第百十一話 聖戦・Ⅲ
「氷矢琿峯」
赤いドレスに身を包んだミナレの手から、巨大な氷の槍が放たれる。それを光の天使・コウカが、光線でもって消滅させる。ミナレはそのまま水系第四位魔法「鞭氷艶廻結」を発動させた。常に凍ったり溶けたりを繰り返している、非常に流動性の高い水の鞭がミナレの右手に出現。ミナレはその鞭をコウカに向かって振り下ろす。凍った先端がソニックブームを出しながら、音速でコウカをとらえる。コウカの肩が氷の鞭により引き裂かれた。しかし、その傷口はすぐに再生されていく。コウカがミナレに気を取られている間に、「凪のシュロツィア」の副長であるライ―シュがコウカに殴り掛かる。続いて少し遅れて他の団員たちが次々に攻撃を仕掛ける。しかし、すべてコウカには通じず、一拍遅れてコウカが放った光系第五位魔法「爆光園塵牙瀝」によって、コウカの身体から四方八方に光線が放たれる。おおよそ半分の「凪のシュロツィア」の団員がその光線によって完全に消滅する。しかし、ライ―シュや数人の団員は生き残っていた。そして、ミナレはその隙に、魔法を用意していた。ミナレが叫ぶ。
「星氷内流結長!」
水系最終位魔法「星氷内流結長」によって、まず、コウカの体内に存在しているすべての水分が一瞬にして凍らされる。巨大な氷の結晶が体内に生成される。コウカの首の皮膚を突き破って、体内で出来た氷の結晶が顔を出した。そして、さらにコウカの周りに存在している外界の水分子が動きを止める。限定的空間に発生した絶対零度という環境温度が、すべてのモノの動きを止めた。光の天使は氷漬けにされた。
「……一応は復讐完了、ね」
ミナレはそうつぶやいた。
背負われているサガダルは、今回の戦闘で傷ついた兵士たちを回復させていた。彼の放つ治癒魔法は、すべての傷をたちどころに治してしまった。そして、さらに驚愕の魔法をサガダルは放ったのだった。サガダルは、自分を背負っている人の耳元に何かをささやくと、自分を下ろさせた。そして、今回の戦いで死んでしまった人間を、部下に集めさせた。サガダルは地面に座ると、目を瞑りながら何かぶつぶつと呟いている。その声は誰の耳にもはっきりとした形では届けられない。しかし、誰もがサガダルが何かをつぶやいているということは認識できていた。サガダルが座っている目の前に、次々と帝国兵団の死体が並べられていく。そして、ある程度の数がそろったところで先ほどまでサガダルを背負っていた人物が、サガダルに呼びかけた。
「サガダル様」
サガダルはその呼び声に反応し、ゆっくりと目を見開いた。そして、これは誰もがはっきりと聞こえる声で、呟く。
「夜忌遅世淵波外理穢」
その瞬間、目の前に並んでいた死人が、まるで今までの間眠っていたかのような感じで動き出した。彼らはそのまま当たりを見渡し、そして驚いた顔をして自分の身体を触ったり、仲間と自分が死んでいないことを確認していた。神変系最終位魔法「夜忌遅世淵波外理穢」によって、死人が生き返らされた。サガダルはそれを見ると、再び目を瞑った。
複数体の天使を目の前に、ヴィエリオールはゆっくりと深呼吸をした。ヴィエリオールの周りにはフード付きのローブをまとった魔術師とミニッタがいた。天使たちはそんなヴィエリオールたちに魔法を放った。魔術師たちが対魔法系第四位魔法「入入邪雰思」によって、放たれた魔法を打ち消す。ミニッタが天使たちとの間合いを詰め、天使たちの気をそらす。その間にヴィエリオールは召喚系第四位魔法「導喚亜牢穴」を発動させ、不定形の怪物であるグードを召喚する。そして、すぐにグードを自らの体内に取り込んだ。グードはヴィエリオールの指示に従って、ヴィエリオールの耳の穴から侵入し、脳と神経系を侵食していく。フクロウのようにヴィエリオールの首が傾き、折れてしまう寸前でグードがの身体がすべてヴィエリオールの身体の中に入り込み、首が元の位置に戻る。そして、召喚系最終位魔法「導煉闇魔獄牢穴」を発動。
「軟弱さに満ちたこの世界で剛腕でもって傲慢を放て。『闇よりも漆黒』」
前回の戦いでは、一人で闇よりも漆黒の竜であるヤンピテーラを制御しなければならなかったが、今回は、他の魔術師が四人ほど同伴しているので、さらに制御しやすくなっている。召喚されたヤンピテーラは亜空間へとつながっている穴を広げながら、顔を出した。その頭部の大きさは3メートル以上を誇っている。そして、右足が完全に外の空間に出された。すべてを闇へと還すその爪は、すべての光を吸収していた。さらに、亜空間への穴がヤンピテーラによって開けられる。左腕も完全に外に飛び出し、漆黒の上半身が完全に外界に晒される。それによって、周りが一気に暗くなった。すべての光をヤンピテーラが吸収しているからだ。ヴィエリオールの顔は、苦痛に歪みながらも、以前に比べるとそこまで苦しそうな表情はしていない。ヴィエリオールが口を開く。
「喰らえ」
その一言によって、ヤンピテーラが大きな口を開けた。その口の中はすでに常闇だ。そして、すさまじい強風が辺り一帯に吹き荒れる。ミニッタはヤンピテーラに喰われないように急いでヴィエリオールの元へ駆けつけた。ヤンピテーラの吸引によってすべてのものが崩れ、吸い込まれていく。ヤンピテーラは、そのすべてのものを拒まずに飲み込んでいた。天使たちは自身の羽を力いっぱい羽ばたかせて、吸引に抵抗していた。しかし、いつまでも終わらないヤンピテーラの吸引に一体の天使が負け、常闇へと誘われた。その天使は魔法を放ってヤンピテーラを攻撃していたが、その放った魔法すら吸収されてしまう。そして、完全にその天使はヤンピテーラの口の中へと消えていった。他の天使たちも次第に羽ばたく力が弱くなっていっていた。魔法を放つが、当然のようにすべて吸収されてしまう。そして、ついに他の天使たちもヤンピテーラの口の中へと飛んでいった。それを確認したヴィエリオールは、先ほどよりも数倍辛そうな顔をしながら、未だに吸引を続けているヤンピテーラを亜空間へと引き戻し始めた。
「ぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
ヴィエリオールが叫びながら、半分だけヤンピテーラに与えていた自由を必死に取り返している。ズルズルと後ろに引かれる巨大な黒竜。ヤンピテーラはもがくが、一度動いてしまった身体をそう簡単に止めることができない。そのままヤンピテーラは亜空間へと引きずり戻された。そして、ヴィエリオールがそれを確認すると、急速に亜空間が閉じられ、辺りに吹いていた強風が止んだ。そして、耳の穴からグードが這い出てくる。ヴィエリオールはこの前のように倒れこそしなかったものの、膝をついたまま、しばらく動かないでいた。




