第四十一話 つるぎ対エーメス
「例の洞窟って……ああ、エーメスのいるところか」
いきなり「例の洞窟」と言われたから何のことだと一瞬戸惑ったが、そういえば僕が知っている洞窟はあそこしかない。
「カイトさん、つるぎさんに教えたんですか!?」
「え、ああ、うん。ダメだった?」
リータが大きな声で驚いたように僕に言う。僕がそう返事をすると、リータは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに
「……ダメじゃないですけど」
と言った。
「でも、いきなりなんでそんなところに行きたいなんて言い出したの?つるぎ」
「……私は思ったのだ」
僕がつるぎにそう尋ねると、つるぎは一言一言かみしめるように、まるで己にその言葉をしみこませるかのように力強く言う。
「先の黒竜との戦いで、私たちの力は全く歯に立たなかった」
「でも、倒したんですよね?」
リータが口をはさむ。
「ああ。だがそれは、私の力と海斗の力によるものだ」
「うん?」
リータの頭にクエスチョンマークが浮かぶのがわかる。当然僕の頭にも浮かんでいる。
「どういうこと?」
僕はつるぎに尋ねる。
「今回黒竜に勝てたのは私が剣で、海斗が魔法でそれぞれ頑張ったからだと考える。しかし、本来ならあそこは私と海斗の二人で頑張らなければいけなかったのだ。つまり、あの戦いにおいて私たちは連携が出来ていなかったということだ」
「でも、岩を落とすために誘導してもらったりとかしたじゃないか。あれは連携じゃないの?」
「確かに連携かもしれない。だが、それは出来合いの連携だ。本来なら私が海斗に何も言われず黒竜の相手をし始めないとダメだった。もっと言うなら、そもそも君に目から血を流してまで魔法を発動させるような状況を作ってしまったこと自体がダメなのだ。あの黒竜は200歳程度と若かった。もっと前にかたをつけるべきだったんだ。それをするためには私たちの連携が不可欠……」
「いやまあ、理想はそうなんだろうけどさ」
つるぎのえらい落ち込みっぷりを慰めようと、僕はつるぎの肩に手を置く。
「だから!」
「うわ!?」
その瞬間僕の方に勢いよくつるぎが振り向く。僕は驚いて、思わず飛び退く。
「私と海斗の連携を深めるために、あの洞窟になんないしてくれと言ったのだ……エーメスとやらを連携の練習台にするために」
「ああ、なるほどね」
そこでようやく洞窟に連れて行けと言う話につながるわけか。だいたい理解した。
「だけど、エーメス強いよ?練習になるかどうか……」
僕が懸念を示すと、つるぎは強く反論してくる。
「相手が強くなくては意味がない。私たちは常に強者との戦いを想定しなければならないのだから」
「まあ、確かにそうだけど」
「ということでリータ。私にもその洞窟を案内してくれるか?」
いつの間にかつるぎはリータに話しかけている。
「良いですよ。でも、他の人には内緒にしておいてくださいね!カイトさんみたいにペラペラしゃべられちゃったら困っちゃいますから」
リータはわざと頬を膨らませて、おどけたように言う。
「安心しろ。私は海斗のように口に戸を立てられないような人間ではない」
つるぎも僕を見てにやにやとにやけながらからかうように言う。
「悪かったな。おしゃべりで」
僕はため息をつきながら、言った。
「ほう……!こんなに広い空間がこんなところにあったとは……!」
つるぎはドーム状に広がる洞窟の最深部に到着するとそんなことを口にする。最初に来た時は僕もつるぎと同じような反応をしていたことを思い出す。第四位魔法の練習のために何度もエーメスを相手にしていた僕は、今ではこの広い空間に対する驚きではなく、いつかここが衝撃で崩れてしまうのではないかという心配の方が大きくなっている。
「あれが噂のエーメスだな」
つるぎが指さす先には不自然に盛り上がっている丘。それは、エーメスが起動されるまで待っている姿だ。
「その通りです!」
リータは元気よくそう言いながら、エーメスに近づき唱える。
「眠起界動流科」
すると、リータの声に反応し、丘に見えていたものが徐々に動き始める。岩の塊だったものが、二足歩行の兵士に姿を変える。
「これがエーメスです!」
リータは自分のモノのように自慢げに叫ぶ。まあ、気持ちはわからなくもない。実を言えば、あのエーメスはリータの声にしか反応しないのだ。僕も何度か試しにエーメスを起動させる言葉を唱えたことがあるのだが、うんともすんとも言わなかった。それが、リータではこうもあっさり動くのである。たぶん僕の予想では、このエーメスという古代兵器は、最初に声をかけたものに反応するのではないかと思っている。あのエーメスは当時だれにも起動されないまま眠りにつかされ、そのまま長い時を経てリータに起こされたのだ。だから、一番最初に起動させたリータの声に反応して、僕の呼びかけには反応しないのだ。
「とりあえずは、実際どのくらいの強さなのかを見せてもらってもいいか?」
つるぎはリータに言う。
「了解です!ではでは、『兵守兵攻』!」
リータの号令によって、今まで停止していたエーメスが動き出す。
「おお!やはり動くと壮観だなあ」
つるぎは呑気なことを言いながらも、愛刀・神切の柄をにぎり、抜刀の構え。そして間合いに入った瞬間、無言で抜刀。つるぎの身長ほどもあるあの刀をどうやったらあんなに早く抜けるのかと思うほど素早く剣を抜くと足に向かって切りかかる。しかし、エーメスがそれを腕で防ぐ。つるぎは構わず切り進む。
「……なぁ!」
気合の声とともに、つるぎが剣を振りぬく。すると、足への攻撃を防いでいたエーメスの腕が片方切断される。
「すごい……」
リータが小さくつぶやく。僕も驚いている。あんなに大きな岩の塊であるエーメスの腕を、片方だけとはいえいとも簡単に切ってしまうなんて。というか、岩をも切断できるにもかかわらず、つるぎは竜には腹に傷を負わせるだけで精いっぱいだった。どれだけ竜は強いんだ?
「あ!切っちゃった!」
僕たちの驚きをよそに、つるぎはそんなことを言いながらエーメスと距離をとる。
「すまない、リータ!エーメスの腕が……」
「大丈夫です、心配しないでください!ちゃんと元に戻す方法もありますから!それより」
リータの言葉が終わらないうちに轟音。エーメスがつるぎに向かってジャンピングプレスをした音が響く。片方の腕を切断されてバランスがおかしくなったのか、エーメスは着地後すぐにふらふらとする。
「そうか。それならよかった!」
いつの間にかエーメスの肩に乗っていたつるぎが叫ぶ。そして剣先を肩に着けたままその肩から降りるように飛び、切断。ついにエーメスの両腕がなくなった。
「はあぁ!」
そしてつるぎは着地と同時に横なぎに一閃。エーメスの上半身と下半身を一刀両断する。上半身がそのままつるぎの上に降る。しかし、つるぎはなんなくそれを切る。切られたエーメスの上半身が二つに割れ、つるぎの両サイドに落下する。エーメスは完全に動きを止めてしまった。
「まあ、連携をとる練習をするためにはいい相手だな。エーメスは」
つるぎが涼しげな顔で神切を鞘にしまいながら僕たちに向かってそう言った。




