第六話 最終目標「神を殺す」
気が付くと、僕たちはいつの間にか地面に横たわっていた。あまりにも落下時間が長いから寝てしまっていたらしい。緊張感がないなんて思われるかも知れないが、腕の中のぬくもりが良い感じに僕の緊張を解きほぐしてくれたのかもしれない。つるぎの方を見てみると、いつの間にか僕の腕を枕代わりにして寝ている。これでは身動きが取れないのでつるぎを起こすことにした。
「おい、つるぎ。起きろ」
「スー……スー……」
つい先ほども行ったようなやり取り。
「おい、起きろって。お前の頭で俺の腕がうっ血しちゃうから起きてくれ」
「……スー……スー……」
「お前の頭が重いせいで俺の腕がなくなりそうだから、そうなる前に起きてくれ」
「…………スー……」
「おーい、ヘビーヘッドさーん」
「さっきっから失礼だぞ!レディの頭が重いなんてことを声高に叫ぶなんて!」
頭が重いことを言い続けると、つるぎはそんなことを言いながら起き上がった。
「ようやく起きたな」
「不快な目覚めだ」
「でも、起きてくれないと僕も動けないし」
「だったら優しく起こしてくれたっていいだろうが。それをやれ私の頭が重いだのなんだのと……」
「悪かったって、それは」
「いいや、許さない」
「許してくれって」
「決めた」
「え?」
「これから毎晩君の腕に私の重い重い頭を乗っけて寝ることにする。うん、そうする」
「勘弁してくれって」
「良いだろ?君だって私の寝顔を毎朝見ながら寝ぼけ眼をこすることが出来るんだぞ?私の美しい寝顔で朝の眠気も吹っ飛ぶだろ」
「いや、その前に腕が痛さで吹っ飛びそうなんだが」
そんなやり取りをしつつ、僕たちは自分たちがどんなところにいるのかを確認する。あたりを見渡してみると、草原のようなものが遠くまで広がっていた。
「どこなんだ?ここは」
「草原が広がっているな……案外地球だったりするんじゃないか?」
「それは考えにくいと思うが……まあ、とりあえずここから少し移動してみるか」
「そうだな」
僕たちは、とりあえずこの草原がどこまで続いているのかを視認できるくらいまでは移動してみようと歩き始めた。
歩きながら、僕はつるぎに一つ言わなければいけないことがあったことを思い出した。つるぎに話しかける。
「つるぎ、ちょっといいか?」
「うん?なんだ?」
少し前を歩いていたつるぎは歩みを緩めながら、僕の方に顔を向ける。
「いや、あのさ……すまない、僕のせいでこんなことになってしまって……」
「どういうことだ?」
「いや、僕がもし横断歩道で左右を確認していたら、つるぎがこんなことに巻き込まれるってことはなかっただろうし……」
「なんだ。改まった顔で言うから重大な告白でもあるのかと思ってみたら、そんなことか」
「そ、そんなことって……!」
「ああ、『そんなこと』だ。私にとってはな。いいか?結果的に今私たち二人は生きてる。どこか知らない別の世界にいるかもしれないが、それでも生きている。二人一緒に。私にはそれで十分だし、それが何よりもうれしいんだ」
これからもな、というつるぎの顔を、僕はなんだか直視できなかった。
「で、でもさ、元の世界の方が良かったとかは思わないのか?」
僕は正面を向いたままつるぎに尋ねる。つるぎが素早く返す。
「逆に君は元の世界に戻りたいのか?」
「え?いや、まあ……」
「そうか……なるほどな」
しばらくつるぎは何かを考えるようにして黙った後、再び口を開いた。
「元の世界に帰る方法があるかもしれないと言ったら、君はどんな反応をする?」
「え、元の世界に帰れるのか?」
「なるほど、そういう反応か」
「おい、つるぎ。冗談はよしてくれよ。元の世界に帰るって、どういうことだ?」
「どうもこうも言葉通りだ。私たちが生活していた、あの日常生活に帰る方法があるかもしれない」
「なんだって?……どうやって帰る?」
「とりあえず、あの神を殺す」
「……へ?」
「君はあの、いけ好かない自称「神」の云っていた言葉を覚えているか?」
「いや、全然覚えてない。基本何言ってるかわかんなかったし」
「そうか……まあいい。やつが言うには、元の世界に帰るには、システムを一時的に変更する必要があるらしい。どんなシステムかは今のところわかっていないが、予想するにそのシステムは弁のような役割をするのだろうな」
「弁?」
「そうだ。私たちは死ぬ直前に、あのいけ好かない野郎によってやつのテリトリーに引っ張られた。やつが本当の神だと仮定すると、やつには人間の魂やらなんやらをどうにかする力を持っているということが考えられる。私たちがここに来る前にいた場所が神の住処だったとするならば、それは天国なのかもしれないな。とにかく、やつの話を聞くに、霊魂が私たちがいた世界から天国に行くまでには道のようなものがあって、それには弁があり、一方通行状態にされているのではないかということだ」
「なんで一方通行だって思うんだ?」
「私たちの世界では霊魂のような存在を物理的に認識したり、解析したことがないからだ。霊魂というものはあるのかもしれないが、それが何万年という人類の歴史の中で科学的に発見されたという情報はない。しかし、やつは神だと今の話では仮定している。すると、霊魂も存在しうるものとして仮定されてもおかしくはないことになる。ではなぜ私たちの世界では霊魂を認識することが出来なかったのか。これを考えてみると、やはり、私たちの世界には霊魂が存在していなかったと考えるのが妥当だ。しかし、霊魂は存在しているとも仮定している。となると、霊魂というものは私たちの世界にとどまることなく一方的に天国に引き上げられるのだろうということが予想できる。私たちは肉体を伴ったまま引き上げられてしまったイレギュラーだが、普通は死者の霊魂だけが引き上げられるはずだ。その霊魂たちは、もしかしたら君と同じように元の世界に帰りたいと思っているかもしれない。しかし、さっきも言ったように私たちの世界で霊魂の存在は科学的には確認されていなかった。ということは、霊魂たちが帰りたくても帰れない状況にあるのだというような考えが出来る。ここまではいいか?」
「う、うん」
「では続けるぞ。霊魂の帰りたくても帰れない状況は、今の私たちと同じだ。ここでやつの言っていたシステムとやらが出てくる。このシステムが霊魂を帰りたくても帰れなくさせているものだと考えられる。しかし、このシステムを一時的に書き換えることがあの自称「神」にはできるらしい。だから、やつを殺せば勝手に私たちがそのシステムを書き換えることが出来るのではないかと思ったわけだ。だから、やつを殺そう、というわけだ」
「な、なるほど……まあ、僕あちの世界で霊魂がいなかったかどうかはわからないから、その予想が正しいかどうかはわからないが、何となく説得力はある……ような気がする……」
「しかし、神を殺そうと言っても、一つ重大な問題がある」
「……それは?」
「どうやったらあの自称「神」のいる場所に行くかということだ。先ほどまでの私たちは、まあ言ってみればやつにとってのお客さんみたいなものだ。向こうから私たちを招いたのだからな。しかし、今は違う。私たちがやつの所に乗り込まなければならない。これをどうすれば良いのかというのが最大の課題だな」
「まあ、そうだな。だいたい今僕たちがいる世界に『神』という存在や概念があるかわからないし、そもそも僕たちみたいな人間がいるかすらわからないわけだしな。もしかしたら生物なんて一つもいないかもしれないし。そしたら僕たちはこのまま野垂れ死ぬな」
「そうだな。さっきから歩いているが、生き物らしき影は一つも見当たらない。空にも何も飛んでいない……幸い空模様は元の世界と同じような感じだが……」
「でも、夜になったら月が二つ出てるかもよ」
「かもな……ということで、元の世界に帰るためにはやつを倒さなければいけないが、どうする?」
「うーん……どうするったって、何というか突拍子もなさ過ぎてなんとも言えないよな……とりあえずその話は生き延びてからの方が良いかもな、今は。まあ、最終目標位にあいつを倒すっていうのを据えておけばいいんじゃないか?」
「そうか……なら生きよう。二人で」
「おう」
とりあえず、元の世界に戻るためにはあの自称「神」を倒して、霊魂のシステムをどうにかしないといけないんだろうという予想はたった。これを実行に移すかどうかは、とりあえず生活できるようになってからでも遅くないと僕は思うし、つるぎもそれに賛同してくれたようだ。命あっての物種だしな。そんな話をしながら、永遠に終わらないのではないかと思うくらい広い草原をひたすら歩く。すると、すぐ近くで、がさがさと草の揺れる音がした。
「つるぎ」
「私にも聞こえた」
僕たちの間に緊張が走る。もし、どう猛な生物だったら、勝ち目なんてないから一目散に逃げなければならない。僕たちはそっと物音がした方とは逆方向に退きながら、音のした辺りに目を凝らす。僕たちが見ていると、その影はひと際大きくがさがさと音をさせた。そして、その影の正体が姿を現す。それは、大きな、そして色のついた信玄餅みたいな姿をしていた。