第百十四話 神を殺す
白い光が目の前に徐々に大きく広がっていく。僕たちはついにやって来たのだ。身体がさらに浮き上がる。淵のない穴に向かって、僕たち四人は吸い込まれていく。その吸い寄せは、今まで起こってきたすべてのことを僕たちの中から気が付かれないように、けれどもすべてを引きずり出そうとしているかのように優しかった。浮いている身体が、無菌室みたいにそっけない色の地面に降り立たせられる。その空間には、様々な形をした紫色の光を放っている水晶が置かれていた。その水晶は、ついさっき僕たちが天使の身体の中から見つけたものと一緒だった。水晶は相変わらず怪しい紫色の光を放っているのに、この空間はその光によって紫色に染められることはなく、まるで自分はどこにも属していないというような意思を感じさせるほどに白かった。どうしてそんなことが起こり得るのかなんて僕にはわからなかった。どれほど考えても。しかし、それは異常な事態であるということは、考えなくてもわかった。この空間に存在している水晶のそれら一つ一つは、人間なら嫌でも生命というものを感じてしまうような脈を持っていた。その脈は、光の点滅によってあらわされており、ちかちかと遅いものもあれば、全く点滅している風には見えないものもあった。だが、その全く点滅していないように見える水晶も、実は蛍光灯のように光速で点滅を繰り返しているのだということを、僕たちは無自覚にとらえることができた。その無自覚さは、僕たちの心の中に存在しているので、その無自覚さを自覚することは出来ないのかもしれない。しかし、恐怖を感じているということを言語化しようとしたときに、そのことを自覚し、さらに得体の知れない恐怖にかられるということは避けては通れない道だった。今にも先ほどのような天使が生まれてくるのかもしれないということは、僕たちの足を自然と早く動かした。水晶がびっしりと敷き詰められている空間のその奥に、以前も見たことがある扉が存在していた。僕たちはそこを目指した。会話はない。なんでかは知らないけれど、とにかく今は誰も口を開かなかった。幸いにも何も起こることなく僕たちは扉の前にたどり着くことができた。僕とつるぎは互いに目を合わせた。そして、ようやくつるぎが口を開いた。
「引き戸だぞ」
その言葉に、僕は思わずニヤッとしてしまう。その言葉は、僕たちが初めてこの扉を開こうとしたときに扉が引き戸だったことから来ているのだが、どうやらつるぎはそれを覚えていたようだ。
「知ってるよ」
僕はつるぎを見てそう言った。つるぎの顔も、僕と同じようにニヤけていた。この扉を初めて開けた時、僕たちは運命を変えられてしまった。今、この扉を開ける僕たちは、自分で再び運命を変えに来た。僕たちはあの時から変わった。もちろん変わっていないものもあるが、その変わっていないものは、長いスパンで観たら、実は変わっているのかもしれないなとふと思った。リータとハルは、ニヤけている僕たちの顔を見て不思議そうな顔を、不思議そうに見える表情をそれぞれした。僕はそれを見て、真剣な顔つきに表情を戻すと、扉を引いた。
そこには、先ほどと同じようにすべてを拒絶している白が広がっていた。ここはもう、無菌室のような冷たい感じは存在していなかった。では、代わりにそこに何が存在しているのかということを考えた時、そこに何があるかを言うことは不可能だった。なぜなら、そこには何も存在していないからだ。いや、言い方を変えれば、何も感じさせない何かがそこには存在していることになる。その、何もない感じの中に、ポツンと椅子が置かれている。前にも見た光景だ。その椅子に何者かが座っている影が見えた。そして、その影がこちらを向く。
」やあ、二人とも。久しぶり「
その影は、ものすごく自然な笑みで僕たちの方を見た。言葉と言葉の間のほんのちょっとの間を聞いているようなそんな感覚にさせるもの。それが言葉だということがわかっているのに、脳がそれを理解することを拒んでいるようなそんな不思議な感覚が身体を貫く。いままでにも、同じような経験はしてきた。天使はすべてこの方法で僕たちに語りかけてきたからだ。しかし、やはりこの「自称」神が使うこれが、一番不快感が高かった。
」まさかこんなところまで来るなんて、驚いているよ「
世界一聞きたくない言葉だ。相変わらず優男な顔立ちは変わらず、髪の毛は金髪で肩より長かった。つるぎはその言葉を受けて、短く笑った。そして、刀に手をかけ呟く。
「うるさい死ね」
今までの戦闘の中で一番の速さで神との距離を詰めるつるぎ。それをきっかけに、僕はつるぎを援護するために汎用系第四位魔法「断槍凡鋼」を神に向かって放つ。リータとハルは少し遅れて、それぞれ攻撃を開始した。
いきなり神に切りかかるつるぎ。神はそのつるぎの振るう刀に反応することができずに、切られる。しかし、刃が通った感覚は、見ている側からしてもなかった。
「ちっ!?」
つるぎはさらに斬撃を放つ。しかし、その結果はどれも同じだった。
」あっはは「
神は笑いながら、右手の人差し指を軽く弾いた。そして、つるぎの身体が超速で吹き飛ぶ。僕とリータの間、先ほどまでつるぎが立っていた場所を通過し、後方へと消えていく。その速度は、人間が飛ばされるような速度ではなかった。
「つるぎ!?」
僕は後ろを振り返った。しかし、それを見逃す神ではなかった。
」よそ見は厳禁「
「ぐぅ!?」
いつの間にか目の前にいた神が僕の身体に指一本で触れる。そして、今まで体験したことのない衝撃が僕の身体に加わる。勝手に体が後ろへと引っ張られていく。
「があああああああ!?」
僕は訳も分からず、ただうなり声をあげながら痛みに耐えようとしていた。そして、身体に再び小さい痛みが現れる。いつの間にか、僕の身体の後方への進行が止まっていた。僕は震える身体で治癒系第四位魔法「麓痛衫幻空」と「傲督癒尽幔」を自分の身体にかける。それにより、わずかにだが痛みが引き始めていくのがわかった。右を見ると、僕と同じように吹き飛ばされていたつるぎが、足を震わせながら立ち上がっていた。
「つるぎ!」
僕は急いでつるぎにも同じ魔法をかけた。つるぎは深呼吸を数度繰り返すと、僕に向かって言った。
「切れん」
「見てた。知ってる」
「何故だと思う」
「わかんない。けど、僕たちはここまで来てしまってる。今は切れると思って切りに行くしかない」
僕はそう言って、つるぎの手を取った。少し離れたところで、大きな物体が動く音と、何かが破裂したような音が聞こえてくる。
「行かなきゃ」
僕はつるぎの手を引っ張る。つるぎはそのまま僕の懐に飛び込んでくる。もちろん刀が僕に刺さらないように。僕たちは一瞬だけ見つめ合った。しかし、その一瞬は、宇宙が出来てから今までよりも確かに長かった。そして、僕たちはどちらからともなく互いの名前を呼んだ。それは、耳に重たい鉄のように流れ込んできた。何度も感じてきたロック的な衝撃が僕たちの間を駆け抜ける。互いの名を呼ぶ唇が触れる。その時僕たちは、神を殺せることを実感した。
身体が離れ合い、同時に二人の顔は同じ方向を向いた。そして走り始める。先ほどまでたっていた所に僕たちが戻ると、ハルがロケットランチャー的な武器を紙に叩き込んでいたところだった。そんな武器をどこに隠し持っていたのか知らないが、とにかく神の目の前で爆発が起こる。しかし、神は金髪を少しだけなびかせただけで涼しい顔をしていた。同時にいつの間にか召喚されていたエーメスが神を押しつぶそうと襲い掛かった。神は避けるようなそぶりすら見せず、にこやかな顔のまま立っていた。エーメスがその顔の上に乗る。そして、神がつぶされた。エーメスの着地と同時に地響きがする。
」こっちだよ「
僕たちはいっせいに振り返った。振り返った先には、先ほどつぶされたはずの神の姿があった。
「ドウイウコトダヨ……」
ハルがそう呟く。僕も全くの同感だった。神は笑いながら、手を大きく構えると、それを振るった。僕は神が手を構えた瞬間に、とてつもなく嫌な予感がして、それを絶対に止めるために、全力で雷系最終位魔法「天即皇空雷獄」を発動した。完全に魔法が発動するより前に、神が手を振り終える。その後、「天即皇空雷獄」によるスパークが起きる。僕たちは、そのわずかな間に、完全なる死をこの目でしっかりと見た。僕たちが異世界に飛ばされるきっかけになったトラックが目の前に来た時よりもはっきりとした死の光景。そこにいてはならない完全なる死というものが、僕たちのすぐ目の前に来て息を吹き替えたことがわかった。僕ら四人とも、生物的な死というものを持っていない、持つことができないハルでさえ、それを感じたのだろう。僕らと同じように、足から崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。
」ありゃ。生きてる「
神はその場に倒れこんでしまった僕たちを笑いながら見ている。いち早く立ち上がったのは、これまた生物的死を持たないハルだった。ハルは無言で立ち上がると、拳銃を構えて、照準を神に合わせていた。しかし、その手は小刻みに震えていた。その震えは機械的振動ではないことがすぐにわかった。ハルもまた、目の前の存在に恐怖しているのだということを僕は今気が付いた。僕はそんなハルの姿を見て、すぐに立ち上がらなければと思い、何とか足に力を籠められるだけ込めて立ち上がった。足に力を入れる際、僕は、自分が一度死んでいる人間だということを強く自覚するようにした。そうすることによって、「自分=死んでいる人間=死というものを体験したことがある=死はそこまで畏れるものではない」という構図を作り出したかったからだ。
」君が放った魔法のせいで、君たちは死ななかったんだね。ムカつく「
神は僕のことを見ながらそう言う。ハルが発砲する。破裂音と共に神は頭を少しだけ傾け、銃弾を避けた。僕が立ち上がった後すぐ、つるぎが立ち上がった。つるぎもまた、死を疑似的に体験したことのある人間の一人であった。リータはというと、立ち上がれないでいた。当然だ。僕は神から視線を外さないまま、リータの元へと近づいた。そして、リータに声をかける。
「リータ」
リータは崩れ落ちた格好のまま震えていた。僕は、なんと声をかけていいのかわからなかった。すると、エーメスが近くにやって来た。ハルが再び発砲し、その音と共につるぎが神に切りかかる。
「はあああああああああ!!!」
つるぎの叫び声が僕たちのところにまで伝わる。エーメスはリータの肩に優しく触れると、立ち上がった。それによってリータは初めて顔を上げた。僕はリータの目を見てしっかりと頷いた。つるぎとハルが連携しながら神に攻撃を仕掛けていた。神は先ほどの攻撃で僕たちが死ななかったのが気に食わないらしく、顔から笑顔を消していた。エーメスが僕たちに背を向けた、神の元へと走っていく。リータは僕の肩を狩りながらも立ち上がった。そして、叫ぶ。
「エーメス!」
エーメスはつるぎとハルをいなしている神に向かって、豪速でこぶしを放った。リータの指示なしに行われたそれは、リータへの最後の愛情表現だったのだろうか。神はイラついたようにその拳を左手で止めると、右手を鳴らした。その瞬間、エーメスの身体が粉々になっていった。
「エーメス!」
先ほどよりも悲壮的な声がリータの喉から放たれる。僕はリータを支えながら、神に向かって雷系第五位魔法「天轟雷空賦濁」を放つ。つるぎとハルが神から離れた。神はさらに指を鳴らして、僕の放った雷撃を消す。つるぎとハルが、僕とリータの元へと引き返してくる。
「全然効かないみたいだ……」
つるぎが言う。神は真顔で言った。
」もう、終わりにしようか「
その言葉は今までのどんな言葉よりも僕たちを凍り付かせた。まるで脊髄を抜かれて代わりに氷の柱を入れられたようだった。ハルはそんな中、僕に向かって叫んだ。
「カイト、サッキノハナシオボエテルヨナ!?」
叫びながらハルは神の懐に潜ろうと距離を詰めるために走り始めた。
「あ、ああ」
僕はいきなりのハルの質問に戸惑いながらも答えた。さっきの話とは、きっと、チップを僕たちの世界に持って行ってくれということだろう。
「ダッタライイ!サッサトサイコウシュツリョクノマホウガハナテルヨウニジュンビシロ!」
ハルは僕の返事を聞くとそう叫んだ。一体ハルが何をしようとしているのか僕たちにはいまいちつかめなかったが、それでもハルがそんなことを言うならと、僕とつるぎは目を合わせるとうなずき合った。僕たちはレーレン公国のハルの研究所に籠っていた時に、髪を確実に殺すために考えていた魔法を試すことにした。
「リータ、手伝ってくれ」
僕はリータに話しかけた。リータの目には涙が溜まっていたが、リータはそれを指で拭うとうなずいた。つるぎが僕の後ろに下がる。僕は、必死に天使たちが使っていた瞬間移動の瞬間を思い出していた。それと同時に並行して、その天使たちが使っていた瞬間移動よりもさらに早い移動を想像する。魔力を形に変える。現実世界に現象を起こすために、もてる限りの魔力を僕はイメージを形作るために使用した。
「リータ……魔力を……」
僕の言葉に反応して、リータは僕の魔法に魔力を注ぎ始めた。さらに想像が形になっていく。青い魔法陣が、地面に出現していく。さらにその魔法陣から、金属でできた筒が出現する。つるぎはその中に足をかけた。その間に、神が先ほど僕たちを死の縁に追いやったように、腕を構えた。そして、振る。その瞬間、ハルは手に持っていた小さな箱を掲げた。唯一成功していたハルの発明品である「ワームキューブ」が、神の力をすべて吸い込み、閉じ込めた。
」あ?「
神が初めて動揺したような声を出した。こんな声を聞いたのは、今回が二回目だ。そして今、三回目を聞いてやる!つるぎがその筒に入った瞬間に、僕とつるぎは叫んだ。
「「神奇切殺為模愛蹟倣魔創」」
つるぎが神の懐に出現する。僕たちと神の間に一陣の風が吹いた。次の瞬間、その空間のすべてのものが崩壊していく。ハルが、笑顔の表情をディスプレイに表示させながら崩壊していく。そして、何かをこちらに投げてよこした後、そのディスプレイは真っ黒になった。僕はハルが投げたものをキャッチすると、その場で膝をついてしまった。そして、神の認識よりも早い移動でもって、つるぎは刀を振るう。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
その刀にはすべてが込められていた。
」「
神が何かを発そうとする前に、つるぎの愛刀・神切が神を一刀両断した。頭からまたにかけて半分に切断された神の、その切断面からまばゆい紫色の光が漏れ出す。
」ららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら「
神が意味不明な叫びをあげる。空間すべてを塗りつぶしていた紫色の怪しい光はとどまることなく神の身体から逃げるように発光し続ける。そして、次第に紫色の光が消えていく。
神は消えていた。




