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第十話 あっさり決着・魔法

つるぎはギルツィオーネの胴めがけて棒きれを振るう。しかし、あっさりと躱されてしまう。つるぎは間合いの距離を一定に保つように動きながら、胴部分にある棒を最小限の動きで頭部の高さまで持っていく。そして、手首の力で面を狙う。ギルツィオーネはバク転でこれを回避した。再び間合いが開いてしまったので、今度はつるぎも少し間合いを取る。そしてすり足でその間合いを調整する。


「何故攻撃してこない?」


つるぎが間合いを調節しながら聞く。ギルツィオーネはニヤリとしながら答えた。


「俺が攻撃なんてしたら、一撃で死んじまうからだよ」


つるぎは一瞬占めたという顔をしたが、またすぐに真顔に戻った。いったい何を考えているのだろうか?


「ふっ、それは本当か?本来優れた戦士であるならば、己の力位コントロールできて然るべきはずだが?」


それを聞いて、ギルツィオーネは押し黙ってしまう。ニヤついた顔はそこになく、侮辱ともとれる言葉に顔を歪ませている。続けてつるぎは言う。


「本当は怖いのではないか?私に攻撃を加えることが。え?ギルツィオーネよ」


つるぎは自信満々な声色で、ギルツィオーネを挑発する。いったい何をしているんだ?せっかく相手が攻撃してこないのだから、自分が怪我することもなかったのに。わざわざ相手に攻撃するように仕向けるなんていったい……

ギルツィオーネは怒りに顔を歪ませながら、構えをとった。先ほどまでは、両手をぶらぶらとさせているだけで何の構えも取っていなかったが、明らかに今はファイティングポーズに近い。つるぎに挑発されて怒ったのだろうか?


「そんなに攻撃してほしければ、遠慮なく攻撃してやるよ」


ギルツィオーネは邪悪な笑みを浮かべながら、間合いを図っている。


「そうか、頑張ってくれ」


つるぎはなおも、自信満々な姿勢を崩さず、棒きれを構える。瞬間、ギルツィオーネが一気につるぎとの間合いを詰める。そして、右腕をつるぎめがけて放つ。うねるような音が一瞬だけ起こる。つるぎは少し慌てながらしゃがんでそれを回避。そして、がら空きになった足元に棒を振るう。ギルツィオーネは自ら繰り出したパンチの威力を使い、そのまましゃがんだつるぎの身体を超えるように転回する。着地。そしてそのまま蹴りを放つ。つるぎもしゃがんだ状況を生かして思いっきりバク転し、放たれた蹴りを回避した。


「海斗!パンツ見えたか?!」


「見えてないから、集中しろって!」


「なんで見てないんだ!」


訳の分からないことを言いながらつるぎはバックステップで距離をとる。逃げたのを好機と判断したのか、ギルツィオーネは地面を蹴ると、その距離を打ち消すようにつるぎに接近した。つるぎは横にステップを踏むと、そのままギルツィオーネの背後をとる。しかし、背後を取られたことを察知したのか、ギルツィオーネはさらに前進する。そして、余裕をもった距離で振り返る。詰め寄っていたつるぎは、右手で横に棒を振るう形になっていた。そこに正面からギルツィオーネの拳が迫る。しかも、いやらしいことに棒きれで受け流されないよう、左側を狙ってきた。


「くっ」


つるぎは左腕を持ち上げてその拳が当たらないようにしたが間に合わず、二の腕に思いっきり拳が入る。苦痛に顔を歪ませるつるぎ。それでもそのまま左腕を持ち上げる。パンチの威力を受け流し、それと同時に左足を回転させギルツィオーネの頭めがけて回し蹴りを放つ。とっさのことだがそれに反応したギルツィオーネは、反射的につるぎの左足をつかむと、逆さに釣り上げた。僕はもう負けだと思った。しかし、


「はい、一太刀」


というつるぎの声と、ペシッという音が同時に聞こえた。ギルツィオーネの足元を見てみると、そこには宙ぶらりんになりながら、棒でギルツィオーネの足を捕らえたつるぎの姿があった。


「パンツ見えたか?」


僕と目が合うと、つるぎは苦しそうな表情をしながら聞いてくる。


「……丸見えだよ」




「痛つつつつっ……!」


つるぎは左腕を女性に診察してもらいながら叫ぶ。


「無茶するからだろ……」


僕は呆れながら言う。つるぎがルール的に怪しいけど、とにかく一本取った後。ギルツィオーネは僕たちがこの集落にとどまることを許してくれた、のかどうかはわからないが、とりあえず何も言ってこないのでそういう解釈でよいのだろう。一本取られたギルツィオーネは、何も言わずにそのままどこかに行ってしまった。その後、怪我を負ったつるぎは集落の女性たちに連れられて、今左腕の治療を受けている。


「それにしてもよくあんなことしましたね」


治療の準備をしている女性が言った。


「まあな。舐められたままでは気分が悪いし、いきなりどこから来たかもわからないような奴を受け入れられるほど族長の責任も軽くないだろうと思ってな。何か勝負に勝てば、私たちをこの集落に受け入れてもらえるのではと思って」


「すごい、そこまで考えていらっしゃったんですね……御見それいたしました……あ、私、リータといいます。この集落で魔術師をやってます」


「ああ、私はつるぎだ。こっちは海斗。よろしく頼む」


「いえいえ、こちらこそ」


「で、さっそく質問なんだが」


「はい」


「先ほど魔術師とか何とか言っていなかったか?それはどういう意味だ?」


「え?ああ、魔術師というのは魔法を使うもののことを言いまして、魔法というのは己の魔力と想像力、呪文の力を使ってある種の現象を引き起こすことを言います。私はこの集落の魔術師で、今からつるぎさんの腕を魔法で治します」


「魔法で腕を治すか……すごいな」


「いえいえ、カイトさん、そんなことはないですよ。本当にすごい魔術師は私みたいに準備なんかいらずに、すぐに魔法を使えるんです。私みたいなペーペーは魔法を使う前に色々と準備しないといけないから……族長のお母さまなんか、すごいんですよ!……今は、お年を召されて、魔力も弱くなってきているようですけど」


「へえ……そういうのもあるんだな」


口を動かしながらもてきぱきと作業を進めていくリータ。どうやら、薬草のようなものと、水のようなものが準備されている。


「では、今から始めますね」


リータはそう言うと、つるぎの左腕の患部が見えるように、制服の裾をあげた。リータが薬草みたいなものをボウルの水に浸す。そして、その濡れた薬草で患部を何度か撫でる。リータは口を真一文字に結んでいる。どうやら集中しているらしい。何度か撫でた後、薬草を再び水の中に戻し、今度は左手でつるぎの腕を持つと、患部に右手を近づけ唱えた。


深癒痛ルムヤ


すると、リータの掌がほのかに白く光り、そして消える。


「おおおお!すごいぞ!だんだん痛みが消えていく!」


つるぎは驚いたように叫ぶ。


「あ、まだ治療は終わってませんから、腕を動かさないで」


「あ、そうなのか……すまん」


「いいえ、大丈夫です。今のは鎮静効果のある魔法、『深癒痛ルムヤ』そして、次に発動させるのが……」


リータは言いながら、次の呪文を唱える。


癒癒傷ターミエ


今度もリータの掌が白く光る。


「はい、これで終わりです」


どうやらこれで終わりらしい。リータは先ほど使った草や水を片付けている。


「二つ目の魔法はどんな効果なんだ?」


つるぎは左腕をブンブン振り回しながらリータに尋ねる。


「二つ目の癒癒傷ターミエは、傷を治す魔法の一種です。ただ、完全に治ったわけじゃないので、気を付けてくださいね」


「む、そうなのか」


それを聞いて、つるぎはブンブン腕を振り回すことを止めた。僕は、今度は何が起きるかわからないので、今のうちに彼女に色々この集落のことやこの世界のことについて聞いておこうと思い、質問してみることにした。

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