第二十一話 つるぎの訓練
「なあ、つるぎ」
「うん?」
リータの授業を手伝ったその日の夜。つるぎの身体に「癒癒傷」と「深癒痛」を発動させながら、僕は気になってつるぎに尋ねてみた。
「つるぎが行ってる狩りとか剣の稽古ってどんなんなの?」
「どんなって、壮絶だぞ。私でなかったら死んでいるな」
「そんなに厳しいのか?」
「なんだ、私を疑うのか?」
「いや、疑っているわけじゃあないよ。むしろ心配してるんだ。周りはつるぎ以外男ばっかりだろう?聞く限り大変そうだから、身体は大丈夫かって」
「どうした、私の貞操を心配しているのか?」
「はぁ?な、なんでそんな話になるんだよ!?」
「いや、君があまりに私の身体を心配するもんだから、てっきりそれが気になっているのかと……しかも、さっき『男に囲まれてるから』云々と言っていたから……」
「違うって!僕が言いたいのは、男の身体と女の身体じゃ、力の差とかが出るだろうから、何かあってお前が怪我をしないか心配だってことだ!」
「わかっているって……そう怒るなよ。ちょっとした冗談じゃあないか。君が心配してくれるのは、私としてはこの上なく嬉しいことではあるが、あまり過剰になりすぎても、私としても困ってしまう……そうだ、何なら明日、私と一緒についてくるか?」
「え?明日?」
「なんだ、何か予定でもあるのか?」
「いや、別にないけど……」
「では、付いてきて、私がどんなことをしているのかその目で確かめた方が、君としても安心できるのではないか?」
「……うん。まあ、そうだね」
「では決まりだな」
つるぎはそう言うと椅子から立ち上がった。
「では、今日はもう寝るとするか」
「うん、そうだな」
僕たちは二階へと移動する。つるぎは自室のドアを開けると、僕の方を向いて言った。
「ちなみに、私の貞操は当然だが守られているし、いまだに私は純潔の乙女なので、心配しなくて良いぞ」
ではおやすみ、とつるぎはそのまま部屋に入ってしまった。
「いや、そんなこと言われても困るよ」
僕はつるぎに聞こえるか聞こえないかの声で言う。そこには、確実にほっとして、喜んでいる自分がいた。
翌日。僕はつるぎに付いて行き、つるぎが普段どのような稽古をしているのかを見学させてもらうことにした。僕たちが向かうと、すでに何人かの男が集まっていた。
「おはよう、みんな」
つるぎがあいさつをすると、
「あ、姐さん!」「おはようございます!」「おはようっす!」「姉御、おはようございますっ!」
と次々にあいさつを返す男たち。ああ、なんだか懐かしい光景だ。毎朝登校すると、校門前で見られた光景と一緒だ。「会長」が「姉御」に変わっただけで、どうやらつるぎはここでも持ち前のカリスマ性を発揮しているらしい。
「姐さん、その男は?」
誰かが僕のことに気が付いたのだろう。つるぎに尋ねる。
「ああ、彼は私の連れだ。今日一日、私がどんな訓練をしているかを見たいらしいから、見学させてやってくれ」
つるぎがそう言うと、彼らは納得したような顔をした。しかし、ひと際野太い声が響く。
「ふん。剣を握らず魔法を使う軟弱な男に、果たして我々の行いがわかるのかどうか」
「ぞ、族長!?」
周りの男たちはうろたえたような声を出す。
「おや、ギルツィオーネ。今日は君が教官役なのか?」
つるぎがギルツィオーネに尋ねる。
「そうだ」
「そうか。まあ、お手柔らかに頼む」
「ふんっ。容赦はしない。私のしごきに耐えられないやつは、どのみち竜を倒せずに竜に殺されて死ぬ」
なるほど。ギルツィオーネが教官だと、死ぬほどきつい稽古が始まるわけだ。だから、先ほどの男たちはうろたえた声を出していたのか。一人で勝手に納得している僕を、ギルツィオーネはギロリと一瞥すると、
「では、始めるぞ!」
と大きな掛け声をあげた。
つるぎたちが行っている訓練というものは、想像以上に厳しそうなものだった。最初にここの男の住人を見た時、どうしてこんなに筋肉がついているのだろうと思っていたが、なるほど納得である。どうやら、つるぎ以外は全員12歳だという。うへぇ、全然そんなふうに見えない。僕より背が大きいし、筋肉量もある。そりゃあ、そんなときからこんなことをしていれば、いやでも筋肉がつくのだろう。
他の人に話を聞いてみると、すべて竜を狩るために作られたプログラムだそうで、当時のガルティアーゾを束ねていたとされている人物が、約170年前に体系的に組みあげたものらしい。このプログラムを導入してから、竜を狩る際に出る死亡者の数などが劇的に変化したらしい。当初は百何名しかいない超少数民族であったガルティアーゾも、そのプログラムを導入した年から五年を境に人数が増え、今では千何百人にまで増えているのだそうだ。
ここの集落に、そんなに人が住んでいるなんて思わなかったが、よく話を聞いてみると、ここの集落だけではなく、竜が良く出現する地域にガルティアーゾは住んでいるので、ここの住人だけで千何百人というわけではないようだ。また、身体もその年からだんだんと大きくなっていったようだ。確かに、明治初頭の平均身長から僕の暮らしていた時代まで、確か10センチメートル以上も高くなっていたはずだ。そのことを考えると、体格が大きくなるのはおかしなことではない。こうなってくると、170年前の族長がすごすぎるな……たった一人で状況を変えてしまうなんて……
プログラムの内容は、初級、中級、上級、超級と四段階に分かれているらしく、つるぎがいるのは初級だそうだ。初級では、主に体づくりを基礎とした基本的なトレーニングが行われているらしい。男たちがいつも背負っている自身の背丈と同じくらいの金属っぽい材質の板は、どうやら、竜を狩るために作られた専用の剣らしく、それを自在に操るためには、相当な筋肉量が必要らしい。なので、最初は体づくりをメインにしているそうだ。というか、あれ剣だったのか。なにか背負っているなとは思っていたが、まさか振り回すためのものだとは思わなかった。人間が自分と同じくらいの大きさの剣を振り回しながら戦わなければならないという竜の強さも、この話から容易に想像できる。
他の男たちが大きな丸太を両手で持ち、上下に振っている中、つるぎもまた、それに混じって丸太を振っている。
「ッフ、ッフ、ッフ、ッフ」
丸太を振り下ろすタイミングで息を短く吐きながら、相当重いであろう丸太をしっかりと制御している。姿勢はまっすぐ伸びていて、崩れていない。しかし、顔には苦悶の表情。剣道の素振りのような感じでやっているが、竹刀の重さとはけた違いであろう。
「そこまで!」
ギルツィオーネが叫んだ。
「今から五分間、休憩!」
ギルツィオーネがそう言うと、次々にへたり込んでいく男たち。つるぎは丸太を下すと、僕の方に向かってきた。
「どうだ、私の雄姿を目に焼き付けているか?」
つるぎはそう言いながら、僕が座っていた隣に座る。
「いや、想像以上にきつそうな内容で正直びっくりしたよ」
「まあ、今日はギルツィオーネが教官の役だから、余計に厳しい訓練になっているのだがな」
「それでも、毎日こんなことをしているなんて……すごいな」
「まあな。しかし、これはまだまだ初級の段階らしい。竜を狩るためには上級をある程度マスターしなければならない」
「どれだけ時間がかかるんだろうな」
「まあ、普通は一年半以上はかかるらしい。しかし、私たちは一応半年しかここに居られないかもしれないので、私は普通の倍以上の量をこなしている」
「え!?そうだったの?」
「そうだぞ。とりあえず、竜さえ倒すことが出来れば他の生物も倒すことが出来るだろうと思ってな。そう頼んでおいたのだ」
「……そうだったのか」
一年半以上も習得に時間がかかるところを、半年でマスターしようとしているなんて知らなかった。
「まあ、私は私で頑張っているから、君も魔法を頑張ってくれ」
愕然としている僕に、つるぎはそう言葉をかける。
「……うん。僕も、竜を倒せるくらいの魔法を習得できるように頑張るよ」
その意気だ、と言ってつるぎは立ち上がると、そのままさっきの場所に戻っていく。見ると、もうすでにほとんどの人が最初の位置に戻っていた。僕はそのまま、最後までつるぎの訓練を見続けた。




