第三十話 岩製人型兵器エーメス
あの日の宣言通り、つるぎは文字通りボロボロになって帰ってくることが多くなった。帰ってきて僕が治癒魔法をかけ終えるとると、ヘロヘロになりながらも、つるぎは「神切」の手入れを欠かさない。神切というのは、つるぎが名付けた自分の剣の名前である。僕たちの最終目標である神を殺すための剣として活躍してほしいという願いを込めて付けたそうだ。いささか物騒な名前だとも思ったが、確かに僕たちの目標はそれだし、確か天下五剣に童子切という刀があったのを思い出して、神切という名前もちょっとカッコいいかもと思った自分がいた。
刀身を水で軽く洗い刃こぼれがないかをチェックして、二、三度刃を研ぐ。流れるように神切の手入れをするつるぎの姿を見て、僕はつるぎに最初っから刀の手入れの方法を知っていたのか聞いてみた。確か、つるぎの家に本物の刀があった気がするから、その手入れをしていたのだろうかという予想を立てていたが、どうやら違うらしい。
確かにつるぎの家にも刀はあったが、その刀は実践のためのものではないため、家にある刀とは手入れの方法が違うのだそうだ。また、僕が何となく峰の部分を触ろうとしたら、ものすごい勢いで怒られてしまった。この神切は恐ろしい程の切れ味らしい。うかつに触らないようにと厳重に注意されてしまった。何だか子供になった気分だなと思った。……久しぶりに人に怒られたかもしれない。その事実に、何となく嬉しくなった。
僕もつるぎに置いて行かれないように魔法の練習に力を入れなおそうと思いたった。しかし、いつまでたっても木材に魔法を当てるのは退屈だし、木材を標的にばかりしているので、パブロフの犬のように木材に対してしか僕の魔法が反応しなくなるのではないかという懸念も生じてきている。僕は、どうにかこの問題を解決しようと、解決策を見つけるためにリータの授業の手伝い以外の時間をすべて魔法関連の書物を読むことに費やした。
本棚の端から順番に本を読んでいた僕は、ある日『傀儡の精製と土に魂を吹き込む術』というものを見つけた。読んでみると、どうやら土人形を動かす魔法である『傀儡土魂』の説明が長々とされているものだった。あらかた読み終えて、どのような魔法なのかについては理解したのだが、この魔法が第何位魔法なのかという記述は最後までなされていなかった。不思議に思い、リータに尋ねてみることにした。
「ねえ、リータ、ちょっと魔法のことで質問なんだけど」
「はい、なんですか?」
どうやら何かを読んでいたらしいリータは、その本を閉じて、僕に向かって返事をする。
「いや、邪魔しちゃって悪い。ちょっとわかんないことがあってさ」
「邪魔だなんてとんでもない!魔法のことで何かあったらいつでも相談してくれって言ったのは私なんですから、気にしないでください」
「そうか。悪いな……で、聞きたいことなんだけど」
「はい」
「この本に載ってる魔法って第何位魔法なの?見ても載ってなかったからさ」
「ちょっとその本見せてもらえますか?
「あ、うん」
伸ばしてきたリータの腕に僕は本を渡す。受け取った本をぺらぺらとページをめくるリータ。その目は真剣そのものだった。
「これ、だいぶ古い書物ですね……どこからこんな本見つけてきたんですか?」
大体の見当がついたのか、本を僕に返しながらリータが尋ねてくる。
「えっと、塔の三階にある右側の本棚の上から三段目くらいのところだったと思うけど……」
「そうですか……わかりました」
「なんで?」
「いや、実はこの書物、書かれた時代が大陸一の魔術師と言われていたガイデン・イストーリア が存在していた200年くらい前の書物なんですよ」
「えっ?そんなに古いものなのか?」
「はい」
「どうやってわかったの?」
200年前の書物だって!?僕たちの感覚で言ったら江戸時代の書物があったってことか……あれ、確かつるぎの家の蔵にそんなのがあったような気がする。そう思うと、そんなに古いものでもないのか?時代感覚に頭を混乱させていると、リータはなぜこの本が200年前のものだとわかったのかを答えてくれた。
「この本の著者、ガイデン・イストーリアですから」
「え、嘘!?」
僕は本の表紙に書かれている文字を見直す。すると、確かに「ガイデン・イストーリア」という文字が記されていた。
「あ、本当だ。ガイデン・イストーリアって書いてあるや」
「ガイデン・イストーリアは約200年程前の人物ですから、この本も少なくとも200年前のものだということがわかります」
「なるほどね……」
「で、この書物に記されている魔法、『傀儡土魂』ですが、少なくとも今のワルフラカ帝国魔法協会では第何位魔法かを定めていません」
「え?なんで?」
第何位か決まっていない魔法があるなんてこと初耳だ。
「そもそもこの魔法は、精霊を用いて成り立たせるものです」
「うん。そうらしいね。書いてあった」
「精霊の力を用いて行うものを精霊術と言います。ガイデン・イストーリアが生きていた時代は、精霊術も魔法のうちの一つだったのですが、現代では、魔法に精霊術は入っていないのです。だから、この『傀儡土魂』も、精霊術の部類の一つであるとして、魔法としては認められていません。だから、第何位魔法か決まっていないんです」
「へー、そうなんだ」
知らなかった。まさかそんな理由があったとは。というか、精霊術だなんて言葉、初めて聞いたぞ?魔法の他にも同じような現象を起こすことが出来る方法があるのだろうか?
「精霊術って、魔法と同じように現象をこの世界に引き起こすためのモノなの?」
「基本的にはそうですね。しかし、魔法と違って精霊自身の強さに効果の効き具合を左右されたりしますので、今ではそんなに使っている人はいません。いるとしても、ファーダラの森に住むキーミンタットか、よほど精霊と仲の良い人間位です」
「ふーん。じゃあ、ガイデン・イーストリアは精霊と仲が良かったんだな」
「確かに。考えたことなかったですけど、もしかしたらそうかもしれませんね」
リータは感心したように深くうなずく。適当な考えも、ときには口の外に出してやると良いらしい。
「じゃあ、『傀儡土魂』は僕には使えないってことか」
「まあ、そういうことになりますね……精霊使いはこの集落にいないので、教えることが出来る人もいませんし。というか、そもそも何を探していたんですか?何か探していたから、こんな書物にまで行きついたんでしょう?」
「ああ、えっと……」
僕は今の練習の状況を改善したいということをリータに伝える。するとリータは、
「それなら私、いい方法を知ってますよ」
と言った。
リータに連れられるまま、いつもの草原に出る出入口とは反対方向にある、もう一方の出入り口に着く。
「ここからしばらくしたところにちょっとした洞窟があるんですよ。で、その洞窟の中に、すごく珍しいものがあるんです」
「珍しいものってなんだ?」
「それは着いてからのお楽しみですよ!」
うふふ、と笑いながらリータは僕の前を先をずんずん進んでいく。こちら側にも反対側と同じような草原が広がっており、本当にこんなところに洞窟なんてあるのかと疑いたくなる。しかし、そう思ってからさらに何分か歩いたところに、突然土色が露出している山のようなものが出現してきた。その山のようなものには大きな穴がポッカリと開いている。まさか、あれが洞窟の入り口だろうか?
「ほら、カイトさん!これが私の言っていた洞窟です!」
どうやら本当にここが洞窟らしい。
「洞窟って聞いたから、もっとでかいところを想像してたけど……思ったより小さいんだね。入れるの、これ?」
入り口は大人一人分くらいの高さしかなく、幅も二人並んでは入れないくらいの大きさだ。
「大丈夫ですよ!入ったらすごいんですから!」
リータはそう言うと、またしてもどんどんと先に進んでしまう。
「あ、ちょっと待ってよ!」
僕は急いでリータの後を追いかけた。一回も入ったことのない洞窟で迷子になったりなんかしたらシャレにならない。ただでさえ洞窟とかは危ないんだから……何とかリータの背中に追いつく。リータはいつの間にか第一位汎用系魔法「明明光」を唱えていた。僕もそれに習って「明明光」を発動させる。さすがに第一位魔法位なら無詠唱でも発動できるようになった。リータもそのことに気が付いたらしく、
「あ、カイトさん、やりますね」
と言ってきた。
「まあ、さすがに第一位魔法位は無詠唱でも発動できるようになっておかないと、第三位魔法とか夢のまた夢になるしね」
そんなことを話しながら洞窟の狭い道を進んでいく。しばらくすると、急にリータが
「さあ、着きましたよ!」
と叫んだ。
「え?着いた?何処に?」
僕が混乱していると、リータが
「カイトさん、明かりを強くしてみてください」
と言ってきた。言われるままに明かりを強くすると、光が遠くの方まで届いた。そしてようやく、自分が今どこに立っているのかを理解した。
そこは大きなドーム型をした空間だった。僕が立っているところから奥まで約30メートルはありそうだ。高さは最長で20メートルくらいある。とても広い空間だった。
「すごい……こんな空間があるなんて……」
僕が驚いていると、リータは真ん中にあるこんもりした丘のような場所に歩いて行った。僕もそれについていく。
「眠起界動流科」
リータがその丘に向かって何かの魔法を唱えると、丘が急激に震えだし、轟轟と音を発した。
「な、なんだ!?」
僕はとっさにリータを抱き寄せると、その動き出した丘から距離をとった。
「キャッ……カイトさん?」
リータはなぜ自分がここにいるのかわかっていないようだ。
「今、危なかっただろ。いきなり丘が動き出したから……」
そう言って丘を見ると、もうそれは丘ではなくなっていた。そこにいたのは、高さ10メートルほどある巨人。しかし、身体は岩のようなもので出来ており、ピクリとも動かない。驚いた顔をしている僕を見ながら得意げにリータが言う。
「あれは、エーメス。古代にここで使用されていた人型兵器の一種です。あ、ちなみにカイトさん以外には誰にも教えていません」
「……なるほど……」
混乱する頭を整理しながら、とりあえず僕はリータを抱き寄せていた手をほどく。あれはエーメスというのか。見た目はゲームなどに出てくるゴーレムそっくりだが、名前が違うのか。
「これ、いつ見つけたんだ?」
僕はリータに尋ねる。
「割と最近ですよ。一年位前ですかね」
「どうやって?」
「たまたまワルフラカ帝国の大図書館に行く機会がありまして、その時読んだ本に、今私たちガルティアーゾが住んでいる土地に大昔強大な力を持った文明が栄えていたということが書いてあったんです。その文明のことは今でも詳しくわかっていませんが、兵器としてこのエーメスを使用していたらしいということが書かれていたんです。そして、エーメスの起動方法も」
「へえ。ということはさっきの言葉は魔法を唱えたわけじゃなかったんだ」
「一応魔力を込めているので魔法かもしれないですけどね」
僕はもう一度しげしげとエーメスを眺める。
「……それで?」
僕はリータに尋ねる。
「はい?」
「いや、だから、さっき言ってたよね。僕の今の魔法の練習状況を改善できるって。エーメスはわかったんだけど、そっちはどうするの?」
リータはぽかんとした表情を少しだけ浮かべたが、すぐにニヤッとした。
「カイトさん。誰にもまだ行っていないエーメスのことを紹介したのは、まさにそのためですよ?」
「え?」
「兵守兵攻」
リータが何かを唱えると、微動だにしていなかったエーメスが動き出した。そして、僕たちに向かって歩いてくる。リータは僕の肩をポンと叩いて笑顔で言う。
「カイトさん、頑張ってエーメスと戦ってください!」




