いたのち、僕はつるぎに尋ねる。
「そうだな。まあ、神聖ミギヒナタ国のことも気になるが、とりあえずはアルモンドがさっき言っていた帝都・リグディルーベを目指すか。彼がさっき言っていたように、何か発見があるかもしれない」
「行っちゃうか、帝都に。たしか、ワルフラカの真ん中あたりに位置してるんじゃなかったっけ。ここから割と距離があった気がするけど」
「だからと言って、他に行くべきところも今のところはないからな。行くしかあるまい」
「だよね」
僕たちは宿に帰るまでの間、今後どうするかについてを話した。




