4話 崩れる常識そしてゴブリンとオーク
シャングの街に向かう道すがらシアさんが聞いてきた。
「あのぉ・・・・さっきのイノシシに纏わり付いていた感じの、あの黒いモヤモヤっとしたものは何なんですか?」
裸踊りについては、完全になかったことにしてるなこれ。
「ウズメさんが、掛け寄ったかと思ったら光りに包まれて、そしたら、黒いモヤモヤも光りに包まれて、パっと消えましたよね?」
え? 裸踊り見えてなかった?
あぁぁっと・・・・どうなってんだ?
「あれは、穢じゃ。禍々しい思念の塊や穢れた魂の残照かの。」
「初めてです。あんなの。」
「ほぉ初めてなのか。まぁ、そうそうあることでもないしのぉ」
「それにしてもすごいですよね?ウズメさん」
「何がじゃ?」
「光に包まれたかと思ったら、あっという間に・・・・」
「穢払いが仕事じゃからの。」
ウズメがニコニコと笑っている。あの裸踊りを目撃していたらシアの反応はどういうふうになったんだろう?
しかし何故シアには、あの変質者の踊りが見えてなかったんだろう。
解せぬ・・・・
そんなこんな歓談しながら、あっという間にシャングの街門前についた。時間は昼を少し回ったくらいか?
門番の詰め所で手続きを終えすんなりと街中に入る。シアの恩人って事で門番のオッサンには何度もお礼を言われた。どうもシアの知り合いらしい。
通りをあるきだしてすぐにシア。
「えっと先に宿屋探しますか?それともイノシシの解体場所に行きますか?」
「あのギルドはどこですか?」
テンプレの質問を返してみるがその返答は衝撃的なものだった。
「ギルド? ギルドってなんですか?」
「あの冒険者を登録して、あれこれ依頼を出すところですが。」
「ははは 冗談がお上手ですね。冒険者だなんて。そんな遊びみたいなことしている人なんていませんよ?」
ここまで、ここまで裏切るか! チクショ!!!!
心の中で絶叫する。
仄かな期待をしていた俺が悪いとはいえ、じゃ、どうすんだよこれから?どうしたらいいんだよ?
「と、とりあえず宿屋を確保し、その後解体場所に移動ってことでいいですかね?」
「ええもちろん。おすすめの宿屋をご紹介しますね。知り合いが一家が経営している宿屋ですので、何も心配いりません。」
・・・・・ちょっと待て。カネどうすんだよ。お金!
しまったというような俺の表情を察したのかタチバナさんがそっと耳打ちしてくれる。
「金子の件ならばウカ様からある程度お預かりしてございますので当分は大丈夫かと。」
「そ、そうなんですか。どのくらい大丈夫そうですか?」
「えぇ日本円に換算して500億円分ほどお預かりしておりますので、戦争でも始めない限りは問題ないかと。」
「・・・・・・・ご、500億!!!」
思わず叫んでしまった。
薄給のサラリーマンだと言った俺に対する当てつけか? 当てつけなのか?
「なを足りないようでしたら、いつでも追加する旨受けまわってございます。」
理不尽だ。あぁ理不尽だ。そんな大金をポンポンと。社畜やってたのが猛烈に馬鹿馬鹿しくなってくる。
そんな俺とタチバナさんのやり取りを見てか見なくてか、こちらですよぉ!とシアが案内を始めた。
門から300mほど歩いたろうか大通りに面する小洒落た宿屋に入った。
宿屋の名前は・・・”リラ”
シャングの街の宿屋リラで、シャング・リラってか? 安直すぎるだろう。
いやまて、この世界では意味合いが違うのかもしれない。
「リラって名前なんですねこの宿」
「はい。素敵な名前でしょ?」
屈託のない笑みで返すシア。
「シャングの街に掛けてシャング・リラ。理想郷って意味なんですよ?」
あぁ、まんまだわこれ。まんまでした!
更に輝きを増した笑顔で返すシア。
予定調和もここまで来ると神の領域が見えてきそうな気がしてくる。
「では、私が手続きしてきますが、なん部屋で何泊ほどされますか?」
「とりあえず、男性三人と女性2人の2部屋でおね・・・」
「ちょっと待ったぁ!」
俺の発言をぶった切るサクラさん。
「神使たる私が、ヒロシさぁ・・・んの側を刹那の間でも離れることは許されることではありません!」
鼻息荒くまくしたてるサクラさん。うなずくタチバナさん。
しかし刹那の間って・・・軽いストーカーだよね?これ。
「そ、そうですかぁ」
サクラの剣幕に困った顔で受付の女性と話し込むシア。そして、
「使用人の方の部屋もある、スイートになってしまうそうです。使用人様の2人部屋が2つと、主寝室。リビングスペースになりますが、値段が・・・・」
かなり心配そうなシア。値段なんて無視できるんだが、一応聞いてみる。
「一泊、クローディアス金貨2枚になるそうです。」
「・・・・・日本円でどのくらいなの?」
そっとタチバナさんに聞いてみる。20万円くらいだそうだ。まぁスイートなのだから仕方がないっちゃ仕方ないか。
「では、それで10泊ほどお願いできますか? ・・・前金でお願いたします。」
シアがわかったと頷き、手続きが終わった。
結局10泊するので、割引が入り、金貨18枚と朝晩の食事代金はサービスになった。
・・・・・・食事代別だったのかよ・・・・・どこまでもテンプレから外れてやがる・・・ハァ。
タチバナさんが支払いを終えると受付のスペースにシアを残し、部屋へと案内された。
部屋に入った俺は少し驚く。
そりゃそうだ。スイートなんて縁がない。テレビでしか見たこと無いんだし。
それにしても・・・・・シックな広い部屋。そこそこ重厚感のある調度品が並んでいる。
俺たちは部屋のキーを預かると、シアのもとへ向かう。
「さて、解体場に向かいますか」
ニコっと笑って宿を出る。
シアに案内される道すがら、あれやこれやと他愛もない話をしながら。
「こんなむさいオッサンの相手させてごめんね。」
俺はシアに申し訳なさそうに言うと不思議そうな表情でシアが聞いてきた。
「おじさん? えっとタチバナさんのことですか?それともヤタさん?」
「はっはっは、冗談はいいですよ。俺みたいなオッサン相手なんか申し訳なくて・・・」
「え?あはは。面白い冗談ですよね?どう見たって二十歳そこいらじゃないですか。」
「え?」俺
「え?」シア
俺がキョトンとするとシアもキョトンとする。
「あぁ・・・・・ヒロシ様ちょっとこちらに。」
サクラさんが手招きして俺を呼ぶ。二人でシアに背中を向けサクラさんが、
「えっとですね・・・これが現在のヒロシ様です。」
手鏡を差し出すサクラさん。覗き込む俺。
「!!!!!! ちょ、ちょっとどういうことだ?」
「いやぁウカ様が若いほうが体力もあり無理が効くだろうって配慮してくれたようなんです。」
「配慮って・・・・・もういい。わかった。ありがとう。あ・り・が・と・う!」
そりゃ、若返ったのは嬉しいですよ。体軽いなぁ歩いてるのに疲れないなぁって思ってましたよ。
そりゃ確かに助かりますよ。はい助かります。
ちょっとサクラさんに当たり気味になる。
申し訳無さそうなサクラさん。
・・・・・しかし本人に無断で、ここまでするとか・・・・やっぱり理不尽だ・・・・
《良い子のみんなは神様の親切な理不尽には注意しないと駄目だぞぉ?》
そんな事を言いながらニコニコしているウカ様を幻視する。
ため息も出やしない。
何事もなかったようにシアのところに戻り歩き始めるのが現時点で俺にできる最善の策!
なんて気張ったところで、心の疲れは取れやしない。
俺だけが足取り重く歩いていると解体場?についた。倉庫のようだ。結構広い。奥行きは30mほど。高い天井に間口は10mほど。
「ここを使います。」
「広いですねぇ」
ちょっと感心したように呟いてみる。
「はい。うちの商会の倉庫なんですが今は空なのでちょうどいいかなぁって。」
「うちの商会!?」
「「「!」」」
シアを見ながら、みんな驚いている。
「お恥ずかしながら父がシャングを中心に手広く商売をやってまして。一応この国西半分で最大の商会になります。」
お嬢様でしたよ、シルフで商会のお嬢様。お金持ちのお嬢様!
やばい、テンプレからするとあれだ、恋愛模様の予感しかしねぇ!
「えっと、狩人じゃなかったんですか?」
「あぁあれはダイエットを兼ねた趣味みたいなもので」
趣味危なすぎんだろう! エルフパパの危機管理、全力で仕事しろ!
「あぁ、少し過激な趣味なんですね。」
「よく言われるのですが、仕留めた獲物の肉を、父が喜んで食べてくれるもので、つい。」
あぁ・・・ここのエルフ普通に肉食うよ。エルフはベジタリアン? そんな設定の欠片すらねぇよ。
そりゃねベジタリアンのエルフが狩人の設定って、おかしくね?って思った過去がありますよ。
しかしそれが異世界の仕様だと仕方のない大人の事情なんだと自分に言い聞かせ納得していましたよ。
あぁ・・・・とりあえず、なんでもいいから返せ! この俺の気持に見合う何かを返せ!
「ど、どうされました? ヒロシさん。」
「あ、い、いえ。私の知っているエルフの方と、ずいぶん違うんだなぁと。ちょっと・・・・」
「そうなんですか? なんか、すいません。」
「いえいえいえいえ、シアさんはなんにも悪くないですよ。ちょっと面食らってただけで」
「それならいいんですが。」
ちょっと心配そうなシア。ヤタさんが声を掛ける。ナイスタイミング!
「ヒロシ殿、そろそろ解体を始めませんか? 自分もお手伝いしますので。」
「え?ヤタさん、解体出来んの?」
「陸自のレンジャー舐めないで欲しいのであります!」
そう言って左胸を突き出す。
じゃらじゃらとなんかいっぱいついてる。
金色の月桂樹?の葉っぱの楕円形の真ん中にダイヤモンドみたいなデザインのバッジやら、その真中に落下傘のデザインが施されているものやら、スキー板をクロスしたようなデザインも、あれ?あの羽根のデザインのバッチってなんだろう?
あとはカラフルなリボンみたいなのが、ずらぁって並んでる。何列も。
「普通、迷彩服には付けないのでありますが、こっちでは特別であります!」
あぁなんか自慢したいのね。でもごめんね。凄さがこれっぽっちもわかりません!
「あぁ、すごいですねぇ」
ちょっと引きつり気味に適当に合わせる。
そもそも陸自のレンジャーってなんだよ! 意味わからねぇよ!
・・・・・ごめんなさい。今度教えてください。ヤタさん。心の中でそっと謝った。
「さっさと片付けちゃいましょうか」
シアが元気に声を上げる。
眼の前には、タチバナさんが出したのであろうイノシシがデデーーンっと鎮座ましましてる。
手際よくヤタさんとシアさんと、タチバナさんにサクラさんまで?
え? なんでそんなにサクサクと手際よくやれんの?
ウズメは・・・・入り口のところで踊りの練習だろうか?フラフラと・・・フラダンス?とにかくなんかやってる。
「タチバナさんもサクラさんも手際いいですね?」
声を掛けると、なんとも言えない笑顔だったのだろう。ん?っと首を傾げて、なにかに気づいたようにサクラさんが話し始めた。
「あぁ、昔、狩りの獲物を、そのまんまでお供えとかしょっちゅうだったので、タチバナも私も慣れたもんなんです。」
「な、なるほど・・・・」
納得する。
確かにそりゃそうだ。お供え物をそのまんまとかありえないし。
あのウカ様がお供え物のウサギを頭からボリボリ・・・・・うん無い!
ウズメはあいかわら・・・・・座布団?に正座し、何処から出したのかお茶をマッタリとすすっている。
そうだ、一々気にするのはやめよう。気にしたら負けだ。そうだ負けだ。
・・・・・・・・・・
ため息も出尽くしました。もうお腹いっぱいです。
とにかくとにかくだ!何も考えないように!
俺は細々した手伝い雑用をこなす。
そんなこんなでイノシシの解体が進んでいった。
「大体終わりですね。」
額の汗を右袖で拭いながらシアがフーっと息を吐きながら言った。
動物解体の経験が皆無の俺にとってあれこれショッキングな光景が目白押しだった。
(あぁ、動物の内臓って見た目フワフワであんな感じなんだ・・・・あぁ、脳味噌ですよねそれ?ね?ね?・・・)
陽がだいぶ傾いている。すでに夕方前の時間になっていた。
運搬用要員なのか、多分シアの所の使用人なんだろう。テキパキと解体後の肉や骨を運んでいく。
「色々とありがとうございました」
シアが深々と頭を下げた。
「いえ、暇でしたし”乗りかかった船なので”。」
「”乗りかかった船”ですか? 言い得て妙な面白い表現ですね。」
クスっとシアが笑う。
「船といえば、この倉庫街の裏手、船着場と運河になってるんです。よろしければ見学されます?」
お?ヤタさんの報告にはなかったな。そんなのがあるのか。
つーっとヤタさんに視線を向ける・・・・・・
後頭部に両手をあて、あさっての方向見て、スースーと音のない口笛吹いてますよこの陸自烏!
「面白そうですね。是非!」
このまま宿に戻っても、すること無い。とにかく、何らかの切欠をつかむまでは、あれこれ動いてみるしか無いし。
シアに先導され、倉庫の奥の扉から出る。
「おぉ! 結構大きな船着場ですね。」
「そこの船がうちの商会の船です。明日出港するので今はその準備中ですね。」
帆船だ。マストは一つ。ずんぐりとした感じ。船体は30m無いな。コロンブスが乗ったサンタマリアに似ている。
甲鈑で忙しげに動く人の、人の、人・・・・・・ゴブリン? ゴブリンが甲鈑で仕事してますよ!!!
こういう裏切り。もう何度目だろう・・・・・・ 目眩が、目眩が。
「あ、あの方々はゴブリンですよね?」
「えぇ。すごいんですよ?とっても小柄なのに人並みの力があるので船員としてこれ以上ないくらいの働き手なんです。」
シアによるとこうだ。
ゴブリンは小柄で体重も軽い。それなのに人並みに力で仕事ができるので船乗りとして最高の働き手なんだとか。
言われてみたらそうだと納得する。体重が軽い分、それだけ積載量が増えるしな。
この世界のゴブリンの殆どが船乗りや漁師らしい。
・・・・・・・普通に意思疎通できるんだ。ってか人間と変わらないんだぁ・・・・・
背後からズサっと音がする。
「ちょっとどいてもらえますか?」
ん?っと振り向く。
「!」
びっくりですよ。ってか命の危機を感じましたよ!
オーク!オーク!ですよ!
身長3mくらいある巨大なオークが大きな箱を右肩に抱え俺を見下ろしてる。そして、ちらっとシアを見る。
「あぁお嬢さんのお客さんですか。ここ荷物通路なので、少しどいてくれるとありがたいんですが。」
申し訳無さそうにオークが言う。
「あ、あ、すいません!」
さっと!本当にさっと!道を譲る。
俺、今オークと会話しちゃったよ。ってか、オークに申し訳なさそうにされちゃったよ!
どうなってんだよ!
半ば驚愕の表情で、荷物を運ぶオークの背中を見送っているとシアが不思議そうに聞いてきた。
「オークさんを見るのは初めて何ですか?」
「え、えぇ。大きいのでびっくりしました。」
「オークさんは力持ちですので、荷運びや建設現場などで、無くてはならない働き手なんですよ?」
「あぁそうなんですか。い、いやぁ、田舎から出たことが無かったので、色々勉強になります。」
理解した。完全に理解した。この世界に所謂”異世界”のテンプレなど存在しない!
ゴブリンが優秀な船乗りで、オークが力仕事のスペシャリスト?
いつどこで、奴らが善良な労働者になったんだ?
ブツブツと独り言を言う俺を心配そうに見つめながら、シアが宿まで送っていくという。
心配されちゃった。はぁ、非常識と常識の垣根で迷子になっている俺。
そもそも”異世界”のテンプレ自体が大人の都合だったんだろう。
(認めたくないものだな。思い込みゆえの思考停止とやらを!)
そんなセリフがシ○ーの声で聞こえてきそうだ。
シアに先導されながら宿へ戻る道すがらシアやタチバナさん達はあれこれ他愛もない話をしている。
今日一日で、あれこれありすぎた。疲れた。肉体ではなく心が疲れた。
女神の理不尽で、この世界に飛ばされいきなりの異世界常識のブートキャンプ。
とても会話に入ることが出来ない。
神使とか、そういう存在って順応性高いなぁと、本当にそう思う。
理不尽につぐ理不尽。俺の常識などくそくらえの現実。
・・・・理不尽?
あぁそうか、神使って理不尽の下で仕事してんだもんなぁ。順応とかそういうレベルじゃないのかぁ・・・
宿につき、明日も街の案内をしてくれると言って去って行くシアの背中を見ながら俺は思った。
『許してください!!!!』