第十九話 着替え
翌朝。僕がベッドから起きて一階に向かうと、そこにはすでにリータがいた。
「あれ、カイトさん。おはようございます。今日は早いですね」
「おはよう、リータ……あれ?つるぎは?」
「つるぎさんはまだ起きてないみたいですけど……でも、昨日と同じ時間に訓練が始まるんだとしたら、もうそろそろ起きないとまずいですよ」
「そうなの?」
「はい」
「うーん……どうしようか」
「昨日はつるぎさんがカイトさんを起こしたんだから、今日はカイトさんがつるぎさんを起こしてあげればいいんじゃないですか?」
「ええ、僕が起こすの?」
「他に誰がいるんですか?」
「……」
仕方なく僕はつるぎの部屋に向かう。ああ。なんだか妙に気恥しいというか、緊張するというか……確かに異性の部屋に入ることは、つるぎを幼馴染にもつ僕としては珍しいことではない。しかし、寝ている異性の部屋に入るなんてことは、元の世界ではそうそう無かったからなぁ……そうだ、何も部屋の中に入らないといけないわけじゃあないんだ。外側から呼びかければつるぎも起きてくれるだろう。うん。僕はつるぎの部屋の前に立ち、ドアをノックして呼びかける。
「おーい、つるぎ!起きろ!もう朝だぞ!」
しかし、帰ってきたのは静けさだけだ。僕はもう一度、ドアを叩いて呼びかける。
「おーい!起きろって!」
しかし、返事が返ってくることはない。
「もう中に入って起こすしかないんじゃないんですか?」
リータが下から僕に言う。やはりそれしかないのだろうか?あんまり気が進まないのだけれども。僕はやはりあきらめきれずに、もう一度だけドアをノックした。そしてつるぎに呼びかける。しかし、返事はいつまでもなく、僕の希望はむなしく打ち砕かれた。
「はぁ……」
僕は軽くため息をつきながら、ドアノブに手をかける。そして、
「入るぞ?」
と、言いながらつるぎの部屋に入る。部屋の中を見渡すと、ベッドで寝ているつるぎの姿が目に入った。近くには衣服のようなものが散乱している。僕は近寄りながら、つるぎを起こそうとした。しかし、そこでハタと気が付く。なぜ、僕はつるぎのむき出しになった肩を見ているのだろうか、と。そして、なぜ服がそこらに散らばっているのかと。……もしかして、裸か?そうなると急に話は変わってくる。これは僕が対処できるものではない。同性のリータに起こしてもらうしか……
「……ウーン……」
僕が、つるぎが裸であるということに動揺していると、つるぎは寝返りをうった。すると、先ほどまでは鎖骨辺りまでかかっていた毛布がずれた。そして、胸元があらわになる。
「ッ!」
僕はマズいと思って、急いで鎖骨ラインまで毛布を上げた。そして、つるぎの肩をゆさゆさと揺さぶる。
「おい、起きろ!朝だぞ!頼むから起きてくれ!」
「……うん……?」
僕が必死に起こすと、つるぎは徐々に目を開けた。
「……なんだ、海斗か……どうした?夜這いか?」
「今は朝だ」
「……じゃあ、朝這い?」
「違う。朝だから起きてくれってことだ」
「……朝?もう朝なのか?」
「そうだ」
「う~ん……そうか」
つるぎは横になったまま、一度伸びをすると、そのまま起きようとした。
「待て待て待て!そのまま起きないでくれ。起きるなら、僕が部屋を出た後で起きてくれ」
「なんなんだ、起きろと言ったり起きるなと言ったり……」
「僕が部屋から出たら起きてくれ」
「なぜ?」
「お前が裸だからだろうが」
「……見たのか?」
つるぎが聞いてくる。
「見てない。決して見てない。けど、そこらへんに服が散らばっているし、肩が出てたから裸なのかなって」
「裸になったつもりはないんだが……」
つるぎはそういいながら、毛布の中を見た。そして一言、
「わぁ……すごい……」
と呟い。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと起きろよ」
僕が部屋から出ようとすると、
「待ってくれ」
とつるぎが僕を呼び止める。
「何?」
「その……なんだ?あの……そろそろ風呂に入りたくはないか?あと、着替えもしたいし……」
「え?」
「だって、身体がべたついて気持ち悪いんだもん!しょうがないだろう!」
「な、なんだよ。いきなりキレるなよ……」
「とりあえず新しい服が欲しいので、リータに掛け合ってくれないか?」
つるぎは毛布で器用に体を隠し、上半身を起こしながら言った。
とりあえず僕はつるぎが言っていたことをリータに伝えた。すると、リータは快くそれを引き受けてくれた。
「そういえばそんな事すかっり忘れてました……ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいよ。むしろ、こっちこそ図々しいこと言ってごめん」
「いえいえ、全然大丈夫です……じゃあ、すぐに服を取りに行きますから、ちょっとだけ待っていてください」
リータはそう言うと、家を飛び出していった。しばらくすると、ものすごい勢いでリータが帰ってきた。
「お待たせしました!」
そのまま、リータは服を渡すためにつるぎの部屋に向かった。程なくすると、リータとつるぎが部屋から出てきた。
「やあ、おはよう、海斗」
そういうつるぎの顔は、どことなくすっきりした表情をしていた。一階に着くと、つるぎはいきなりジャンプをし始めた。そして、リータに向かって
「うん、やはり、下着もピッタリだし、大丈夫そうだ」
と言った。
「それなら良かったです」
「いやあ、本当に助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、私は別に何も……」
つるぎが来ている服は、この集落に住む女性が来ているのと同じ型をした服だった。生地は木綿っぽい感じのものに見える。薄青色のゆったりとした上半身の着物は、つるぎのサイズにぴったり合っている。また、本来ならスカートのような筒状の形状をしている下半身は、袴のようなズボンに代わっていた。
「おお!似合ってますよ、つるぎさん!」
リータがつるぎに言う。その言葉を聞いて、まんざらでもなさそうな顔をしながら、その場で一回転をするつるぎ。そして
「どうだ?これが私の新しい服だ!似合っているか?」
と僕に聞いてきた。
「まあ、似合っていないわけではないな」
「そうか。ならそれは誉め言葉として受け取っておこう」
「……あ!そういえば、カイトさんにも服があるんですよ!」
リータがそう言いながら、僕にも服を渡してきた。
「え?そうなの?……ありがとう、さっそく着てくるよ」
僕の服も、つるぎとだいたい同じようなものだった。着てみると、着心地が良く、肌触りも悪くはない。何というか、こういう民族の人々が着るものって、もっとごわごわした感じのモノかと勝手に想像していたが、そんなことは全く無く、むしろ心地の良いものだった。久しぶりに服を着替えたのもあってか、とても気分が良い。
「おおー!カイトさんも似合ってますよ!」
僕が下に降りると、リータがそう言った。
「うむ。まあ、私ほどではないが、着こなしているな」
つるぎも褒めてるんだかなんなんだかわからない言葉をかけてくる。
「ありがとう……ところで、つるぎ。時間そろそろまずいんじゃないか?」
僕は今更気が付いたことをつるぎに言う。
「あ、そういえば……」
「まあ、とりあえずさっさと朝食をとってしまおう」
「そうですね、カイトさん」
僕たちはテーブルに着き朝食を食べ始めた。服も着替えて、なんだか本格的にこの異世界の生活にも慣れていっている自分がいるなぁと、テクルとサニッチャを頬張るつるぎを見ながら思った。