第十七話 異世界二日目
朝食を食べ終わった後、つるぎは
「どうやら、今日から剣と狩りの稽古が始まるらしい。ギルツィオーネのところに行ってくる」
と言い残すと、そのまま家を出て行ってしまった。
「行ってらっしゃい……というか、食器くらい片付けてから行けよな、つるぎのやつ……そういえば、この食器ってリータの?」
「あ、はい。そうです」
そう答えるリータの目の周りは、先ほどまでと比べると、赤っぽさが引いていた。
「じゃあ、洗ってリータの家に持って行かなきゃだな」
「いいえ、そんなことカイトさんがやらなくっても……」
「いやいや、僕がやるよ。リータにはおいしい朝食を作ってもらったんだし。それに、僕はつるぎみたいに何か特別やらなくちゃいけないこととかも無いしね。暇だからさ」
「……カイトさん、暇なんですか?」
「うん、まあね」
「じゃあ、魔法を本格的に学びましょう!」
喰い気味にリータが言う。昨日も思ったけど、やっぱりリータの魔法に対する熱量はすごい。
「ああ、魔法ねぇ……そういえばつるぎに『君は魔法を学べ』って言われてたっけか」
「なら、なおさらやらないとダメですね!魔法!」
リータは嬉しそうに言う。
「じゃあまずは、食器を洗う魔法でも教えてもらおうかな」
僕が冗談めかしてリータに言うと、彼女は真顔になって
「そんな魔法はないですよ?」
と言った。そういう魔法はないんだな……食器とスポンジが空中で動いて勝手にきれいになり、箒がひとりでに動いて床を掃除する、全国の主婦が憧れるあの光景は見られないというわけだ。残念……
結局、後片付けをリータに手伝ってもらってしまった。ついでに、この集落の基本的なことについても色々と教えてもらったらりもした。どこで水を汲めばいいかや、食料の調達方法などがわかった。
また、ここに住む人々についてもより詳しく知ることが出来た。基本的にこの集落に存在している人々は、成人男性と成人女性の一組の夫婦を基準に、それぞれの両親、そして自分たちの未成年の子供を何人か加えた大家族で構成されているらしい。男性は基本的に全員狩りをしている。しかし、石造りの建物の建造や食肉に加工するための技術などは全員が習得しているらしく、体の衰えにより狩りの前線から一歩退いた老戦士が食肉や畑の管理、鍛冶や集落の設備の調整、男の子たちへの狩りや剣の教育などを行っている。
女性は、家事や育児、それに治癒魔法による夫の身体の治療を主に行っているらしい。他にも、魔法で使うための薬草の育成・販売や、テクルの生産・販売、ワルフラカ帝国への竜の鱗や体内物などの輸出や帝国産のモノの輸入などを行っているらしい。最近では、成人してすぐにワルフラカ帝国に行ってしまう者も出ているそうだ。
また、石造りの家々が立ち並ぶ、意外にも進歩している(と思われる)この集落で、どのように地域内経済を成り立たせているのか個人的に気になっていたが、どうやらこの地域のみで使われている貨幣のようなものが存在しているらしいことがわかった。名前はミーニエというそうだ。昔は物々交換で経済活動を行っていたようだが、今は貨幣による交換が主流らしい。
この貨幣制度は約三十年前にできたものだそうで、今の族長であるギルツィオーネの父親に当たる当時の族長が、ワルフラカ帝国を参考に貨幣制度を導入したらしい。本当はワルフラカ帝国で流通している貨幣をそのまま導入したかったらしいが、それを行ってしまえばワルフラカ帝国に飲み込まれてしまうのではないかという懸念が他の住人から相次いだため、結局は独自の貨幣を作ったのだそうだ。
貨幣を見せてもらったが、どうやら、この集落の真ん中にそびえ立つ塔の壁に施されているものと同じ材質であることがわかった。たぶん、竜の鱗を使っているのだろう。竜の鱗を何らかしらの方法で加工したもののようだが、どのように加工されているのかは全く見当がつかなかった。リータの話によれば、この鱗の加工は先代の族長が、何らかしらの方法で行っていたらしい。ということは、この貨幣を製造しているのは、今の族長だということになる。
なるほど、これがこの集落における族長の地位の強さの秘密なのか。推察するに、ギルツィオーネの父親、つまり当時の族長は、力の強いものが族長になるという伝統的な族長の決め方を変えるために貨幣制度を導入し、貨幣をこの集落に流通させることで、貨幣の製造を知っているものだけがこの集落を支配できるという形を作ろうとしていたのだろう。きっと、自分の子孫が代々族長になることを彼は望んでいたのだ。
確かに、貨幣の製造方法を知る者が自分たちの親族しかいない場合、貨幣によって成り立っている集落の生活を支配できるのは、貨幣の製造方法を知る、自分たちの子孫ということになる。先代の族長の狙いが本当に僕の考えているようなものだったなら、彼はなかなかの策士なのだろう。
「なるほどなぁ……まあ、だいたいのところはわかったけど、その貨幣って、どうやったら手に入れられるんだ?」
僕は一番知りたかったことをリータに尋ねる。ここで暮らしていくには貨幣が必要不可欠であるということがわかったからな。
「そうですね……基本的には先ほども話した通り、男性も女性も仕事をしているので、それによってミーニエを得ていますね」
「じゃあ、申し訳ないことを聞くけど、リータとかはどうしているんだ?」
「……えっと、私の場合は、親戚に援助してもらいながら、子供たちに魔法を教える仕事をさせてもらっています」
「ああ、なるほどね……いや、すまないリータ。また辛い思いをさせてしまって」
僕はすかさずリータに謝る。今朝のことがあるから、余計にナイーブになっているかとも思っていたが、リータの顔はしゃっきりとしていた。
「いえいえ、もう、大丈夫です……そうですね、たぶん、つるぎさんが竜はさすがに無理だとしても、何かしら狩りに成功したら、ミーニエがもらえるはずですよ」
「うーん。それだと確実性に欠けるよなぁ……つるぎはまだ訓練だって言っていたし、ほかに何か良い方法は……」
「それでしたら、私のお手伝いをしてくれませんか?」
「へ?」
リータの提案は、彼女が行っている魔法の授業の手伝いをしてくれないかということだった。
「これならカイトさんは魔法の勉強を出来るし、ミーニエも得られるし、私も助かるし、良いことづくめですよ!」
「でもそうすると、リータの取り分が……」
「気にしないでください!そもそも私はそんなにミーニエに困っているわけではないし、むしろむしろ授業の手伝いをしてもらった方が助かりますから」
「……良いのか?」
「はい、もちろん!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて、リータの手伝いをさせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします」
「で、授業の手伝いって、いったいどんなことをすればいいんだ?」
「そうですね……とりあえず、今日は授業がないので、カイトさんには本来一年間くらいでマスターする基本的な魔法を、今日一日で徹底的に覚えて、習得してもらいます」
「……え!?」
「え、じゃないですよ。それじゃあさっそく、あの塔まで行きましょうか!」
「え?!」
僕はリータに手首をつかまれると、そのままずるずると引っ張られながら、昨日の塔まで連れていかれた。
「炎弱」
僕は目の前にある小枝の集まりに集中し、魔力が向かって行くようなイメージをしながら呪文を唱えた。すると、小枝の山からパチパチという音とともにオレンジ色の炎が発生した。
「いい調子ですよ!カイトさん!」
リータが静かに、しかし興奮した声で言う。僕はその炎に向かって、続けて魔法を発動させる。
「小水」
すると、燃え上がっていた炎の上から少量の水が発生した。その水は重力によってそのまま炎の上に落下する。ジュワァという音を立てて、さっきまで上がっていた炎が消えた。
「……はぁ……」
僕は深く息をついた。ようやく、最後の難関だった火系第二位魔法「炎弱」と、同じく第二位魔法だが水系の魔法である「小水」をマスターすることが出来た。
「やった!やりましたね!カイトさん!」
リータが僕に抱き着いてくる。
「お、おう……そうだな……」
僕は足を踏ん張りながら倒れないように必死に耐えた。
「完っ璧ですよ!それぞれ系統の違う魔法を、あの速度で連続で発動させるのは至難の業ですからね!流石です!」
「よくわかんないけど、とりあえず終わってよかった……疲れた……」
僕がそう言うと、リータがようやく僕の身体から離れた。僕がその場に座り込むと、リータが言う。
「本当にお疲れ様です、カイトさん。まさか本当に今日中に基本的な第二位魔法まで習得するとは思いませんでした……すごすぎますよ!」
「ええ……?想定してなかったってこと?どういうこと……?」
「私も全部習得してもらうと口では言ってみたものの、まあ無理だろうなとは思ってたんですよ。だから、明日の授業でやる魔法くらいをまずは習得してもらえればいいかなと思ってたんです。だけど、思いのほかカイトさんの能力が高かったから、私にも火がついちゃって、つい全部教えちゃったんです……」
「ええ?そうだったの?」
「はい、ごめんなさい、カイトさん……」
「いや、まあ結果的に僕は全部マスターできたからいいけど……っていうか、前から気いなってたけど、リータ、前に自分は魔術師としてはまだまだとか言ってたけど、先生やってるんだな」
「ああ、そのことですか」
リータは日が沈んで暗くなりつつある空を見ながら言う。
「この集落で有能な魔術師とは、治癒魔法に長けている人のことを言うんです。私は治癒魔法が苦手なので、まだまだだなってことです。しかも、ペーペーなのには変わりありませんよ」
「そうかなぁ、教えるのも上手だし、十分優秀だと僕は思うけど」
「えへへっ、ありがとうございます」
恥ずかしそうにはにかむリータ。その顔は、普段の大人びた顔とは違い、14歳らしい可愛らしさがあった。
「まあ、とりあえず、家に帰ろう」
僕はゆっくり立ち上がり、家の方に向かって歩く。
「はい!」
元気よく返事をして、リータも僕の後についてきた。




