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第四十六話 つるぎは渡さない

僕たちはつるぎの時間がある時に、エーメスを相手に連携の精度をどんどん上げていった。一番最初にエーメスと対峙しつるぎと連携を取った時より、いわゆる「阿吽の呼吸」というやつを会得できているような気がする。


さらに僕たちは、つるぎは戦士として、僕は魔術師としてそれぞれ別にレベルアップしている。それもそのはず、僕たちがこのガルティアーゾの土地に来てから、約五カ月半が過ぎようとしているのだ。つるぎはもうすぐで上級レベルの竜狩りプログラムを終えることが出来るようだ。僕も一応ではあるが第五位魔法を放てるようになっているし、身体の方も他のガルティアーゾの男のようにはいかないが、それなりに戦える身体になっている。半年前の僕より少し身体の厚みが増していると思う。


というか、そうか。もうここに来て半年が経とうとしているのか。僕たちが最初にここに来た時に与えられた期間が、もうすぐ過ぎようとしている。僕もつるぎもその話を今までしてこなかったけれど、タイムリミットはもうすぐそこまで来ているのだ。僕たちも、次の一歩を踏み出さなければいけない時期に差し掛かってきてしまったのだ。


「大変です!カイトさん!」


僕がいつものように、集落の真ん中にある竜の鱗を外壁にふんだんにしつらえてある塔の三階で魔法研究についての本を読んでいると、大きな足音と共にリータが突然大声で入ってきた。


「おお、リータ。どうしたの?そんなに大きな声出しちゃって」


リータは確かに少しテンションが高くなってはしゃぐときもあるが、こんなに大きな声を出しているところは今まで聞いたことが無かった。こんな声も出せるんだな。


「大変なんですよ、カイトさん!」


「いや、それは聞いたんだけど。何が大変なの?」


リータは走ってここまで来ていたのにも関わらず大声を叫んだせいで息が苦しくなったのか、膝に手をついて粗い呼吸を繰り返している。


「そ、それが……ですね……」


なおもしゃべり続けようとするリータに僕はすかさず、


「いや、呼吸が整ったらでいいから。急がないで大丈夫だから」


とフォローする。それを聞いたリータはしばらくの間、大きく深呼吸をして息を整えた。そして一息つくと、また大きな声で話し始めた。


「大変なんですよ!つるぎさんが、族長に!」


「つるぎが?ギルツィオーネに?」


「はい、族長に、無理やり結婚させられそうになっているんです。今!」


「はぁ!?」


僕は思わず素っ頓狂な声を出し、顔を思いっきりしかめた。


「待って待って。誰が誰に誰と結婚させられそうだって?」


「つるぎさんが、族長に、族長と結婚させられそうなんですよ!」


リータの叫び。


「それで今つるぎは?」


僕はつるぎの現状が気になってリータにそう尋ねる。つるぎのことだ。そんなことを言われてはいそうですかと引き受けるわけがない。大方そんなことは認めないと暴れているに違いない。だいたいなんでギルツィオーネはつるぎを結婚の相手に選んだんだ?つるぎとギルツィオーネは仲が悪かったんじゃなかったのか?つるぎが僕を竜狩りの見学に連れて行った時も、二人は険悪なムードだったし。


「つるぎさんは今、『そんなことは認めない』と言って暴れまわっていますよ」


「あ、やっぱり」


予想がぴったりとあてはまって少しだけ驚いた。が、そんな余裕はない。すぐにつるぎの所に向かわなければ。


「今、つるぎはどこにいるの?」


僕は階段を下りながらリータに尋ねる。


「族長の家の前にいます!」


リータは僕に遅れて付いてきながら、そう答えた。


「じゃあ、ギルツィオーネの家までダッシュだ!」




僕とリータがギルツィオーネの家の前に到着すると、そこにはすでに人だかりが出来ていた。その人だかりの奥から、つるぎの声。


「絶っっっ対に貴様となぞ結婚はしない。する気もない。だいたいなぜ私なのだ?私は魔法が使えないのだぞ?ガルティアーゾの戦士は全員魔法を使える女性と結婚するのだろう?」


「だからだ。お前は唯一ここで魔法が使えない女だ。だからだ」


「意味が分からんな。つまり、理由は『私が魔法を使えないから』というただ一点のみだけなのだな?」


「別にそれだけではない。お前は顔も整っている。目麗しい女を妻にすることは、ガルティアーゾの族長としての地位を高める」


「本当にクソ野郎だな、貴様は」


「ふん。なんとでも言うがいい。ここでは俺が正しい。そうなっている」


僕は人だかりをかき分けて、二人が対峙している場所に行く。


「つるぎ!」


僕の声に反応してつるぎが振り向く。


「海斗!」


つるぎは僕の顔を見るなり勢いよく抱き着いてくる。


「うわっとっとっと……」


倒れないように必死に足腰に力を込めながら、なんとかつるぎを抱きとめる。


「聞いてくれ、海斗。あいつが……」


つるぎは僕に抱き着いたまま顔をギルツィオーネに向け、忌々しそうにつぶやく。


「まあ、だいたいのことはさっき聞いたよ。ほら、つるぎ。ちょっと離れて」


「ん、ああ」


僕がやんわりとつるぎを剥がすと、つるぎはされるがままに離れていく。しかし、腕だけは僕の腕にしっかりと絡めたままだった。


「男の魔術師か……何の用だ?」


ギルツィオーネが苦虫をかみつぶしたような顔で聞いてくる。やはり、相当魔術師が嫌いなようだ。それもそうか。母親は弟だけに魔法を教え、弟はその魔法と剣でもって剣士であるギルツィオーネを圧倒。挙句の果てに父親を殺して逃走とくれば、嫌でも魔術師を嫌いになるだろう。だが、それとこれとは別問題だ。僕はいくら彼に嫌われようと平気だが、彼につるぎを奪われるのはみすみす見逃せない。


「いや、何の用かって言われると、別に何の用でもないんだけど……」


僕がそう言うと、ギルツィオーネは


「では下がっていろ。これは私とそこの女での話だ。部外者は入ってくるな」


「うーん、部外者って言われるのは、なんか心外なんだけど……」


僕はそう言いながら、まだ肝心な言葉を言う覚悟が出来ていないでいた。つるぎが僕のポンチョの裾をぎゅっと握ってくる。僕はその手に自分の手を重ねた。伝わってくるのは、つるぎの優しい暖かさ。そういえばつるぎの手をこんなにしっかり触ったのって、小学生の時以来かもしれない。僕の肌からは考えられないほどにすべすべとしているその手は、僕に触られることをこばまず、そこでじっとしていた。僕は重ねた手を強く握り、つるぎの手を握り締める。やっぱり、僕は……


「つるぎは、渡さない」


ようやくその言葉が僕の口からはじける。解放された言葉が空気を振動させ、ギルツィオーネの耳へ振動を伝える。


「なに?」


ギルツィオーネは僕の言葉を聞き返してくる。


「つるぎは渡さないって言ったんだ。なんなら、もう一回言ってやろうか?」


僕はさっきよりも大きな声で、確実にギルツィオーネに伝わるように言う。


「海斗……」


僕の後ろで、つるぎがそうつぶやく。そして、僕の背中にもたれかかってきた。しばらくの間、無言で立ち尽くしていたギルツィオーネは急に笑い始めた。


「うはははははは!渡さない、だと?魔術師のお前ごときが、私にその女を渡さないとな……面白い。面白いじゃあないか」


ギルツィオーネは一歩、また一歩と僕たちの方に近寄ってくる。


「いいだろう。ならば決闘だ。お前と私の一騎打ち」


ギルツィオーネが近づきながら言う。


「お前が渡さないというのならば、私が力づくで奪い取るまでだ。それが嫌なら私に勝て。男の魔術師よ」


ギルツィオーネはどんどん僕との距離を詰めてくる。近づくごとに、ギルツィオーネが発している圧が強くなってくる。


「つるぎ。安全なところまで離れていて」


僕はギルツィオーネが今この場所で決闘を始めるつもりだと理解し、つるぎにそう囁いた。


「でも」


しかし、つるぎは僕から離れようとしない。僕はつるぎの方を向くと、もう一度手を強く握った。


「大丈夫だって。僕たちは二人で一人前の戦士って言われているらしいけど、今回は僕がつるぎを守るよ」


「……うん」


僕がつるぎの眼を見ながらそう言うと、つるぎは頷き、しずしずと人だかりまで下がっていった。その姿を見て、僕はもう一度ギルツィオーネの方に向き直る。ギルツィオーネは背中の剣の柄に手をかけていた。


「今から、この俺、ギルツィオーネは、この男の魔術師に決闘を、申し込む!」


一言一言はっきりとした口調で、ギルツィオーネは叫ぶ。そうして、膝を曲げ腰を落とし、重心を低くしていつでも戦闘が出来る体勢に入った。僕はそれに返事をする。


「この僕、新山海斗は、ガルティアーゾ族長・ギルツィオーネの決闘を受け入れる」


その瞬間、ギルツィオーネが地面を蹴り上げ、僕との距離を急激に縮める。つるぎをかけた決闘が始まった。

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