第三十八話 竜狩り見学会・後編
ガルティアーゾ竜狩三番隊の拠点であるこの土地は、岩山に四方を囲まれている。いわゆる盆地のような地形になっており、日差しが照り付けている今の時間帯ではとても暑い。きっと、これが夜になっても続くのだろう。時折抜ける乾いた風が心地よい。
つるぎは黙々と野営の準備をしている。
「あの、何か手伝うことは……?」
「特にないな。もう少しで出来上がるから待っていてくれ」
「あ、うん」
何となく僕のイメージ的に、こういった作業をするのは男の役割のような気がするので、何もしていないどころかつるぎにすべてを任せてしまっているこの状況が、何となく後ろめたく感じる。まあ、そんなことをつるぎに知られたら、きっとつるぎは怒るだろうけど。
「……よっと。ほら、できたぞ!ここが私たちの愛の巣だ!」
「へー、中はこんなふうになっているんだな」
僕はつるぎの言葉を無視してテントの中を覗き込む。
「そうだぞ。案外広いだろう?私たちの愛の巣は」
しかし、つるぎは負けじと重ねて言葉を紡いでくる。だから僕もさらに無視を決め込む。
「あ、なるほどね。ここがこうなってるから、内側からも閉められると……良く出来てるなぁ。僕たちの世界にも通用する、普通のキャンプ用品みたいだね」
「キャンプ用品ではなく、愛の……」
「ありがとう、つるぎ。こんな立派な寝床を作ってくれて」
なおも「愛の巣」を連呼し続けるつるぎの言葉に重なるように僕は言う。そして、つるぎの手を取って、ブンブンと上下に振り、無理やり握手の形をとる。まっすぐつるぎの目を見つめる。
「ま、まあな。君が寝られる場所がないと困ると思ったから……」
僕にいきなり目を見られ、すこし照れくさそうにしながらつるぎはごにょごにょと言う。よし!勝った!
僕たちがそんなことをやっていると、
「全員集合!」
という号令がかかった。
「集合だって」
「ああ、行くか」
僕とつるぎもその号令に従って、皆が集まっている方向に向かう。集合をかけたのはギルツィオーネ。そしてその横にいるのは、見慣れない人物だった。その人の頬には、いくつもの小さな傷があった。そして、左目の部分には、ことさら大きな傷。その傷のせいなのか、左目は瞑ったままだ。背はギルツィオーネより少し小さいが、180センチは優に越しているだろう。しなやかさを感じさせる全身の筋肉には、無駄の一切ない洗練されたものがあった。
「今から、ガルティアーゾ竜狩三番隊による竜の討伐を見る。その際の注意事項を、三番隊の隊長であるセシリオから伝えてもらう」
そう言って、ギルツィオーネは横にいた人物を促す。なるほど。彼がこの三番隊の隊長だったのか。どおりで強そうな雰囲気をしていると思った。
セシリオから次々と注意事項が告げられる。その多くはどれも「竜狩りの最中は危ないから近づくな」というような内容であった。
「あれだけ同じような内容を言うってことは、やっぱり危険なんだな」
僕は出来るだけ小さな声で隣のつるぎに話しかける。
「そうだな。通常竜狩りは大人数で行われる。大人数で行われるということは、その分不確定要素が高まるということだ。いくら歴戦の戦士が集まっていたとしても、何が起きるかわからない。さらに彼らは私たち見学者というお荷物も抱えなければならない。少しでも不安要素をなくしておきたいから、このように何度も同じような内容を注意しているのだろう」
「なるほどね」
「……以上」
注意事項の連絡は終わったらしく、セシリオはすぐに引っ込んでいった。ギルツィオーネが再び口を開く。
「セシリオからも話があった通り、常に危険が伴う現場だ。くれぐれも勝手な行動はしないように」
そう言って、僕たちをジロリとにらみつける。その視線をよけるように、僕もつるぎもそっぽを向く。
「では行くぞ」
セシリオが出発の合図を出した。
今向かっているところは、竜が良く出るポイントらしい。拠点の囲まれた岩山を越え、さらにもう二つほど岩山を越えたところにそれはあるそうだ。そこは、ワルフラカ帝国の鉱山作業員が働く場所でもあるらしい。そういえば、ガルティアーゾはワルフラカ帝国に依頼された竜の討伐も行っているんだっけか。ということは、今回はその依頼された竜の討伐ということだろうか。しばらくすると、岩山の中腹にやけに開けた場所があるのが見えた。たぶん、あそこが鉱山作業員の働いているところなのだろう。遠目から見る限りでは、人の動いている様子はない。どうやら、竜が出るということで仕事を休みにしているようだ。その中腹部分を頑張って見なくても見えるような場所に来たところで、先頭が立ち止まる。それにつられて集団も止まる。
「ここが見学場所だ。ここから先、少しでも前に出たら危険だから入るなよ」
セシリオはそう言うと、仲間を引き連れて、さらに先に進んで行く。ギルツィオーネは、別の人物に何かを話すと、
「お前たち!絶対にここを動くなよ!」
と言ってセシリオの後に続いて、開けた中腹に向かって行ってしまった。
「こんなに距離をおかないと安全に見学できないなんて、竜って言うのはよっぽど広範囲に攻撃が出来るんだな」
「それはそうだろうな。何しろ地上最強と謳われる生物だ。その威力は計り知れないだろう。それと、海斗。ここが安全地帯だと思っているのなら、考えを改めてくれ」
「え?でも、さっき」
「やつらの言う安全とは、上級のメニューをこなしている人間が難なく攻撃をよけられる程度のことを言っている」
「……ってことはつまり?」
「運が悪ければここにも竜の攻撃が来るということだ」
「え、ヤバいじゃん」
「並の人間ならな」
「僕、並の人間なんだけど」
「君は魔法が使えるだろう?何かあったら、それで攻撃から自分の身を防いでくれ」
「あ、うん……だけど、つるぎは?」
「私も自分の身は自分で守れる」
「そっか」
まさかここが安全地帯じゃあないなんて、だれが考えられるだろうか?ここから先は危険だって言われたら、誰しもここは安全なんだと思うだろう。だけど、実際はそうじゃあないらしい。実に厄介だ。でもまあ、そうそう竜の攻撃がここに来ることなんてないだろう。仮にもしあっても、岩山の中腹からここまでは、かなりの距離がある。魔法を展開する時間的余裕はあるはずだ。そこまで心配しなくてもいいだろう。たぶん。
僕がそんなことを思っていると、岩山の中腹から、轟々と響くすさまじい音が聞こえてきた。そして、大量の砂が舞う。
「ギャルラララララララララララララララララァァァァァァ!」
そして、咆哮。砂埃の中から現れたのは、四つ足の茶色い生物だった。大きさは、距離が離れているこちら側からでも大きいということを確認できる程度だ。つまりはバカでかい。正確な大きさはわからないが、たぶん30メートルは越しているのではないだろうか。あれが、竜。
「始まったな」
つるぎがつぶやく。その瞬間、無数の人影が宙を舞う。金属同士をぶつけたような鋭く高い音が響く。竜狩りが始まったようだ。
「あれ、竜なのか?なんだか、イメージと違ったんだけど」
僕はつるぎに尋ねる。四つ足なのは良いが、さっきの生物には竜の象徴ともとれる翼の姿を確認することが出来なかった。
「ああ、あれは土鋼竜という竜だ。このような鉱山の中に生息しているのだそうだ。だから、翼は退化している」
「へー、なるほどね」
あれも一応竜なんだな。土の竜って、なんだかモグラみたいだなと思ったが、土の中に住んでいるなら、でっかいモグラというイメージでも良いのかもしれない。そう思うと、なんだかかわいく思えてきた。
ドンッ!という音で、僕はもう一度岩山の中腹に目をやる。するとその瞬間、山肌では岩雪崩が起こりはじめた。その岩々が、こちらに向かってくる。
「引くぞ、海斗!」
つるぎは僕の腕をつかんで後退する。
「うわわわわ」
ここで見学していた他の男たちも、岩をよけるために次々と動き出す。
「ここまでくればたぶん大丈夫だろう」
つるぎと僕は先ほどの場所から少し離れた所に避難した。ダンッ!という音の連続と共に、先ほどまでみんなが集まっていた場所に岩々が降り注ぐ。
「……これ、あの竜の仕業なのか?」
「たぶんな」
僕の疑問につるぎはあっさりと答える。嘘だろ!?あれだけ離れていてもなお、僕たちのいた場所に正確に岩雪崩の岩を落とすことが出来るなんて……やはり、地上最強の生物という呼び声は確かなものだ。怪物がすぎる。
「おーい!みんな無事か~!?」
つるぎは他のみんなの安否を確認するために叫んだ。すると次々と遠くから大丈夫であるという声が聞こえた。
「さすがだね。ここでも持ち前のカリスマ性で人員を掌握してるのか」
「人聞きの悪いことを言うな。私は支配などしていないぞ?ただ、嫌われていないだけだ」
「わかってるって」
僕たちが他のみんなの安全を確認して、少しだけほっとしていると、いきなりすさまじい殺気。僕とつるぎは瞬時に二手の方向に分かれてその場を離れる。すると、今まで僕たちが立っていた場所に黒色の炎が吐かれる。急いで後ろを確認すると、そこには全長20メートルほどの黒色をした翼竜の姿があった。その翼竜の口からは、黒い炎が漏れ出ていた。
「つるぎ!」
僕はつるぎを呼ぶ。
「逃げるぞ!」
その呼びかけにつるぎは答える。同時に僕たちは先ほど見学していた場所のある方向へ走り出した。
「グラアアアアアアアアアアアア!」
背中に衝撃。まともに大音量の咆哮を喰らってしまい、頭がふらふらする。走るスピードが落ちる。つるぎを見ると、つるぎも僕と同じような状態になっていた。ひゅう、という何かが風を切る音が頭上から聞こえ、僕は思わず見上げる。すると、先ほどの岩雪崩による岩と同じようなものがこちらに向かって飛んできているのが見えた。
「つるぎ!上!」
僕はそう叫ぶと、思いっきり身を投げた。直後に轟音。何とか受け身をとって、素早く立ち上がり体勢を整える。見ると、大きな岩が僕たちの進路をふさいでいた。
「つるぎ、大丈夫か!?」
僕はつるぎのことが心配になり、叫ぶ。
「問題ない」
つるぎが落ちてきた岩のすぐそばから姿を現す。ほっとするのもつかの間、今度は黒い翼竜が僕の方に黒炎を吐いてくる。
「くっ」
僕はとっさに汎用系第三位魔法「緑壁籠諏」を発動。しかし、炎が瞬時に土で出来た壁を溶かし、突き破ってくる。
「うっそだろ!?」
僕はバックステップでその炎と距離を取りながらさらに「緑壁籠諏」を二重に展開。そしてさらに横に避け、つるぎに近づく。黒炎は発動した土の壁の三枚目の表面を溶かすと、消えていった。
「あっぶな……」
あの威力はたぶん、第五位魔法級だ。
「大丈夫か、海斗」
「うん、なんとか。だけど、あの竜。相当強いよ」
「らしいな。しかし……」
つるぎは後ろを振り返る。
「いつの間にか退路が断たれているな」
僕たちの背後には大きな岩があった。
「この状態では、他の者に助けも呼べないだろうし……この状況、私たちでどうにかして脱出するしかない」
つるぎは愛刀・神切の柄をつかむ。黒い翼竜が地面に降り立つ。その瞬間、つるぎが動いた!




