第二十二話 海斗・鍛錬
つるぎが死ぬほどの訓練を受けていることがわかった次の日から、僕は本格的に魔法の勉強をするようになった。最初はどうやって勉強すればよいのか思いつかなかったが、塔の三階に魔法に関する本がたくさんあったんを思い出し、とりあえずそれらを読むことにした。どれから読んだ方が良いのかをリータに聞いたりもした。
「どれから読んだ方が良いか、ですか……そうですねぇ。とりあえず、上位魔法をうまく操るようにするためには下位魔法を完璧に習得しないといけません。幸い、カイトさんは第二位魔法まで完璧に習得しているので、そう遠くない道だとは思いますけど……つまり、第三位魔法について書かれている本、『第三位魔法抄本』から読むのが良いと思いますよ」
「なるほどな。わかった。じゃあ、それから読んでみることにするよ……また、何かあったら聞いても良いかな?」
「当然じゃあないですか!治癒系以外の第三位魔法魔までは、私も大体出来るので、何でも聞いてください!」
「そうか。ありがとう、リータ」
リータのおすすめしてくれた『第三位魔法抄本』を読み進めていくと、だんだんと第二位魔法と第三位魔法との間の差というものがわかってきた。第二位魔法までは、主に自分の近くの事物に対して影響を与えるものが多いのに対して、第三位魔法は自分から遠い事物に対して影響を与えるものが多いということがわかった。また、一口に「自分から遠い事物に対して影響を与えるもの」と言っても、魔法によってタイプが分かれていることがわかった。
例えば、第三位魔法に『灑水《シャーシ―》』というものがあるのだが、これは自らが発生させた水源から放水を行うという魔法がある。この魔法は「自分から遠い事物に対して影響を与えるもの」の中でも、魔法で発現させたものそれ自体を遠くに飛ばして影響を与えるタイプである。一方、『浮浮物宙中象』という魔法は、遠くにあるモノを浮かせる魔法だ。これは『灑水《シャーシ―』のようなタイプではなく、遠くにある事物それ自体に影響を与えるタイプである。
このように、どのように事物に対して影響を与えるかが魔法によって違うということが第三魔法では生じている。どうやらこれが、第二位魔法と第三位魔法の違いらしい。確かに、要求されることが多くなっている。例えば第二位魔法の『浮物事小象』では、モノと魔力源である自分との距離を考えなくても良かった。なぜなら、モノと自分の間が近いからだ。しかし、第三位魔法『浮浮物宙中象』では、モノと自分の距離が遠い状態から、モノに魔法をかける必要がある。『浮物事小象』を発動させるより、さらに距離と自分の魔力がそのモノに向かうイメージを加えて、発動させなければならない。
ただ、これは先ほども言った『浮浮物宙中象』のような遠くにある事物それ自体に影響を与えるタイプの第三位魔法の話だ。『灑水《シャーシ―》』みたいなタイプでは、距離だけを考慮すればよいので幾分楽だと思う。例えば、まあ、本当はどうやって使われるのかはわからないが、『灑水《シャーシ―》』を火事の現場で使うとする。すると、水の発生源は自分の近くに発生させるので、第二位魔法の『小水』と同じような感覚で行うことが出来るはずだ。ここで考慮しないといけないのは、自分と火事現場の炎との距離だ。その距離をつかんでおかないと、放水の距離が足りなくて炎に全然届かない、なんてことが起こってしまうだろう。
まあ、大雑把にまとめると第三位魔法には二つのタイプがあるが、どちらも距離感覚が重要であるということだ。中学校の時はバスケ部に入っていたが、高校は帰宅部兼つるぎの生徒会の雑用の手伝いをしていたので、残念ながら距離感というものが自分の中にあるのかはわからない。「このくらいの力でボールを投げたらあのくらい飛ぶだろうな」というような距離感覚はあるにはあるが、なにせ相手はボールじゃなくて、魔力だったり水だったり炎だったりする。それらの感覚を掴むには、もう実践を行うしかないのだろう。幸い、どうやったらそれらを発動させることが出来るかは想像がついているので、そう難しくはないはずだ……と思いたい。
三日程度で『第三位魔法抄本』を読破した僕は、相変わらずリータの授業の手伝いをしてはミーニャたちに付きまとわれながら、徐々に発動の練習をするための準備に取り掛かっていた。リータ曰く、第三位以上の魔法を発動する際には、集落を破壊する危険性があるので集落の外で行った方が良いということだそうだ。僕は授業の手伝いがない日に、自分の部屋にあった椅子をもって集落の外にある草原へと向かった。遠く離れてしまうと集落に帰ることが出来なくなる可能性があるので、一応目に見える範囲に集落がある状態で魔法の練習をする。たぶん、僕の魔法が集落に影響することはないだろうと思う。
僕は椅子を適当に置くと、まずは十歩くらい離れた。僕の歩幅が大体85センチメートルなので、十歩で850センチメートル。つまり、約8.5メートル離れたことになる。椅子は思ったよりも遠く感じられた。とりあえず僕は、『浮浮物宙中象』を発動させることにした。とりあえず『浮浮物宙中象』をマスターしたら、大は小を兼ねるということで『灑水《シャーシ―》』タイプの魔法を習得するのが楽になりそうだと思ったからだ。僕は自分と椅子との距離をイメージしながら、その椅子に対して魔力を向ける。そして、それが届くようなイメージをする。浮かび上がる椅子のイメージ。ふわふわふわふわ。
「浮浮物宙中象」
僕は唱えた。しかし、椅子は微動だにしない。まあ、そりゃあそうだろう。そうそう簡単にうまくいくわけがない。第二位魔法を一日でマスターできたのは偶然と、リータの努力があったからだ。ここからは、一人で地道にやっていくしかない。
結局、この日、椅子は微塵も動こうとはしなかった。




