第四十四話 エーメス救出
「さてと」
つるぎが一言つぶやくと、そのまま肩を回したり、首のストレッチを始める。
「ほら、海斗も準備をした方が良いのではないか?」
「え?」
「え?じゃあないだろう。今から連携の練習をするんだぞ?」
「今からなの?」
「当然じゃないか。善は急げとも言う。さっさと始めたほうが良いだろう?」
「ま、まあ、そうなんだけどさ。ほら、エーメス、壁に刺さっちゃってるし……」
まさか、さっきの今でもう連携の練習に入るとは思わなかった。僕が苦笑しながらエーメスを見ながら言うと、つるぎは
「あれは君が何とかするべきだろうが!」
と一喝。そして、お尻を蹴り上げてくる。
「わかったわかった!痛いから蹴るのはやめてくれって!」
僕はつるぎの攻撃をよけながら、壁に刺さったまま動かないエーメスに近づいていった。そして、その近くでウンウン唸っているリータに声をかける。
「大丈夫か、リータ?」
「カイトさん……やってくれましたねぇ、これ」
リータはエーメスをさしている杭を忌々しげに見つめながら口を開く。
「いや、だって。やっちゃってくださいってリータが言うから」
「私のせいですか?」
「誰のせいとかいう話ではないと思うけど、思いっきりやった結果だよ、これが」
「抜けない杭はダメですよ、カイトさん。どうにもできないんだもの」
リータは半分呆れた顔で僕に向って言ってくる。
「いや、それは悪かったって。けど、エーメスの動きを止めるには、このくらいしか思い浮かばなかったからさ」
「……まあ、良いんですけど。で、これ、どうしましょうか?この杭を撤去しないことにはエーメスを直すこともできないですし」
リータは急にまじめな顔になって、エーメス救出作戦の話を始めた。
「引き抜くのは出来ないだろうからなあ」
「闇系魔法で溶かしてみるのはどうです?」
「僕、そんなに闇系魔法を覚えているわけでもなければ使えるわけでもないよ?」
「そうですか?カイトさんなら、案外すんなり出来ちゃう気がしますけど」
「無理だって……あとは、この両サイドをつるぎに切ってもらうくらいしか、僕は思いつかないな」
僕は、つるぎがエーメスの岩を軽々と切断していた場面を思い出しながら言った。
「いくらつるぎさんとはいえ、切れますかね、これ」
リータは一瞬「それだ!」というような顔をしたが、すぐさま疑問を呈してくる。
「うーん。僕的には、自分の魔法練度がまだまだだということがわかっちゃうから切れてほしくない反面、切れてもらわないとどうしようもないからね……一応頼んでみる?」
「そうですね。一応頼んでみましょうか。それでダメだったら別の方法を考えるだけですし」
一応僕とリータは「つるぎに頼む」という何とも情けない解決方法をぶら下げて、つるぎの元へと帰った。
「どうだ。方針は立てられたか?」
僕とリータが帰ってくると、つるぎはそんなことを聞いてきた。
「まあ、方針は立ったような、立ってないような」
「どういうことだ?」
僕があいまいな表現をすると、つるぎは怪訝な表情をする。
「つまり、方針は立ったけど、それにつるぎが協力してくれるかどうかですべてが決まるってこと」
「私が協力?するけど、何か問題があるのか?」
つるぎは少し驚いた表情をした後、僕たちに尋ねてきた。そこで僕とリータは、どのような計画を立てているかをつるぎに話した。
「つまり、君たちは私にあの槍の両側を切ってくれと、そう頼んでいるのだな?」
「まさにその通り」
「お願いします、つるぎさん!」
リータが勢い良く頭を下げる。
「まあ、やらないこともないが、切れるとは限らないぞ?」
つるぎは多少困ったような顔をしながら言う。
「そりゃあ、もちろん。簡単に切られちゃったら、僕のプライドが……」
僕がそんなことを言うと、つるぎは途端に目を光らせる。
「ほう?プライドが?プライドがどうしたんだ?」
「いや、プライドが折られちゃうかなって」
「なら、是が非でも君のプライドを折ってやろうじゃあないか」
何故かつるぎは嬉しそうにそういうと、息巻いた様子で肩を回しながら、壁に磔にされているエーメスの元へと向かった。
「切るぞ」
エーメスの前に立ったつるぎは神切の柄に手をかける。どうやら最初はエーメスと壁をつないでいる方から切断するようだ。僕とリータは固唾をのんでその様子を見守る。いささか長すぎるのではないかと心配になるほどの刀身を誇る刀を、つるぎが瞬時に引き抜く。鞘と剣とを同時に引き抜くことによってさらに素早い抜刀。瞬間、槍と刃がぶつかり合い、金属同士をすり合わせたような甲高い音が鳴り響く。僕は思わず顔をしかめる。リータは両耳をふさいでいるようだった。一撃できることの出来なかったつるぎは、そのまま流れで二撃目を振るう。そして三撃目で槍にひびが入る。ピシピシという音が小さくこぼれた。その音を合図にするかのようにつるぎは刀を持つ右手のある方を引き、弾みをつける。そして、その切れ目に向かって渾身の突き。ちょうど刀身とつるぎの腕の長さがぴったり真っすぐ伸ばされるような位置で刃先が切れ目に到達。全ての力を伝えられたそのひび割れは、亀裂を大きくしていった。つるぎが一歩踏み出し、ダメ押しを加えると、槍は完全に割られ、それと同時にエーメスが前に向かって倒れ始める。
「あ、『眠起界動流科』!」
エーメスが完全に倒れてしまう前に、リータがエーメスを起動させる。すんでのところでエーメスは足を前に出し、倒れそうになっていた体を支えた。そして、エーメスは両足で再び立つ。そうしたところで、つるぎが斬撃に移る。今度は抜刀ではなく上から振り下ろすような一撃。ジャンプをしながら放ったその一撃は、つるぎのはなった力に加えてすべての体重が加算される。ミッシィ、という音が響く。途中で止まっていた刀にぶら下がるようにして、さらにつるぎは雄たけびと共に切りかかる。
「おおおおおおおおお!!」
すると、槍はパキンッ!と小気味よい音をさせながら真っ二つに割れた。つるぎは上手に着地をすると、ドヤ顔を隠さずに僕たちの方を向いた。
「まあ、こんなもんだろう」
「すごいです!つるぎさん!」
リータがはしゃいだ様に言う。僕も、凄すぎてため息しか出なかった。
「どうだ。君のプライドは折られたかな?」
ニヤニヤとしながらつるぎは僕に向かって言う。
「もうボッキボキだよ」
僕は素直に負けを認める。まさか、最後に一撃で切断されてしまうとは。今度はもっと硬質になるようにしなければいけない。
「しかし、これは私も納得のいくものではないな。これでは『切った』のではなく『折った』だ」
槍の断面を眺めながら、つるぎが悔しそうに言う。
「でも、これでまたエーメスを使える」
「まあ、それはそうだが……」
少し不満そうな顔をしながらつるぎが返す。
「じゃあ、直しちゃいますね!」
リータが僕との戦いで追った負傷を直すためにエーメスの元に駆け寄っていった。
「さて、ようやく連携の練習が出来る」




