第三十九話 つるぎ・海斗VS黒い翼竜
「はああああああああああああ!」
つるぎが抜刀と共に一閃。しかし、黒い翼竜はそれをかわす。僕は汎用系第三位魔法「斬矢凡」を展開。つるぎの剣を避けた翼竜に向かって発射。しかし、翼竜の翼によって矢が弾かれる。つるぎがさらに翼竜に肉薄する。腹に向かって剣を横なぎに振る。剣先がかすめ、少しだけ傷をつける。
「海斗!狙うのは鱗のない内側の部分だ!」
つるぎは後ろに引きながら僕に向かって叫ぶ。
「わかった!」
僕はつるぎに向かって翼竜の攻撃がいかないように、さっそく「斬矢凡」を発動。竜の腹部分に向かって矢を発射する。しかし翼竜は翼を翻し、その矢を受け流した。そして、つるぎに向かって突進。つるぎは横に回避したが、完全には避けられずに身体ごと吹き飛ばされる。これ以上つるぎがやられないように汎用系第三位魔法「緑壁籠諏」を三重展開。同時につるぎに向かって黒炎が吐き出される。黒い炎が二枚目までの壁を包み込みそのままドロドロに土を溶かしてしまう。つるぎはうまく受け身をして体勢を立て直し、僕のそばによる。
「大丈夫?」
僕が呼びかけると、つるぎは思いのほか元気な声で僕に返事を返した。
「問題ない。が、思ったよりずっと強いな、ヤツは」
「だから最初にそう言ったじゃん!」
治癒系第三位魔法「痛経鎮寓侃」で、つるぎが受けたであろう衝撃による傷の、とりあえずは痛みを抑える。
「そうだったな」
つるぎは肩を交互に上げ下げして肩を落とすと、一度剣を鞘にしまう。
「……で、どうする?」
「どうもできないだろうな、これでは。しかし、周りがどうなっているかもわからないから、助けが来るという希望は早々に捨て去った方が良い」
「やっぱり?」
「……これは試練だ。私たちが殺すべき神が与えた、試練」
「じゃあ、何とかして乗り越えるしかないね……ちなみに第三位魔法はたいして通用しないことがわかったから、今僕が使える第四位魔法をありったけ打ち込むよ」
「では、私も今持てるすべての力をもって剣を振ろう」
つるぎはそう言って柄を握り抜刀の準備を始める。黒い翼竜はそんな僕たちを見ると、一度大きく口を開けた。空気の流れが少しだけ変化する。
「鳴くつもりか!?」
僕はとっさに耳をふさぐ。つるぎも柄から手を放し、両手で耳をふさぐ。瞬間、爆音。足に力を入れていなければ吹き飛ばされてしまうくらいの衝撃。空気がびりびりと振動しているのが、肌や心臓に直接伝わってくる。その衝撃により心臓の調子が狂い始めた。僕は深く深呼吸をしてその鼓動の変調を抑えようとする。何故だか足が一歩も動かない。
竜がもう一度口を開く。今度は咆哮ではない。口の奥がかすかに黒く光っているのが見えた。ここから逃げないとと思っているのに、頭ではわかっているのに動かない。心臓の音が頭蓋骨を通じて直接響いているのではないかというほど大きく聞こえる。無意識のうちに僕は暴れる心臓の手綱を一度手放し、「緑壁籠諏」を多重発動。しかし、先ほどの炎とは威力が違う。三枚目の壁も黒い炎に飲み込まれていく。目の前に炎が迫る。
「何をしてるんだ、バカ者!」
つるぎが僕の身体に突進し、炎の範囲から無理やり僕を脱出させる。僕はつるぎに吹き飛ばされて、身体の中の空気が抜けていった。無理やり口を開いて、酸素を求める。そして、その行動でようやく自分が今まで呼吸をしていなかったことに気が付いた。
「竜の畏れに飲み込まれるんじゃない!バカ者が!」
つるぎは僕の頭を軽くはたく。
「え?」
「『え?』じゃない。先ほどの咆哮で、君は一度竜の恐怖に支配されてたのだ!だから体が動かなかった」
「……なるほど」
「とりあえず深呼吸をしろ。そして、強く思え。自分は強いと」
僕は言われた通り深呼吸をする。先ほどまで暴れまわっていた心臓がいつの間にか通常運転に戻っていた。鼓動の音も聞こえない。だんだん気持ちも落ち着いてきた。
「自分が……強い?」
「そうだ。第一君は第四位魔法も使っていないだろうが。それなのに竜の畏れに飲み込まれてどうする!?」
「ああ、うん……ごめん」
「謝らなくて良い。次、来るぞ!」
つるぎの声とともに、竜の頭上に魔法陣が展開。そして、鋭い何かがこちらに向かって発射される。僕とつるぎはそれぞれ別の方向に回避する。なおも翼竜は魔法陣を展開し、先ほどと同じものを打ってくる。僕は回避しながら、竜が魔法を使うという事実に対して驚いていた。まさか、竜も魔法を使うとは思わなかった。ブレスと身体を使った攻撃だけだと思っていたのに……しかし、嘆いていても仕方がない。僕はこれが何の魔法なのかを必死に思い出そうとした。翼竜は先ほどとは違う色の魔法陣を展開。僕の目の前に何か液体のようなものが現れる。
「これは、『沼毒酸見城』!?」
僕はこれから目の前に広がるであろうモノを想像して、足に急ブレーキをかける。ワンテンポ遅れて、闇系第四位魔法「沼毒酸見城」によってつくられた、毒性の高いの液体で出来た沼が僕の目の前に広がる。シューシューと音を立てているその沼は、いかにも毒々しい色合いをしていた。僕は体を反転させ、逆方向へと走る。竜の方を見るとつるぎが翼竜に肉薄していた。抜刀の勢いを利用した最初の一撃目が竜の手と交差する。ガキンッという音とともに火花が散る。竜の爪のようなものが欠けたのが見えた。つるぎはすぐに返す刀で切りつける。しかし、それは避けられてしまう。僕はその竜が避けるであろうポイントに汎用系第四位魔法「断槍凡鋼」を放つ。
「断槍凡鋼!」
僕の右手から全長1.7メートルほどの槍が生成される。そして、すべてが完成されると発射。空気を切り裂きながら、黒い翼竜に向かって牙をむく。翼竜は翼を盾にしてガードする。槍は翼を貫くことはなく、鱗の何枚かを削っただけであった。しかし、その一瞬のスキを見逃すまいとつるぎが距離を詰める。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
翼を広げた翼竜の懐に飛び込み、腹部に連続で斬撃を放つつるぎ。竜は飛んでそれを回避しようとするが、僕がもう一度「断槍凡鋼」を打ち込み、それを阻止する。
「でやああああああああああああ!」
つるぎの渾身の一撃が、竜の腹部を深くえぐり、大きな切れ込みを入れる。そこからあふれ出る大量の鮮血。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンン!!!!!」
竜が大きな鳴き声を上げる。なおも切りつけようとするつるぎに竜が黒い炎のブレスで対抗した。つるぎがそれを避けると、竜はつるぎが懐から出るように動く。僕が「断槍凡鋼」を打つが、翼でうまく弾かれてしまう。竜が退いた跡には血痕が点々としていた。さらに攻撃しようとつるぎが距離を詰めようとした瞬間に咆哮。しかし、それを読んでいた僕は、対魔法系第四位魔法「波振竜哮」を発動。竜の咆哮とは逆の位相の音を放つことによりその咆哮を打ち消す。
「でやああああああああああああ!」
咆哮の衝撃が消え、そのままジャンプしながら切りかかったつるぎ。しかし、竜がつるぎに向かって左手を振るう。空中故回避が不可能なつるぎは、そのままモロに攻撃を喰らう。
「かっはっ!?」
つるぎはそのまま吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。僕はつるぎの前に「緑壁籠諏」を三重に展開し、つるぎのそばに向かうのに時間を稼ぐため、「斬矢凡」を放ちながら、次の攻撃に向かおうとする翼竜を阻害する。
「つるぎ!」
僕は倒れているつるぎのもとに駆け付ける。
「……うっ……うう……油断した……調子に乗ってジャンプするんじゃなかった……」
僕がすぐそばまで来ると、つるぎは上半身を起こす。
「良かった、生きてるんだな?!」
「なんとか……とっさに神切で直撃だけは防いだが……それでもこの威力か……」
僕はつるぎに素早く「痛経鎮寓侃」と「舞天癒輪舞」を放つ。つるぎの身体からプスプスと煙が出る。
「立てる?」
僕はつるぎに手を差し出す。
「ああ、何とか……今の衝撃で骨と脳ミソがやられなくて良かった」
「確かに。そうなると僕にはどうしようもないから」
「骨折も無理か」
「出来ないことはないだろうけど、瞬時には無理だと思う」
「なるほど」
黒竜のブレスが僕たちに向かって吐かれる。事前に出していた「緑壁籠諏」がすべて溶かされ、こちらに向かてくる。僕たちはまた、二手に分かれてそれを避ける。
「つるぎ!」
僕は離れたつるぎに向かって叫ぶ。
「なんだ!」
「少しだけ時間を稼いでくれないか!その後僕の方に誘導して!」
「……わかった!やってみよう!」
僕の言葉に何かを感じ取ったのか、つるぎはそう言うと黒竜に向かって行った。
「よし、これで……」
僕は土鋼竜がこちらに落としてきた大きな岩に向かった。僕は、この戦いに終止符を打つために、この岩を使うことを決意した。作戦はこうだ。僕がこの大きな大きな岩を魔法で持ち上げる。つるぎが黒い翼竜をこちらにおびき寄せる。ちょうどいいタイミングで、黒竜の上に岩を落とし、押しつぶす。これだけ。いくら竜と言えど、大きな質量には勝てないはずだ。問題は、竜を潰せるほどの大岩を僕が浮かすことが出来るかだけど……
「やるしかない」
後ろではつるぎが黒竜と戦っている音がする。僕は目の前の岩に意識を集中させ、これを浮かべるイメージをする。
「ぐうぅ!?」
つるぎの呻き声がする。そしてすぐ背後に、強大な殺気も。僕は振り返らずに唱える。
「空糸操天門楊!!!」
汎用系第五位魔法「空糸操天門楊」によって岩が持ち上がる。空に高く、高く。僕は体を反転させて、黒竜の位置を確認する。黒竜の腕はすぐ目の前に迫っていた。僕は急いでその大きな岩を黒竜に落とす。地面の揺れる衝撃と、僕の身体に受ける衝撃は、ほぼ同時だった。
「っ!」
身体が勢いよく吹き飛ばされる。声にならない叫びをあげながら、僕の身体は地面にたたきつけられる。意識が遠くなっていく。鼻から出た血がやけに熱く感じる。ああ、だめだ……
「失神するな!」
いきなり僕の顔に衝撃。遠くなっていた意識が強制的に引き戻される。閉じかけた目を開くと、そこにはボロボロになったつるぎの姿があった。どこもかしこも出血しており、今にも倒れそうになっているつるぎは、それでも僕を支えてくれていた。
「ゴギャルルルルルルルルル!!!」
黒竜の咆哮が聞こえる。まだ生きているのか。あれだけの大きな岩を喰らって、まだ生きているなんて、やっぱり化け物だ……つるぎに支えられながら僕はゆっくり立ち上がる。岩の下敷きになった竜は、どうにかこの岩から抜け出そうとしながらもがいている。
そして、その間も視線は僕たちに向けられていた。そこにこもっているのは殺意。自分をこんな目に合わせたものに対する純粋な殺意だった。つるぎに肩をかりながら、僕は魔法を発動する。目が焼けるように熱い。頬を水ではないなにかドロッとしたものが流れ落ちていく。
「か、海斗!血が……!」
つるぎが僕の顔を見て驚いている。構わず僕は魔法を放つ。
「即愁電什南過」
雷系第四位魔法「即愁電什南過」を黒竜の頭に向けて発射。ちょうど目に着弾した雷撃はそのまま内部に侵入し、目の神経を焼き切っていく。さらに進軍する雷撃に対し、竜は咆哮。しかし、それで止まるわけはない。放たれた雷撃は脳にまで達し、脳を蹂躙していく。黒竜は一度頭を大きくそらせると、そのまま力をなくしたように頭を重力にゆだねる。
ドスンという音を立てて、黒竜の頭が地面にたたきつけられた。その頭からは、体内で沸騰した血液が白い蒸気へと変わり、空中に放出させられている。目は白く白濁していた。先ほどまでの殺意はかけらもなかった。その姿を見て、僕は急に身体に力が入らなくなり、前に倒れているということをやけにはっきりと認識しながら、そのまま意識をフェードアウトさせてしまった。




