11話 謁見そしてデモンストレーションと帰還拒否
侯爵邸に向かう馬車の中。
眼の前には申し訳なさそうにするガイアス。
その隣に制服のヤタさんとタチバナさん。
俺の両脇には真っ白い軍装のウズメと巫女姿のサクラさん。
シアとは謁見後に合流予定である。
宿に越してくるらしい。
ハァ・・・
「久しぶりじゃが尻に優しくない乗り物じゃの。」
「数百年ぶりでございますな。”さすぺんしょん”のない馬車。これはこれで懐かしゅうございます。」
ぼやくウズメに懐かしそうに返すタチバナさん。
ガイアスが二人の会話を聞かなかったとばかりに両耳を手で塞いでいる。
「あ、ヤタさん忘れないうちにお願いがあるんだけど。」
「なんでありますかヒロ様」
「謁見終わったら天女さん何人かと南の森の調査に向かってほしいんだ。」
「例の暴走の原因を探るのでありますな?」
「お願いできますか?」
「了解であります。直ちに烏と鳶を先行調査に派遣するであります。」
そう言うと何処から取り出したのかインカムでアレコレ指示を出し始めるヤタさん。
窓の外に護衛の戦乙女が見える。
ウズメの指示で近衛第一中隊30騎が護衛として付き従っている。
前後を騎士団の数騎が護衛する隊列。
戦乙女がよほど目立つんだろう。
時折沿道からオーっと言う感嘆の声が聞こえてくる。
しばらくすると石造りの立派な門をくぐる。
窓外に見えるのは立派な中世の平城の一部だ。
正面口で降車するとガイアスの案内で謁見の間に移動する。
華美な装飾はないが立派な内装であることがわかる。
入口正面の階段を登り5分程歩いたろうか。
お決まりと言わんばかりの赤い絨毯が敷かれた部屋に案内される。
両側には少し離れて等間隔に衛兵が並んでいる。
部屋の真ん中より少し前で待つことになった。
俺を中心に右側にヤタさん。左側にウズメ
後ろにタチバナさんとサクラさん。
ガイアスは右斜め前方に赤絨毯に正対するように立っている。
「うわぁ最高神の代行者を待たせるとか無いわぁ」
サクラさんが呆れたように言う。
「サクラさん俺は人です。それに俺を高天原の機密の塊みたいな風に言わないでください。」
「だってぇ・・・」
不満そうなサクラさん。ウズメはニヤニヤしナラが俺を見ている。
ヤタさんも呆れた感じの表情だ。
30分程待たせられただろうか。
「アーネスト・シャング・ツヴァイス・クローディアス侯爵殿下の御成りである。皆控えよ!」
高らかに響き渡る声。
ガイアスを見ると必死のゼスチャーで跪くように促してる。
その表情は懇願だ。
「何かあった場合の突入準備は大丈夫か?」
ウズメに小さな声で聞く。
「祝詞は既に張ってあるからの。主様が”城内制圧”と命ずれば瞬時に可能じゃ。」
「天壁の準備は?」
「抜かりない。」
前方左手のドアが開き数人が入ってくる足音が聞こえる。
「面をあげよ。」
頭を上げ前方に視線を移す。
真ん中の作りの良い大きな椅子に座っているのは12、3の少年。身なりは良い。
向かって左側にはあのデブ。騎士団長のボルグだ。
右側には神経質そうな目付きをした小太り気味の中年男。
多分代行の執政官だろう。
悪い予感しかしない。
「我はツヴァイス侯爵代理執政官ボバール・アクトゥー伯爵である。ヒロシと申したか、此度の働き誠に天晴である。クローディアス金貨20枚を侯爵より下賜致すので早々にその軍を引き渡すように命ずる。」
ガイアスに視線を送る。
涙目で俺に何かを懇願している。
始めてみた。
血涙ってやつだ。
仕方ないと言った表情をガイアスに送ると、キッとボバールを睨みつけ一言。
「お断りします。」
眉をひそめ不快であると言った表情いっぱいにしてボバールが聞き返す。
「よく聞こえなかった、今なんと言った?」
はっきりと大きな声で答える。
「だからお断りだって言ってんだ!この薄ら馬鹿!」
やる気満々である。
仕込みは十分にしてきた。
昨晩深夜まで打ち合わせに従い、大隊各員は既に城内及び騎士団の無力化の為に準備完了している。
言宣で城内に直接権現するという反則技。
それぞれの位置も大まかに決定済み。
権現直後に強制的に武装解除し拘束する流れだ。
当然死者は出さない。
後々面倒な事になると困る。
「う、う、薄ら馬鹿と申したか!この無礼者!」
ボバール顔真っ赤である。デブは一歩踏み出し剣に手をかけている。
ザっと音がして両側に並ぶ衛兵が一斉に槍を向ける。
ゆっくり立ち上がる俺。
ウズメ達がそれに続く。
ガイウスは顔面真っ青である。
「だれが立つことを許可した!この下賤の輩が!侯爵閣下の命に逆らうか!これ以上の無礼は許さぬぞ!」
ボバールが捲し立てていると、猛烈な怒気と殺気を含んだ声でウズメが小さな声から段々と大きな声で最後には怒鳴っている。
「下賤と申したか?主様を下賤と申したか?下賤と申したか!」
「ウズメ!」
ウズメ完全ブチギレである。
ウズメだけじゃない。
タチバナさんもサクラさんもヤタさんも殺気を撒き散らしている。
見なくてもわかるこのピリピリとした感じ。
俺は刹那の後ウズメを制する。
ほっといたらこの地の蹂躙を開始する勢いだからだ。
ガイアスが膝立ちに崩れワナワナと首を振りながらこっちを見ている。
「おのれ無礼者!こいつらを取り押さえろ!ヒロシとやらの素っ首刎ねてくれる!」
絶叫するボバール。
一拍おいて動き出す衛兵。
同時に俺は命じた。
「城内制圧!」
次の瞬間気の打撃音と抜けた声が続く。
1秒かかったろうか?
衛兵の列はグングニルを手にした戦乙女に代わりその足元に衛兵が倒れている。
戦乙女達は全員前を見据えている。
「槍構え! 白兵戦準備!」
ウズメが命ずると一斉にやり先をボバールに向けた。
「ヒィー」
ボバールの悲鳴。
ボルグは腰を抜かしている。
候爵閣下は泣いている。
少年には刺激が強すぎたかな?
俺は感情のない声で話し始めた。
「俺の首を刎ねるって?それ俺に喧嘩売ってるよな?たかが人間の分際で俺に喧嘩売ってただで済むと思ってるのか?」
「ぶ、無礼者!儂は伯爵だぞ!貴族に対して無礼であろう!」
ボバールが絞り出すようにお決まりの反応をする。
「貴族ねぇ。やっぱりただの人間だろ。お前が喧嘩売った相手がどういう存在か理解してるのか?」
何を?と言う表情のボバール。
俺は続ける。
「お前が喧嘩売った相手つまり俺だが神だ。普通の人間が天宮を率いれると思ってるのか?」
忌々しそうな表情でボバールが返す。
「なにが天軍だ!たかが200騎で。それに神だと?寝言も・・・」
俺はボバールの言葉を遮りウズメに命じる。
「ウズメ呼べ。全軍だ。」
「承知した主様。」
すっと息を吸いウズメが言を宣る。
「妾の言宜をもって命ずる! 全天女緊急出撃! 戦域本地上空! 陣容天壁! 武装戦乙女甲武装! 全騎天馬騎乗! 武器神槍グングニル! 滅穢の咆哮撃発準備のまま待機! 即時状況開始!」
直後、窓から差し込む光が明らかに減っていく。
空が薄暗い。
「主様。全騎配置完了。」
ガイウスが窓の外に視線を移す。直後目を見開き白目をむいて気絶した。
「おいそこの薄ら馬鹿。呼んでやったぞ?お望みの天軍全騎50万。その目で見てみたらどうだ?」
ボバールとボルグが窓に駆け寄る。
「ば、馬鹿な・・・・」
50万の戦乙女が携えている槍の穂先が丸い光を放っている。
「まだ疑ってるのか?じゃ戦乙女一気の実力の一端を見せてやるか。ウズメ!」
「近衛第一中隊長に下命! 威力展示用意!」
窓の外に一騎の赤い装備の戦乙女・・・おい。
カスミさんですよ。
真っ赤なチャイナ・ドレス。
真っ赤なプレートで胸を防御してるが誰がどう見てもチャイナ・ドレス。
天馬の鎧も真っ赤。
槍も真っ赤。
戦乙女の欠片はやりの形と天馬の鎧の形状だけ。
ただ三倍早そうではある。
ウズメを見る。
申し訳なさそうに小声で呟いた。
「戦乙女甲武装を改造したようじゃ。」
仕方ないなと軽いゼスチャーで返すとウズメはカスミに視線を戻し号令した。
「展示標的街壁外南部平原直近安全地適当域! 滅穢の咆哮撃発準備! 最終セーフティー解除!」
カスミがすーっと槍を構える。
穂先には眩しいくらいの光の玉。
こちらを見て頷き視線を目標に戻す。
直後ウズメが号令する。
「てっ!」
直後まばゆい光が窓外を埋め尽くす。
視界がもとに戻ると街壁の向こうに巨大な火の玉が膨れ上がり少しの後しぼむ。
そして湧き上がる煙。
傘を広げる巨大なキノコ雲。
キノコの軸を登るいくつもの光の輪。
バリバリバリバリバリ
衝撃波が響き渡る。窓ガラスに幾筋ものヒビが入る。
コンマ数秒後
ドゴーーーーーン
猛烈な爆音。ガシャガシャと崩れる窓。
不思議と爆風は感じない。
「主様。打ち合わせ通り街は結界のおかげで被害なしじゃ。」
昨夜打ち合わせた通りに推移する。
ここも爆風だけを防ぐことで危険性を最低限に抑え、威力を思い知らせる目論見も完璧のようだ。
「さてお前が喧嘩を売った相手の、爪の先につく粉ほどの程度の実力なんだが理解したか?」
恐ろしいものを見るような形相で俺を見るボバールとボルグ。
「あそうか。喧嘩売じゃない宣戦布告だよな?お前執政官だもんな?神が率いる天軍に宣戦布告したんだよな?」
笑いながら楽しそうに続ける。
「よしわかった。この街もこの国も生きとし生けるもの草木一本に至るまですべて滅することにしようか?」
ニヤニヤしながら2人に歩み寄りさらに続ける。
「尽くを蹂躙し殺戮し殲滅してやろうか? ほら俺が上げたこの右手を振り落とせば直ぐに始まるぞ?なに、あっという間だ。ほんの数分だ。」
右手をすっと顔の横に上げる。
「そ、そんな理不尽な・・・・」
ボバールが絞り出す。
「理不尽上等!それが神!」
あれ?どっかで聞いたことの有るセリフを口走る俺。
「流石ウカ様のお子様ですな。追い詰め方も台詞もそっくりでございます。」
タチバナさんが感心したように言う。
「さぁ?いっぺん死んでみるか?」
ニマーっと笑い顔を近づけたときだった。
「お待ち下さい!!」
声の方を向くと目に涙をいっぱいにためた少年がプルプルと震え両手をギュッと握って立っている。
「どうかお許しください! 私の命では足りないかもしれませんがこの街もこの国もお許しください!」
バっと平伏す。
つられてボバールもボルグも平伏す。
俺は右手を握り静かに下ろした。
「命で贖うって?どんな冗談だよ。」
少年に歩み寄りながら俺は続ける。
「ただそうだな、ただで許してやるつもりはない。それでは神としての威厳に関わるしなんと言っても俺を神として支えてくれている50万柱の天軍が納得しないだろ?」
「ではどうすれば!」
平伏しながら泣きそうな声でそれでも一生懸命聞いてくる少年。
「そうだなぁ・・・どうするのが良いと思う?」
打ち合わせ通りタチバナさんに話を振る。
「そうでございますな。まず宣戦布告はヒロ様の早とちりで単に喧嘩を売られただけだったという事にしてでございますな・・・」
「まぁ確かに神でも早とちりはするな。」
わざとらしいやり取りが始まる。
苦手なんだよこういうの。
学芸会だって木の役しかやったことがないくらい苦手なんだよ。
「そこで窓辺で平伏しているお二方に責任を取っていただくというのは如何でしょうか?」
「なるほど」
「もとより神に対し弓を引いたのですからその類は一族郎党末代までに及びます。」
「それで?」
ボバールとボルグが上目遣いに俺を見ている。
「はい。お二方の一族郎党と親しくやり取りのあった者たちすべて・・・」
「殺すか?」
ヒィーっと声を上げる2人。
「このような穢れた魂共に興味がお有りでございますか?それに苦しめるなら死んだ後でいくらでも可能でございますよ?それこそ永遠にでございます。」
「なるほど!」
「ですが反省の機会を与えてやらぬほど狭量な神を言われるのもヒロ様の本意ではございますまい。」
「確かに。」
「であれば罰と共に贖罪の機会を与えてやれば良いのではございませんか?贖罪がなされなかった場合、死後に反省して頂くことにすれば良いのでございます。」
「そうか。じゃ、この二人と一族郎党、親しい者とその一族郎党の全財産没収及び爵位の剥奪。役職及び権利停止。国外退去。俺も鬼じゃない。一人金貨2枚の所有は認める。」
するとボバールが声を上げる。
「それではすぐにでも侯爵領が立ち行かなくなります!」
ギロリと睨み返し俺は言った。
「私腹を肥やし続けたお前等が心配する問題じゃない。決して不正を働かない代わりなら幾らでも準備してやる。」
「さてどうするアーネスト殿下?それが俺が提示する条件だ。譲歩する気はない。」
少し困った顔をしボバール等を一瞥し向き直るアーネスト。
少し考え意を決したように言葉を静かに発する。
「わかりました。」
その言葉を聞き、崩れ落ちるボバールとボルグ。
俺は近くの戦乙女に2人を取り押さえるように軽く顎を降って指示を出す。
続いてウズメが号令を発する。
「全軍状況終了! 街近くの南の平原に集合! 行動即時!」
命令直後、空を覆うがごとく広がっていた50万の戦乙女達が静かに南に移動し日差しがもとに戻る。
「ウズメ執政官候補の手配頼めるか?」
「無論じゃ。」
ガイアスを見るとサクラさんが開放している。
その表情は安堵の色が濃い。
「殿下。騎士団長の公認にガイアス殿を推薦しますがどうですか?無論天女から補佐を付けますよ。」
「御心のままに。」
アーネストの返答は少し安心したような声だ。
「いつまでも平伏していては冷えますよ?席に戻られるといいでしょう。」
「それは出来ません。あの席にはヒロ様がお座りください。神の上座に座るなど畏れ多すぎます!有り得ません!」
立ちながらそう答えるアーネスト。
あぁ・・・そうくるか。そう来ちゃうか。
どうみても子供を虐めてる大人の絵面だよなぁ。
パワハラなんてレベルじゃないもんな。
「殿下ではこうしましょう。あの席には私が座ります。殿下は領を治めるものとして私の右隣に座るのが良いでしょう。タチバナさん玉座みたいなの持ってます?あればこの席の右手に。」
「かしこまりましてございます。」
タチバナさんが側に歩いてくると侯爵の席が準備される。
見た目は若干劣る見栄え。
タチバナさんなりに差をつけたのだろう。
その後城内で拘束されていた衛兵、騎士団員を開放し事情を説明。
ウズメは執政官候補を探してくると出ていった。
ヤタさんに数騎の戦乙女と共に南の森の調査に出てもらう。
あれこれで2時間程たった頃、ウズメが超の付く黒を基調とした貴族っぽい服装の美男青年を連れて戻ってきた。
「ウズメこの人は?」
「執政官候補のルシファー殿じゃ。無理を言って權現していただいたのじゃ。」
「え?」俺
「え?」ウズメ
ルシファーって悪魔だたよね?あ、悪魔はいないんだっけ。
でも寄りにも寄ってルシファーって。
ルシファーはニコニコしている。その表情は非常に温和だ。
「ご紹介に預かりましたルシファーです。気軽にルシとお呼びくださいヒロ様。」
左手に手を当て深々とお辞儀する。
「ルシ殿とは神格が違うのじゃがの。妾と気軽に接してくれる茶飲み友達じゃ。妾の神殺しの話がたいそう好きでの。それが玉に瑕なんじゃが。」
ウズメの神殺しの話が好きとかやっぱ悪魔じゃん。
「ウズメが無理なお願いをしたみたいですね。すいません。」
「いえいえ。ヒロ様の御神名を出されて断る神はいませんよ。国の政は私の得意とするところです。それに暇してた所で私のほうがお礼を言いたいくらいです。」
俺が謝罪すると気さくな感じで答えるルシファー。
あぁ別名サタンだったっけ?ルシファー。悪魔の王と称されてたっけ。
なるほど!王様と称されるくらいだし政治全般得意なんだろう。
よし!これから俺の中でルシさんだ。
「足りなくなるであろう文官を見越して部下も連れてきておりますが構いませんか?」
少し申し訳なさそうに聞いてくるルシさん。
「いえいえ助かります。」
軽く打ち合わせをした後、俺はアーネストにルシさんを引き合わせた。
ウズメは天女たちの様子見に出ていく。
「アーネスト殿下、こちらが新たな執政官候補のルシさんです。殿下の許可がいただければすぐにでも執政官として殿下の補助が出来るでしょう。」
「よろしくお願いします。」
深々と頭を下げるアーネスト。
ルシさんが優しく切り出した。
「私は執政の補助もしますが、よろしければ殿下が立派な為政者となる為の教育係も兼務させて頂ければと。」
ニッコリと温和な笑顔でアーネストに伺いを立てるルシさん。
「とても助かります。よろしくお願いします。」
アーネストは再び深く頭を下げる。
暫く俺とルシさんとアーネストの3人で談笑していると深刻な表情のウズメが現れた。
「主様。面倒事が起きた。」
「どっかの神様が文句言ってきたのか?」
「もっと面倒じゃ。予想はしておったのじゃが。」
「そんなに深刻なの?」
ウズメは落ち着こうと深呼吸を一回。
そして静かに言った。
「天女達50万帰還を拒否しよった。」
やっぱりかぁ・・・・・
俺は猛烈な目眩を感じ肩を落とした。