第十一話 この世界について
「すまない、リータ。ちょっとばかし質問させてもらっても良いかな?」
「ええ。私に答えられるものなら何でも答えますよ、カイトさん」
「じゃあ、まず一つ目……この世界は、いったいどこなんんだ?」
「えっと……どこ、とはどういうことでしょうか?」
「君は質問が下手くそだなぁ、海斗」
つるぎがニヨニヨしながら言う。
「リータ、彼が言いたかったのは、君たちが今存在している世界全体を表す言葉はあるのかということだよ」
「ああ、そういうことでしたか。もちろんありますよ。と言っても他の言語のことはよく知らないのですが……」
「かまわない。君たちの言語では何と呼んでいるんだ?あ、一言一言区切っていってくれると助かる」
「はい……私たちはカ・ジュ・ウ・タ、と呼んでいます」
「なるほど、カジュータ、か」
つるぎの質問にさらりと答えるリータ。なんだなんだ。僕が最初に質問していたのに、いつの間にかつるぎが主導になっているぞ……僕もリータに質問する。こんどは言葉を慎重に選び、わかりやすく。
「えっと、じゃあこのカジュータに、君たちのほかにどこにどんな人間がいるんだ?」
「そうですねぇ……私もすべてを知っているわけではないのですが……とりあえず、私たちガルティアーゾは、コルミッサ大陸の南西に位置するゴギドウット半島に領地を持つ民族です。その北にはミグーノ山脈がそびえ立っていて、その奥にはワルフラカ帝国が存在しています。ワルフラカ帝国は様々な民族から成り立っています。けど、一番多いのはワルーフ族らしいです。そして、そのワルフラカ帝国の東側にコルミッサ大陸一高いホズメット山を有するダジダット山脈があります。そのさらに東側にはレーレン公国、サイノニュルク連邦国、ユラ華央国、フトービュン及びヤノピニジャ諸島同盟国群なんかがあります。それらにどんな人がいるかというのは、すいません、ちょっとわからないです」
なるほど、さっぱりわからない。初めて聞く単語ばかりだし、サとかシュとかニョとかがいっぱいあった気がする。やばい、全然覚えてない……ふとつるぎを見ると、何やらメモのようなものにリータの話す内容を書き留めていた。
「おい、つるぎ。なんでメモ帳なんて持ってるんだ?僕たちのカバン、ここに来る途中に、どこかに行ったはずだろう?」
「メモ帳とペンくらい、制服の内ポケットに入れてあるだろう?」
つるぎはさも当たり前かのように言う。おいおいマジかよ。僕なんて生徒手帳すら持ってないぞ?
「無いけど?」
僕は自信をもって答える。
「何自信満々に恥ずかしいことを言っているんだ君は。どうせあれだろ?その調子だとポケットにはティッシュもハンカチもないんだろう?」
「ご名答」
「高校ももう二年なんだから、そのくらいは持っていた方が良いと思うぞ、海斗」
「覚えてたらな」
とりあえず、つるぎが今までのことをすべて記録してくれているのだろう。それなら僕が記憶しておかなくても何の問題もないな。僕は気を取り直してリータに再び質問する。
「じゃあ、また質問なんだけど……君たち、えっと、ガル、ガル……」
「ガルティアーゾ」
僕が彼女らの民族名につっかかっていると、つるぎが助け船を出してくれる。
「そう、ガルティアーゾは、いったいどんな民族なんだ?」
「私たちガルティアーゾは、竜狩り族です。出現した竜を狩って、竜の脅威から周囲の安全を守っています。先ほども説明したワルフラカ帝国では、多くの竜が出没するので、それらを狩るのが私たちの主な仕事です。他にも竜の鱗や体内物を売ることもあります」
「竜がいるの?この世界に?」
「ええ、もちろんです。若い竜もいれば、何万年という途方もない時間生きていると言われている古龍もいるとされています。古龍は、ガジュータに存在するありとあらゆる生物の誕生にかわっているという言い伝えもあります」
「へー」
僕は思わず間抜けな声を出してしまう。だって、いきなり竜がいるなんて言われても、あまりピンとこないし……
「そういえば、ガルティアーゾは竜狩り族と言っていたが」
つるぎが割り込んでくる。
「はい、私たちは昔から竜を狩ることを生業にしてきたのです」
「リータも竜を狩るのか?」
確かにそれは気になるな。僕はつるぎの質問を聞きながら、リータの姿を眺める。リータは身長こそ僕と同じくらい、つまり170センチメートル前半くらいだが、体格は細身で、とても竜を狩ることが出来るようには思えない。特にリータの整った顔立ちの、特にきれいで優しそうな光をたたえている瞳を見ると、竜だけでなく、どんな生物だって殺せないのではないかと思ってしまうくらいだ。まあ、ここでの竜が僕たちが知っている竜のイメージと合致しているかどうかはわからないしな。うん。もしかしたらコモドオオトカゲみたいなやつかもしれないし……
「いいえ、私は狩りには参加しませんよ」
リータが答える。
「我々ガルティアーゾは、男が竜を狩りに行き、女が帰ってきた男たちを魔法で癒したり、戦利品の処理をして鱗や体内物を売ると決まっているんです。なので、私たちは子供のころから男は体と剣技を鍛え、女は魔法と手先の器用さを鍛えるんです」
「ほう、なるほどな」
「だから、つるぎさんが族長に一太刀浴びせた時、女性たちは内心喜んでいたと思いますよ」
「……それは、なぜだ?」
「今の族長は魔法というものをあまり信頼しておらず、そのせいで魔法を使うということで女性全般をも嫌っているのです。母親は偉大な魔術師だったのに、どうして……」
「なるほど。その状況で、魔法を使わないが女である私がギルツィオーネに一本取ったから喜んでいるかもというわけか」
「ええ、そうです。実際、私もやったと思いましたし」
「そうか、そりゃ光栄だな」
つるぎはまんざらでもなさそうな顔をしている。なるほどなぁ。そんな事情があったとは知らなかった。だとしたら、つるぎが一本取ったことで、ギルツィオーネを余計に怒らせたりしていないだろうか?心配である。
「あのさ、竜ってどんくらいの大きさなの?」
僕はリータに聞く。
「そうですね……種類や固体にもよりますけど、だいたい100歳くらいの竜で全長10メートルくらいですよ。それで、200歳くらいで20メートル、300歳くらいで30メートルという具合に、年齢を重ねていくにつれてだんだん大きくなっていきます」
「それって、翼とかは生えてるの?」
「ええ、生えているのがほとんどですよ。中には地中に生息している種類もいると聞いていますが、少なくともこの辺りにはいないですね」
「……へぇ」
残念ながら、どうやらコモドオオトカゲではなさそうだ。僕たちのイメージにある竜と、この世界に存在している竜は、たぶんそんなに遠くない姿をしているのだろう。というか、それを狩るって、ガルティアーゾ、相当すごいんじゃないか?
「そういえば、私たちがここに来る前に色のついたぷにぷにの生物を発見したのだが、あれについて何か知っているか?」
つるぎは思い出したように言う。
「ああ、たぶんモウグニーシュのことですね」
「モウグニーシュ?」
「はい、ここらへんでしか見ることのできないグニーシュの一種なんです。グニーシュは獲物を溶かして体内に取り込む生物なのですが、モウグニーシュは獲物を溶かす酸が普通のグニーシュよりも強いんですよ」
「え、それって肌に触れたらまずかった?」
僕は慌てて聞く。
「いえ、人間の肌に触れても、ピリピリするだけでそんなに問題にはなりません。そもそも大人くらいの人間の大きさがあれば、グニーシュもモウグニーシュも何の問題もなく対処できます。だけど、子供や赤ん坊なんかの大きさだと、モウグニーシュに飲み込まれて窒息する可能性はありますね。それから、まれに寝込みを襲われて、そのまま窒息死する旅人なんかもいます」
大きくなっててよかった……というか、あのまま僕たちがあそこでさまよっていたら、もしかしたらその旅人のように窒息させられていたかもしれないのか……あっぶな……知ることが出来て良かった。少なくともあの草原では寝ないようにしよう。僕は心に決めた。
「なるほどな。あれはモウグニーシュというのか。そして、グニーシュもいるんだな……身体の構造はグニーシュとモウグニーシュは同じか?」
「ええ、ほとんど同じですよ。ただ、モウグニーシュの方が体内機関を覆う膜が厚いらしいです。私は気持ち悪くて触ったことがないのでわかりませんが……」
「なるほど、ではグニーシュが現れても大丈夫そうだな、海斗」
「今度はつるぎが手を突っ込む番だぞ」
「それはその時になってみないとわからないな」
つるぎは笑いながら言う。
「で、竜とグニーシュがいることはわかったのだが、まさかこれしか生物がいないということでは無いだろう?他に、何か気を付けておいた方が良い生物なんかはいたりするのか?」
つるぎはなおもリータに尋ねる。
「そうですね、いますよ。と言っても、私には少ししかわかりませんが……」
こうして僕たちはしばらくの間、リータを質問攻めにして、この世界のことを知るのだった。




