第二十八話 魔法発動短縮と魔法回路
「ねえ、リータ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
ミーニャたちに対する魔法の授業が終わったある日。僕は、片づけを手伝いながら気になっていたことをリータに尋ねる。
「なんですか?カイトさん」
「いや、第三位魔法のことなんだけどさ。発動させる時間を短縮させたいんだけど、どうやるの?あ、っていうか、そもそもそんなこと出来るの?」
「発動時間の短縮ですか?もちろんできますよ。前に話したかもしれませんが、超級の魔術師たちは、今の私たちみたいに呪文を口で唱えなくても発動させることができます。もちろんイメージもしませんから、瞬間的に魔法を発動することが出来るんです。これが魔法発動短縮の最終形ですね」
なるほど。つまりは魔法の発動時間を短縮することはできるわけだ。よく考えてみればそれも当然か。第三位魔法からは戦闘に特化したような魔法が多い。戦闘に使うような魔法なら、瞬時に発動できなければ話にならないだろう。
「それってどうやるんだ?あと、気になったのは『イメージしません』って言葉なんだけど……」
僕がそう言うと、リータは右手の掌を下に向けて、その手を振動させ、「みなまで言うな」といったような顔を浮かべている。
「そこらへんの話もちゃんとお話しますから……さ、カイトさん。座って座って」
リータが僕に椅子に座るように促す。あ、いつの間にか手にはクルスタが握られている。リータの目は強く輝いていた。こうなると誰にもリータを止められない。魔法オタクのスイッチが入ってしまったようだ。
「私が今から、カイトさんのために特別に魔法発動の短縮についての授業をやっちゃいますよ!」
「……つまり、超級の魔術師たちは、先ほど話した方法にプラスして、自分自身の中によく使う魔法の回路を作っているのです」
「……なるほど?」
リータの授業はわかりやすくはあるのだけれど、時々マシンガンのような速さで話をするときがあるので、付いて行くのに必死だ。ざっくりと、今までのリータの話をまとめるとこんなふうになる。
魔法というのはそもそも、自分の中にある魔力を使って、現実に、ある現象を起こすことだ。それに必要なのは呪文と魔力と想像力だ。魔法を発動する際には、現象をイメージし、魔力を放って、呪文でその魔力をイメージ通りに現実世界に表す、という流れがある。魔法の発動を短縮するには、それぞれの時間を短くする必要があるらしい。
例えば、起こそうとする現象をイメージする時間を短縮するには、頭で考えるよりも先にイメージできるようにする必要がある。何を言っているんだと言われるかもしれないが、もっとわかりやすくいえば、テニスで正しいフォームで球を打つためには体に覚えさせる必要がある、ということと同じだといえる。
つまり、頭で考える前に体が反応するように練習するスポーツと同じで、魔法のイメージを早くするには頭で考える前に頭が反応するようにする必要があるということだ。僕が思うに、これはたぶん学校の勉強とかに近いのだと思う。例えば、ある問題に対して、ある解き方が存在した場合、それと同じような問題を練習することで、テストで類題が出た時に素早く解答することが出来る、というような感じなのだろう。
これがさっきリータが言っていた「イメージしません」発言の真相だ。また、リータ曰く、このイメージ時間の短縮が一番重要なのだという。これが出来るようになれば、自動的に呪文の詠唱も短縮できるらしい。
他にも、魔力の放出の時間を短縮するためには、どのような魔法がどのくらいの魔力でどのくらいの威力を発揮できるのかということを知らなければならないらしい。例えば、僕がラーミアクルスを倒したときにはなった雷系第三位魔法「鳴雷甲迅」の威力が10、必要魔力が12だったとする。すると、マビを倒すためには威力が5あればよいとすると必要魔力は6になる。逆にラーミアクルスよりも強い生物には必要魔力が多くなる。
このように、魔法の威力は魔力によって決まるらしい。なので、魔力放出の時間を短縮するには、どの魔法がどのくらいの魔力でどの程度の威力が出せるかを知っておかなければならないらしい。また、これは魔法発動時間短縮とは違う話だが、リータが言うには、魔力を分散させて、同じ魔法を同時に展開することもできるのだそうだ。
と、まあ、これらすべての短縮の果てが魔法の無詠唱発動らしい。こんなところがリータの話をざっとまとめたものになる。先ほどリータは無詠唱発動を超級の魔術師しかできないもののように話していたが、そうではない。実際、中級のトップからは無詠唱発動が出来る人が多いらしい。そして、超級魔術師の無詠唱発動はさらにすごいのだという話まで来たのだが、いまいちよくわからない。
「わかってませんね?」
「うん……正直」
「そうですか……そうですねぇ……」
リータは何と言って説明すればよいのかを、必死に考えているらしく、あっちに行ったりこっちに来たりしながらウンウンうなっている。
「じゃあ、例えば私が……」
そう言うと、リータは突然前に立って、僕の顔の前で手を鳴らした。僕は思わず目をつぶってしまう。
「ってやったら、カイトさんは目をつぶりますよね?」
「……そうだな」
あまりにいきなりだったので、すごくびっくりしてしまった。久しぶりの猫だまし。
「カイトさんが目をつぶろうと思ってつぶったわけじゃないですよね?今の」
「そうだね。反射的だ」
「簡単に言えば、これと同じようなことをするために、超級魔術師たちは自身に魔法の回路を作っているんです」
「えっと、つまり、従来の魔法発動短縮の方法よりも、反射的に発動できるようになった方が、早いからってこと?」
「そういうことです」
なるほど。確かに反射反応が早いのはその通りだと思う。しかし、そうなると次の疑問が生まれてくる。
「でもそれって、さっき始めに話していた、イメージ時間の短縮と同じじゃないか?あれも、要するに反射的にイメージできるようにするっていう話だろう?」
「んっと、確かに近い話ではあるんですけど、違うんですよ。さすがにいくらイメージ短縮の練習をしても、反射反応と同じ速度を出すのは無理があります。例えば、従来の魔法発動短縮方法では、相手が汎用系第三位魔法『斬矢凡』を放ってきたとして、汎用系第三位魔法『緑壁籠諏』を発動する時間はたぶん1秒くらい必要です。でも、回路を作っておけば、反射的に『緑壁籠諏』が発動されるので、発動されるまでの時間は0.3秒くらいです。だから、回路を作った方が早いんですよ」
「だとしたら、超級魔術師って相当強いんだな……というか、それなら、全員が回路を作っているはずだよな」
「ええ。でも実際は、ほんの少数の超級の魔術師しかこんなことやっていません。なぜなら、よほど魔法にたけているものでないと、自分の身体の魔法回路を制御できないからです」
「制御する必要があるの?反射反応と同じようにしているのに?」
「はい。そもそも魔法回路を維持するのに絶えず魔力が必要ですし、今のところ永続的に発動する魔法回路は発明されていません。なので、魔法回路を一定の期間で作り直さなければならないのです。それらは、無意識下で魔法を制御できるようになった魔術師しか出来ませんし、そもそもしようとしません」
「ふーん、なるほどな……ということは、魔法回路の話は、今のところ夢物語ってことか」
「まあ、ここまで長々と話してきましたけど、結論としてはそういうことになりますね」
「ということは、僕はおとなしく従来の方法で練習するしかないんだな」
「そうですね」
「……じゃあ、まあ、やってみるか」
「私もお供しますよ!」
「本当に!?じゃあ、よろしく頼むよ」
「まっかせてください!」
何だかよくわからなくなってしまいそうだったが、とりあえず発動時間を短縮できることはわかったんだ。だったら、あとはそれを身に着けるだけだ。……頑張るしかないな。




