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第二十六話 ラーミアクルスのポンチョ

第三位魔法でラーミアクルスを倒した日から数日がたったころ、僕がいつものように塔に行こうとすると、一人の女性が声をかけてきた。


「ちょいと、そこのお兄さん」


いきなりのことだったので、始めは僕のことだとわからなかったが、辺りを見回してみると僕しか男がいなかったので、僕のことだと気が付く。


「はい、何でしょう」


「このまえのラーミアクルスの毛皮、鞣し終わったよ。もう、服になっているから、取りに来なさいな」


「あ、ああ!」


その女性をよく見ると、あの日、僕とリータが向かった家の女性だった。あの後、僕はリータに連れられて毛皮を扱う人のいる家へと向かった。ラーミアクルスの肉は基本的に食べられないので、毛皮として利用することにしたのだ。



「こんばんは!夜分遅くにすいません!」


リータがドアをノックしながら言うと、しばらくしてドアが開いた。


「何の用だい?リータ……って、すごい獲物だね」


扉を開けた主は開口一番、驚いたような声で言う。それもそのはずだ。リータの背中にはマビが。そしてその後ろには体長1.3メートルはあろうかという大きさのラーミアクルスがいるのだから。


「ええ、実は魔法の練習中に遭遇しちゃって……あ、私が倒したんではなくて、カイトさんが倒したんですよ!」


リータは後ろに立っていた僕の手をつかんで、前に引っ張った。


「うわわっ!」


足が突っかかりそうになりながら、何とか姿勢を正す。扉の主を見ると、三十代くらいの背の高い女性であった。


「ああ、あんたが狩ったのかい。話には聞いてるよ。魔法を使う男がいるって。集落じゃあ、剣を使う女と同じくらいウワサされてるしね」


女性は僕の顔を見ながらそんなことを言う。そうだったのか。僕とつるぎは確かに、格好の話のタネだろうけど……僕の耳にはそんな話一切入ってこないから、きっと、井戸端会議みたいな女性だけの情報網があるのだろう。どこの世界でも女性というのはそういうものらしい。というか、どんな噂をされているのだろうか。この集落で、女が剣を持ったことはないのかもしれないし、男が魔法を使うって言ったら、この前までは、族長の弟のマストロヤンニだけだったはずだ。彼は実の父親である先代の族長を殺してこの集落を出ていったと言っていたっけ。ということは、男の魔法使いはあまりいいイメージではないかもしれない。根も葉もない悪いうわさが流されていなければよいのだけれど…・…


「で、用事は何なんだい?」


「あ、すいません……実は、このラーミアクルスの毛皮を使って、カイトさんに外套を作ってほしいんです」


「え、そんなことを頼むの?」


初めて聞かされたから、びっくりしてしまった。僕は思わずリータに尋ねる。


「なんだい、彼、知らないっぽいじゃないか。いいのかい?」


女性も少しいぶかしげな表情をしながらリータに聞く。


「カイトさん!」


リータは僕に顔をグイっと近づけて来る。


「な、なに?」


「やっぱり、魔術師と言ったら必要になるのは外套なんですよ。これは、古来からそうなんですよ?大陸一の魔術師だと称されていたガイデン・イストーリアはもちろん、この集落で一番と言われていた、族長のお母さまも外套を着ていましたし」


「な、なるほど……?」


「だから、カイトさんも外套を着るべきなんです!そして、せっかくだからラーミアクルスの毛皮を使った外套をということなんですけど……ダメでしたか?」


リータが上目使いで聞いてくる。その表情は有無を言わせないものだ。


「わかった、良いよ。それで」


僕はリータの妙な迫力に気圧されて、首を縦に振った。リータの顔がパアッっと明るくなる。


「じゃあ、カイトさんの許可もいただいたので、お願いします!」


リータが女性にそう言うと、


「わかったよ。それじゃあ、採寸しないとだから、家に入んなさい」


と多少呆れたような声で言ってきた。そして、ちらりと僕を見る。その目には、少し同情の色が交っていた。



「……おーい、聞いてるかい?」


「え?」


いけない、いけない。少しぼーっとしていた。


「な、なんですっけ?」


「だから、今から出来上がった外套を取りに来るかいって話さ」


「あ、ああ、行きます行きます」


じゃあ付いてきな、と言いながらその女性は歩き始める。しばらくすると、確かに見覚えのある家にたどり着く。


「持ってくるから、ちょっと待ってな」


女性はそう言うと、家の中に入っていった。僕が家の前に立っていると、聞き覚えのある声が聞こえる。


「あら、カイトじゃない。こんなところで何してるの?」


見ると、声の主はミーニャだった。自分の髪の毛を指でクルクルしている。癖なのか、魔法の授業でリータの話を聞いているときもくるくるしていることを思い出す。


「ああ、やあ、ミーニャ……ちょっとした用事があってね」


「ふーん。ウチに用事?」


「そう、用事……って、ウチ?」


「そうよ。ここ、アタシの家。知らなかったの?」


「いや、知るわけないじゃないか」


「なんだ、じゃあ、アタシに会いに来たんじゃないのね。残念」


すました顔で言うミーニャ。僕が反応しないでいると、何を思ったのかゲシゲシと足を蹴ってきた。


「なんだなんだ。痛いって、ミーニャ」


ミーニャは無言で蹴り続けてくる。スネあたりの、ちょうど痛いところを的確に狙ってくるので、頑張って避けていると、ドアが開いた。


「待たせたね……って、ミーニャ!何してるの!」


ミーニャが僕の足を蹴っているのを見て、大きな声で言う。わあ、お母さんだ。


「別に、何もしてないけど」


不機嫌そうな声でミーニャが言う。いや、してただろうが。


「うちの子がごめんねぇ。はい、これ」


ミーニャの母親は謝りながら、僕にふわふわした布を差し出してくる。


「あ、ありがとうございます」


「一回、ここで着てもらってもいいかい?最終確認をしたいから」


「ああ、はい。いいですよ」


僕は渡された外套を広げてみた。


「おお、すごい」


思わず声が漏れる。ポンチョ型をしたその外套は、ラーミアクルスの毛並みそのもののようなつやを出し、存在感を放っている。フードのところがちょうどラーミアクルスの顔の部分になっており、耳がついていた。僕はさっそく頭からかぶる。内側は、ごわごわした感じはせず、良い着心地である。

少しだけ感じる重たさが、何となく心地よい。


「これ、カイトのだったの!?」


ミーニャがびっくりしたような顔で聞いてくる。


「そうだけど、どうして?」


「だって、魔術師でラーミアクルスみたいな生き物を倒せるのって、今ではリータおお姉ちゃんしかいないから……」


へえ、そうだったのか。今ではリータしかいないって……。自己評価は低いが、やはりリータは凄腕の魔術師らしい。


「ねえねえ、触らせて!」


ミーニャが、触りたくてうずうずしている顔で僕に聞いてくる。


「いいよ」


「やった!」


ミーニャはそっと毛皮をなでる。流石、このポンチョを作った人の娘だ。普段のミーニャなら勢いよく触りそうなものだが、今は慎重に触っている。


「すごい、ふわふわしてる」


「カイトさーん!あ、できたんですね、外套!」


ミーニャに毛皮を触らせていると、リータの声が聞こえてきた。


「すごい、カッコいいじゃないですか!カイトさん!」


リータもポンチョをしげしげと眺める。


「大きさもピッタリですね」


「そりゃあそうよ。しっかりきっちり測ったからね。大きさが合わないなんてことはないはずだよ」


ミーニャの母親が誇らしげに言う。


「いやあ、本当にサイズ、ピッタリですよ。ありがとうございます……あ、これって、お代……」


僕がそう言いかけると、ミーニャの母親は首を横に振りながら言った。


「いやあ、いいよ。下半身の毛皮を丸ごともらったし、骨ももらっちゃったからね」


「え、ああ、そうですか……」


「だから、お代は良いよ。普段なら少しもまけないんだけど、今回は特別」


「ありがとうございます……」


僕は深く頭を下げる。


「いいのいいの。普段娘が迷惑かけてるって聞いているしね」


ちらりと、ミーニャを見ながら言うお母さん。ミーニャはそっぽを向いてしまっている。


「いえいえ、そんな、迷惑だなんて……ありがとうございます」


「大事に着なよ」


ミーニャの母親はそう言って笑うと、用事があるからと家の中に戻っていった。


「カイト、明日、それ着て授業来てよ!」


ミーニャもそう言いながら家の中に入っていった。


「あ、そういえば。私もカイトさんに用事があるんだった」


「え、そうなの?」


「はい。あ、歩きながらお伝えします」


リータが塔の方向に向かって歩き始める。僕も付いて行く。ポンチョの裾が、風で少し揺らめいた。

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