第五十九話 中間報告
帝国魔法協会を後にした僕たちは、一度今までに分かったことを報告するために市役所へと戻ることにした。気が付くと、空はもうすでに夕暮れで、紫がかった空の縁をオレンジ色の光が薄く染めあげていた。
「これは、今日は報告に戻ったらおしまいだな」
「そうだね。もうだいぶ暗くなってきたし、そういえばこの街についても全然知らないし」
「うむ」
「っていうか、市役所ってまだ開いてるのかな?お役所って、こんな暗くなるまで開いてないような気がするんだけど……」
「さすがに開いているだろう。少なくとも、冒険者ウーノンは開いているはずだ。冒険者が役所の時間に合わせられるはずがないからな」
「確かにそれはそうだ」
僕たちが一抹の不安を抱えながら市役所に戻ってくると、市役所自体は開いていた。しかし、僕たちが最初に尋ねた窓口なんかは全て締まっており、働いている人も訪ねている人も、人っ子一人いなかった。僕たちは不安を募らせながら、左にある討伐課を覗く。すると、そこには午前中並ではないが、冒険者と思しき人影がちらほらと見えており、窓口にも人がいてあくせくと働いている姿を確認することが出来た。
「あ、やってるよ」
「まあ、予想通りだな。ひとまずはこれで安心だ」
「うん」
僕たちは窓口に並んだ。しばらくして順番が回ってくると、僕たちは受付嬢にダカリットを呼ぶように頼む。受付嬢はすぐに対応してくれて、僕たちを奥の部屋へと案内してくれた。ダカリットは忙しそうに仕事をしていたが、僕たちの姿を見つけるとそれを中断してこちらにやってきてくれた。
「どうもすいません。お忙しい中」
「いえいえ、良いのですよ。それで、どうかなさいましたか?」
忙しいだろうにも関わらず、ダカリットは笑顔で僕たちに対応してくれる。
「ええ、実は例の依頼の件の途中報告をと思いまして」
「ああ、そうですか。いや、別にそこまでしていただかなくても良いですのに」
「でも、とりあえずこれらの事件は竜の仕業ではなさそうだということがわかったので、それだけでもご報告をと思いまして」
「……竜の仕業ではない?」
驚きの表情と共に、ダカリットの眉にしわが寄る。
「はい。これはおそらく人間の仕業だということが調査の結果わかりました」
「ということは、わが街に竜による甚大な被害が出るというような可能性は少ないということでしょうか?」
「今のところでは、そういうことになりますね」
僕たちは今まで調査してきてわかったことをまとめながらダカリットに伝えた。
「……それで、犯人の方のめどはついているのですか?」
「ええ、まあ、一応は」
「それは誰なんです?」
食い気味に聞いてくるダカリット。僕はつるぎの方を確認した。つるぎは小さくうなずく。僕はそれを見て、口を開いた。
「えっと、まだ確証が持てないので、なんとも言えませんが、僕たちはスルダという名前の少年が怪しいとにらんでいます」
「その少年が件の魔法使いだと」
「ええ、帝国魔法協会に行って確認を取りました。その可能性が極めて高いかと」
「そうですか……魔法協会はこの事件に関係しているのでしょうか?」
「いいえ、たぶんそんなことはないと思いますけど……なんせ、帝国魔法協会アニゴベ支部の支部長であるアルモンドさんが、そのスルダという少年の名前を教えてくれましたから」
「なるほど……そうですか」
「なぜそんなことを聞くのです?」
「いえ……別に大した理由はないんですけれども……」
ダカリットの顔が何となくばつの悪そうな表情になるのを僕は見逃さなかった。
「……そうですか。まあ、以上が報告になります。明日、そのスルダという少年の行方を探ろうと思っています」
「わかりました。わざわざありがとうございます。とりあえず竜の仕業ではないということがわかってよかったです」
「ええ」
僕たちは席を立つと、部屋を後にした。
「なんで何もしゃべらなかったわけ?」
僕たちが部屋を出た後、僕はつるぎにそう尋ねた。
「なぜって、君が始めにしゃべり始めたから、私は喋らなくて良いなと思ったからだぞ?」
「何か意図するところがあってしゃべるのを控えていたとかではなくて?」
「うむ。ただ単に君にすべてを任せただけだ」
「あ、そう。それならいいや。なんか、自分でもしゃべりすぎた感じがしないでもなかったから」
「ああ、そういうことか。それなら、しゃべりすぎではあったな」
「え、嘘!?本当?」
「うむ。まあ、別に今回は何があるわけでもないだろうから問題はないだろうが、今後は気を付けた方が良いな。何があるかわからないし」
「うーん、そっかー」
やっぱりしゃべりすぎていたんだな、さっきの僕。確かに、つるぎがなかなかしゃべらないから僕が頑張らなくてはと思って、無駄なことまで話してしまった感じはあったんだけど、実際にそうだったとは。確かにつるぎの言う通り、今後は何があるかわからない。注意しておくに越したことはないだろう。口は禍の元ともいうし、気を付けなければ。僕たちは宿に戻ると、晩御飯を食べに行くことにした。宿の人に聞いた話によると、市役所の近くに、冒険者が良く集まる酒場のような店があるらしいことがわかった。僕たちはご飯のついでに何か情報がないか探しに、その店に行くことにした。
「モジュール」という店名のその店には、話の通り、冒険者がたくさん集まっていた。冒険者の多くは男性が多かったが、中には女性の姿もちらほらと見受けられる。その女性たちのたいていは僕と同じようなローブを着ており、一目で魔術師だということがわかった。男性の中でも魔術師らしき人を見かけたが、数はそれほど多くはなかった。
「魔術師の姿が少ないね」
僕はつるぎに向かってそう言った。
「そうだな。やはり、この世界における魔術師の量は、戦士の量よりも少ないのだろう。それだけ魔法というものを扱うのが簡単ではないということなのだろうな」
「そうなのかな」
僕たちは適当にご飯を頼んでそれらを食べた。時折、僕たちを最高位の冒険者の証を持つものと知っていて絡んでくる者があったが、その人たちは全員良い人たちで、「俺と勝負しろ!」といったような血気盛んな人はいなかった。ここは酒場なので、酔っぱらった人間の中にはそういった人もいるかと思っていたが、そんなことはなかった。結局、僕たちは、何の有益な情報もキャッチできないままモジュールを後にした。つるぎはここでも絡まれなかったことを残念に思っているようで、少しムスッとした顔をしていた。




