第百四話 悪魔の飼い主
金髪の少女は、天使の放つ光線を避けるので精いっぱいな様子だった。周りには魔物と人間が数多く倒れている。その少女ヴィエリオールも、ところどころにやけどの跡がある。きっと、天使の放った光線にかすって、焼かれてしまったのだろう。光線を避けながらヴィエリオールは叫ぶ。
「グード!右から!」
グードと呼ばれた、モウグニーシュのような不定形の魔物は、ヴィエリオールの指示通り天使の右側へと回り込み、天使に襲い掛かった。天使はそれに光線を放つ。グードはその光線を避けるような様子は見せず、すべての光線を体内に吸収した。そして、その吸収した光線を今度は天使に向かって放った。天使はその光線に向かってさらに光線を放つ。光と光がぶつかり合い、まばゆさが辺りに飛び散る。そんな中、ヴィエリオールが天使の左側へと回り込み何かの魔法を放つ。しかし、天使はその魔法に気にも留めていないようだった。実際彼女の放った魔法は大した威力がないということを、魔法に関しては素人である私ですら感じることができるものだった。
「クッソ!」
ヴィエリオールはその顔に似つかわしくない言葉を吐くと、今度は腰にあった短剣を何本か連続で投げた。結果は先ほどの魔法と同じようなものだった。しかし、天使の集中を自分に向かせることは出来たようだった。それが彼女の目的だったかどうかはわからないが。天使は不定形の魔物から距離をとるのと同時にヴィエリオールとの距離を詰めた。ヴィエリオールは天使が間合いに入ってきたことによって顔を恐怖に歪ませた。私は天使がヴィエリオールとの距離を詰めた瞬間に動いた。天使がこちらに少しでも意識が向かないうちに、何とか私の刀の間合いまで入り込むことに成功する。
「っらぁ!」
居合切りの要領で刀を抜刀。そのまま天使に斬撃を放つ。しかし、天使はいち早く私の存在に気が付いていたようで、簡単に躱されてしまった。私は続けて切りかかったが、それすらも避けられてしまう。しかし、これによってヴィエリオールと天使の距離を再び開かせることができた。私は刀を構え天使を見据えたまま、ヴィエリオールに具合を尋ねた。
「大丈夫か?ずいぶんボロボロなようだが」
「うっさい。あんたの助けなんかなくても十分大丈夫よ野蛮人」
身体がズタボロになりながらも、まだなお闘争心はあるようだった。そんなことがわかるくらい、彼女の言葉は私の知っている者とはかけ離れていた。
「おいおい、この前聞いた時とはずいぶん口調が違うのだな」
「ふんっ……。ここは戦場よ、口調がどうなっていてもあんたには関係ないし私はまだ戦える。よって死ね」
彼女はそう言うと、私の隣を通り過ぎ、天使に近づいていった。
「そうか。では、好きにすると良い」
私はヴィエリオールのその熱い心がこもった熱い言葉を聞いて、刀を鞘に納めた。あそこまで言われてもなお手助けをするなんて言うことは、人間が出来た私にはできなかった。
「そうよ。あいつは私の獲物。あいつを私のコレクションに加えて、さらに高みに上るの……グード!おいで!」
ふらふらとした足取りでさらに天使に近づいていきながら、先ほどの不定形の魔物の名前を呼ぶヴィエリオール。不定形の魔物は主人の声に反応し、すぐさまヴィエリオールの元へ戻っていく。
「はぁ……はぁ……」
天使と少し離れたところでヴィエリオールは立ち止まる。するとグードが立ち止まっているヴィエリオールに飛びつき、主人の耳から自身を流し込んだ。首がフクロウのように右に回っていくヴィエリオール。グードのすべてが入りきると、ヴィエリオールの首が元に戻り、そして口を開く。
「軟弱さに満ちたこの世界に剛腕でもって傲慢を放て。『闇よりも漆黒』」
そして、彼女の真横の空間が縦に裂ける。そして、そこから巨大な手が出現する。その手は漆黒の鱗に覆われており、すべてを切り裂く爪を持っていた。私はそれを見て、その手の持ち主がどのようなものなのか合点がいった。縦に裂けた奥に見える空間は闇そのもの。しかし、その闇よりも暗い頭部が裂け目を食い破るようにして姿を現す。その頭部の大きさは、縦が3メートルはあろうかと思われるほどだった。その頭部の吐く息は黒。この地上世界の頂点に君臨している竜の頭部姿がそこにはあった。ヴィエリオールが召喚したその竜は、私たちが見たことがあるどんな竜よりもずっと大きいということが、頭部を見るだけでわかった。その竜はなおも自分を閉じ込めていた空間から這い出ようと足を進める。しかし、どうやら前に進めないように見えた。ヴィエリオールは今までよりもさらに苦痛に歪ませた表情をしていた。
「ぐぅぅぅ……」
という声が彼女の口の端から漏れ出ている。竜がもがくたびに彼女の顔は険しくなっていた。どうやら、彼女が竜がこれ以上外に出ないように制限をかけているらしい。
「ふぅぅぅぅぅぅ……ふぅぅぅぅぅぅ……ヤンピテーラ……食事の時間だ……あの天使を、喰え」
ヴィエリオールが苦しそうに息をしながらも、その黒竜に指示を出した。すると、その黒竜は大きな口をゆっくりと開いた。そして、すべてを飲み込もうと、一気にすべてのモノを吸い始めた。
「ぬお?」
轟音とともに、空気がかく乱され強風が巻き起こる。近くにいた私もその巨大な口に吸い込まれそうになって、慌てて足を踏ん張る。しかし、それよりも強大な引力が私の身体を動かす。
「うおおおお!?」
私は刀を抜き、それを地面に突き刺した。何とか身体は止まったが、あとどのくらい私がこれに耐えられるのかはわからない。すでにその場に倒れていた人間や魔物が次々と竜の口の中に流れ込んでいるのが見えた。竜は口の中に入ってくる者に関心を向けず、ひたすら吸い続けている。
」……「
天使も黒竜の吸引力に吸いこまれそうになっていた。しかし、天使は紫色の魔法陣を瞬時に展開したかと思うと、ヴィエリオールをあざ笑うかのようにその魔法陣の中に入って次の瞬間には消えてしまっていた。
「っちぃ!くっそがあああああああああああああああ!!!」
ヴィエリオールは憤怒にかられた表情で叫びながら、自分が召喚した巨大な黒竜をもとの空間へと戻そうとした。
「なああああああああああああ!!!」
徐々に引きずられていく黒竜。しかし、そう簡単には戻らないぞという意思表示をしているかのように一本だけ出ている前足を前に伸ばす。
「がぁああああああああああああ!!!」
ヴィエリオールはさらに叫びながら無理やり黒竜を亜空間へと引きずり込む。とうとう、ヤンピテーラの前足が滑り始め、急速に竜の姿が見えなくなっていく。未だに吸い続けている竜の頭部が闇に飲み込まれると、辺りに起こっていた強風がピタリとやんだ。そして、すべてが亜空間に引きずり込まれたのを確認すると、ヴィエリオールはその空間を閉じた。そしてそれと同時に耳から先ほどの不定形の魔物が勢いよく飛び出す。その反動でヴィエリオールは地面に倒れ、そのまま気絶したように動かなくなった。私は瞬間移動した天使がどこに行ったのか確認しようと辺りを見渡した。すると、あの天使はボロボロになって立ち尽くしているマストロヤンニの元にいた。私はそこに向かって走り出した。




