第五十六話 調査
「次の被害場所はここか……」
僕たちは、アニゴベの街のはずれにある畑に来ていた。被害が出たという畑は、荒らされたそのままになっている。
「ずいぶんと荒れてるね」
「毒にやられたから、当分はこの畑も使い物にならないのだろう。作物も枯れたままだ。雑草も生えていないな……いったいどんな毒なんだ?」
つるぎは僕に向かって尋ねてくる。
「いや、詳しくは僕もわからないけど……でも、モノを溶かすタイプの毒なのは間違いないと思うよ。この前の黒竜だって、確か闇系第四位魔法の『沼毒酸見城』だったはずだし」
「毒は闇系の魔法なのか?」
「うん。ほとんどがそうだと思う。何とかすれば治癒系魔法でも毒物を作ることが出来るかもしれないけど、それは人体に影響のある毒だけだと思う。こんなふうに、作物を枯らせたり土地を弱らせたりすることが出来る魔法は、闇系だと思うよ」
「なるほどな……」
つるぎがそう言うと同時に、奥から声が聞こえてくる。
「こらー!畑に悪さするんじゃねー!」
そして、人影がこちらに向かってくる。
「うん?」
僕たちはそちらに顔を向ける。すると、こちらに何かをもって走ってくる初老の男性の姿が見えた。おじさんはこちらに近づいてくると、手に持ったレーキのようなものをぐいぐいと近づけてきながら叫ぶ。
「お前たちだな!?この畑をダメにしたのも!」
「ちょ、待ってくださいよ……」
「うるせーうるせー!さっさと出ていけ!」
おじさんは刃のついた部分を僕たちに押し付けようとする。すると、つるぎがおじさんの持つ道具を片手でつかみ、がっちりと固定する。おじさんはびっくりしたような顔をした。それもそうだ。畑仕事で筋肉のついている大の男が両手で持って振り回している道具を、片手で止めてしまったのだから。おじさんはつるぎの手から道具を引き離そうと引っ張るが、つるぎはピクリとも動かない。このスキを逃さんと、僕はおじさんに向かって話しかける。
「おじさん。僕たち、冒険者ウーノンで最近噂の黒竜の依頼を受けたものです。ほら、ウーノンの証もありますよ」
僕がバッヂを見せると、おじさんはまたまた驚いたような顔をした。
「あんたたちが、冒険者……?にしては見ねー顔だけども」
「ええ、まあ、最近ここに来たものですから……お話うかがえますか?」
僕はつとめて明るく、笑顔で言う。つるぎもおじさんの持つ道具から手を離した。おじさんはまだ僕たちのことを疑いの表情で見ていたが、やがてしぶしぶと言った顔で口を開いた。冒険者の証があってよかった……
「俺んところの畑が荒らされたのは、今から確か十日ほど前だったよ……その日の朝この畑に来てみたら、作物が全部溶かされちまってたんだ……調べてもらったら、土の方にも被害が出てるって言うじゃねえか……」
「他に変わった様子はありませんでしたか?」
「変わった様子?いや、なかったと思うけどよ……」
「足跡みたいなものはあったか?大きいものでも小さいものでもいい」
つるぎが急に会話に入ってくる。
「足跡?……は少なくともこの辺にはなかった気がするけど」
「そうか。それでは、ほかの作物に被害は?例えば、強風でなぎ倒されたみたいな」
「いやぁ、それもなかったなぁ。毒の被害だけだ」
「ふむ……」
つるぎはその言葉を聞くと、また黙ってしまった。
「では、お話ありがとうございました」
僕はおじさんにお礼を言って、つるぎを連れて畑を離れる。おじさんは僕たちの警戒を怠らないまま、僕たちが畑から離れるまでずっと畑の前にいた。
「なかなか気性の荒い爺さんだったな」
つるぎがつぶやく。僕もそれに同調する。
「そうだね。でも、つるぎが道具をつかんだ時は一瞬どうなるか心配しちゃったよ」
「ふ、心配するな。そこら辺の人間に負けるような私じゃない」
「いや、つるぎの心配じゃなくておじさんの心配」
僕がそう言うと、つるぎは僕の頭を無言ではたいてきた。
「痛てててて……で、何かわかった?」
「うむ。まあ、ある程度のことはわかったぞ」
僕が尋ねるとつるぎはそう答える。
「え、何がわかったの?」
「この事件の犯人は黒竜ではない可能性が高いということだ」
「なんで?」
「思い出してみろ。あの畑は荒らされた形跡はあったが足跡はなかったと言っていた。そして、周りの作物がなぎ倒されたようなこともなかったという」
「そうだね」
「このことから、竜が畑の近くにいたのでも、上空を飛んでいたのでもないことがわかる。なぜなら、竜が来たのなら必ず足跡が付くはずだし、上空にホバリングしていたようなら、風圧でほかの作物にも影響が出るからだ」
「ああ、なるほど……」
僕は竜の翼が生じさせる風圧のすごさを思い出す。確かに竜が近くに来たのなら、もっと甚大な被害が出ていてもおかしくはない。もっと多くの畑がやられていただろう。
「たぶんこの事件の犯人は魔術師だ。少なくとも、闇系の魔法を操るな」
「まあ、こんなことを出来るのは黒竜以外には魔術師しかいないね」
「だろう?だから、今度は闇系魔法を操ることが出来る魔術師を探すのだ」
「何かあてがあるの?」
僕はつるぎに尋ねる。するとつるぎは僕の顔をびしっと指さして言う。
「それは君の仕事だ」
「ええ!?僕?」
「当然だろう。君は魔術師なんだから」
「ええ……」
そう言われても困ってしまう。僕には当然魔術師の知り合いなんかいないし、魔術師のネットワークがどうなっているかなんて……
「あ!?」
そこまで考えてハタと気が付く。そういえば、リータが何か言っていた気がする。
「どうした?」
つるぎが僕に向かって言う。
「ちょっと待って。何か思い出せそう」
「何を?」
「魔術師同士のネットワークのこと!」
僕はつるぎの言葉に答えながらも、頭の中をフル回転させていた。あと少しで思い出せそうなんだけど……
「魔法……魔法、なんだっけ……」
僕が記憶を言葉に発していると、
「帝国魔法協会?」
とつるぎが言った。
「そうそれ!ってなんでつるぎが知ってるの!?」
「いや、地図に書いてあった」
「優秀な地図だなぁ、おい!」
僕はがっくりしてしまった。まさか、地図に書いてあるなんて……
「今のところ、君より地図の方が頼りになるな」
つるぎは地図をしまいながら僕に言う。
「…………」
僕は言葉を返すこともできないでいた。
「ボケッとしていると置いて行くぞ」
つるぎはさっさと方向転換して、行ってしまう。
「……」
僕は無言でつるぎの後を追った。




