第二十四話 生き物を殺すということ
第三位魔法を習得して次の日。僕はリータにそのことを報告した。
「ええ!すごいじゃないですか!?」
「いやあ、リータがあの本を貸してくれたおかげだよ」
「いえいえ……それにしても早すぎますって。やっぱり、カイトさんは魔法との相性がいいんですよ」
「そうなのかなぁ……」
「ところで、もうカイトさんは野生生物相手に魔法を使いました?」
「え?どういうこと?」
「……その反応を見るに、まだしてないみたいですね」
「うん、そうだけど。そんなことする必要があるの?」
「もちろんです!っと強くは言えないですけど、第三位魔法は第一位・第二位魔法と違って誰か、何かに向かって攻撃を加えるための魔法がほとんどです」
確かにそれはリータの言う通りだ。「灑水《シャーシ―》」や「焔魔赤浄」は相手に攻撃するための魔法である。現に僕が習得した際には、ギルツィオーネを仮想敵としていた。リータは続けて言う。
「なので、第三位魔法からは野生生物と対峙することで、本当に実践においてもその魔法を使用することが出来るのかを確かめる必要があるんです。動かないもの相手には魔法が通用するけど、動くものには魔法が通用しないなんて状態だったら、実戦で死んじゃいますから」
「なるほどな。確かにそうだ。僕の第三位魔法の練習相手を務めてくれていたのは椅子だった。これじゃあ、自分の意思をもって動き回ったり、こちらを攻撃してくる相手に対応できないかもな」
「そういうことです。じゃあ、カイトさんがまだ野生生物を相手に魔法を使ったことがないというので、私がお手本を見せて差し上げましょう!」
リータはそう言って胸を張る。
「え?今から?」
僕が思わず尋ねると、リータは、「逆になぜ今からではないのだ?」とでも言いたそうな顔で
「もちろんです」
とうなずいた。
集落外の草原は、昨日と何も変わらず青々と草が生い茂っていた。聞いた話によると、この草原はガルティアーゾの人々が畑を運営する際に大いに使用されているらしい。例えば、他の草よりも少し背の高い、イネ科の植物のようなこのルラッソという植物は、雑草防止や霜柱防止、土中の水分の蒸散防止、土壌の保温等々の目的のために、畑の表面に敷かれている。他にも、生活に必要とされている植物が植生としてあるらしい。今、リータが履いている、僕の感覚で言えば草履であるダートンと呼ばれる履物は、ここらへんでとれる植物を使っている。このようにガルティアーゾの人々が利用しているこの草原は、ずっと前から草原らしい。僕の知っている限りで、普通に考えると、草原はどんどん森へと遷移していくはずなので、おそらくこの草原が遷移しないように管理している人間が、代々いるのだろう。
「ここら辺が、良く野生生物の出現するところですね」
そんなことを考えながら歩いていると、リータが急に立ち止まってそう言った。辺りを見渡してみると、すでに集落の壁が遠くに見えた。
「ずいぶん遠くまで来たんだな」
「そうですね。集落の近くで野生生物が現れることはあまりありませんね」
「へぇ、なんで?」
「たぶんですけど、竜の鱗を使っているからだと思います」
「どういうこと?」
「竜の鱗は、竜の鱗しか持てないような光の反射の仕方をするんです。その光で野生生物たちは竜が近くにいるのだと思い、近づかなくなります。なので、建物の多くに竜の鱗を使用しているガルティアーゾの集落近くには野生生物があんまり来ないんだと思います」
「ふーん。なるほどね……竜って、なんていうか圧を放出している状態、みたいなのはないの?」
「もちろんありますよ。でも、そういうものを出すのは戦闘状態の時だけで、普段はそんなに強い圧を出しているわけではないんです。まあ、年齢が高くなると、竜側が普通にしていると思っていても周りからしてみれば強大な圧を放っている、なんていう状況が起こることもあるみたいですけど」
「へぇ」
僕たちはそんなことを話しながら野生生物が現れるのを待つ。普通、野生生物を待つなら喋らずにじっと息をひそめていた方が良いのではないだろうかとも思ったが、リータは普通にしゃべっているので気にしないことにした。しばらくすると、草むらのかげからがさがさという音が聞こえてきた。
「あ、来ましたよ!」
リータが声を上げると、がさがさという音の主が現れた。そいつは全長1メートルくらいの四つ足で、体毛は白く、こぶみたいな角が二本生えていた。
「こいつがマビです」
リータが距離を保ちながら言う。
「ああ、こいつがあのマビなのか!」
マビの名前を聞いた途端、反射的に僕の口の中によだれが染み出てくる。マビと言えば、あの羊のような肉を提供してくれる生物じゃあないか!
「そうです。マビは音に反応して、その音の元に近づいていくという習性があるんです」
「へー!」
そんな危なっかしい習性をもって、今までよく絶滅せずに生き延びてきたなあと思う。音のする方向に近づくって、普通に危険なのでは?僕がそのことについてリータに尋ねると、
「マビは、ここらへんでしか生息してないみたいで、しかもここではマビよりも強い野生生物はほとんど存在してないんです。だから、多少おかしな習性をもっていても生き延びているんだと思いますよ」
という答えが返ってきた。なるほど。そういうことか。ということは、以前僕が倒した(?)モウグニーシュよりは強いわけか。
「じゃあ、お手本見せますね!」
リータはそう言うと、マビに少し近づく。マビはバックステップで後ろに下がる。それと同時に詠唱。
「斬矢凡」
リータは汎用系第三位魔法「斬矢凡」を詠唱した。リータの手の上から高速で物質が誕生。その物質が矢のような形状へと変化し、形をとどめる。そして、次の瞬間に飛翔。矢がマビめがけて飛んでいく。マビはそれに反応したものの回避できず、まともにその矢を首に受けてしまう。矢はマビの首の下あたりを貫通していた。マビはそれでもひるむことなく逃げようとし、方向転換してリータに背を向ける。リータは間髪入れずにまた唱える。
「斬矢凡」
今度はマビの後ろ脚に命中。足をやられてしまったマビは、バランスを崩れて倒れる。そしてそのまま、起き上がることはなかった。
「まあ、こんな感じですかね」
リータは言いながら、マビの方に近づいていく。僕は、今のシーンに正直ショックを受けていた。僕が一番最初にここに来た時、確かにモウグニーシュを倒した。あの時はパニックに陥っていたので、何か生物を殺したというような感覚はなかった。しかし、今は違う。冷静な状態のままで、目の前で一個の生物が死ぬのを見た。リータの放った魔法で。
「大丈夫ですか?カイトさん」
見ると、リータが先ほどのマビを背負っていた。その首に、矢はもう刺さっていなかった。
「……どうするんだ?そのマビ」
僕は尋ねる。
「どうするって、おいしくいただきますよ。もちろん」
リータは答える。
「自分たちの都合で奪った命をそのままにしておくわけないじゃなあないですか。そんなことしたら、ガルティアーゾの神々に怒られてしまいますよ。幸い、マビは角も皮も肉も骨もすべて使えますから」
リータは微笑みながら言う。ああ、そうか。僕は、少しだけ理解した気がする。僕たちが元々いた世界、つまり日本でも、このような考えが昔は普通だったらしい。今はわからないけど。普通に食べるために、普通に生物を殺して、普通にその命に感謝する。ずっと繰り返されてきたサイクル。そのサイクルが、この世界にもあるとわかって、僕は少しだけ先ほどのショックから立ち直る。いや、正確には立ち直ろうとした、が正しいかもしれない。そういえば、僕たちは神を殺すことを目標にしているんだ。僕たちが神を殺すとき、僕たちは神に感謝することが出来るだろうか?
「なるほどね……わかったよ、リータ」
僕はリータに微笑みながら言う。リータは少しの間驚いた顔をしたが、やがて僕の心中を察したのか、
「なら、よかったです」
と微笑んで言った。僕たちは集落へ帰るために歩み始める。僕がリータに、そのマビを持とうかと聞こうとしたその瞬間。がさがさがさ、っと、先ほどのマビが出した音よりも大きな音が僕たちの辺りでした。僕とリータは思わず足を止める。
「何の音だ?また、マビか?」
僕はリータに尋ねる。リータは首を横に振ると、
「さっき、私、マビがこの草原で一番強い生物だって言いましたよね?」
と僕に聞く。
「う、うん」
「でも、それをたまに覆す生物がいるんです……私たち、今その生物に囲まれています。気が付かなかった……」
リータが悔しそうな表情でその場に立ち、それがどこにいるのかを把握しようとしている。
「それって、なんなんだ?」
僕はさらにリータに尋ねる。
「ラーミアクルスです」
その言葉に反応するかのように、グルルルルっと、低い声が草むらから聞こえた。




