第六十二話 黒竜・再び
「ここら辺がちょうど図書館のあたりだね」
目の前に見える割と大きな建物がこの街の図書館だ。
「では、ここら辺の人に聞いてみるか」
つるぎが言う。
「うん。そうだね」
僕もその言葉に同意しながら、辺りの人を探す。
「そう言えば、さっきスルダという少年の詳しい背格好や特徴なんかも聞いておけばよかったな」
「ああ、確かにそうだね」
僕たちは質マンに答えてくれそうな人を探しながらそんな会話をする。確かにつるぎの言う通りだ。僕たちが知っているスルダの特徴らしい特徴はと言えば、左腕に怪我をしているらしいということだけだ。
「まあ、左腕に怪我をしてそうな人も同時に探すくらいで良いんじゃない?」
「そうだな」
僕たちは図書館の前で通行人を見ながら言う。
「海斗、あの人なんかどうだ?」
しばらくすると、つるぎが僕に話しかけてくる。つるぎが指さすのは僕たちの母親世代くらいの女性だった。
「良いんじゃない?声かけてみようよ」
僕がそう言うと、つるぎはさっそく
「すいません。ちょっとお話よろしいですか?」
とその女性に話しかけた。
「え、はあ……」
いきなり声をかけられて多少動揺しているその女性に、つるぎは冒険者ウーノンの証であるバッジを見せながら言葉を続ける。
「私たち、今スルダという少年の行方を捜しているんですけど、彼がどこに住んでいるかご存じありませんかね?」
「ああ、スルダ君ね。彼、この辺じゃ有名ないたずら坊やなのよ。まあ、今は坊やっていうような年齢でもなくなってきてるんだけど、昔っから有名よ~、彼のいたずら好きは」
「そうなんですか……それで、どこに住んでいるかは」
「ああ、そうだったわね。えっと、たしか、ここの図書館を北側に向かって行ったところに住んでいたと思うんだけど……」
「ああ、そうですか。どうも、ありがとうございます」
「良いのよ。冒険者の調査なんて、初めて見たわ。頑張ってね」
「ありがとうございます」
つるぎはその女性にお礼をすると、僕の方に戻ってきた。
「この図書館を北に行った方にどうやらスルダの住んでいるところがあるらしい、ということがわかった」
「お手柄じゃん」
「なかなか良い人だったぞ、あの女性は」
「そうなんだ」
「うむ……では北に向かってみるか」
「そうだね」
僕たちはスルダの住んでいる家があるという図書館よりも北側の地域に足を向けた。
僕たちは先ほどと同じように通行人の人に何人かスルダの住む家について聞き込みをしたところ、どうやらここらしいという場所にたどり着いた。
「どうやらここのようだな」
「みたいだね」
つるぎが玄関のドアをノックする。しばらくすると、「は~い」という女性の返事と共に扉が開かれた。つるぎは足を一歩出した姿勢で、冒険者ウーノンのバッジを見せながら挨拶をする。
「こんにちは。スルダ君という少年がすんでいるのはこちらでしょうか?」
「え、ええ。そうですけど……あの、うちの子に何か?」
「ああ、お母さまでしたか。失礼しました。私たちは冒険者のつるぎと海斗と申します。市役所からの依頼を調査していくうちに、お宅のお子さんがどうやらかかわっているということがわかってきましたので、事実確認をと思いお邪魔しました」
「あの子、また何かしでかしたんですか?」
お母さんは驚いたような声で叫ぶ。
「いえ、まだ確定しているわけではないので何とも言えないのですが……スルダ君は今どちらに?」
「それが……あの子、ここ二日間くらい帰ってきていないんです。よくあることではあるんですけど……」
「そうなんですか……ではまた……」
つるぎが口を開いた瞬間、図書館の方から大きな音が響いた。遅れて聞こえるのは人々の叫び声のようなもの。
「なんだ!?」
つるぎはいったん話を中断して、南の方角を見る。僕も何事かとそちらを見た。すると、その方向から煙のようなものが上がっているのが見える。
「あれは、煙?」
「海斗、急ぐぞ!」
「あ、うん」
つるぎは手短にスルダの母親への挨拶を済ませると、煙の出ている方向へと走った。僕もそれに追随する。煙の出ている場所に到着すると、そこには黒竜の姿があった。
「あれは、黒竜」
つるぎが呟く。
「あれ。あの黒竜に狙われてるのって……左腕に包帯してる。まさか、あれがスルダ?」
僕は黒竜に執拗に狙われている人物を見つけた。
「まあ、いい。海斗は周りの人間を遠くの方に避難させてくれ」
「つるぎは?」
「とりあえず黒竜を引き付けておく。三分が限度だ」
「わかった。気を付けて」
僕がそう言うと同時に、つるぎは愛刀・神切の柄に手をかけながら黒竜の方へと走っていった。僕はつるぎに言われた通り、周りの人を出来るだけここから遠くへと誘導していった。
「皆さん!危険ですからなるべく遠くに逃げてください!焦らずに!でも、急いで!」
僕が誘導していると、
「なんの騒ぎかと思って来てみれば、なんだよおい。竜じゃねえか」
という声が聞こえた。よく見ると、その声の主はよく見る冒険者の格好をしていた。僕はその人に声をかける。
「あの、そこの人!」
「あん?俺かよ」
「そうです。あなたです。ちょっと、この辺りにいる人を避難させてもらえますか?」
「ああ?なんで俺が。っていうかテメーは……」
その男は何か言いかけたが、僕をまじまじ見ると、
「ああ、最近来たっていう最高位の冒険者……」
と呟いた。
「何でもいいから、早く手伝って!」
「お、おおう。わかった」
「よろしく!」
僕は彼に誘導を頼むと、つるぎの元へと駆け付けようとする。そこに、さっきの男の声がする。
「おい、お前はどうすんだよ!?」
僕は走りながら答えた。
「あの竜を倒しに行くんだ!」
竜の元に駆け付けると、つるぎと黒竜が戦っていた。僕は汎用系第三位魔法「斬矢凡」を展開し、黒竜に向かって放つ。飛び出した矢は竜の足に当たったが、硬い鱗には阻まれて刺さらずに落下した。竜の意識が一瞬だけその矢に向き、身体が少しの時間止まる。その間につるぎは黒竜との間合いを開ける。
「遅いぞ海斗」
「ごめんごめん」
つるぎは僕の方には振り向かないまま言う。
「誘導は済んだのか?」
「近くにいた冒険者の人に手伝ってもらった」
「なるほど」
「さっき見えてた人影は?」
「たぶんあれがスルダだ。今は、黒竜を私が引きつけている間に隠れてもらった」
「了解」
黒竜が僕たちの方に向くと、口を大きく開いた。つるぎは耳をふさいだが、僕はあらかじめ用意してあった対魔法系第四位魔法「波振竜哮」を発動した。黒竜は大きな咆哮を発したが、僕が逆位相の波を放ったことによってそれが打ち消される。
「やるじゃないか」
耳から指を抜きながらつるぎが言う。
「まあね……それにしても、あの時の黒竜に似てる」
「ああ、そうだな」
つるぎは一度刀を鞘に戻しながら僕の言葉に反応する。
「海斗。ガルティアーゾでの練習を発揮するときが来たな。今回はもっとスマートに行こうではないか」
「うん」
僕の返事が合図となり、つるぎはもう一度黒竜との距離を詰めるために走り出す。黒竜がつるぎに反応した瞬間、僕は汎用系第四位魔法の「断槍凡鋼」を発動。僕の右手の平から全長1.7メートルほどの槍が出現する。僕が右腕を振るうと、槍が黒竜めがけて発射された。空気を切る音を周囲に響かせながら豪速で黒竜に向かう槍。竜はそれに気が付き、意識を一瞬だけこちらにそらす。黒竜は翼でもって槍を弾こうとするが、僕が以前の反省を生かして槍の威力を高くしていたため、完全に弾くことが出来なかった。槍は軌道をさらされながらも竜の翼をえぐる。
「はああああああああああ!」
つるぎの雄たけびと共に、鞘に納められていた刀が引き抜かれ、竜の首筋を一閃。完璧なタイミングでつるぎの攻撃が決まる。つるぎは首筋を狙うためにジャンプしていたが、うまく着地を決めるとさらに切りかかる。首筋への攻撃は竜によってすんでのところで避けられ、傷つけたものの致命傷にはなり得なかったらしい。ほぼ同時に攻撃を受け、黒竜は一瞬迷ったような表情を見せたがつるぎに狙いを定めたらしく、つるぎの攻撃をかわすと、頭上から魔法陣らしきものを出した。
「つるぎ!」
僕が叫ぶと、
「わかっている!」
という声とともに、つるぎが黒竜の方へと前転。瞬間、闇系第四位魔法「沼毒酸見城」が放たれ、先ほどまでつるぎがいた場所に、酸性の毒の沼が出来る。攻撃を避けながら懐に入り込んだつるぎは、竜の鱗でおおわれていない体の内側の部分に攻撃を仕掛ける。比較的柔らかい部分である腹部に刃を突き刺すつるぎ。
「ギャオウ!?」
と叫びながら思わず翼を広げてつるぎの攻撃から空中へと逃げる黒竜。そこに、僕は雷系第四位魔法「即愁電什南過」を放つ。黒竜は翼でガードしようとしたが、雷撃の方が一歩早く、黒竜はまともに電撃を喰らう。
「ゴガウウウゥ!?」
腹部と胸部の間位のところに電撃は着弾し、相手の身体に電気が通っていく。一瞬で電気が体に回てしまった竜は、空中に浮遊していた状態から一転、地面に落下する。横向きになって倒れた黒竜に向かって、つるぎが追い打ちをかける。つるぎは左足に切りかかり、倒れている竜をあおむけの状態にした。
「海斗!」
つるぎが僕に向かって叫ぶ。僕は汎用系第五位魔法「地杭背鋼凡負」を発動させる。直径18センチ、全長2メートルの返しがいくつも付いた槍が、竜の真上に出現。僕が右腕を下すと、勢いよくその槍が竜胸部に刺さっていく。
「ゴオオオオン!」
苦悶の叫びをあげる黒竜。しかし、槍は止まることなく竜の身体を抉っていく。やがて、地面までもを穿ち、竜の身体を地面に固定する。
「ガガガがアアアアアアアアアアア!」
黒竜は最後の力を振り絞って魔法陣を頭上に出す。そこにつるぎが一閃。そして、竜の頭がゴロリと転がった。その場に残ったのは静寂だけだった。




