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第十二話 魔法についてのレッスン

僕たちが治療室のような場所で、しばらくの間リータに色々なことを質問していると、僕たちのことをこの集落に連れてきた男が入ってきた。


「おい、そこの女。族長がお呼びだ」


「うん?私のことか?」


「そうだ」


「何の用だ?」


「それは俺にもわからない。俺はただ、族長がお前のことを連れてくるように命ぜられただけだ」


「ほうほう……なるほどな」


つるぎはそう言って立ち上がると、ワイシャツの裾を元に戻してブレザーを羽織った。僕も付いて行こうと立ち上がる。すると、


「お前の方は、族長はお呼びでないぞ」


と男が言った。


「何故だ?」


「だから知らないと言っているだろうが」


どうやら本当にこの男はギルツィオーネの命令にただ従っているだけらしい。僕が付いて行こうとすると、止めてきた。しかし、止められてもはいそうですかと退くわけにはいかない。ギルツィオーネがつるぎに何をするかわかったもんじゃあない。


「つるぎ」


僕はつるぎを呼んだが、当の本人は僕の心配事をし知ってか知らずか


「まあ、あの男が私に何かしてくるということはないだろう」


と笑いながら言った。そして、そのまま部屋から出ていく。つるぎの後についてあの男も去っていった。


「たぶん、つるぎさんなら大丈夫だと思いますよ、カイトさん」


リータが僕に声をかけてくれる。


「だと良いんだけどな」


僕は出口を見ながらそれに答えた。しばらくの間静寂が続いた。僕はなんだか手持無沙汰になってしまい、リータに話しかけた。


「ねえ、リータ。魔法って、どんな人でも使えるものなの?」


「そうですね……一応理論的には使えると思いますけど、実際のところは『才能』というやつに左右されるんじゃないですかねぇ……まあ、最近は、帝国で魔法を使用する際の補助具が発展しているっていう話も流れてきていますし、これからどうなるかはわかりませんね」


「ふーん……ということはつまり、僕でも魔法を使うことが出来る可能性があるってこと?」


「一応はそうですね。簡単なモノなら習得して使えると思いますよ」


「じゃあさ、それを僕に教えてくれないかな?」


「私がですか?!いや、でも、さっきまであんな偉そうにしゃべってましたけど、私も魔法の腕はまだまだで……」


「いやいや、さっきつるぎの腕を治した魔法、すごかったよ。自信もっていいと思うけどなぁ」


「いや、全然なんです。さっき私が使った魔法だって、もっと上位の魔法を使えるようになるには、道具と事前準備なしで出来ないといけませんし……」


「魔法に上位下位なんて概念があるの?」


「ああ、ええ。ありますよ。例えば、さっき私が使った『深癒痛ルムヤ』や『癒癒傷ターミエ』は下位系の魔法で、たぶん帝国魔法協会の定めているレベルで言えば、第二位魔法位だと思います」


「へー、なるほどな。帝国にそんな協会があるんだ」


「ええ、魔法協会は新しく生まれた魔法がどのくらいの難易度やユニークさ、効果を持っているのか計測して、どの魔法位に含まれるのかを決めているんです」


「新しく生まれた魔法?魔法って新しく生まれるのか?」


「はい、と言っても、勝手に魔法が生まれるのではなくて、すごい力のある魔術師たちがが研究して、新しい魔法を構築するんです」


「なるほど……ずいぶん学問的なんだな」


「ええ。今では魔法研究も随分進んでいますから、どなたでも第一位魔法くらいはできるようになっていますよ」


「じゃあ、僕もできるな」


僕がリータの顔を見ながら言うと、彼女はしまったというような顔を一瞬浮かべたものの、あきらめたのか、すぐに


「わかりました。じゃあ、教えますよ。今から、私たちが普段魔法を学ぶ場所があるのでついてきてください、カイトさん」


と僕に言ってきた。どうやら本当に魔法を教えてくれるらしい。魔法か……魔法を使うっていったいどんな感覚なのだろうか。すごく楽しくなってきたぞ。


リータについていくと、そこはこの集落に入った時に最初に目にした大きな塔の入り口だった。


「ここの三階部分に、ガルティアーゾの未成年の女子が魔法を学ぶための部屋があります。そこでカイトさんに私が魔法を理論から教えて差し上げましょう」


リータが塔の扉を開けると、目の前に大きな空間が広がった。机と椅子が立ち並んでおり、奥には黒板のようなものや木の板が数枚並べられている。そして左の奥の方にらせん階段の始まりが見える。


「おお、やったぜ……というか、この塔の中って、こんな風になってたんだね。外側からだとこんなに広いなんてわからなかったよ」


「そうですか?私たちは結構普段からこの建物を利用しているのでそういう感覚はあまりなかったのですが……新鮮な意見ですね、それは」


リータと僕はらせん階段を上る。三階にたどり着くと、そこはさっき見た一階の空間とは違った雰囲気の作りになっており、壁際に大きな本棚が三つおかれていた。その本棚にはぎっしりと本が並べられており、それ以外の壁にはやはり黒板のようなものが置かれている。そして、真ん中に十数人が座ることのできる椅子と机が用意されていた。


「へー、本がたくさんだな」


「ええ、これは全部魔法に関する本なんです。この集落の女性たちは、結構ここにある本を読みに来たりしていますよ」


リータの言う通り、並べられた椅子と机には、何人かの女性が座っており、本を読んでいる姿が見受けられた。僕も、本棚の本を手に取り、開いてみた。


「あれ、読めるじゃん……日本語?」


何気なくぱらぱらとめくってみていると、この本が日本語で書いてあるではないか。僕はリータに尋ねる。


「なあ、リータ。この本って、君たちの言語で書かれている?」


「いいえ、私たちの言語は口語しかないので、ここにある本の文語は全てワルフラカ帝国の共通文字で書かれていますよ」


「ああ、そうなんだ……」


「いやあ、僕、これ読めるなあと思って」


「へえ、そうなんですか!」


「厳密にはその共通文字が読めるってわけじゃあなくて、僕の知っているというか元の世界で使っていた言語として見えてるんだけど……」


「なるほど……どういうことなんですかね……そういえば、話し言葉もそうなんですか?」


「うん、そうだよ」


「ああ……道理でガルティアーゾ語がうまいと思っていたら、そういうことだったんですね……そういえば、カイトさんもつるぎさんも、この世界の人じゃあなかったんでしたっけ」


リータは驚いたような声を出しながら、僕を黒板のようなものの近くに連れていく。そして、僕はそのまま近くにあった椅子に座らされた。


「さあ、ではでは、今からカイトさんに魔法とは何なのかを簡単にお教えしたいと思います!」


はりきった様にリータが宣言する。


「よろしく、リータ」


「はい!……では、さっそく、始めて行きましょう。まずは、そもそも魔法とは何なのかということを、さっきも言ったかと思いますが、もう一度お伝えしておきたいなと思います。そういえば、カイトさんが元居た世界に魔法はなかったんですよね?」


「うん、なかった」


「わかりました。では、行きます。魔法というのは己の魔力と想像力、呪文の力を使ってある種の現象を引き起こすことを言います。ここで重要なのは、魔力、想像力、呪文という三つの要素によって魔法が成り立っているということです。どれか一つが欠けていたら、起きる現象も起きないのです。このことは忘れないでください」


「えっと……ちょっと待ってくれよ……何か書くものは……」


「ああ、ここに羊皮紙とインクとペンがありますから、よかったら使ってください。けど、今からする話は実際に覚えておいた方が楽ですよ」


「いや、まあそうなんだろうけど……」


なんだか学校の勉強みたいで緊張するな。そういえば、僕たちが元の世界に今もいたら、こんな風に、普通に授業を受けていたのかもしれないな。そう思うと、少しだけ切なくなる。


「まず魔力ですが、この魔力というものは、魔法を発動させるためのいわば原動力のようなものです。これがないと、魔法を発動させることはできません。で、人間の持てる魔力って言うのは人それぞれ違っていて、生まれながらにして保持できる量が決まっているんです。実際、多くの人は魔力を保持できる量が少ないので、魔力を多く必要とする上位の魔法や第二位魔法位以上の魔法を使うことが難しいんです」


「なるほど……でも、個々人の魔力って、どうやったら測れるんだ?」


「いい質問ですね、カイトさん!」


鼻息を荒くしながらリータが言う。ずいぶんと興奮しているな。最初は、彼女のやさしさに付け込んで面倒くさいことを引き受けてもらっちゃったなと思っていたが、本人が楽しそうで良かった。こうして指導を受けていると、思いのほか彼女が熱心なことがわかる。意外と熱血な部分があるんだな、リータって。


「私たちガルティアーゾは、魔法を使うのは女性だけで、基本的に女性は魔力が多いので、第二位魔法位くらいまでは使用できる人が多いんです。ですが、中ではそうでない方もいるので、それを判断するために、私たちは第一位魔法位である『明明光アノク』を発動させて、その光量を基準にします」


「その『明明光アノク』ってのは、どんな魔法なの?」


「ああ、ごめんなさい。『明明光アノク』は、光をともす魔法なんですけど、この魔法は、魔力が多ければ多いほど明るく光るんです。なので、小さい光しかない場合は魔力が少ないということがわかります。もう少ししたらカイトさんにもやってもらいますよ」


「え、そんな簡単にできるの?」


僕は思わず前のめりで聞いてしまった。


「ふっふっふ。簡単にできるかどうかは、次に説明する想像力にかかってますよ!」


「ああ、それ気になってた。想像力と魔法の関係性っていまいちピンとこないんだよな」


「説明しましょう!魔法の発動における想像力とは、その魔法が引き起こす現象を詳細に想像できる力のことを言います。例えば、『明明光アノク』を使う際に、自分の掌が明るく光る場面を想像するんです。そうしながら、魔力と呪文を送りだし、実際に現象として引き起こすんです。その場面を先に想像しておくことによって、魔力を体内から外側に放出する際の通過点を作るんです」


「うーん……つまり、魔法が起こす現象を想像することによって、自分の中にある魔法の原動力である魔力を外側に出しやすくするってことか?」


何となくふわふわした感じの説明だったが、この解釈であっているのだろうか?


「その通りです!カイトさん」


おお、よかった。どうやら僕の頭は今、絶好調らしい。


「なるほどね。想像することは魔力を操るための方法なのか」


「はい」


「想像せずに魔力を外に出そうと思ったら、どうすれば良いの?」


「えー、たぶんそんなことできないと思いますけど……そうですね、他の方法で魔力を外側に放出させることが出来れば、想像しなくても可能だと思いますけど、私はそんな方法知らないですね」


「ふーん、そうなんだ」


「ええ。そして、最後は呪文です!」


「おお、呪文」


やはり魔法といえば呪文って感じがするのは僕だけだろうか?ふっかつのじゅもんやエクスペクトなんちゃらローナム、求めるは雷鳴>>>……みたいなものが僕の中ではポピュラーなイメージだ。


「呪文は、外側に放出された魔力を具現化するために必要なものです。呪文を使うことによって魔力を型にはめることが出来て、現象を引き起こすことを可能とするんです」


「あー、なるほどな。呪文は型なんだな。お菓子作りみたいだな」


「えっと、カイトさんが何を言ってるかわからないですけど、とりあえず理解できたみたいですね」


「あ、うん。そうだな……あ、ちょっと質問があるんだけど」


「はい、何ですか?」


「呪文って、口に出した方が良いの?」


「ええ、基本的にはそうですね。ですけど、それは習熟度によって変わってきますよ。上位の魔法を使用できる魔術師は、下位魔法くらいなら口に出さなくても魔法を使えるみたいですし」


「そっか……あ、あとさ、さっき新しい魔法が魔術師たちの研究で出来るって言ってたけど、その時って呪文はないんだろう?どうやって新しい魔法を作ってるんだ?」


「それには方法がありまして、新しい魔法を具現がする際に、まずは既存の呪文を組み替えたりするんですよ。そうすることによって、一度具現化された魔法を見ることが出来て、その魔法に対する想像力をより高めることが出来ます。そして、長い時間をかけて呪文を既存の組み替えから新しいものへとすり替えていくんです」


「へー、そんな面倒くさい工程があるんだな。そりゃ大変そうだ」


「はい、実際すごい大変だと思いますよ。だから、魔法協会では多くの魔術師を雇って研究をしているわけです。まあ、たまにそんな工程をすっ飛ばして新しい魔法を作る天才魔術師なんかもいるみたいですけど」


「それもすごいな」


「とまあ、以上で魔法に必要な三つの要素。魔力、想像力、呪文の説明はおしまいです。何かほかに質問はありますか?」


「あ、あるある」


魔法に関する基本的なことはよくわかった。授業を受けてわかったが、リータは教え方がうまい。きっと、こうやって同じように誰かに教えるという経験をしたことがあるのだろう。それはそうと、僕はさっきっから気になっていたことを質問してみた。


「あの、リータがつるぎの腕を治すときに使っていた道具って、何の意味があったんだ?」


「ああ、あれですか。あの場合は主に想像力を高めるたに使ってました」


「へえ、想像力なんだ」


「はい。基本的に治癒系の魔法は、魔法をかける相手の状態も、うまく現象を引き起こせるかの要因になります。つるぎさんに使った草と水は、魔法をかける相手に魔的要素を付与して、現象を想像しやすいようにするためにつかったんです」


「ふーん、そうなんだな」


「ですので、私たちガルティアーゾの男性は、狩りをする年齢になったら、必ず相性のいい女性と結婚しなくてはならないのです。そうしないと、治癒系の魔法の利きが悪くてそのまま死んでしまうこともありますから」


「なるほどなあ、大変なんだな」


「本当ですよ。大変なんです」


リータは本当に困ったという顔をしながら言う。


「リータはもう結婚しているのか?」


僕は気になって聞いてみた。


「私ですか!?まだしてませんよぉ!結婚できる年齢は15からだと決まっていて、私はまだ14歳ですから」


「え?リータって14歳なの!?」


僕は思わず叫んでしまう。驚きだ。てっきり僕たちと同じ年齢か、それよりも一個か二個年上だと思っていたのに!


「そうですよ?いくつに見えたんですか?」


「え、いやあ、てっきり僕と同い年位なのかと」


「……カイトさんって、今いくつなんですか?」


「えっと、一応僕もつるぎも17歳だけど……」


「ふーんっ」


リータはあからさまに膨れている。その顔はすごく可愛らしいのだが、女性に年齢の話はタブーだと聞いたことがある。ここは一応フォローしておかねばなるまい。


「いやあ、リータってば、始めてみた時はずいぶん大人びて、カッコよく見えたからさ。こっちが勝手に勘違いしちゃったんだよ。ごめん」


「……本当ですか?」


リータがジト目でこちらを見る。


「本当だって」


「……まあ、じゃあそういうことにしておいてあげましょう」


いつもの表情に戻るリータ。よかった、とりあえずはフォローできたようだ。よかったよかった。


「じゃあ、さっき言った通り、カイトさんの魔力を測ってみましょうか!」


気を取り直してリータが言う。


「う、うん」


「では、私がお手本を見せるので、カイトさんはよく見ていてくださいね」


リータはそういうと、少しだけ目をつぶり、深呼吸した。そして右手を前に出して、唱える。


明明光アノク


すると、彼女の右手がオレンジ色をした光を放ち始めた。だんだん強くなっていき、半径二メートルくらいの範囲ををオレンジの光に塗り替える。しばらくすると、それは徐々に消えていき、最後には完全いオレンジの光が見えなくなった。


「おおー!すごいな!」


つるぎの治療の際にも魔法を見ていたが、こちらの方が目で見てわかりやすかったので、本当に魔法というものがあるんだと強く実感できた。


「じゃあ、カイトさんもやってみましょうか」


「うん」


僕は軽く息をつくと、目をつぶってさっき見た光景を頭に思い浮かべる。光が手から広がる感じだ。なんだか電球の宣伝みたいな映像だったなぁなんてことも思う。そうだとしたら、さっきのは蛍光灯的な光だったな。LED的な光の感じだったらもっと強い光になるんだろうかと、余計なことを頭の中で考える。僕は、何となくここかなと思ったタイミングで呪文を唱えた。


明明光アノク!」


すると、ものすごい強い白い光が僕の手から放たれる。


「うわ、まっぶしい」


僕はそのまぶしさに、思わず目をつぶってしまう。しかし、まぶしさは相変わらずあった。瞼をすり抜けて光が見える。僕は手を握って光を潰す状況をイメージをした。そして実際に手を握ると、光が消えた。


「あー、びっくりした。こんなまぶしいとは思わなかったよ。……あと、魔法の止め方って聞いてなかったね、そういえば」


僕がリータに言う。しかし、リータからは何の反応もない。


「おーい、リータ?大丈夫か?まだまぶしいか?」


僕がリータの顔を覗き込もうとすると、それより先にリータが僕の肩をつかみゆさゆさと揺らした。


「何ですか!?今の光の強さは!?」


頭をがくがくと揺らされながらリータを止めようとしつつ周りを見ると、さっきまで本を読んでいた女性たち何人かがことらの様子をうかがっている。その表情には驚きがあった。


「何だって聞かれても知らないよ!」


僕もリータの揺らしを止めようとしながら答える。しかし、リータの揺さぶりはとどまることを知らず、さらにリータは大声で叫んだ。


「カイトさんになんでそんなに魔力があるんですか!?」

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