だいじなありす
少し長いお話になってしまいました。
最後まで読んでくれるとうれしいです。
「アリスさま。今日のスープのお味はいかがですか?アリスさまが大好きなえびをたっぷりと入れました。」
私の目の前で、時計の大臣が昼食のスープの味を聞いてきた。
大きな振り子をゆっくりとゆらし、しかし文字盤の針はあせっているみたいにぐるぐると回っている。
時計の胴体から、にょきっとはやした黒い手の形をしたかげが、顔の汗をふきとるような仕草をして私のスープの感想を待っている。
「おいしいわ。おいしいけど、それだけね。」
えびがごろごろと入っていて、スープにもえびのだしを使っているのか、香ばしいえびのかおりがする。
とろっとしたスープ、よりソースに近いかも?私はこれぐらい濃い味でも大丈夫だけど、他の人が食べたらどうなのかしら?
「お口には合いましたか?」
「まあね。」
「それはよかった!」
ぐるぐるしていた針がぴたっと上向きに…10時10分をさして止まった。
これは大臣が喜んでいるときの顔だ。
最後に食べようととっておいた大きめのえびをスプーンですくうと、スープ皿の底にばらの花びらが見える。
「今日もアリスさまのために花びらの絵に磨きをかけましたよ!それはもう、ぴかぴかに!」
うわずったマダムのような声の主はこのスープ皿の『スープ婦人7皿目』。
…そろそろみんな、私がいったいどんな世界で生きているのか気になってきたころじゃないかし
ら?私にとっては当たり前のことだから、ここまで当然のことのように話しているけれど、知らない人にとっては???よね?
私の名前はアリス。趣味は読書。好きな本は『不思議の国のアリス』。
そう、私はこのアリスに憧れて不思議の国の扉をいっぱい探したの。
大きな木の下で不思議の国のアリスを読んだり、原っぱで野うさぎを探したり、ハンモックを作ってその上でお昼寝したり、森や広場で見つけた穴という穴に顔をつっこんでみたり、野うさぎをあきらめてのら猫を追いかけたり、とにかく色んなことをした。
けれど結局見つからずに、アリスより5つも年上になってしまった。
そんなある日、本当にありふれた日。
宿題を終えて疲れた私は、そのまま机につっぷして寝てしまった。
はっと目が覚めたら…この『色んなものがおしゃべりする』不思議な世界にいたというわけ。
最初は嬉しかったわ。やっと憧れの世界に入れたんだもの。
この世界の私は、大きなお城の姫として、このお城中で生活している。
そう、このお城の中だけでね。
「どうなさいました?もしかして!?ワタクシに何か不備がございましたか!?」
スープ婦人7皿目があせった声で私に話しかけてきた。
時計の大臣と同じように黒いにょきっとしたやつをわたわたとはためかせて。
「ふぅー、あきたわね。」
私がそうつぶやくと、スープ婦人7皿目の動きははさらに激しく、わたわたがばたばた?じたばた?に変わっていった。
「アリスさま!!!申し訳ありません!!!!このお皿の絵でしょうか!?絵があきたのならすぐに絵の具兵にたのんでかきなおしを!」
「いいの。もうあきちゃったもの。あきたって思ちゃったから。それに、今日みたいな具だくさんなスープにするなら、もう少し深いお皿が必要よ。5皿目ぐらいがちょうどいいかしら?」
「そ、そうしますと…スープ婦人7皿目は…」
「しまっておいて。」
「あぁ…そ、そんな。アリスさま。ワタクシまだ1週間も使用されておりませんでして、あ、アリスさま!ちょっとお待ちをー」
時計の大臣がスープ婦人7皿目を荷台にのせると、よろしく頼むと一声かけてそっと荷台を押した。
もちろん黒いにょきで。
すると、にょきをバタバタさせてピーピー高い声で何か言っているスープ婦人7皿目をのせて、ゆっくりと荷台が動き、部屋から出ていった。
「では!アリスさま、すぐに次のスープ婦人を探して参ります。その前に次の食事を…」
「食事はもういいわ。どうせ次はメイン皿軍曹が出てきてデザート皿婦人の後にポット一家でしょ?それも先週とおんなじ。料理はおいしいけど会話にあきたわ。目新しくもないし。このさい全部新しい物にしましょうよ!」
「そ、それはあまりにも、そのー、彼らも準備万端でしたし、あのですね、そのー」
時計の大臣があからさまに動揺し始めている。
なんかもう、こういうのもいや。
「とにかく今日の食事はおしまい!時計の大臣も出ていって!全部新しくなるまでおやつも夕飯もいらない!!じゃあね!」
そう言いながらあわてる時計の大臣を部屋の外においやった。
もうずっとこの世界のこのお城の中にいる。
何日いるのか最初は部屋にあったノートに書いてたけど、そのうち今日が何月なのか何日なのか何曜日なのか区別がつかなくなってやめてしまった。
そもそも、私は不思議の国へ行ける扉を探すことに夢中になりすぎて帰る方法を考えていなかったのだ。
本当の家に帰りたくても帰れない、そもそもお城の外に出られない。
外に出ようと何回もチャレンジしたけど、大きい玄関の扉を開くとお城の厨房だったり、書斎だったり、衣装部屋や、何に使われてるかわからない広いだけの部屋、自分の見知った部屋にたどり着いてしまう。
うれしい、たのしい気持ちはもうない。
ただの繰り返しであきあきしてしまった。
これじゃもう、元にいた世界と変わらない、なんの楽しみもない世界といっしょじゃん。
ふてくされた気分になってしまった。
どうしようかと考えていると、急に窓の外の景色がかわっていくのに気がついた。
よく晴れた朝、昼、夜の3つのパターンしかない唯一の外の風景が今、がらりとかわろうとしている。
灰色のもやもやがお城を囲むようにあらわれた。
「なに!?なにが起きたの!?」
期待と不安が入り交じったよくわからない気持ちがことばにのってる!そんなふうに思った。
すると、部屋の外からがちゃがちゃと何かがぶつかりあう音が聞こえてきた。
かと思うと、勢いよく扉を開いて時計の大臣が針を右往左往めちゃくちゃな方向に動かして報告してきた。
「アリスさま!反乱です!!反乱が起きました!これまで長く使われずすぐに交換させられた食器や陶器、ベッドやクッション、ドレスや姿見、とにかくあらゆる物がもっと使い込んでほしいと、地下倉庫からこちらの部屋に押し寄せています!」
「えっとー、えーと、ちょっとまって。えっそれってはんらん?なの?」
反乱がいいことかわるいことか、それぐらい私にもわかる。
今の私は姫で、今押し寄せてきてる物に結構ひどいことをしていたという自覚はあるのだ。
この場合、悪いことにちがいない。
そう思ったとたんに一気に冷や汗が出てきて、ついさっきのスープ婦人7皿目のように手足が勝手にバタバタと動き出していくのに気がついた。
「どうしよう。どうしよう!私どうなるの!?」
必死に、安心したいから、いつも私に寄り添い従ってくれる時計の大臣の言葉がほしかった。
「普段はおだやかな婦人や老人たちですらすごい剣幕で声をあげていましたからねぇ。特にティーポット一家の子ども達なんかは何をするかわかりません。フォークを持って決起していたメイン皿軍曹3皿目の真似をして、デザートフォークを持ち出していましたから…おもしろがってアリスさまに」
「す、ストップ!もういい!もういいから!その先は想像したくないよ!とにかく、どうしたらいいの…」
時計の大臣の話はもういい。最後まで聞いてもいいことない。絶対。
パニックになりつつも何か方法を考えないと。
「アリスさまのわがままにはうんざりだーー!」
「もっとアリスさまに使ってほしかったのにー」
「まだ新品よ!ばりばり現役よ!なのにあんなじめじめした所にいたくない!」
反乱品の声がはっきりと聞こえてくるまで彼らが近づいてきてる。
ふと時計の大臣を見ると、文字盤の針がへの時になっていた。8時20分、はじめて見る顔だ。
「アリスさま。少し彼らの声に耳をかたむけましょう。彼らの訴えをしっかり聞くのです。そうすれば、解決法方がわかるかもしれません。」
「えっ?なに言ってるの?そんなことしてたら部屋まで来ちゃうよ!?私がどうなってもいいの!?私はいやよ!!!」
自然と涙が出てきた。もう無理、家に帰りたい。
不思議な世界に憧れてたけど、こんなふうになるなら元の世界のほうがいい!外にも遊びに行けるし、少ないけど友達もいる、犬のペリーもいるし、お気に入りの本や文房具に囲まれて自分の時間を思いっきり楽しめる。
お気に入りの水彩画道具をもって、気分があがる服を着て、ペリーが昔から使っているお散歩用首輪をつけて…
「アリスさま!もっと自分の上に料理をのせてほしかったであります!できたてのあつあつで提供できるよう、日々冷蔵庫や煮沸をして温度を変える努力をしてきたつもりてす!アリスさまは何が気に入らなかったのでしょう!?」
「アリスさまー!ワタクシは、のせられたチーズケーキより最初に自慢の花柄をほめられてとてもうれしかったのですよ!だからワタクシ、これからも花柄をたもつために洗剤も特注にしていたのですよ!」
アリスさまーアリスさまーと次々に声が聞こえてくる。
最初は怖かったけど、聞いているうちに少し気持ちがかわってきた。
みんな気に入られるために色んなことをして、私にベストな状態で生活してもらうために努力をしていた?私のため?
それなのに私は、私は…
「アリスさま。こちらのカーテンにくるまって隠れてください。」
突然、時計の大臣に手を引っ張られ、大きな窓際に連れてこられた。
言われるがままにカーテンにくるまると
「アリスさま。今のお気持ちをどうか忘れずに。また夢の世界へ行こうなどと思わずに、どうかあなたの世界で、楽しく暮らしてください。まあ、たまーになら私たちも歓迎いたしますよ?今のお気持ちを忘れていなければ…ですが。」
「何をいって…いる…の」
カーテンにくるまると急に眠くなって、そのままくったりとカーテンに身を預けて眠ってしまった。
「はっ!?」
気がつくと私は自分の部屋に戻っていた。もどっていた?
あれ?なんだろう、いつもと変わらない自分の部屋なのになんだかとてもなつかしいきがする。
机の上には閉じられたノートと計算ドリル。そして出しっぱなしにされた消ゴムとシャープペンシルと色ペンが何本か。
あ、そういえばこのペン、もうすぐインク無くなるんだ。
うーん、使い勝手が悪いわけじゃないけど、そんなに気に入ってるわけでもないしなぁ。買い換えるか。
そう思ってペンを捨てようとしたけど、なんとなく、やめた。
もう少し使ってみよう。デザインが気になるならシールでも貼ってみるか。
もう少し、もう少しが続けばなんかお気に入りになりそう。
今の私はそんな気がしている。
ここまで読んでくださりありがとうございました。