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第二十七話 経験・伝達

僕が家に帰ると、すでにつるぎがいた。


「ただいま……あれ、今日は早いんだね」


僕が言うと、つるぎはテーブルの上に投げ出していた上半身を起こして、僕を見る。少し前までは、疲労で上半身どころか腕の一本すらも上げることが出来ていなかったつるぎだが、今ではそんなこともない。つるぎも間違いなく日々成長しているのだろう。その成長度合いは、もしかしたら僕以上かもしれない。


「おかえり、海斗……って、なんだそれは?カッコいいじゃないか!」


「ああ、これ?これは、ほら。この前僕が倒したって言ってたラーミアクルスの毛皮で作ってもらったポンチョだよ。今日、出来上がったから受け取りに行ってたんだ」


「おお、あれか……ふむふむ、こんなふうになるのだな」


「ね。僕もポンチョになるとは思わなかったけど、でも、これが魔術師スタイルなんだってさ」


「ふーん。そうなのだな」


「戦士はこんなふうなスタイルが確立されてないの?」


「どうだろうな。基本的にはバカでかい剣を背負ってピチピチの大胸筋サポーターとピチピチのパンツを着て、大きな関節部分に防具をつけるだけだからな。それが戦士のスタイルと言えば、まあ、そうなのだろう」


「ふーん」


僕はうなずきながら言う。やはり、戦士の方がちゃんと命を守るための装備って感じがするな。少なくとも外套一枚と比べると。まあ、ひじや肩にしか防具を付けない、ほとんど裸同然みたいな恰好だけど、その代わりに彼らは分厚い筋肉の壁をまとっている。きっと、それが一番の防具なのだろう、なんてことを思う。実際のところ、この集落で戦闘を行うのはほとんどが戦士だ。そう考えると、僕みたいな攻撃できる魔術師のための防具みたいなものの存在は望めない。魔法を使っていたマストロヤンニも、きっとポンチョを着る魔術師スタイルではなく、戦士のスタイルをとっていただろう。


「ちなみに私はこの格好で訓練に出ているぞ。たぶん、実戦もこれで行くはずだ」


「え?防具、つけないの?」


僕は心配になって尋ねる。


「何をバカなことを言っているんだ?君は。もちろん付けるぞ?」


「ああ、それならよかった……」


心底安心する。つるぎのみに何かあったら困るから。


「……君が何を思ったのかは知らないが、私だって命知らずなわけじゃあない」


プクっと頬を膨らませて、つるぎが怒ったように言う。


「いやあ、それはそうなんだけどさ」


どうしよう、返す言葉がない。確かに僕はつるぎのことは命知らずとは思っていない。しかい、無鉄砲なところがあることも、また事実だ。この話を逸らす、何かいいアイディアは……


「あ、そうだ。つるぎ」


「なんだ?」


つるぎはまだ頬を膨らませている。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。


「つい最近治癒系第三位魔法を覚えたんだけど、試してみても良いかな」


「……それは、前のやつより強力なのか?」


話をそらした僕を疑いのまなざしで見つめながらも、そう聞いてくるつるぎ。やはり、自分の痛みや疲労をいまよりも回復させることが出来るかもしれない話は、聞くしかないよな。読みは当たっていたようだ。


「たぶん。でも、実際のところはわからないから、つるぎが体感してみてよ。それで、効き目がある方を今度から使うから」


「そうか。じゃあ、さっそくその魔法を頼む。私が判断してやろう」


「オッケー」


僕はつるぎの手を取る。その手のひらには、剣を握るせいで出来た握りダコが出来ていた。僕はそっと、その部分を指先で撫でる。


「……日に日に女らしくない手になっていくだろう?」


つるぎが苦笑しながら言う。


「でも、つるぎらしい手だと思う」


僕はそう言い返す。


じゃあ、つるぎは言いながら、その手を僕の頬に添える。


「こんなふうに触られて、君は気にしないと?」


「もちろん」


僕はつるぎのしなやかな指に少しどぎまぎしながら答えた。そして、つるぎの外腕に指を伝わせる。女性特有の驚くほどスベスベのその肌に、僕は少し安心する。確かに、多くの女子は掌にタコが出来ることはないだろう。だけど、ソフトボールやテニス、剣道なんかをやっている人ならそうおかしいことではないし、剣道部に所属しているつるぎなら猶の事おかしいことではないと思った。


「海斗……」


目と目が逢う。数秒して、その視線の交わりは、つるぎが目をつぶることによって断ち切られた。これは、つまり……つまり、そういうことなのだろう。だけど、僕にはまだそこまでの度胸と度量はなかった。迷った僕は、つるぎの前髪を少し上げて、額に口づけする。


「……そっちの方が恥ずかしくないか?」


つるぎはジト目で僕に言う。きっと、僕の気持ちはとっくに知っているのだろう。全部。だからなのか、不満げな顔である。


「さ、治癒魔法をかけるよ」


僕はあえて明るい声で言う。


「……君はもう少し男っぽくなったほうが良いぞ」


そんなつるぎのつぶやきに対して、僕は聞こえないふりをした。



「で、どうだったんだ?」


治癒魔法をかけている間、つるぎが僕に話しかけてくる。


「何が?」


「君が、ラーミアクルス……だっけか?それを倒したときのことだ」


「ああ。そのこと」


「そうだ……私も近々何かを狩りに行くからな。聞いておこうと思って」


「なるほどね」


どうやら、つるぎも僕と同じ感情らしい。自分が、命を奪うことへの拭えない抵抗感。それもそうだ。元の世界では、命を感じる機会がそもそも少なかった。僕なんて、最近野良猫を撫でて、ようやくほかの生き物も生きてるんだなと実感した位だ。


「そうだなぁ。僕はなんだかんだ、やらなきゃやられるっていう危険な状態だったから、覚悟を決めないといけなかった。だけど、未だに抵抗感はあるよ。倒すことに」


「そうか」


「うん。たぶんそれは一生なくならないし、なくしちゃいけないんだと思う。人間として」


これは僕の嘘偽りない本音だった。その抵抗感をなくしてしまったら、きっと人間ではなくなってしまうのだろう。そう思う。


「……そうだな」


つるぎは小さく言う。


「うん。だから、僕が言えるのは、あんまり重くとらえないように、でも重くとらえればいいってことかな」


「……なかなか難解で役に立たないお言葉だな」


そう言うつるぎの顔からは、前よりも少しだけ不安の色が消えていた。

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