第百三話 金色のライン
後方へと飛んだマストロヤンニに追撃をかけるべく、僕は汎用系第四五位魔法「断槍凡鋼」を放つ。全長1.7メートルの槍が豪速で放たれる。しかし、マストロヤンニは動じることなく僕の放った槍を縦に真っ二つに切断していく。
「ライドウットさん!」
仲間の一人に名前を呼ばれて振り向いたのは、先ほど自身の槍をマストロヤンニに切断された男だった。ライドウットと呼ばれたその男は、仲間から新しい槍を渡される。
「すまぬ、ヒビータ」
「いえ、大丈夫です。こちらの方はあらかた片付きましたから」
見ると、先ほどまで戦っていた神聖ミギヒナタ国の兵士たちが、そこかしこで倒れている。
「よくやった、ヒビータ!」
「いえ……」
謙遜するヒビータ。きっと彼はあの兵士たちの殲滅に際してのリーダー的な役割を担っていたのだろう。
「なにごちゃごちゃ言ってやがる!さっさと攻めるぞ!」
両手剣を粉砕された男が、そんなライドウットたちのやり取りを見て、どなりながらマストロヤンニとの距離を詰めていく。当然手には武器などなかった。その男が走っていると、突然横から新たな影が出現した。その影は男の走るスピードと一緒の速度で走行している。
「武器がないのにどうするつもり?ミニッタ?」
その人影がしゃべる。ミニッタと呼ばれた男がその人影に返事を返す。
「それはリチットが持ってきてくれるって信じてたからな」
「ふんっ、都合のいいこと言わないでよね!まあ、武器はあるけど」
リチットと呼ばれた、その突然現れた女性はミニッタに新しい武器を渡す。
「んじゃ、一気に行くぞ!」
「うん!」
ミニッタが叫ぶと同時に、二人はさらにスピードを上げてマストロヤンニに迫る。ミニッタがマストロヤンニの右側から、リチットが左側からそれぞれ肉薄する。目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出した二人。マストロヤンニはそこから一歩も動けないでいた、かのように見えた。しかし、次の瞬間僕は理解した。マストロヤンニは動けなかったのではなくあえて動かなかったのだということに。二人が剣を届かせようとマストロヤンニに飛び掛かった瞬間、マストロヤンニの肩口から透明の氷でできた槍が出現。空中に舞った二人の腹部に確実に穴をあけるために殺意を持った鋭い氷が二人を襲う。
「ぐう!?」
ミニッタの方はその氷の姿にいち早く気が付きその氷の先端を切断することによって、自身の軌道をそらし、氷にくし刺しになることを何とか回避した。しかし、リチットはそれが間に合わず、腹部にもろに鋭利な氷が刺さってしまう。
「っがはっ!?」
リチットが内臓を貫かれたことによって出血した血を吐き出す。そして、刺された傷口から流れたミニッタの血液によって透明な氷が可視化される。そして、その氷の大きさを僕たちは初めて知る。その氷の大きさは、到底人間が支えられるものではない重量を誇っていると一目見てわかるほどだった。しかも、マストロヤンニはそれを二つも支えている。リチットは氷にくし刺しになったまま、まるでモズのはやにえ状態でいる。けれども、さすがは最高位レベルの冒険者というべきか、意識はまだあるようだった。
「リチット!」
ミニッタがリチットを助けようと再びマストロヤンニに肉薄する。マストロヤンニは右腕で持っていた大剣を無造作に振るった。無造作に振るわれた大剣は豪速でミニッタに襲い掛かる。
「うっ!?」
ミニッタはその剣を避けるだけで精いっぱいのようでなかなかリチットを助けられないでいた。僕はリチットに魔法が当たってしまう恐れがあるので、魔法を放てないでいる。すると、マストロヤンニが肩の氷をいきなり発射させた。水系第三位魔法「擲氷射結」によって発射したリチットは、そのまま地面に叩きつけられる。そして、もう一方の氷の槍が僕たちの方に向かって襲い掛かる。その氷の槍はものすごいスピードで、ヒビータの頭を貫いた。
「ぬ」
ヒビータの気の抜けたような声の後に少し遅れて血が噴き出す。こめかみから頭蓋骨を粉砕した氷の槍は、そのままヒビータの脳までもを破壊していく。ヒビータは先ほどと全く変わらない表情を保ったまま、そのままや氷の槍のもつ慣性に従って横に倒れていく。
「ヒビータ!?」
ライドウットが駆け寄ろうとしたところに、さらに汎用系第四位魔法「矢轟雨臨」が放たれる。僕は汎用系第四位魔法「白壁洞牟」でライドウットと僕自身を無数の矢から守った。
「でぇやあ!」
ミニッタが魔法を放った直後のマストロヤンニに向かって斬撃を繰り出す。しかし、ミニッタの刃が届く前にマストロヤンニの長い足が的確にミニッタの腹部をえぐるようにして蹴り上げる。
「ごはっ」
ミニッタが宙を舞い、そのまま地面にたたきつけられる。マストロヤンニはミニッタに素早く肉薄し、剣を振るう。僕はそんなマストロヤンニにもう一度「断槍凡鋼」を放った。豪速で放たれた槍に反応したマストロヤンニは、一旦ミニッタをあきらめて槍を迎撃することに専念した。僕はさらにマストロヤンニとの距離を詰めながら、雷系第四位魔法「即愁電什南過」を放つ。マストロヤンニはその電撃を躱すと、僕から少しだけ距離をとった。僕はその間にミニッタに治癒系第四位魔法「麓痛衫幻空」をかける。鎮痛作用が効いてくれれば、今は立てないでいるミニッタも立ち上がることができるだろう。
「だあああああああ!」
僕の後ろからライドウットがマストロヤンニに向かって突進する。自分と同じほどの盾と、先ほどヒビータから受け取った槍を構え、マストロヤンニに突撃するライドウット。マストロヤンニは繰り出された槍を大剣で受け流す。ライドウットはそのまま重そうな長い槍を片手で器用に扱いながら、マストロヤンニを攻める。マストロヤンニは繰り出されている突きをすべて大剣で流している。大剣と槍がぶつかり合うたびに、金蔵同士がぶつかり合う甲高い音と、火花が散る。近接戦闘のもつ独特の緊張感の中、二人は超級の腕でもって剣と槍をぶつけている。僕はその間にハルを呼んだ。しばらくすると、ライドウットの槍の速度が徐々に遅くなってきた。マストロヤンニはそれによって出来上がった一瞬の間を使って、先ほどまでは受け流してばかりいたところを攻撃に転じた。マストロヤンニの繰り出す斬撃の一撃一撃がライドウットの体力を確実に削っていく。ライドウットはマストロヤンニの重い攻撃を盾で防いでおり、カウンターを狙っていた。しかし、大権を扱っているとは思えないほどのマストロヤンニの攻撃には、なかなかカウンターを叩き込める隙間がなかった。
「はぁあ!」
マストロヤンニが短く叫びながら、大剣を両手で握り、力の限り振り下ろした。そして振り下ろされた大剣がライドウットの盾を切り裂く。
「うっ!?」
盾が切り裂かれてしまったことによって、丸腰になってしまうライドウット。
「がるるるらぁあああ!」
まるで獣のような雄たけびを上げながら、マストロヤンニがライドウットを右肩から斜めに切断していく。鎧を身に着けているライドウットだったが、マストロヤンニの剛腕には関係なかった。
「ぎゃああああああああああああ!?!?」
全身を切りつけられたライドウットが叫び声をあげる。僕はマストロヤンニが次の斬撃を繰り出すよりも少しだけ早く二人の間に「白壁洞牟」でもって金属の壁を発生させた。マストロヤンニは素早く剣を振り下ろし、その金属の壁を裂く。その間にライドウットはマストロヤンニから少しだけではあるが距離をとった。僕はマストロヤンニに向かって「即愁電什南過」を放つ。マストロヤンニは光速で襲い掛かる電撃を超人的な反射速度で回避する。そして、今度は僕に向かって大剣を振るってきた。
「やばっ」
僕は一撃目を回避し、そのまま「白壁洞牟」を二重展開した。しかし、マストロヤンニはまるで壁などないかのように大剣を横に振るう。紙のように二枚の金属の壁を切断する斬撃は、そのまま僕の胴体までもを切り裂く。
「きぃい゛!?」
僕は瞬時に治癒系第四位魔法の「麓痛衫幻空」と「傲督癒尽幔」を発動。痛みを取り除き、傷口をふさぐ。僕は慌ててマストロヤンニから距離をとろうとした。しかし、マストロヤンニは僕が離れるとすぐに彼の剣の間合いにまで近づいてくる。僕は「断槍凡鋼」を連発しながら、なんとかマストロヤンニを足止めする。しばらくして、ハルの声が聞こえてきた。
「カイト!」
僕はその声に反応して返事をする。
「ハル!今すぐアレを撃てるように!」
「ワカッタ!」
ハルに指示を与えた後、僕は再びマストロヤンニに切られないように魔法を繰り出した。マストロヤンニは超人的な筋力で大剣を振り回し僕の命を狩り取ろうと襲い掛かる。僕はとっておきの魔法を放つために、マストロヤンニを一瞬でも良いから拘束するためにマストロヤンニの攻撃をかわしながら動いた。
「デキタゾ!」
しばらくしてハルのそんな言葉が聞こえてきた。僕はその言葉を聞いて、今まで仕込んでいた魔法を放つ。汎用系第四位魔法「鋼磔糸蓑白」によって、先ほど仕込んでいた金属の糸が、地面から急激にマストロヤンニを縛ろうと動きだす。マストロヤンニはすぐにそのことを理解し、大剣でその金属の糸を切断する。しかし、僕は大量の糸を仕込んでおいたので、なかなかすべての糸を切断できないでいた。そして、ついにマストロヤンニの片足が金属の糸によって拘束される。僕はその瞬間から意識をさらに集中させ、現実世界に現象を起こすためにリアルな想像を始めた。まず構築するのはそれなりの長さの二本の異なる電位差の電気伝導体だ。それを筒状のモノで包み込む。そして、その電気伝導体の二本に電流を流す。僕の目の前に実際に電気伝導体の入った筒が現れる。その長さは約2.5メートル。僕はそれに必要な分の超高出力の電流を大量に流す準備をする。
「今だ!」
僕が叫ぶと、ハルが金属の球をその筒に入れた。そして僕は準備していた電気を一気にその二本の電気伝導体へ流す。汎用系雷系最終位魔法「超電磁砲」によって、球がすさまじい速度で繰り出される。衝撃によって瞬間的な光が発生する。マストロヤンニはもうすでに「鋼磔糸蓑白」による拘束を解いていたが、マッハを優に超えているであろう速度で放たれた砲弾に反応できないでいた。
「があ!」
しかしながら、化け物じみた、あるいは極限まで野生化したマストロヤンニの勘というものが、彼の身体を動かし、直撃を避けさせる。衝撃波を受けて吹き飛ぶマストロヤンニ。僕はそんな姿を見て、愕然としていた。まさか避けられるとは思っていなかったからだ。それと同時に、僕は頬に熱いものを感じてそれをぬぐった。ぬぐったそれは目から流れた血だった。この世界に存在しない魔法を放ったことで、僕の脳には大きな負担がかかった。きっとそれのせいで目から血が流れたのだろう。僕は思わず膝をついてしまった。
「はあ……はあ……」
僕が膝をついて息をしていると、衝撃波によって吹き飛ばされたマストロヤンニがよろよろと立ち上がった。衝撃波もすさまじい物だったが、それに耐えて立ち上がるマストロヤンニは、やはり化け物としか言いようがない。マストロヤンニは大剣を持っていなかったが、彼の顔には笑みが張り付いていた。
「あははは……」
それは完全にタガが外れた狂人の笑顔だった。そして、マストロヤンニは「擲氷射結」を放とうとした。僕はそれを何の感情も抱けずに、ただ眺めていた。ハルは必死に僕の身体を引っ張ってくれるが、僕の身体はてこでも動かなかった。マストロヤンニが魔法を放とうとする。しかし、その魔法は僕がとっても聞き覚えのある声によって、すぐに立ち消えてしまった。
「真魔伊理」
そして、その声の主が崩れている僕の隣に立ち、言う。
「大丈夫ですか、カイトさん」
そこには頼もしい顔をしたリータが立っていた。