第五十四話 ギルツィオーネの贈り物
アニゴベに着いた僕たちは、ミーニャの母親たちと別れることになった。
「じゃあ、私たちはこれから仕事があるから」
「あ、はい。ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
僕とつるぎは彼女たちに向かって深々とお辞儀をする。
「いーよいーよ、気にしなくて。むしろ、二人が同行してくれたから安心してここまでこれたよ」
「……そうですか、なら、よかった」
「うん。じゃあ、頑張んなよ。あ!あと、たまには帰っておいでよ!うちの子も会いたいだろうから」
「……はい」
じゃあね、と言って、ミーニャの母親は僕たちに背を向けると、荷台の群れを引き連れてどこかに行ってしまった。
「さて、これからどうするか」
つるぎは先ほどミーニャの母親からもらったアニゴベの地図を見つめながら言う。
「とりあえずはさっき渡されたこの封筒を届けるところからじゃない?」
僕はもう一つミーニャの母親から渡されていた封筒をひらひらさせながらつるぎに向かって言う。
「うむ……まあ、確かに頼まれたことを先にやっておいた方が良いな……ええっと、たしかこれはアニゴベ市役所に届ければよいのだったか……」
つるぎは地図でアニゴベの市役所を探し始める。市役所だなんて、まるで僕たちがいた世界と同じじゃないかと思ったけど、ワルフラカ帝国がこれだけデカい土地を管理するには、市や町に区分してそれぞれの地域に役所を置いて管理した方がやりやすいのだろう。国がやることはどこも変わらないらしい。
「市役所はこの街の真ん中に位置しているらしいな。真ん中は……あっちだ」
つるぎは地図をしまうと歩いて行ってしまう。
「あ、ちょっと待って」
僕は置いて行かれないように慌ててつるぎの後を追いかける。こんなところで迷子になったら終わりだ。しばらく道をずっとまっすぐ歩いていくと、大きな建物の影が見えてきた。
「あれが市役所?」
「そうみたいだな」
その建物は、ガルティアーゾの真ん中にそびえ立っていた塔と同じくらいの高さをしていたが、その塔よりももっと面積が広く見える。赤レンガのようなモノで作られたそれは、個々の地域を象徴するかのような色合いを醸し出していた。
「なかなかにしっかりした建物だね」
「そうだな……帝国の力は少なくともこれを建てることが出来るくらいのモノだということだ」
つるぎはそう言いながら、市役所に入っていく。僕もそれに続く。中は思った通り広く出来ており、僕たちが入った出入り口の前には広々としたロビーがあった。その奥には窓口らしきものが。何人かがそこであくせくと働いている姿が見える。左には武装した多くの人たちがたむろしていた。専用窓口のような場所が三か所あり、それぞれ二人ずつがその中にいる。右には大きな階段があり、いろいろな人が上り下りをしている。
「これはどこに届ければよいのだ?」
つるぎはきょろきょろしながら封筒を届ける場所を探している。
「とりあえず、あの窓口っぽいところの空いてるところで聞いてみようよ」
「そうだな」
僕が提案すると、つるぎはうなずき、正面の窓口へと向かう。一番すいていたのは「納税課」と書かれた窓口だった。
「すいません、この封筒をここの市役所に提出してほしいと言われたのですが、どこに出せばよいでしょうか?」
つるぎはよそ行きの声で窓口の人に尋ねる。
「ああ、ガルティアーゾから……だったらたぶん、あちらで提出していただくことになりますね」
窓口の人が示したのは、武装した人が多くいる場所だった。
「わかりました、ありがとうございます」
つるぎは窓口の人にそう言うと、後ろに立っていた僕の方に向かってくる。
「向こうだそうだ」
「聞こえてたよ。行こうか」
「うむ」
何となくむさくるしい空気を感じるここは、どうやら怪物や野生しえ物の盗伐なんかを専門に扱っている部署のようだった。僕たちが窓口に並ぶと、じろじろと視線を注がれる。まあ、ここでは僕たちは見ない顔だろうから、注目を集めるのも仕方がない。つるぎも視線を感じているだろうに、どこ吹く風というようなすました表情をしている。
「お次の方、どうぞ」
受付の人に呼ばれ、僕たちはそこへ向かう。
「これを届けてほしいと頼まれたのだが……」
つるぎは、さっきの窓口で見せた口調ではなく、いつものような口調で受付の女性に話しかける。
「少々お待ちください……これ、ガルティアーゾの族長・ギルツィオーネ様からですね……」
「む?ギルツィオーネの?」
「え、ええ……」
ギルツィオーネの名前はここまで届いているらしく、ギルツィオーネのことを呼び捨てにしたつるぎの顔をいぶかしげに眺めながら彼女は頷く。
「何だろうね」
「まあ、私たちには関係ないだろう」
僕たちがそんな話をしていると、何処に行っていたのか先ほどの女性が戻ってきた。そして、
「こちらへどうぞ」
と、僕たちを招く。
「え?ぼ、僕たちですか?」
僕は思わず聞き返す。
「ええ、そうです」
彼女は頷きながらそう言う。僕たちは顔を見合わせた後、彼女に従うことにした。
通されたのは、応接室のような場所。そこには一人の男性が立っていた。
「どうぞ、おかけください」
僕たちをここまで連れてきた女性がそう言う。僕たちは、言われるがままに席に着く。すると、立っていた男性が僕たちの向かいの席に座る。そして、着席するなり口を開いた。
「大変申し遅れました。私、アニゴベの冒険者ギルドのギルド長兼討伐課の部長をつとめさせていただいております、ダカリットと申します」
「あ、どうも」
ダカリットと名乗ったその男性は、僕たちに頭を下げてくる。僕たちも頭を下げる。
「では、早速ですが……あなたがカイトさん、そしてそちらの女性の方がつるぎさん、でよろしかったですかね」
僕たちは名前を呼ばれて少し驚く。
「え、ええ。合ってます……」
「よかった。何しろギルツィオーネ様のご友人だそうで、失礼のないようにと先ほどのお手紙に書かれていましたから」
「ギルツィオーネが?」
僕は思わず聞いてしまう。まさか、そんな。彼がそんなことを書くわけがない。
「ええ。そうでございます。お二人が我々にお渡しした手紙には、ギルツィオーネ様があなた方二人にワルフラカ帝国の冒険者ウーノンの加盟者としての証を渡してくれと言う旨が書かれておりました」
「はあ」
「その、冒険者ウーノン、というのはいったい何なんだ?」
つるぎが尋ねる。確かに。冒険者ウーノンって何だろうか。ダカリットはその言葉を聞いて、少し驚いた顔をしたが、すぐに普通の表情に戻って答えてくれた。
「まず、冒険者というのがこの帝国には存在します。冒険者は、簡単に言ってしまえば、危険な野生生物や怪物の被害地に行って、それらを討伐するという存在です。そして、その被害地や怪物などの情報の収集、冒険者の派遣、討伐後の報告と冒険者に報酬を払う機関が冒険者ウーノンです」
「なるほど」
「冒険者ウーノンは、冒険者を強さによって位分けしています。そうしないと、冒険者が現場で適切な処理が行えない可能性がありますから……そして、ギルツィオーネ様からは、あなた方二人に、最高位の証を渡してくれと言われております」
「な、なんで……?」
僕は思わず聞いてしまう。
「どうやら、あなた方二人はガルティアーゾのいらっしゃる間、毒を吐く黒竜を討伐したとか」
「ええ、まあ」
「その黒竜が、実はアニゴベの悩みの種だったのです。しかし、竜を討伐できる冒険者はなかなかいません。しかし、ガルティアーゾに気軽に依頼するほど財政的余裕はない、という状況で、あなた方が討伐してくれました。そのことを、ギルツィオーネ様はお手紙にお書きになられていました」
「……だから、最高位の証を私たちに?」
「その通りです」
「……なるほど」
つるぎはそう呟くと、しばらく俯いて黙ってしまった。何か考えているのだろうか?
「あの、もう一つ質問良いですか?」
僕は挙手をしてダカリットに質問する。
「どうぞ」
「その、証があるのとないのとでは、何か違いが生じたりするんですか?」
「ええ、もちろん。冒険者ウーノンの証を持つものは、ウーノンが出す討伐依頼を受けることが出来ます。逆に、それ以外の者はできません。ですので、冒険者として生計を立てたい人間は、冒険者ウーノンの証をもらう必要があります」
「なるほど。とりあえず、その証を持っていれば依頼を受けられて、金銭を手に入れられるということですね」
「そう言うことになります」
「だって、つるぎ」
僕はつるぎの方を見る。相変わらずつるぎは黙ったままだ。
「ギルツィオーネに借りを作るみたいで嫌かもしれないけど、向こうもそう思ってるかもしれないよ?なんてって僕たちのおかげで結婚できるかもしれないんだから……だから、こんなことしたのかも。それに、僕たちがワルフラカ帝国でしばらくやっていくためには、お金を得る手段が必要じゃない。だから、ありがたく証を受け取ろう?」
僕はつるぎに向かってそう言う。
「……うむ……」
つるぎはしぶしぶと言った感じで頷く。
「じゃあ、決まりで。ダカリットさん、ありがたくその証を頂戴します」
「はい。よろこんで」
僕たちはこうして、ワルフラカ帝国冒険者ウーノンの加盟者としての証をさらりと手に入れたのだった。




