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第二十五話 覚悟完了

「ラーミアクルス?」


僕はその言葉を反復する。聞いたことがない名前だ。二週間近くのここでの生活の中で初めて出てきたものかもしれない。ということは、やはり普段から頻繁に出てくる生物ではないのだろう。さっきリータの言った通り。グルルルルと、未だに草のかげから低いうなり声が聞こえる。想像するに、肉食動物なのだろう。


マビは草食動物だが、この草原では一番強い。しかし、たまにそれを塗り替える生物だということは、マビを捕食するもの、つまりは肉食生物だ。それに、こんなに低いうなり声を出しているのに肉食生物ではありませんでした、とかだったら嫌すぎるし。僕が今まで築き上げてきた肉食動物のイメージが崩壊してしまうから。いや、草食動物のイメージの方か?まあ、どちらでもいい。今はここをいかにうまく抜け出すかということに専念しなければ。


僕たちの前方と後方からそれぞれがさがさと草をかき分ける音が聞こえるということは、少なくとも二頭はいるということが確定している。僕はリータの背中側に回り、二方向からの攻撃に耐えられるようにポジションをとる。


「この様子だと、たぶん私たちが狩ったマビを狙いに来ていますね」


リータが言う。


「ということはラーミアクルスは肉食なの?」


「そうですね。たまに人間も襲う、どう猛な奴です」


どうやらラーミアクルスは人間も襲っちゃう、見境のない性格をしているらしい。肉食生物というだけならまだ何とかなったかもしれないが、人間も襲うとなれば、これはどうにもならないかもしれない。マビだけでなく、僕らも彼らの晩御飯になってしまわないためには、戦うしかない。僕は先ほどの光景を思い出す。リータの放った魔法は、いとも簡単にマビの命を奪った。でも、そういうことなんだ。魔法を使うということは。魔法は戦士にとっての剣と同じで、立派な武器だ。時と場合によっては、もしかしたら剣よりも威力のある武器になる。そのことを常に意識しなければ、たぶん僕が誰かを殺す前に殺されてしまうのだろう。


そんなことを考えていると、目の前からひときわ大きな草の揺れとともに、大きな影が飛び出してきた。


「うわっ!?」


「きゃっ!」


僕はいきなり飛び出してきた物体に驚きながらも、なんとか後ろのリータをかばいながら避ける。リータはいきなり動かされて驚いた声を出す。避けたのもつかの間、今度は間髪入れずに後ろから音が聞こえる。今度はリータが僕を逆方向に押しながら避ける。互いに背中合わせだったため、うまく意思疎通が出来なかった。


「大丈夫か、リータ!?」


「はい、なんとか」


「連携を取りながら攻撃してくるなんて、あいつら相当賢いんだな」


「そうですね……私たちも連携しないと、さっきみたいにうまくいかなくてよけきれなくなる可能性があります」


「でも、どうやって連携をとる?」


僕たちが話している間にも、二頭のラーミアクルスは僕たちを囲って、攻撃のチャンスをうかがっている。


「……わかんないです」


リータはあきらめたように言う。確かに、僕にもどうやったら連携が取れるかなんて考えつかない。そもそも連携というものは、一緒にもっと長い間経験を積んでとれるものだ。仮に、熟練の戦士や魔術師であったのならば、即席で組んだ人間ともうまく連携が取れるのかもしれないが、あいにく僕たちは野生生物との戦いにすらなれていない。そんな二人がいきなり連携をとるのは、無理が過ぎる。となると、解決方法はこれしかないのではないか?僕はリータに提案する。


「連携が無理なら、一対一に持ち込むのはどうだ?」


「一対一?」


「そう。その状態だったら、リータは魔法でラーミアクルスを倒せるだろう?」


「まあ、たぶんできますけど……でも、カイトさんの方は」


「僕のことは心配しなくて大丈夫だよ。リータの方にもう一匹がいかないようにするくらいならできると思うからさ」


「本当に大丈夫ですか?」


リータは心配そうに聞いてくる。これはたぶん、ラーミアクルスとの一対一が心配なのではなく、第三位魔法を実戦で使ったことのない僕が、初めて対峙した野生生物とうまくやりあえるのかどうかが心配なのだろう。


「大丈夫だって。じゃあ、それでいこう」


僕はリータの不安をかき消そうと無理に明るい声でそう言うと、少しだけリータから離れる。あ、そういえば、リータはマビを背負ったままだ。僕がマビを代わりに持とうかどうか聞こうとしたその時、


斬矢凡ヴァーユ


とリータが叫ぶ声がする。矢が放たれる音が空気を裂く。どうやらマビを背負いながらでも戦えるらしい。頼もしい限りだ。僕は目の前の敵に集中することにした。先ほど奴らが飛び出してきた際には、いきなりのことで姿がいまいちとらえきれなかった。僕は、その姿を詳しく確認しようと、光を照らす。


明明光アノク


僕の手から放たれた光が、日が暮れて暗くなった周囲を照らす。ようやく相手の姿が確認できた。


黒に近い灰色をした毛。それらが昇り始めたのようなものの光に照らされ、つやつやと見える。全長は1.3メートルほどあり、大きい。たぶん、トラくらいの大きさだと思う。こちらに向かって牙をむくさまは、まさしく肉食動物って感じがする。顔は、ネコ科の顔というよりは、イヌ科の顔つきに似ている。つまり、鼻と口の部分が出っ張っているということだ。もしかしたら、狼に似た生き物なのかもしれない。


僕はラーミアクルス視線を交わしたまま、距離を保つ。たぶん、この視線が外れた瞬間、やつは飛び掛かってくるのだろう。後ろの様子を耳で確認すると、どうやらまだリータは戦っているらしかった。なら、僕もやるしかない。この目の前の敵を、僕自身の手で、倒すしかないのだ。僕は静かに、深く息を吸い、長い時間をかけて吐く。その間にも、目は合わせたままだ。もう一度自分に言う。やるしかないんだ。覚悟を決めなければ。僕は目をつむった。前から足音が聞こえる。もう一度呼吸をする。


覚悟、完了。


鳴雷甲迅ビークシン


僕は目を開け、目の前に迫ったラーミアクルスに対して雷系第三位魔法「鳴雷甲迅ビークシン」を放った。雷撃は線となり、ラーミアクルスの足に当たる。ラーミアクルスは驚いたような声を出して止まった。胸を狙ったつもりだったが、足に当たってしまった。精度はいまいちだったみたいだ。威力もそこまではなかったのか、多少足を引きずりながらも、ラーミアクルスは僕に飛び掛かってきた。それを何とか横に回避すると、そいつはもう一度僕に噛みつくために飛び掛かる。どうやら、完全に僕をターゲットにしたらしい。それなら好都合だ。僕はもう一度魔法をイメージする。先ほどよりも高出力で。三度目の噛みつきを躱し、「鳴雷甲迅ビークシン」を発動。


鳴雷甲迅ビークシン!」


四度目の噛みつきにかかっていたラーミアクルスの胸に、雷撃が直撃。ラーミアクルスの体の中を電流が駆け巡り、神経と筋肉の支配を奪う。そしてそのままラーミアクルスは倒れた。


「はっ……はっ……」


僕は浅く息をしながら、倒れたラーミアクルスを確認する。雷撃が当たった胸の部分は電撃によって黒く焦げていた。そして、体全体から煙を出しながら、小刻みに震えている。やがて、その震えが消えると、完全に動かなくなった。


「大丈夫ですか?」


どれくらいの間僕がラーミアクルスの死体を確認していたかわからないが、いつの間にか僕の背後にいたリータが話しかけてくる。


「ああ、リータ……僕は大丈夫だよ。リータの方は?」


「私の方は、相方がカイトさんのすごい電撃にやられたのを見て逃げて行っちゃいました」


「そうなんだ……無事でよかった」


「ええ、本当に」


リータは未だに膝に手をついて呼吸をしている僕に手を差し出す。僕はやんわりとそれを断り、まっすぐ立って、大丈夫だということをアピールする。


「こいつ、どうしようか」


僕はラーミアクルスの死体を見ながらリータに尋ねる。


「うーん、そうですね……肉は食べられないですけど、皮は使えると思いますよ」


「そうか。じゃあ、持って帰ろうか」


僕はそう言って、死体を背負った。背中に、体温なのか、電撃による温度なのかはわからないが、まだ生暖かい温度が伝わってくる。半分引きずるような形になりながら、僕はラーミアクルスを背負って、マビを背負ったリータと共に、すっかり暗くなった空の下、集落へと帰った。

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