第三十三話 厄日?
「おら!もっと腰を入れろ!腰を!」
「は、はい……!」
僕は今、空気椅子の状態を維持したまま30分間耐えるという訓練を行っている。まだ開始から五分くらいしかたっていないが、死ぬほどつらい。太ももの裏側がプルプルする。お尻の筋肉が痛い。足首やひざは大丈夫だが、足の裏が何となく張ってきた気がする……
「腰が落ちてきているぞ!集中しろ!」
「うっ……すっ!」
どこが痛いかを冷静に分析して痛みから逃れようとしていたが、今度は考える方に集中しすぎて腰が落ちてきていたようだ。急いで上げ直す。ああ……しんどい……
今朝。僕の身体と戦闘能力の基礎を鍛えるために、つるぎが紹介してくれたこのアニェッロという男は、ガルティアーゾ族としては背が小さい方で、筋肉量も目を見張るようなものではなかった。僕はそんな姿を見て、つるぎも流石にいきなり厳しい指導をするような人に僕を紹介することはしなかったんだな、と勝手に思っていた。
しかし、いざ蓋を開けてみたら死ぬほど厳しいではないか!確かに心なしか周りにいる人間の表情が暗いとは思っていたが、それがデフォルトなんだと思っていた。……どうやら違ったみたいだ。このアニェッロという男は、以前に見たギルツィオーネの訓練と同じくらいハードなことを僕や他の男たちにさせているではないか。僕、今日が体を鍛え始めてから一日目なんだが……こんなに厳しいと体がもたないのでは……?
「ほら!また腰が落ちている!」
「す、すいません!」
「まったく。つるぎの連れであるから、少しは気合の入ったヤツだと思っていたが……つるぎよりもだらしないぞ?」
「ち、ちなみに。つるぎのこの修行の初日の様子は……?」
「30分間微動だにせず、背筋を正して居ったわ」
「……」
……つるぎ、最初から化け物じみていたんだな。そりゃあ、怪物の首を一発で切り落とせたりもするよなぁ……
「……よし、そこまでぇ!」
気が付くと、アニェッロが叫んでいた。僕はその言葉を聞いて足から力が抜ける。
「……しんっどい……」
「何をへたり込んでいるんだ、バカたれが。すぐに次の計画をこなすぞ」
「はい」
僕は急いで立ち上がる。
「よし、お前たち。私の周りに集まれ」
アニェッロは集合をかける。他の男たちはその声に従って、ぞろぞろと集まってくる。周りに人が集まると、アニェッロは説明を始める。
「先ほどの訓練や、これからやる訓練が一体何を目指してのモノなのか。それを理解していなければ、お前たちの訓練をする気力も上がらなければ、その訓練の効果も薄くなるだろう」
うろうろと歩き回りながらアニェッロは言う。
「そこで今から、『これらの訓練でこれを目指せ』という姿をお前たちに見せる。よく見ておけ」
アニェッロはそう言うと、僕たちが先ほどやっていたような空気椅子の状態になる。おお、背筋がしゃんと伸びていて、カッコいい。
「おい、そこの、つるぎの連れよ」
「あ、はい」
「私のことを思いっきり押してみろ」
僕はそう言われながら腕をつかまれる。
「は、はあ……でも」
「良いからやってみろ。胸の真ん中あたりを思いっきりだ」
僕はしぶしぶ押すことにした。
「いきますよ……はっ!」
僕がアニェッロの胸の真ん中あたりを思いっきり押す。しかし、彼はピクリとも動かない。
「もっと強く押してみろ」
「も、もっと強くって……」
今のが割と限界の強さだったんだけど……そう思いながらも、今度は勢いをつけてさらに強く押す。しかし、やはり動かない。
「っくぅ……」
僕はさらに重心を下げ、足に力を込めて押す。が、動かない。まるで巨大な岩を押しているかのような感覚に陥る。
「と、まあ。このように、多少の衝撃ではびくともしない身体を作ることが、この一連の訓練の目標だ。お前たちは竜を狩るための戦士になる。そのためには、竜の重い一撃一撃に耐える必要がある。そうしなければ死ぬからな。そう思って今後の訓練を受けろ!死にたくなければな!」
「「「「「はいっ!」」」」」
男たちの返事が響いた。
「あー……死ぬぅ……」
僕は椅子に浅く座りながらそんなことをつぶやく。
「ちょっと、カイト!わかんないんだけど!」
ミーニャが僕を呼んでいるけれど、今は立ち上がる気力すらない。あの後僕は、体中の筋肉が切れそうになりながらも、なんとか訓練をこなした。そして急いで自分に治癒魔法をかけ、リータの授業の手伝いへと向かったのだった。そして今、僕はこうして椅子の上でとろけてしまいそうになっているわけだ。
「どうしてこないのよ!」
「ぐへっ」
ミーニャがダルダルになっている僕のお腹にダイブしてくる。ああ……腹筋が……
「早く来なさいよね!」
僕の手を引っ張って連れて行こうとするミーニャ。
「わかった。わかったからそんなに引っ張らないでくれよ」
「じゃあ、さっさとしなさいよ。早く教えてくれないと、できないでしょ」
「はいはい……」
僕は何とか身体に喝を入れて立ち上がる。身体の痛みは、先ほどミーニャがダイブしてきて痛みを思い出した腹筋以外は、鎮静魔法で何とかなっている。筋肉の方も、治癒魔法で修復されているのだろう。しかし、魔法で体力は回復できない。
「訓練初日のつるぎの言っていることは本当だったんだな……」
僕はあの日のことをふと思い出した。ずいぶん昔のことに感じられる。そんなことを思っていると、いつの間にかミーニャたちのいるところへと到着。
「で、何が出来ないの?」
「リータお姉ちゃんみたいにドバーッとじゃなくて、少ししか水が出ないのよ」
「ああ、それはたぶん込める魔力が足りないからだと思うけど」
「でも、『炎弱』の時と同じくらいの量、込めてるわよ?」
「水系の魔法は他の魔法に比べて、必要とされる魔力の量が多いんだ。だから、炎系の魔法を発動するときと同じくらいの魔力じゃあ、足りないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だから、もう少し込める魔力を多くしてごらん」
「カイトはどのくらい込めるの?」
「え、僕?そうだなぁ……いつも適当だなぁ……」
どのくらい魔力を込めるのかは、本当にいつも適当だ。自分の感覚で決めている。というか、そもそも第二位魔法なんて最近使ってなかったから、どのくらいの魔力とか忘れちゃったよ。
「それじゃあ、わかんないわよ……!そうだ、実演して見せて!」
「リータがやったろ?」
「いいじゃない!カイトもやってよ!」
やってやってと他の子からもせがまれる。
「ええ……わかったよ」
僕はすぐさま「小水」を発動。第二位魔法位なら三秒以内に発動できるようになった。
ビッシャァァァ
という音とともに、水が大量に発生する。
「あ」
「きゃあっ!」
空中に発生した水は、そのまま重力に従い床にぶちまかれる。
「あー、カイトさん!何やってるんですか!?ちゃんと魔力を調節してもらわないと……あーあー、ビチョビチョじゃないですかー」
「ご、ごめん」
僕はリータに怒られて、慌てて謝る。そのまま汎用系第三位魔法「移宙間動餡」で床にこぼれた水をすべて空中に浮かせ、そのまま近くにあったバケツに移す。訓練で死にそうになったり、リータに怒られたり……今日は厄日か?




