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第十四話 生活感

僕の魔力が普通の人間よりもだいぶ多いということがわかった後。外には、いつの間にか夕暮れの、橙と紫がかった青が補色の関係で互いが互いを強調するような空がどこまでも色がっていた。まるで絵画のようなその強烈な色合いは、僕の網膜に何故だかしっかりと焼き付いた。


「どうぞ、入ってください」


「お邪魔します」


「あ、靴は脱がない方が良いですよ!」


「わかってるって」


リータはつるぎと僕を夕食に招待してくれた。リータの住んでいるらしい家は、僕たちが貸してもらっている家とほとんど同じつくりをしており、特に新たな発見があるというわけではなかった。しかし、もちろんのことだが内装は彼女が考えてこしらえたのであろう。見たことがない置物や植物が置いてあったり、魔法に関する本などが山積みになっているスペースなんかがあった。何というか、生活感がにじみ出るような、そんな家だ。よくよく考えてみれば、この集落で、こんなに人間が生活しているという姿を見せられたのは初めてかもしれない。改めて、僕たちが元居た世界とは違う世界にいるのだということを実感させられる。本当ならモウグニーシュに遭遇した時や、ここに連れてこられる際の状況だったり、魔法を使った時なんかにそういうことを実感するだろうと思われるかもしれないが、そうではなかった。たぶん、その時々にはそんなことを感じていられる余裕なんてなかったんだと思う。だから、余計にこう、人間がいるんだという、ある種気の抜ける空間・時間に今居るからこそ、そんなことを実感しているのだと思う。


「海斗?大丈夫か?」


案内された椅子にぼーっと座りながらそんなことを考えていた僕に、不思議そうな顔をしながらつるぎが話しかけてくる。


「え?ああ、大丈夫だよ?なんで?」


「いや、君があまりにも遠くを見つめていたから、どうしてしまったんだと思って」


「ああ……いや、なんかさ、僕たち、今本当に異世界にいるんだなぁってことを実感してさ」


「ふむ……まあ、そうだな。こんなにリラックスした雰囲気の中にいるのは、なんだか久しぶりな感じだし、君がそう実感するのもわからなくはない」


「だろ?……これからどうなるんだろうな」


「そうだな……まあ、当面の間は生き延びられそうだとは思うが」


「いや、なんか、ずっと先の話」


「なんだ、君は。ずいぶんと切り替えが早いやつだな……さっき草原の真ん中で生き延びることを目標にしようと言っていたのに、もう将来の話か?」


「うん……これから先、僕たちはどうするべきなんだろうと、ちょっと思って」


「なんだ、そんなこと、単純ではないか」



「そうか?」


「そうだぞ。とりあえず私たちはここに半年近くいることが出来るようになった。ということは、その半年間で二人でどこでも生活できるような知識と実技を身につけなければいけないということだ。だから、私はとりあえず狩りや剣の技術を、君は、さっきわかったその豊富な魔力を生かすために魔法をそれぞれ勉強するべきだ。他にももう少し詳しいこの世界のことなんかも調べないといけなそうだな。やることはたくさんあるぞ」


つるぎが僕の背中をバシバシ叩きながら言う。その痛みは、何となくふわふわしていた僕の意識を引き戻してくれた。


「……そうだな」


「お、どうした。急にやる気になって」


「いや、つるぎが背中叩いてくれたからさ」


「なんだ、そんなことでか。安心しろ。背中なんていつでも叩いてやるさ」


「うん……頑張ろうな、つるぎ」


「……うん!」


「出来ましたよー!」


ちょうどいいタイミングでリータが料理を持ってやってきた。見ると、僕たちが見慣れているサラダのようなものと、何かの肉であろうものの料理だった。


「これがシュッセの葉とミジルカニコの実を使ったモウクレで、こっちがマビの肉を使ったメトリエーネです」


リータが料理の説明をしてくれる。


「それとこれがモッシュで出来たテクルです」


そう言ってリータが出したのは、黒い塊がいくつか入ったカゴだった。見た目とは裏腹にすごくいい匂いが漂ってくる。まるでパンのような香ばしさだ。もしかしたら本当に僕たちで言うところのパンに値するものなのかもしれない。


「さ、いっぱい食べてください!」


リータは僕たちに食べるよう促す。僕とつるぎは「いただきます」と言って、まずカゴの中の黒い塊を手に取った。手に取ってみると思ったよりも硬かった。試しに半分に割ってみると、本当にパンのような質感をしていた。しかし、僕たちが普段食べていた白パンのように中が白いのではなく、外側よりも少しだけ薄い黒だった。一口サイズにちぎって口に入れてみる。……うん、パンだな、これ。でも、小麦の味がするかと言われればそうではなく、黒パンみたいに酸味があるわけでもなく、なんだか初めて食べる味をしていた。隣のつるぎと目が合う。


「パンだな、これは」


もぎゅもぎゅとそれを口に頬張りながらつるぎが言う。やはりつるぎもそう感じていたようだ。


「どうですか?」


リータは不安そうな顔をして聞いてくる。


「この……テクルだっけ?これは、僕たちがいた世界でも似たようなものがあったよ。味はちょっと違うけど……何で出来てるって言ってたっけ?」


「モッシュです。モッシュは黒い実をつける植物なんですけど、それをすりつぶして粉にしたやつを練り上げて焼いたのがこのテクルです」


「へー……なるほど」


「パンだな」


再度つるぎが言う。僕は、次はサラダみたいなやつを食べることにした。食器はナイフのような刃物が一本と、二股のフォークのようなものが一本あった。きっと普通のナイフフォークの使い方と一緒だと思い、ためらわずに使ってみる。


「えっと、これが……?」


「モウクレです。シュッセの葉とミジルカニコの実を使ってます」


「なるほど?」


うす緑のシュッセの葉を一口食べてみる。パリパリと口の中で音がする。おー、思ったより青い。しかし、音のわりに繊維質なわけではなかったので、意外とあっさり飲み込めた。ミジルカニコの実は、ミニトマト系ではなくて、どちらかというとオリーブの実っぽい見た目をしている。大きさもそのくらいなので、一口で食べる。


「あれ、思ったより甘いんだな」


「はい、今の時期ミジルカニコの実は早摘みなので、甘みは少ししかないんです」


「ってことは、これからもっと熟れるってこと?」


「はい。だから今の時期だけしかこのほのかな甘みを出すミジルカニコの実は食べられないんですよ」


「へー」


僕は聞きながら、シュッセの葉とミジルカニコの実を一緒に食べてみる。すると、さっき感じていたシュッセの葉の青臭さが緩和されて食べやすくなっているではないか!


「これ、一緒に食べたほうがおいしいんだね」


「そうですね。私はシュッセの葉の苦いところも好きなのであれですが、あまり得意でない人は一緒に食べたほうがいいかもしれませんね」


つるぎはマビという肉を使った料理を食べていた。


「つるぎ、そっちはどう?」


僕はつるぎに味の感想を尋ねてみる。


「うん、おいしいぞ、この肉。あれだな、少し羊っぽい獣臭はするが、私は全然気にならないくらいだな。むしろこっちの方が肉を食べている感じがして好きだな」


「なるほどね。そういえば、塔の中に羊皮紙があったな……ということは羊なのか?」


「さあ?」


「リータ、このマビってどんな見た目をしているの?」


「そうですね……成獣は私の太ももの真ん中くらいまでの背丈があって、四つ足歩行、体毛は白くて、頭にこぶみたいな角が二本生えてます」


「羊というよりは、ヤギのようだな」


つるぎが言う。一通り料理がどんなものかを確かめて、意外とおいしいことに気づいた僕たちは、今までのお腹の空きっぷりを取り戻すかのように無言でひたすら食べ続けた。

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