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第十六話 リータ

「おい、海斗!起きろ!」


突然つるぎの声が耳に投げ込まれた。それと同時に、ズンッという鈍い振動が僕のお腹をグワングワンと揺らす。その振動は僕の重い瞼を開けるのに十分な威力を持っていた。


「……うぁぁぁ……うう……」


痛みと眠気で声が出ない。死にかけのゾンビみたいな声を出してしまった。……思考がまだぼやけている。死にかけのゾンビってなんだよ?


「ほら、さっさと起きないか!この寝坊助め!起きないと色々なところをひん剥くぞ!」


「……待ってくれ、起きるから……」


僕は寝返りを打ちながらつるぎに言う。瞼が自然に下がっていく。ああ……寝る……


「じゃあ、まずは右手の人差し指に生えてる爪からだな!」


つるぎは無駄に大声でそんなことを言うと、僕の右手をとった。僕は怖くなって、慌てて目を開ける。すると、僕の右人差し指の爪に手をかけていたつるぎと目が合う。


「……何してんの?」


「さっき言っただろう?起きないと色々なところをひん剥くって。だから、手始めに君の利き手の人差し指の爪をひん剥いてやろうとしているところだ」


「恐ろしすぎだろ……朝から拷問かよ。しかもそれは手始めにやることではない」


「そうか?小指からの方がよかったか?しかし、こちら側は本気だということを示さないと、要求に応じないだろ?」


「思考が背水の陣を迫られた強盗犯のそれだな……って、そうじゃなくて、もっとこう、可愛い起こし方とか無いの?ゆすって起こすなりなんなり出来るだろ?少なくとも、寝起きの人間をいきなり危険にさらすのは良くないと思うんだ、僕は」


「なんだ。可愛いのがお好みか……『ハヤクオキテ!オニイチャン!』」


つるぎは妙に甲高い声で言う。


「あの、何を勘違いしたらそういうセリフが出てくるのか知らないけど、僕が言った『可愛い』は、危険じゃないっていう意味だし、さっきの声は可愛いか可愛くないかで言えば可愛くないし、そもそも僕は妹キャラに何の思い入れもないぞ」


「心配するな。妹キャラではなく『義妹キャラ(高性能ロボット)』だ」


「それのどこに心配しない要素があるんだ?」


「だって、私は今までずっと気が付かなかったが、君は血のつながっていない無機物が好きなんだろう?」


「無機物と血のつながっているやつはそもそもいないと思うが、何処からそんな情報を仕入れた?」


「いや、私の予想だが?」


「何故そんな予想を?」


「だって君は私のところに夜這いをしなかったじゃあないか!ということは、無機物の女性にしか食種が動かないのだろう?」


「いや、どんな根拠だ。だいたい、よ、夜這いなんか、す、する……」


と、こんな風に僕たちがギャーギャー騒いでいると、


「お二人とも~!もう朝ごはんの準備できてますよ~」


という声が下から聞こえてきた。


「ああ、すまんすまん!今行く!」


つるぎは下に向かって叫ぶ。


「ほら、君がいつまでも寝ているから、リータに怒られてしまったではないか」


「半分はお前のせいだろうが……というか、リータ来てんの?」


「うむ。朝ごはんの準備をしにと言って、私が起きた直後くらいに来たぞ」


「へー」


わざわざ朝ごはんの準備をしにやってきたのか。なんだか申し訳ないな。そうとなればさっさと起きて下に向かわなければ。



僕とつるぎが下に行くと、テーブルの上にはすでに、朝食と思わしき料理が湯気を出しながら並んでいた。


「おはようございます、カイトさん!」


リータが元気な声で


「おはようリータ……悪いな、朝食なんて用意してもらっちゃって」


「いえいえ、良いんですよ。あの家に食べるものってなにもなかったよなーと思って、心配で来ちゃったんです。それに……私、昨日の夜、お二人と一緒にご飯を食べた時、楽しかったんです。……だから……!」


ああ、そういえば。この子はまだ14歳なんだっけ。それなのに、昨日言ったあの家にはリータ一人だった。深くは聞けないが、きっと何か事情があるのだろう。


「……だから、もしお二人がご迷惑でなければ、また一緒に食べたいなと思って……」


そう言って、少し俯くリータ。すると、つるぎがリータに近づき言う。


「リータ。迷惑なんてことは全然ない。むしろ私たちの方こそリータに迷惑が掛かっていないか心配なくらいだ。なあ、海斗?」


「うん。そうだよ、リータ」


僕もリータに言う。そして、少しだけ背の高いリータを、つるぎは抱き寄せた。リータはつるぎに抱き寄せられて少し驚いた顔をしていたが、次第に表情が崩れていき、つるぎの肩に顔をうずめる。


「私たちはリータのことを迷惑だなんて少しも思っていないよ。君がここに来たかったら、いつでも来て良いんだ……大丈夫だから」


優しい声で言いながら、つるぎはリータの背中に左手を回し、トン、トンと優しいリズムで叩く。そして、右手でリータの頭を撫でる。僕もそばに近寄り、リータの頭をぎこちなく撫でる。リータの肩は小刻みに震えていた。



「さあ、そろそろ朝食を食べようではないか、リータ。せっかく君があったかいのを作ってくれたんだから、冷めるともったいないぞ?」


つるぎはリータの背中から手を外す。リータが肩から顔を上げると、つるぎはその顔を優しく両手で包み込むと、両の親指でリータの涙をぬぐった。そして、額に軽くキスをすると


「な?」


とリータに言った。


「……はいっ……そうですね」


涙をぬぐい、鼻をスンスンと鳴らしながらリータが言う。


「……食べましょう、一緒に」


今日の朝食は、昨日の晩御飯よりもあたたかかった。

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