第三十一話 海斗対古代兵器
「はぁ!?」
僕は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。あんなデカいのと戦えだって?無茶ぶりにもほどがあるだろ。僕は木材に魔法を放つのに退屈したから、何か良い案がないかリータに聞いただけで、こんなデカブツと戦いたいなんて言ってないぞ!エーメスは相変わらずゆっくりとした歩調でこちらに向かってくる。
「おい、リータ……って」
僕がリータに話しかけようとすると、リータはすでに向かってくるエーメスに対して距離をとっていた。目が合うと、手を振ってくる。こんなに僕が困っているのに、実に暢気なものだ。ズンズンという音が大きく、近くなってくる。振り返ると、エーメスがこぶしを振り上げているところだった。
「え?」
頭では理解が追い付かなかったが、自分の動物としての本能が僕の身体を動かす。右に跳躍すると、振動。僕はそのまま体勢を立て直し、さらにエーメスから距離をとる。見ると、僕が先ほどまでいた場所に、岩でできたバカみたいに大きいこぶしがあった。殴られた地面には、クレーターのような穴が出来上がっていた。危なかった。もしそのままあそこにいたら、僕の身長が大幅に下がることになっていたかもしれない。僕は一呼吸置き、脳内でイメージをする。
「灑水《シャーシ―》」
水系第三位魔法「灑水《シャーシ―》」によって、僕の手から放たれる水の束は、まだそこに残っているこぶしに向かってうねりを上げて向かっていく。エーメスはこぶしを引き上げる要領で水の束を殴る。バシャァッという音とともに水がこぶしにはじかれる。そのこぶしには、傷一つついていなかった。
「おいおいマジかよ。今ので岩を少しも削れないか……」
こちらに向かってくるエーメスから一定の距離を保とうと後ろ向きに歩きながら、エーメスの強度に僕は愕然とする。こんな奴本当に倒せるのか?すると、いきなりエーメスがこちらに跳躍してくる。保っていた距離が一瞬で無に帰す。僕は前に低く飛びながら前転する。背後からものすごい音がした。遅れて振動。その大きさに足元がふらつく。本当に確実に僕を殺しに来ているな、これは。狩りゲームでよく見る回避をしたが、実際に実戦でも使えるんだな。僕は走って再びエーメスと距離をとる。先ほどのエーメスの跳躍で、距離をとっても意味がないことはわかったが、距離を取らないと、たぶん僕の回避は間に合わない。クソ、こんなことになるなら、僕も少しはつるぎと一緒に体を鍛えておくんだった!
「灑水《シャーシ―》」
再び水の束を放出。今度は先ほどよりも込める魔力を増やし、弱そうなエーメスの頭をめがけて打つ。見事、エーメスの頭に水の束がクリーンヒットする。エーメスの頭がぐらりと揺れる。
「やったか?!」
しかし、エーメスは何事もなかったかのように再び動き出す。
「……だよな」
僕はさらに「灑水《シャーシ―》」を打ち込む。エーメスはまるでなにもされていないかのように、こちらに向かって歩き続けてくる。僕も後ろ歩きをしながら魔法を打ち続ける。そして。先に仕掛けたのは僕の方だった。エーメスの身体は岩でできている。だから、雷系第三位魔法「鳴雷甲迅」や炎系第三位魔法「焔魔赤浄」は効果がないのだろうと判断して、打たなかった。だけど、今は違う。僕の「灑水《シャーシ―》」をほぼすべて食らったエーメスの身体は、これでもかというほどに濡れている。とすれば、表面だけでも電気が流れる状態だってことだ。多少の威力は与えられるはず。
「鳴雷甲迅!」
僕は魔力を最大出力で放出。雷撃が光の速さでエーメスの身体に着弾。電撃がエーメスの体の表面を流れる。エーメスの表面にあった水が雷撃によって蒸発し、水蒸気となってエーメスの身体を包んでいく。
「はぁ……はぁ……」
魔力を多く消費したからなのか、息が浅くなる。即興的に作り出された霧が徐々に晴れていく。しかし、そこにあるはずのシルエットがない。
「まさかっ……」
僕は瞬間的に「灑水《シャーシ―》」を自分の足元に向かって打つ。その勢いで僕の身体は後ろに投げ出された。すかさず轟音。
「うはっ……!」
うまく受け身をとれなかった僕は、背中から地面に落ちる。しかし、痛がっている余裕はない。ゴンッという音をさせながら地面を蹴り、エーメスが急速にこちらにやってくる。
「緑壁籠諏!」
僕は起き上がりながら汎用系第三位魔法「緑壁籠諏」を、僕とエーメスの間に発動。しかし、土の壁は速攻で壊されてしまった。さらに間合いを詰めてくるエーメス。僕は横に飛んで回避した。今度はうまく受け身をとれたので、すぐに体勢を立て直す。よく見ると、エーメスの体の表面が、いくらか欠けているのがわかった。どうやら僕の作戦は成功していたようだ。しかし、致命傷にまでは至らなかったらしい。それどころか、さっきよりも強くなっていないか?たしか、エーメスは人型兵器なはずだ。ということは、相手のレベルに合わせて効率よく倒すために、攻撃を調整するするようなシステムなんかもあるのかもしれない。そして、僕はエーメスを傷つけた。それなりの攻撃威力から、殺せるレベルの威力に変わったのはそのせいなのかも。
相変わらずものすごいスピードで間合いを詰めてくるエーメスに、僕は回避するだけしかできないでいた。
「くっ!」
もう一度「灑水《シャーシ―》」を自分の足元に発射。今度は空中で体勢を保ちながら眺めの跳躍。
「あだっ」
途中でバランスが崩れて、着地に失敗する。だけど、エーメスとは十分な距離をとっているから大丈夫だ、と思っていた。しかし、僕の予想とは裏腹に、僕の跳躍に続いてエーメスも跳躍していた。あ。死ぬ。僕の身体が死を目の前にして勝手に動く。それは、『傀儡の精製と土に魂を吹き込む術』を読む前に読んでいた書物に書かれていた魔法。
「断槍凡鋼」
汎用系第四位魔法「断槍凡鋼」により僕の手の空間から巨大な槍が出現し、発射。轟音とともに放出されたそれは、エーメスの、こぶしを振り上げていた方とは反対の肩に着弾。槍が岩を粉砕し、貫く。槍はそのままドーム型の天井に突き刺さる。それによって空中でバランスを崩されたエーメスは、僕がいる場所から少し離れた場所に着地した。
「そこまで!『眠寝界静流科』!」
リータの叫び声が聞こえると、さらに僕に攻撃を加えようとしていたエーメスが動きを止め、その場にうずくまるようにして動かなくなった。初めてエーメスを見た時と同じ、丘のような姿で。
「大丈夫ですか!?カイトさん!」
リータが座り込んでいた僕のところに駆け寄ってくる。
「あ、ああ……」
「よかった!エーメスがあんなふうになるなんて、私、知らなくて……!」
リータが僕に抱き着いてくる。
「おわっ!」
「よかった……生きててくれて、よかった……」
鼻水をすすりながら僕の肩に顔を押し付けてくるリータ。僕は、先ほどまでの死の恐怖が嘘みたいに感じられて、思わず笑ってしまう。
「な、何笑ってるんですかっ!」
「いや、今のリータみたいに顔をぐちょぐちょにするよりは良いかなって」
「からかわないでください!」
リータは怒ったように言いながら、僕から離れ、顔をごしごしと拭く。
「っていうか、なんでもうちょっと早く止めてくれなかったの?」
「……それは、なんていうか……」
「なんていうか?」
「あんなエーメス見たことなかったし、カイトさんも普通に戦ってたから大丈夫かなって……」
「なるほど。戦況を見誤ったわけだ」
「……はい」
僕はしょげているリータの頭に軽くチョップをくらわす。
「痛っ」
「はい、これでこの話はおしまい。結果的に僕、何とか生きてるし。次からは気を付けて、早めに止めに入ってくれよな」
「カ、カイトさん……」
またもやリータが泣きそうになる。
「あー、ほら、泣くなってば。とりあえずここから出よう」
「ヴァイ……」
鼻声ですごい声になっているリータを出口に促しながら、僕は振り向きエーメスを見る。死の淵で僕が奇跡的に放った第四位魔法はエーメスの身体を貫通し、初めてダメージらしいダメージを与えることが出来た。たぶん、エーメスより強い生物はいっぱいいる。第四位魔法か……




