第六十四話 報告
朝。僕は瞼の裏側に飛び込んできた日差しによって目を覚ました。
「あっ……ん~~~ん」
訳の分からないうなり声めいたものを口の隙間から漏らしながらどうにかこうにか身体を起き上がらせる。まだしょぼしょぼの目を無理やり開けると、白い世界が広がっていて、まぶしくてすぐに目を閉じてしまう。僕は一度大きく深呼吸をした。空気を肺にいっぱいに吸い込むイメージで息を吸い、まだ残っている疲れみたいなものの残留思念のようなものを口から息に乗せて吐き出すイメージで息を吐く。そうしてもう一度目を開き、今度は目が慣れるまで目を閉じないようにする。すると、目を開けた当初はまぶしく感じられた世界も、だんだんと僕の知っているいつもの色合いに落ち着いていく。
「ん~んく~~~」
僕は伸びをする。無理やり筋肉を伸ばしている感覚。その痛気持ちい心地が、身体に染み入る。腕を頂点まで伸ばすと、そのまま今度は下げながら肩甲骨を回す。肩甲骨周りの筋肉がほぐれていく感じがする。腕を下までおろしきると、一度
「はぁ」
と息をつく。左にいるつるぎの姿を見ると、まだ静かに寝息を立てながら眠っていた。僕はそれを起こさないようにそっとベッドから抜け出すと、準備に取り掛かった。顔を洗って、着替えを済ませると、もう一度僕はベッドの方に戻った。
「おい、つるぎ。起きろ。もう朝だぞ」
「ん~……」
「ほら、起きろ。今日は市役所に行って昨日の報告をしないといけないんだからさ」
「んんんん~」
「ほーら。起きろって」
僕はつるぎの身体を軽く揺する。つるぎの身体はゆさゆさと揺れる。そして、つるぎが薄目を開けた。
「……なんだ、海斗。まだシ足りないのか?元気なやつだな、君は……」
「違うって、もう朝なの。起きろって」
「しょうがないやつだな……まあ、私も君に付き合うのはやぶさかではない……良いぞ、ほら……」
「おい、妄想に浸るな」
僕はつるぎの頬を軽くつねる。すると、つるぎは目を開けてブスッとしながら僕の顔を見た。
「海斗。君ってやつは……レディを起こしたいなら頬をつねるんじゃあなくて、頬にキスの一つでもしろと親に教わらなかったのか?」
「教わってないけど」
「まったく……ほら、練習だ。ほら」
つるぎは寝ころんだまま、自分の頬を指さす。僕は一つため息をつくと、つるぎの頬にキスした。すると、つるぎは僕の後頭部をつかんで頭を固定させる。つるぎと目が逢う。つるぎはニヤリと笑った。
「あーあーあー、もう昼前じゃないか」
市役所に行く道の途中、つるぎが空を見ながら言う。
「昼前じゃないかって、誰のせいでそうなったと思ってんだよ」
「誰って、どう考えても君のせいだろう?」
「どう考えたら僕なの?どう考えてもつるぎじゃなくて?」
「そりゃそうだろ。どう考えても君だ。まさか朝から三回戦目まで行くとは……」
「わーわーわーわー!あんまりそういうことを街中で大きな声で言わない!わかったよ、僕が悪かったって」
「わかればよろしい」
僕たちがそんな話をしている間に、市役所が目の前に近づいてきた。僕たちは慣れた手つきで市役所の中に入り、すぐさま左の討伐課へ向かう。一番すいてそうな受付に並んで順番が回ってくると、ダカリットに用があることを話す。すぐに奥の部屋へと通された僕たちは、ダカリットを待つために席に座る。ほどなくしてダカリットがやってきた。
「ややや、おはようございます。二人とも」
「おはようございます、ダカリットさん。すいません、遅れちゃって」
「大丈夫ですよ。それで、昨日のことなんですが」
「あ、はい。今から報告しますね」
そして、僕たちは昨日黒竜を倒すまでのいきさつをダカリットに説明した。
「……なるほど。スルダ君の家を訪ねていたところ、大きな音と煙が見えたので行ってみると、そこに黒竜がいて倒した、ということですね」
「はい、そうですね」
「なるほど。わかりました……」
「それで、彼。何か話しましたか?」
「ああ、スルダ君ですか?ええ、あの後すぐ市役所で身柄を確保した後、母親に来てもらったんです。そしたら、そのお母さんが着くなり急にスルダ君を叱ってですね……結局スルダ君は泣きながらすべてのことを話しましたよ」
「母は強し、だな」
つるぎが呟く。ダカリットの話によると、だいたいのことは僕たちが調査から導き出した結論と同じだった。
「で、彼、実はあの黒竜の卵を持って帰って来ていたらしいんですよ」
「卵、ですか……チャレンジャーですね」
「ええ。調べたところによるとですね。昨日お二人が倒した竜というのがメスの竜でしてね。たぶん、その竜の産んだ卵を持って帰ったことによって、狙われていたんですね」
「なるほど……その卵はどうされたんですか?」
「ええ、一応この卵を取り戻そうとする竜もいなそうだということで、帝都の研究機関に運ぼうと思っています」
「そうですか」
「ええ、ですので、今回の調査依頼はこれでおしまいになります。どうも、ありがとうございました」
「あ、ああ、いえ。そんな。全然大丈夫ですよ」
深々とお辞儀をしてくるダカリットに、僕は慌てて頭を上げてもらう。
「それでですね。今回の報酬なんですけれども……」
「はい」
「黒竜を倒してくださったということも踏まえて少しばかりになりますが増やしておきましたので、どうぞ、今後ともよろしくお願いします」
「あ、いえ。こちらこそよろしくお願いします。なんか、すいません」
「窓口の方でお受け取りができるようになっていますので」
「わかりました」
「あ、ダカリット」
つるぎが立ち去ろうとしたダカリットを呼び止める。
「何でしょうか、つるぎさん?」
「申し訳ないが、私たちが昨日倒した黒竜の鱗を二枚、もらえないだろうか」
「ええ、良いですよ。確かそれは、ガルティアーゾの習わしでしたね」
「ああ」
「わかりました」
では、と言って、ダカリットはすぐにどこかに行ってしまった。きっと、昨日の後処理で忙しいのだろう。
「私たちも行こう」
つるぎが僕に言う。
「うん」
僕は返事をしながら席を立ち、部屋を出た。受付で依頼の報酬を受け取った後、僕たちは市役所を出て一度宿へと戻ることにした。
「う~む。竜を倒したというのに、なんだか報酬が少なくないか?」
つるぎが報酬の入った袋を覗き込みながら文句を垂れている。
「まあ、しょうがないよ。ダカリットさん、ガルティアーゾに気軽に頼めるような財政じゃないって前に言ってたし、こんなもんだよ」
「そうか?う~む……良いように使われているな、私たちは」
「まあ、良いように使われているのは事実だろうけど、とりあえずこれでしばらくはここで安心して過ごせそうだ」
「それはそうだな……ではそろそろ、神を殺すためのヒントでも探し始めるか」
「そうだね……でも、どこに?」
「魔法協会の彼なら、何か知っていそうじゃないか?」
「え、あの人?なんか、次あそこに行ったら、あの人と戦わないといけない気がするんだけど」
「勝てるだろう?」
僕がそう言うと、つるぎはニヤリとしながら聞いてきた。
「それは、たぶん勝てるだろうけど……でも、なんかなぁ」
「帰るためだと思って、諦め……いや、頑張ってくれ。海斗」
「はぁ~あ!」
僕はわざと大きなため息をつきながら、とりあえずは宿へと戻るのだった。




