第四十八話 初夜
「おおん?」
気が付くと見慣れない天井が目の前に広がっていた。僕がいつも使っているベッドよりも少し硬めの感触が背中を刺激する。意識はすごくはっきりしていて、僕がこの前倒れたときみたいに、記憶が混濁していて思い出せないなんて言うことはなかった。僕は、さっきまで確かにギルツィオーネと戦っていて、左腕を切られながらも電撃を浴びせ、勝ったのだ。いや、勝ったのか?僕も倒れたからあいこか?いや、でも最後に立っていたのは僕の方だし、今回は僕が勝ったということで良いんじゃないだろうか?よくあるヤンキー漫画とかでも、最後に立ってたヤツが勝ち、みたいな感じだったし、たぶん僕の勝ちだよね?そんなことを考えながらふと左腕があった部分を見つめる。左腕を失ったのはつらいが、まあ、つるぎを守れたと思えば安いもんだ……
「あっれぇ!?」
僕が左腕を見ると、左腕があった。もちろん普通の人間だったら、寝て起きて左腕があることに特段驚くことはないだろうが、僕ははっきりとギルツィオーネの大剣に切られたことを覚えているのだ。左腕を切られたのではなかったっけ?そう思って慌てて僕は右腕を見る。しかし、右腕はそこにいつものようにぶら下がっていた。
「あれぇ……?」
もう一度、僕は左腕を見る。変わらずそこにある左腕。試しに僕は左腕を動かしてみる。まずは肩から。挙手をするように腕を挙げる。思った通りに動く。次に肘を曲げる。これも当然曲がった。手首を動かすと、ちゃんとグルグル回る。指もくねくねできる。切られたことなんてまるで嘘みたいな感覚に陥る。あの戦いは夢だったのではないかという考えが頭をもたげる。すると、扉が開くような音と共に誰かが僕の今いる部屋に入ってきた。
「起きたのですね」
部屋が暗いので細かいところまではわからないが、どうやら女性のようだった。
「あ、はい……あの、ここは……?」
僕はその女性に話しかける。しかし、その女性は僕の質問には答えず、僕の所に近寄ってきた。そして、僕の寝ていたベッドの近くにあった椅子に腰を掛ける。その瞬間、部屋のライトに火がともる。魔法の発動があまりにも自然だったので、初めは魔法だと気が付かなかった。
「意識ははっきりしている?」
その女性は椅子に座るなり、僕にそう尋ねてきた。
「え、ああ、はい……一応は」
僕はそう返事をする。
「そう……それなら良かった。左腕の方は?」
「左腕?」
聞かれて僕は左腕を見る。先ほどまで動かしていた腕は、今も正常に動く。
「大丈夫ですけど……でもどうして?」
僕はその女性に尋ねた。しかし、彼女はまたしても僕の質問に答えず、静かに席を立った。そして、そのまま何も言わず部屋を出ていく。
「あ、あのっ」
扉がパタンと閉じられた。僕の声が虚空に吸い込まれるようにして消えていく。いったい彼女は何者だったのだろうか?切断されたはずの左腕と何か関係があるのだろうか?少しすると、扉の向こう側からバタバタという足音が聞こえる。そして、壊れてしまうんじゃないかというほどの勢いで扉が開かれた。
「海斗!」
「カイトさん!」
つるぎとリータが勢いよくなだれ込んできた。そしてすぐに僕の姿を見つけると、飛ぶように近づいてくる。
「大丈夫か!?」
「大丈夫ですか!?」
「わあわあわあわあ……声が大きいし二人いっぺんに喋られてもわかんないよ」
僕が二人にそういうと、二人とも急にしおらしくなってしまう。
「す、すまん……」
「ごめんなさい……」
「いや、良いんだけどさ。で、僕は一応大丈夫だよ」
僕がそう言うと、二人は大きく肩をなでおろした。
「本当か……良かった。本当に良かった……」
「ええ。本当ですよ。左腕も大丈夫なんですか?」
リータが左腕の様子を訪ねてきたので、僕は左腕を動かしながら答える。
「うん。大丈夫。全然違和感なく動かせるけど。でも、あの、確認なんだけど、僕左腕切られてたよね?」
「はい」
「なんでくっついてんの?」
僕は先ほどからずっと気になっていたことを二人に聞いてみた。
「ああ、それなのだが……」
僕の質問に、つるぎが口を開く。つるぎが話してくれたのはなかなかに衝撃的なモノだった。つるぎの話によると、下のようなものだった。
僕とギルツィオーネが倒れた後、すぐに周りにいた人々によって救命活動が行われたらしい。なにしろ、一人は腕を切断され、一人は電撃を流されたのだ。しかも、その倒れた人物は族長と来ている。僕たちはすぐに死んでもおかしくはなかった。周りの人が懸命に僕たちに治癒魔法をかけたらしいが、腕がくっつくこともなければ、ギルツィオーネの意識が回復することもなかったそうだ。みんながどうしようかと悩んでいると、年を取り病気がちで家にずっといたギルツィオーネの母親が突然表れたらしい。そして、強力な治癒魔法を僕たちに放ったのだそうだ。その結果僕の腕はくっつき、ギルツィオーネの身体と意識が回復したらしい。そして、僕とギルツィオーネはギルツィオーネの家に運ばれ、今に至るのだそうだ。ということは、僕が寝ていた時間は一日もたってないということになる。この前は三日間眠ったままだったらしいから、僕にかけられた治癒系魔法がどれほど強力なものだったのかうかがい知ることが出来る。というか、それだけ強力な治癒魔法を使えるということは、病気がちという話は嘘なんじゃないか?
「なるほど……そういえば、前々からリータが言ってたね。族長のお母さんは偉大な魔術師だって」
「はい。だけど、今回の件は驚きましたよ。まさか、電撃をまともに喰らった人間を回復させて、切断された腕をくっつけることが出来るほどの魔法を使うことが出来たなんて」
「だね。第何位魔法だったんだろう」
「少なくとも第五位魔法以上だと思います……」
「そうか……すごいな……いうことは、さっき僕の部屋に入ってきたのが、ギルツィオーネのお母さん」
「そうです。あの方が、族長の母親です」
「へえ~」
僕が呆けていると、つるぎが口を開いた。
「で、彼女によると、本人的に見て問題が無ければ家に帰って大丈夫だそうだ」
「あ、そうなんだ」
「……どうだ?」
「うん。問題ないよ」
僕がそういうと、つるぎは安心したような顔をした。
「では、帰ろう。海斗」
「うん」
僕たちは、家に帰ることにした。
リータと別れ、僕たちが家に入ると、いきなりつるぎが僕の背中に抱き着いてきた。
「……」
「何?」
僕は胸の前に来たつるぎの手に自分の手をそっと重ねる。
「……」
つるぎは何も言わない。僕はラーミアクルスのポンチョを脱いだ。つるぎは離れないままだ。僕の背中に、湿った温かいものが広がる。
「な~に泣いてんの」
僕はつるぎの腕をほどくと、つるぎに向き合う。つるぎは下を向いたまま、顔を上げようとしない。
「どうしたの?泣いちゃって……」
「そりゃ泣くだろうが!」
僕がつるぎの顔を上げようとすると、つるぎは大声でそう叫んだ。その拍子に上がったつるぎの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「泣くだろうが……」
再びそうぽつりと呟くと、つるぎが僕の胸に飛び込んでくる。
「……泣くだろうって、別に泣く必要は……」
僕は苦笑しながら言う。しかし、つるぎがその言葉に声を震わせながら反論した。
「君は死にかけたんだぞ!?泣かない方がおかしいだろうが!」
「いや、別に、死にかけたってわけじゃあ……」
「うるさい、だまれ!」
僕が返すと、大声で遮られてしまう。そして、しばらくそのまま静寂が続く。
「……海斗」
「うん?」
「……ありがとう……守ってくれて……」
「……うん」
つるぎが僕の左肩をさする。まるで傷口をなでるかのように。
「僕も、つるぎを渡したくなかったから。ギルツィオーネなんかに」
僕はつるぎを少しだけ抱き寄せた。
「渡したくなかったから……」
「海斗……」
つるぎが僕の顔を見る。そして、瞳を閉じた。僕はつるぎのその唇にそっと口づけをする。
「……っぷあ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
唇を離す。互いの吐息がまじりあう。
「好きだ……つるぎ……」
「……私もだ。海斗……」
「誰にも渡さない……」
僕はもう一度つるぎの唇を奪う。強く抱きしめる。僕たちは滑るように一緒に移動をする。そのまま階段を登った。僕の部屋に入り、なだれ込むようにしてベッドに転がる。
その夜、僕たちは夜の闇に差し込むいくつもの星の光のように、二人で溶け込みあった。




