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第二十話 魔法の授業の手伝い

つるぎが出かけて行った後。僕とリータは今日行われるリータの魔法の授業の準備をするために、家を出てリータの家へと向かった。


「今日って具体的に何の魔法を教えるんだ?」


僕はリータの家から魔法を教える場所がある、この集落のど真ん中にある塔へ行く道すがら、リータに尋ねてみた。


「そうですね、今日は『浮物事小象ビャークエー』を教えようかと思っています」


「あー、それか……確か、モノを少し浮かせる魔法だったよな?」


「はい、そうです。物に影響を与える魔法の導入として一番適当かなと思いまして」


「なるほどねぇ……で、僕はどんなことをすればいいの?」


「魔法の実演とか、皆が魔法を使う際に順々に見て回ったりとか、そう言った類のものですかね」


「ふーん。オッケー、わかった」


「よろしくお願いします、カイトさん」


「まあ、なるたけ頑張ってみるよ」


そんな話をしているうちに、塔の入り口まで来た。そういえば、リータとギルツィオーネ以外のガルティアーゾの人間と話す機会って、何気に初めてじゃあないか?つるぎはおそらく他の人とも話をする機会を得ているのだろうが、ここに来てから今まで、主にリータと共に行動をしていた僕には、そんな機会はなかった。そう思うと、なんだか少し緊張してきたな……今回はリータの手伝いで来ているので、軽度の人見知りを発動させることもできないし、頑張らなければ。


塔のらせん階段を上っていると、二階に着いたあたりで、三階からガヤガヤとにぎやかな声が聞こえてくる。ああ、何となくこのガヤガヤ感が懐かしい。授業が始まる前の教室って、確かにこうやってガヤガヤしていたなぁ。少しだけ胸が詰まるような感覚。いかんいかん。気を取り直して、集中しなければ。


「はーい、始めますよー!」


三階に着くなり、いきなり大きな声でそう言いながら、この空間で一番大きな黒板のような板の前に向かって歩くリータ。僕はそのすぐ後ろについていく。なんだか学校の教育実習生みたいだな。教育実習なんてやったことないけど。でも、きっとこんな感じなんだろうとは思う。ちらりと横目で生徒を見ると、先ほどまでのガヤガヤした空気はなくなっており、皆ぱらぱらと自分の席らしいところに向かっている。人数はだいたい二十人くらいだろうか。よく見ると全員女の子であることが確認できる。それもそうか。確か魔法は女性が扱うものだと言っていたっけ。


「はい、皆さんおはようございます!」


リータは黒板らしき板の前に立つと、生徒に向かってそう言った。僕は少し離れた場所で立っていることにした。


「「「「おはようございまーす」」」」


生徒たちもあいさつを返す。ここら辺は元の世界の学校とあんまり変わらないんだな。先生があいさつして始まる感じとか。リータは続けて僕の紹介をする。


「今回から、授業でお手伝いをしてくれる人が来ました。皆もう知ってるかもしれないけど、ついこの間ここに来たばかりの人です……カイトさん!自己紹介お願いします」


「あ、うん」


僕はリータに呼ばれて、リータの横に着く。自己紹介か。そういえば全然何にも考えていなかった。まあ、普通に名前を言うだけでいいか……


「あー、どうも、みなさん……えー、新山海斗です。今回からリータの授業の手伝いをさせてもらいます。よろしく」


そういって僕が軽く頭を下げると、


「どっから来たの!?」「どうしてこれを手伝うことになったの?」「男なのに魔法使えんの?」「せんせーとはどんな関係!?」「もしかして恋仲?」「おねーちゃん、やるぅ!」「もう一人の女の人はどこにいるの?」


といった質問のあらしが吹き荒れた。


「はいはいはい、そう言った質問はあとで個人的に質問してくださいね~!今日はちょっと難しい魔法を扱うから、早く静かにして―!」


リータが生徒たちを宥めて回る。こりゃあ大変そうだ……手伝いが欲しくなるのもわからなくはない。そういえば、彼女たち生徒はいったい、いくつ位なのだろうか。ここに来る前に聞いておけばよかったのだが、完全に聞きそびれていた。リータのことがあったので、ガルティアーゾの人間は、見た目で判断が出来ないということがわかっている。しかし、あえて予想してみようか。リータが14歳で僕と同じ身長だ。ということは、それよりも背の低い彼女たちは、リータより三つくらい下だろうか?まあ、身長なんかは絶対に個人差があると思うけれど……


少しして、皆に落ち着きが戻ってくると、リータは再び黒板のような板の前に立った。


「はい、ようやく今日の内容に入れますね……今日は、第二位魔法の『浮物事小象ビャークエー』を皆さんに練習してもらいますよー!」


リータはそう言うと、目の前の板に何か書き始めた。生徒たちもようやくリータの話を聞く体勢に入る。ようやく授業が始まった。



「……というわけで、ものに魔法の現象を発現させる基本的な方法と『浮物事小象ビャークエー』の概要についてはこのくらいですかね。何か質問のある方はいますか?」


リータは白いチョークのようなものを置き、手を払いながら、生徒たちに聞く。しかし、どこからも手は挙がらない。リータの「浮物事小象ビャークエー」についての説明はとても分かりやすく、あらかじめ出てくるであろう疑問点なんかの説明もされていた。魔法を覚えたての僕ですら、突っかかることなく理解できるようなものだったので、きっと生徒たちも理解できているのだろう。


「はい、じゃあ大丈夫そうですねー!それでは……実際に『浮物事小象ビャークエー』の発動を練習してみましょうか。じゃあ、カイトさん」


「あ、うん……えっと、どれ持ち上げようか?」


「そうですね……では、このクルスタを持ち上げてくれますか?」


リータは僕に、先ほどまで持っていたチョークのようなものを渡してきた。なるほど、これはクルスタというのか……覚えておこう。


「じゃあ、いくよ」


僕は、一度地面にクルスタを置いてしゃがむ。


「あ、もしかしたら、僕の周りに集まってもらった方が、見やすいかも」


「そうですね。では、そうしましょうか……はい、皆カイトさんの周りに集まって!魔法が発動するところが見えるようにねー!」


彼女たちがゾロゾロと僕の周りに集まってくる。その目には、本当に僕が「浮物事小象ビャークエー」を発動することが出来るのかという疑いの念と、モノを浮かす魔法である「浮物事小象ビャークエー」そのものに対する好奇心があった。


「じゃあ……」


僕は一度軽く深呼吸をする。そして、目をつぶって瞬時にこのクルスタが浮かぶイメージをする。そして唱えた。


浮物事小象ビャークエー!」


すると、クルスタは、ゆっくりと浮かび上がっていく。


「おおっ」


周りから小さなどよめきが聞こえる。たぶん、僕が本当に魔法を使えるとは思っていなかったのだろう。それも無理はない。ガルティアーゾでは、伝統的に男は剣を、女は魔法を学ぶと決まっているから、その観念が僕が魔法を使えないと予想させたのだろう。僕はクルスタの浮く高さをさらに上げた。そして、彼女たちの腕のあたりまで持ち上げて一時停止させる。


「誰かこれを受け取ってくれるかな」


僕がそう言うと、名乗りを上げた子がいた。


「私が受け取るわ!」


「じゃあ、手を差し出して」


僕がそう言うと、その子は言われた通りに手を差し出した。僕はその手の少し上まで、クルスタを移動させる。そして、僕は開けていた手を握った。すると、魔法が解除されてクルスタがその子の掌に落ちる。


「おお!」


と再びどよめきが起きた。


「ま、こんなものかな」


僕は立ち上がりながら言う。そして、リータのリアクションを確認する。


「……」


あれ?てっきり「じゃあ、さっそく皆さんもやってみましょーう!」とか言うんだと思っていたのに、何も言わないのか。


「……」


「リータ?」


ずっと黙ったままのリータに不安になって、僕は声をかけた。


「え、ああ……」


「これからどうするの?そのまま練習してもらう?」


「あ、えっと、そうですね。では、皆さんも『浮物事小象ビャークエー』の発動を練習してくださーい!」


リータに言われて各々動き出す生徒たち。どうやら三・四人のグループを作っているようだ。スムーズに班決めが出来ているところを見ると、いつもこうやってグループを作って練習しているのだろう。ふとリータの方に目をやると、リータは僕をじっと見つめていた。


「な、なに……?」


僕はリータに尋ねる。


「おかしいですよ、カイトさん!」


リータが僕に詰め寄ってくる。


「何が?」


「普通第二位魔法の『浮物事小象ビャークエー』では、さっきカイトさんが発動させたくらいの高さまでモノを上げることはできないんです」


「え?そうなの?」


「はい、あれくらいモノを上げるには、第三位魔法の『浮浮物宙中象イーケンヨーウ』の発動が必要です」


「へー、そうなんだ……って、まあ、そんなこと言われてもなあ。実際に出来たわけだし」


「だから、おかしいって言ってるんです」


「おかしくはないって……」


僕たちが話していると、


「せんせー、わかんなーい」


という、生徒の子が聞こえた。


「ああ、ちょっと待ってね、今そっち行くから」


リータは呼ばれた方へと向かって行った。


「ちょっと、カイト!」


いきなり名前を呼ばれて、驚きながら声の下方向へ向く。すると、先ほどクルスタを受け取ってくれた女の子が手招きしながら、僕を呼んでいる。


「何?どうしたの?」


僕はその子がいるグループの方へと向かった。


「さっきからみんなで『浮物事小象ビャークエー』を発動しようとしてるんだけど、うまくいかないのよ」


その女の子が言う。


「うーん、なんでだろうね」


「何かコツみたいなのってないの」


「ええ?コツかぁ……コツねぇ。とりあえず、君で良いからもう一回発動させようとしてみてよ」


僕がそう言うと、彼女は


「ミーニャ」


と言った。僕はいきなりのことで素っ頓狂な声を出してしまう。


「へ?」


「私の名前は『君』じゃなくて、ミーニャよ」


ああ、なるほど。自分の名前を言ったのか。どうやら彼女は「君」と言われるのが嫌だったらしい。


「ああ、はい。じゃあ、ミーニャ。もう一回発動させようとしてみてくれないかな?」


「いいわよ」


ミーニャは「浮物事小象ビャークエー」を発動させようと、床に置いてあるクルスタに手をかざした。

そして唱える。


浮物事小象ビャークエー


しかし、いつまでたってもクルスタが浮き上がる気配はない。


「ね、できないでしょう?」


ミーニャが言う。


「うーん、そうだなぁ……」


どうしてミーニャは「浮物事小象ビャークエー」発動できないのだろう?何か問題でもあるのだろうか?呪文は間違っていなかったし、この授業に来るということは、魔力も申し分のない程度にはあるのだろう。ということは、想像の部分で問題があるとしか考えられない。僕はミーニャに質問をする。


「ねえ、ミーニャ。聞きたいんだけど、『浮物事小象ビャークエー』を発動させる前に、モノが浮かぶ姿をどんな風に想像をしてる?」


「どんな風に?そうねぇ、とりあえず今はクルスタだから、クルスタがふわふわ~と浮く感じをイメージしてるわ」


「んー、なるほどね……他の三人も大体そんな感じ?」


僕はミーニャ以外にも尋ねる。こくこくとうなずく三人。そうか、だいたいわかった気がする。


「想像しているのは発動した後の事象だけなんだね?」


「そうよ」


「じゃあ、今度は事象が発動する前からを想像してごらん」


「発動する前?」


「そう。モノが浮くだけじゃあなくて、それを浮かせるための魔力の通り道までイメージするんだ。例えば今回だったら、手からクルスタまでの空間に、魔力の通り道があることを想像するんだ。そうすると、クルスタと魔力の関係が何となくわかるだろう?」


「うーん……」


「まあ、とりあえずやってみてよ」


僕が促すと、ミーニャはもう一度「浮物事小象ビャークエー」を発動させるための体勢をとった。


「自分とクルスタのつながりを想像してみるんだ」


「自分と……クルスタの……つながり」


しばらくすると、ミーニャが唱える。


浮物事小象ビャークエー


すると、先ほどまではピクリとも動かなかったクルスタがふわふわと浮き始めた。


「っ!やったわ!」


「いいね。次はそのままその状態をキープしてみよう」


「うん!」


しかし、五秒後にはクルスタは落ちてしまった。そう長く浮かせることはまだ出来ないか。まあ、この魔法を発動させることが出来ただけでも、大成功だろう。


「落ちちゃった……」


ミーニャは少し悲しそうな声で言う。


「まあ、『浮物事小象ビャークエー』の発動自体は成功したんだから、あとは練習すれば長い時間浮かせることもできるよ」


「本当に?」


「うん、本当本当」


まあ、実際のところ僕は練習してないんだけど。だから、何故できるかはわからないから、とりあえずは練習すれば大丈夫だということを伝えたほうが良いだろう。練習が毒になることはないだろうし。とりあえず、ミーニャ以外の他の三人も「浮物事小象ビャークエー」の発動を成功させることが出来た。リータはいつの間にか黒板のような板の前に戻っていた。


「はーい、それじゃあ、今日はこの辺で終わりにしたいと思います!……今日発動できるようになった人!」


リータがそう言うと、何人かの手が挙がった。もちろん、先ほどまで僕が教えていたグループは全員手を挙げている。


「はい、わかりました。じゃあ、明後日も『浮物事小象ビャークエー』の練習にするから、忘れないように来てね~」


「「「「はーい」」」」


「じゃあ、今日は終わりでーす」


リータがそう言うと、生徒たちはぱらぱらと解散していった。


「カイト!」


いきなりミーニャが僕の懐に飛び込んでくる。


「ぐふっ……なんだよ、ミーニャ」


「さっき、始まるときに個人的な質問はあとにしろって言われたから、質問しに来たわ」


「ああ、そういえばそんなことリータが言ってたな」


「じゃあ、さっそく……リータお姉ちゃんとはどんな関係なの?」


「ただの友達だよ」


「本当にぃ?」


「本当だって」


僕がリータの質問に答えていると、いつの間にか他の子たちが僕の周りに集まってきた。それからしばらくの間、僕は彼女たちから質問攻めにあったのだった。

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