第四十九話 族長就任
ギルツィオーネを倒した翌日、僕たちは再びギルツィオーネに呼び出された。今度は僕とつるぎの二人で。ギルツィオーネの家の家に行くと、大きな客間に通された。一番大きな椅子にはギルツィオーネが座っていて、そのすぐそばには昨日の女性がいた。
「あ、昨日の……」
僕が思わずそう声を出すと、その女性、つまりギルツィオーネの母親が軽く会釈をしてくる。僕も頭を下げて、お礼を言う。
「あの、昨日はありがとうございました。命を助けていただいたみたいで……」
僕がそう言うと、ギルツィオーネの母親は、ギルツィオーネの方をうかがうように見た。しかし、ギルツィオーネは何も言わない。ギルツィオーネの無言をしゃべっても良いという許可にとらえたのか、ギルツィオーネの母親は口を開いた。
「いいえ。お気になさらず。私の息子がしでかしたことですから、むしろ私の方こそ謝らなければなりません……ごめんなさいね」
「いえ、そんな」
「左腕は大丈夫ですか?」
「あ、はい。おかげさまで。今のところ何の違和感もなく過ごしてます」
「そう。それは良かった」
彼女はそういうと、再び口を紡ぐ。しばらくの間沈黙が空気を支配する。
「で、何の用だ?私に嫁げという話なら、無駄だぞ」
しびれをきらしたのか、つるぎが口を開き、静寂を打ち破った。
「そうではない。今回はお前たちに今後どうするかということを聞くために来てもらった」
昨日僕の電撃をまともに喰らい、身体にものすごいダメージを与えられたであろうギルツィオーネは、そんなことを微塵も感じさせないほど堂々としていた。やはり、ギルツィオーネの母親の治癒魔法はすごかったのだろう。できればこの目で見てみたかったが、生憎倒れていたのでそれは叶わなかった。そもそも僕とギルツィオーネが倒れなければ彼女が治癒魔法を使うこともなかったのだろうが。
「今後?」
つるぎはいぶかしげな顔で聞き返す。
「そうだ。お前たちが来てから、もう少しで半年が経とうとしている。そして、そこの男魔術師が昨日、俺を倒した。大勢の目の前で」
ギルツィオーネは一言一言かみしめるように言う。特に最後の方は、歯が砕けてしまうんじゃないかというほど怒りと悔しさをかみしめながら話していた。
「だから?」
つるぎは淡々と質問する。ギルツィオーネの感情にはまるで興味がないみたいだ。まあ、僕も興味があるかと言われればないんだけれども……
「族長であるこの俺を倒したということは、男魔術師にはこのガルティアーゾの族長になる権利が発生したということになる」
「なんで?」
僕は思わずそう聞いてしまった。なんだそれ。僕がここの族長になる権利が発生した、だって?
「なぜか、だと?決まっている。ガルティアーゾの族長になれるのは、ガルティアーゾで一番強い者だけだ」
ギルツィオーネが僕の方を見ながら答える。
「……なるほど……?」
「今までここで一番強かったのは俺だ。確かに親父が族長だったこともあるが、それでもここで一番強かったのは俺だった。しかし、昨日お前は俺に勝った。すなわち、ここで一番強い人物がお前になったということだ。だからお前には族長になる権利がある」
ギルツィオーネはそこまで言うと、椅子の背もたれにもたれかかった。そして再び口を開く。
「しかし、お前たちには何か目的があるのだろう?確かそんなことを最初に言っていたような気がするのだが」
「そうだな。言っていた。私たちには目的がある。だから、ここに一生いるわけにはいかない」
つるぎが頷く。
「とすると、男魔術師はここの族長にはならないということで良いな?」
ギルツィオーネは僕たちに向かってそう聞いてきた。
「ああ、は……」
「ちょっと待ってくれないか?相談をしたい」
はい、と返事をしようと思ったところで、つるぎが言葉をかぶせてくる。
ギルツィオーネはつるぎの顔を見て少し眉を細めたが、
「まあ、良い」
と言った。つるぎが僕の腕を取ると、ギルツィオーネたちから少し離れたところまで行く。
「なんだよ、つるぎ。いきなり」
僕は腕を引っ張られて引きずられてしまう形になりながら、いきなり連れ出されたことに対して尋ねる。
「海斗、族長になれ」
彼らから声が聞こえないくらいの離れたところにたどり着くと、つるぎは僕に向かってそう言った。
「はぁ!?何言ってんだ……?」
僕はその言葉に衝撃を受けた。族長になれって、なんだよ。
「私は常々思っていたのだ。この集落はこのままでは駄目だと」
「はあ……?」
「ガルティアーゾは、男は戦士、女は魔術師となるために基本的な教育を受けるよな?そしてそれは強制的だ」
「そうだね」
「しかし、男の中にも戦士に向かない者がいるし、女の中にも魔法に向かない者がいる。そうだろう?実際私が体験した中でも、竜狩りのための戦士プログラムの中級の段階で戦士に向いてない者が何人かいた。それは、君がリータの手伝いをしている時にも感じたと思う」
「まあ、それはそうだけど」
たしかにつるぎの言う通り、リータが魔法を教えていた子供たちの中でも、簡単な魔法で躓いてしまう子がいた。きっとああいう子たちのことをつるぎは言っているのだろう。
「そこで私は考えた。男女どちらとも剣術と魔法教育を受けるべきなのではないかと」
「うん」
「どちらの教育も受けて、そのうえで自分は戦士になる、魔術師になると決めればよいと私は思うのだ。その方が、より良い人材を育成することが出来ると思う」
「それはそうだと思うけど……なんでそんな話が……?」
「そう、そこだ。そこが一番重要なのだよ、海斗」
つるぎはズイと僕に顔を近づける。つるぎのいい匂いが昨日の夜のことを思い出させる。
「今、海斗はここの族長になれるチャンスを保持している。そして、個々での族長の立場は絶対的だ。私がいま言ったようなことを実行に移せるチャンスかもしれない」
「確かにそうだけど……でも……」
「でも?」
「僕たちがずっとここにいるわけにはいかないじゃないか」
僕はつるぎに反論を試みる。たしかにつるぎの言っていることは正論だが、何も僕たちがやらなくたって、とも思う。今までガルティアーゾはそうして生きてきたのだから、特に問題はないのだろう。
「その通りだ。しかし、そのことについてもちゃんと考えてある」
「何?」
「私たちが出ていくときに再びギルツィオーネを族長に指名すればよいのだ」
「えー!?出来るかな?」
「出来るだろう。族長は絶対だからな」
「……まあ、仮にそれが出来たとして、またギルツィオーネが族長になったら僕たちが行ったことを白紙に戻されるんじゃない?」
「ああ、それは心配しなくても良い」
「なんで?」
つるぎの顔には自信に満ちた表情。何か考えがあるのだろうか。
「ギルツィオーネは魔法を使う者を嫌っている。だから私と結婚しようとして今回のようなことが起こったわけだ。私たちが行おうとしていることは、女であっても魔法を使わずに剣を振るう者を出現させようとしているようなものだ。ということは、ギルツィオーネが、私たちが行ったことを白紙に戻す可能性は低いと言える」
「そうかな……?」
「そうだとも。ヤツも男だ。異性の存在は求めているのだろう。でなかったら私と結婚しようとはしない。しかし、それよりも魔法を使う者を嫌う感情の方が大きかった。だが、私たちがさっき話したことを行うことによって、ヤツの求めている女性が生まれてくるはずだ。ヤツはその可能性を潰すほど愚かではないだろう」
「うーん」
僕は考える。果たしてそんなにうまくいくだろうか?
「大丈夫だって。今までだって何とかなってきただろう?」
「まあ、そうだけどさぁ」
たしかに、なんだかんだ言って様々なことが起こっても何とかなってきてはいる。しかし、それらはどれも一筋縄ではいかないものだったのも事実だ。
「大丈夫。今回は案外スルッといくよ」
何の根拠があるのか知らないが、つるぎは不敵な笑みを浮かべて僕にそう言う。
「ほら、海斗。族長になりますって、言いに行こう」
つるぎが再び僕の腕を引っ張ってギルツィオーネの元へと戻る。
「随分と長い話し合いだったな」
ギルツィオーネが皮肉を込めた声で僕たちに言う。
「ああ、すまないな。族長になった後のことを話していたもんで、遅くなってしまった」
つるぎがこともなしに言う。
「……なんだと?」
ギルツィオーネが驚いた顔をする。
「何が『なんだと』なんだ?」
「今、族長になるって、そう言ったか?」
うろたえた声でギルツィオーネが言う。
「いかにも」
つるぎは満面の笑みで答える。
「なあ、海斗?」
つるぎが僕を見る。僕は肩をすくめて、口を開く。
「僕は、このガルティアーゾの族長になるよ」




