第三話 非日常
「海斗!」
昼休みが始まってすぐに僕の教室につるぎがやってきた。扉を開くその勢いはまるで興奮状態の雄牛のように激しく、一目でつるぎが怒っているということがわかった。
「なんだよ、つるぎ……怖いよ、顔が」
「……ちょっとこっちに来てくれないか?」
「いいけど」
僕は教室の外に出されると、そのまま腕をつかまれズルズルと生徒会室の前まで引っ張られた。つるぎは生徒会室に誰もいないのを確認すると、僕を押し込み、勢いよくドアを閉める。
「なんなんだよいったい?どうしたんだよ?」
「……海斗、朝のことを覚えているだろうな?」
「朝のこと?ああ、もちろん」
「桜井に何て答えたか、一言一句正確に言ってみろ!」
「ええ……そんなの覚えてないけど……でもちゃんと言われたとおりに……」
「いいから!」
「わかったよ……えっと、確か何故遅刻したかを桜井に聞かれて、僕は『おばあちゃんを助けていたから
だ』って」
「本当にそう言ったのか?」
「もちろん」
「……そうか……」
僕が答えると、つるぎはしばらく黙ったまま、部屋にあったパイプ椅子に浅く腰掛け、何かを考えていた。少しして、つるぎが僕に尋ねてくる。
「君は遅刻になったか?」
「え、いや。僕は結局遅刻扱いにはならなかったけど……?」
「……やはりそうか」
「なんでそんなことを聞くんだ?つるぎも……」
「残念ながら私は遅刻扱いになったよ……忌々しい桜井め!」
「なんで?」
「きっと桜井は、一時間目に君の遅刻の言い訳を聞いて、おばあさんを助けたことが嘘だということを見
抜いたんだろうな。桜井が一時間目に君のところで授業をしなければ、きっとバレていなかっただろうに……本当に厄介な男だ。キライだ」
なるほど、切れ者と噂の桜井だ。生徒の嘘を見抜くことなんて容易いのだろう。僕は出席扱いにしてもらっていたから、嘘がばれているなんて思いもしなかったし、ましてやつるぎが遅刻扱いになっていたとは今の今まで思いもしなかった。しかしどこでこの嘘がばれたのだろう?桜井がつるぎの名前を出したときに僕が動揺したそぶりを見せてしまったからだろうか?
「……なんかすまん」
「いや、海斗が謝るようなことではないし、遅刻にはなったが私は別に後悔していない。遅刻なんて普段
しないし、いつもはたくさんのうちの生徒であふれている通学路を私たち二人だけで歩けるなんて、非日常感があって面白かったからな」
「……そうか」
「うん」
力強くつるぎはうなずく。その顔は、本当に後悔などしていないようなスッキリとした表情をしていた。
予鈴のチャイムが校舎全体に鳴り響いた。昼休みも、もうそろそろ終わるらしい。そういえばご飯を食べていない。
「すまない、海斗。時間を取らせてしまって」
「別にいいよ。今日は弁当じゃなかったし、多少は空腹感もなくなってきたし」
「しかし……そうだ!」
つるぎは何か良いアイディアを思いついたかのように叫んだ。
「なんだよ?」
「今日は放課後に寄り通をして帰ろう」
「は?寄り道?なんで?」
「お昼ご飯を食べられなかったお詫びに、私が君に何かおごろうではないか!」
「いや、おごってもらうのは良いんだけど、生徒会の仕事はよ?」
「今日はない」
「じゃあ、剣道部に行かないといけないんじゃないのか?」
「うっ」
「お前最近練習行ってないんだろ?生徒会が忙しいからって」
「まあ、確かにそうだが……」
「行った方が良いんでないの?」
「…………」
僕にそう言われると、つるぎは押し黙ってしまった。別に僕にそんなことを心配してやる必要はないのだ
が、何となく言ってしまった。せっかくおごってもらうチャンスだというのに。こういうところを客観的に見たら、博樹の言っていたような感情を僕がつるぎに対して持ち合わせているという風に映るのだろうか?
「いや、部活にはいかない!」
つるぎは勢いよく椅子から立ち上がると、いきなり高らかに宣言した。
「今日は遅刻もしたんだ。生徒会の仕事もしなければ部活もいかない!今日は徹底的に悪い子になるんだ!」
「いや、お前はいつも悪い子だろうが」
「というわけで、ホームルームが終わったらすぐに武道会館前まで来てくれ」
「いきなりだな……なんで武道会館?」
「一応部の方に休むことは伝えようと思ってな」
「そこは悪い子にならないんだな」
「流石にな」
そういってはにかむつるぎを見た僕は、少しだけ彼女のことを可愛いと思ってしまった。