第二十九話 ランウェイ
魔法発動の時間短縮のために、いつもの通り集落の外で木材に向かって魔法を放ち木材をぼろぼろにした後、夕暮れが近づいていることに気が付き、家に帰る。練習の際には事前に端材をもらってそれを的にしているが、ここのところずっと木材に魔法を放っているので、今日はいまいち気乗りしなかった。もうそろそろ何か別の案を考えなければ、やる気がなくなってしまう。何かいいアイデアはないものだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか家についていた。無意識のうちに足がここに向かっていたという事実に、素直に驚く。そうか、もう無意識下では、ここが自分の家だということを理解しているらしい。いや、もちろん意識下でも理解しているのだけれど、まさか、元の世界で学校から自分の家までの道のりような感覚で帰ってこれるとは思わなかったのだ。トラックに轢かれかけ、自称「神」にこの世界へと飛ばされてから、たぶんもう三カ月近くは経っている。
気が付くと、僕たちはこの集落の中にも溶け込んできていた。つるぎは持ち前のカリスマ性を発揮して交友関係を戦士見習いの男たちだけでなく、歴戦の戦士たちにまで広げているようだ。また、女性からの人気もあるらしく、そこらを歩けばすぐに周りに人が集まるような状態になっていた。
僕はと言えば、つるぎほどの交友関係はないにせよ、リータの魔法の授業を手伝っているおかげで、子供たちとの交流が盛んである。ここに来るまでは、どちらかと言えば子供は苦手な部類であったが、今はそうでもない。また、子供たちからのつながりなのか、母親、父親世代とも交流がある。まあ、父親たちからは、「自分の娘に手を出したらどうなるかわかっているんだろうな」オーラが少し漂っている気がするので、僕との交流は僕の監視も兼ねているのだろう。たぶん。
「ただいま」
ぼくが玄関の扉を開けると、いつもはテーブルに上半身を投げ出した格好で出迎えてくれるつるぎの姿がなかった。
「あれ、帰ってきてないんだ」
そう独り言をつぶやくと、
「いや、私はすでに帰ってきているぞ!」
という声が聞こえた。声が聞こえた階段辺りに視線を向けると、そこには見慣れない格好をしてポージングをとっているつるぎの姿があった。
「良く帰ってきた、海斗!ほら、見てくれ!」
じゃじゃーん、と言いながら階段をゆっくり降りてくるつるぎ。女優がレットカーペットを歩くみたいな速度でこちらに向かってくる。そして、僕の目の前に立つと、再度ポージング。
「何これ?」
僕はつるぎに聞く。
「何コレ?そうだなぁ。名前は決めていないが、さしあたり、『ガルティアーゾガールズコレクション』通称『ガルコレ』とでも名付けておくか」
「いやいや、つるぎさん。僕が聞いたのは、あなたが何コレクションを開催しているのかじゃなくて、何着てるのって話だったんだけど」
「おや、なんだ。てっきり君もファッションショーをしたいのだと思っていたが、違うのか」
「全く違う」
「そうか、残念だな。君のそのポンチョ姿も、ランウェイ映えすると思ったのだが……」
つるぎはそう言うと、ぼくを上目遣いで見てくる。目を心なしかウルウルさせて。
「な、なんだよ」
「海斗も一緒にランウェイを歩いてくれないか?」
「やだよ。ランウェイないし」
「良いではないか!お願い!」
さらに目がウルウル。唇もとがらせている。……可愛いけど、今つるぎが身に着けているものとはあまりにも不釣り合いな顔なので、思わず笑ってしまう。
「なんだ?面白いことでもあったか?」
「いや、つるぎのその顔。ごつい胸当てに肩肘膝のプレートを付けてる格好とはあまりにもミスマッチだと思って、つい……」
「何?本当か?自分でさっき確認したときはそうでもないと思ったのだが」
「え、確認したの?」
「当然じゃないか。鏡の前でのポージングの際に確認したぞ」
「……鏡の前でも『ガルコレ』してんの?」
「もちろん。というかしないのか?海斗は」
「いや、しないけど」
「なんと!それでは、ランウェイを断るのも無理はないな」
つるぎは驚いたように言う。
「そう、だからそろそろそれは何……」
「ということは君はランウェイの気持ちよさを知らないということだ。もったいないぞ~、そんなこと」
僕の言葉をかき消すように、つるぎは僕の手を取りながら言う。そしてそのまま僕を引きずり階段まで行く。
「ほら、一度経験してみれば、海斗もその気持ちよさに気が付くから。ほら」
そう言って、つるぎは僕を見りやり階段の上に立たせる。そして、自身は階段から離れ、玄関の前にまで戻っていく。そして、
「さあ、良いぞ!歩いてこい!」
と僕に向かって言った。なんだか無理やり『ガルコレ』に参加させられてしまった。僕、ガールじゃないけどいいのか?そんなことを思いながら、適当に玄関まで歩き、つるぎの目の前で止まる。
「ポーズは?」
「どんなのが良いの?」
「そうだなぁ、今年のトレンドアイテムであるポンチョが映えるような、魔術師らしいポーズをしてくれ」
「魔術師らしいポーズってなんだよ」
「そんなの私に聞かれても困る。魔術師は君じゃあないか」
確かに。言われてみればそうである。僕は少し考えて、無難に手を伸ばし魔法を放っている感のあるポーズをとった。
「今度は別のポーズ!」
「ええ?」
僕がせっかく頭を少し悩ませて考えたポーズ、もう終わり?というか、なんでそんなにポーズさせるんだ?
「当たり前だろう?ランウェイは三ポーズが基本だ!」
「……わかったよ」
僕は今度は仁王立ちをした。腕を組んで、まっすぐにまっを見つめる。僕はいったい何をやっているんだろうか。
「じゃあ、最後はそのフードをかぶってのポーズだ!」
僕は言われるがままにフードをかぶり、ポーズをとる。
「おおお!フードの耳がキュートじゃないか!よし、そしたら元の場所に戻っていくんだ!」
僕はすぐに後ろを向いて階段の方にまで駆け足で戻っていった。
「初めてにしては上出来じゃあないか!」
いつの間にか僕の背後にいたつるぎが、僕の背中をバシバシと叩きながら言ってくる。
「では、次は私の番だな」
「え、まだやるの?さっきやったんじゃあないのか?」
「さっきのは、本番ではない。これから見せるのが本番だ」
つるぎはそう言うと、階段をトトトトッと駆けあがっていった。
「玄関前で待て居てくれ!」
二階から声がする。僕は素直につるぎを待つことにした。しばらくすると、
「ではいくぞ」
という声が聞こえた。どうやら始まるらしい。つるぎは階段からゆっくり降りてくる。来ているものは先ほどと変わらないが、背中になにか背負っているのがわかる。そのまままっすぐ歩くつるぎ。ときおり、何が見えているのか知らないが、周りに向かって手を振っている。そして、僕の前で止まり、ポーズをとる。一回目は回転して、全身を見せる。二回目は背中に背負ったものを見せるために、それを手に持つ。つるぎが手にしているものは、つるぎと同じくらいの長さがある細身の剣であった。形はガルティアーゾの戦士たちが持っているようなものではなく、どちらかというと、刀に近いものだ。三回目はそれを華麗に背中の鞘にしまってポージング。そして、階段の方へと帰っていった。
「どうだった?」
つるぎは階段にたどり着くと、すぐにこちらに引き返してきた。
「いや、剣、でかいな」
「だろう?だが、これでも刃自体は細身だから、思っているほどは重くないぞ」
「他の人が背負っているみたいな大剣の形じゃなくて、刀みたいな形してるのな」
「いいところに気が付いたな、海斗!」
つるぎは目を輝かせながら僕に言う。
「実は、刀のように作ってくれと頼んだのだ」
「え、じゃあこれって特注なの?」
「そうだぞ。私専用の剣だ」
「へぇーすごいな……」
「まあ、私の力だと骨を断ち切ることが出来ないから、代わりに速さで勝負しろと言われたのでな。やつらが背負っているバカみたいに重い剣だと、それも叶わぬからな。なるべく軽く、細身にしてもらった」
「持ってみてもいいか?」
「良いぞ」
僕はつるぎに鞘ごと太刀を渡してもらった。つるぎの手から剣が離れた瞬間、そのあまりの重さに腕が抜けそうになる。何とか腰を入れて膝を曲げ、踏ん張ることで落とすことを回避したが、すぐにつるぎを呼ぶ。
「ちょ、つるぎ、これ重すぎ……」
つるぎは僕が何とか剣を落とさないように耐えている姿を見て笑いながら、僕の手から剣をとる。そして、片手で軽くその剣を振りながら、
「私でも片手で振れるくらいだぞ?ちょっと、力がなさすぎやしないか?」
と言ってきた。
「そりゃ、毎日剣を振っている人間だからできる芸当だろ……」
僕はそう言い返しながら、肩が外れてないか確認するために、肩をさする。そんな僕の姿を見て、つるぎは肩をすくめる。
「まあ、この剣が出来たということは、ついに実戦をすることが決まったということだ。これからしばらく、また体がボロボロになって帰ってくると思うが、魔法、よろしく頼むぞ?」
「えっ、ああ、うん」
「なんだ、その返事は……大丈夫だ。私は死なないから」
「……うん」
「だが、帰ってきたら、疲労で死ぬかもしれない。そうならないように、ケアを頼むな」
「……わかったよ。僕も治癒魔法の精度を高めておく」
「うむ」
満足そうにつるぎは微笑むと、
「では、着替えてくるから、その後ご飯にしよう」
と言って、自室に戻っていった。
……切れた皮膚をくっつける魔法とか、あるのかな?僕はそんなことを思いながら、攻撃系の魔法だけでなく、治癒魔法の練習もしておこうと心に決めたのだった。




