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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
7/27

ふわふわのお兄さん

「いらっしゃ、あ、ユカくん! いらっしゃい。今日はお使い?」

「ああ、フラン。バゲットを頼みたい」

「えへへ、いつもありがとう」


 ほんわか笑う少年が、指定したパンを包み、会計処理を進める。

 ふわふわした飴色の髪と、桃色の目。イオリと違い小柄なフランは、中性的な見た目をしている。

 笑った顔も愛らしく、話し方もおっとりとしていて、誰にでも人懐っこい。

 贔屓にしているパン屋の看板息子だ。



 察していただけただろうが、彼もまた攻略対象だ。


 召喚された神子は、神殿、王城、騎士団、街を行き来することが出来る。

 各場所ごとに登場するキャラクターが決まっており、例えばアメリアを攻略するなら、騎士団へ通う。といった具合に親睦を深めるゲームだった。

 フランは街を選択すれば、出会うことが出来る。

 やはりゲーム上でもパン屋として接客していた。




 店の奥にはかまどがあるらしく、焼けた小麦のにおいがする。

 硝子越しに覗く商品棚には、素朴なパンが多様な種類を有して並んでいた。

 食べる専門の私にはよくわからないが、フラン曰く、それぞれに名前と特色があるらしい。


 現代染まりした私には、ここにはない『メロンパン』や『チョココロネ』くらいしか、即座に名前を当てられるものがない。

 砂糖やチョコレートなどの嗜好品は、まだまだ一般向けではないんだ。


 店内には他の客もおり、硝子越しに商品を窺っている。別の客はジャムの瓶を眺めていた。

 ……先日食べたジャムが大変うまかったのだが、あれは何のジャムだったのだろう……?


「それじゃあ、お会計を――」


 ふわふわ笑うフランが、レジのキーを叩いた。

 チリリン、ドアベルが涼やかな音を立てる。

 次いで響いた大声はお世辞にも上品なものでなく、目の前のフランの顔色が一気に悪くなった。


「おうおう、ネーブルさんよぉ! 今日も徴収に来ましたよっと」

「か、帰ってください! 前回で終わりって、言っていたじゃないですか!!」

「何寝惚けたこと言ってんだあ? なあ!?」


 二人組みの柄の悪い男が入り口を占拠し、ひとりが棚を足蹴にする。

 飾られていたジャムの瓶が転がり落ち、いくつかが派手に割れた。


 客が悲鳴を上げ、店内の隅へ逃げる。

 店の奥から主人が走ってくるが、彼等の姿を目の当たりにした瞬間、フランと同様に顔色をなくした。


「まっ、待ってください! 店で暴れないでください!!」

「だったら出すもん出せや!! てめぇの売れねぇパンを、かわいそーな子どもたちにくれてやっからよ!」

「リキューさんに感謝しろよぉ? なあ!?」


 下卑た笑いを上げて、男が主人の胸倉を掴む。

 ……良く見れば、主人の頬には殴られた跡があった。幾日か経過した内出血だろう。

 どうやら彼等は頻繁に揉めているらしい。フランの顔色にも納得した。


「リキュー卿といえば、最近妙に羽振りが良いことに不審を抱いていたんだ」


 思い当たった名前に、記憶から情報を引っ張り出す。

 私は基本引きこもりだ。

 性格の都合上、茶会にも出席しない。

 しかし貴族である以上、貴族社会の力関係は学ばなければならない。

 情勢を調べることは、ちまちまと刺繍をするより向いている。


 まあ、頭でっかちな子どもなんだ。

 脚を組んで新聞を広げて、紅茶を啜るのが日課だ。中々おっさんくさいだろう?



 私の独り言に、暴漢二人が鋭い眼光を向け、私を庇うように立っていたイオリが遠い目をする。

 すまんな、イオリ。


「あんだぁ? ガキはすっこんでろ!!」

「なるほど。強盗したものを高利で売りつければ、確かに儲かるな。配布先が孤児院であれば、外聞には慈善事業と聞こえも良い」

「誰が強盗だあ!? 口が過ぎんのも大概にしろやぁ!!」

「巻き舌か。すごいな。私は出来ないんだが、どうすれば習得出来るんだ?」

「だぁーれが巻き舌の話をしたッ!?」


 店主を掴んでいた男が手を離し、私へ向かって掴みかからんと腕を振る。

 筋肉質なそれをイオリが抑えた。

 手首を捻り上げ、関節技の要領で大男を捻じ伏せる。

 冷めた目でイオリが足蹴にする下、男が痛みに悲鳴を上げた。


「いってえええええっ!!!」

「下衆が。汚らわしい手で私の主人に触れるな」

「イオリ、君の主人は私の父上だ」

「舐めくさってんじゃねえぞおおおお!!!」


 扉を塞いでいた禿頭の男が、大振りのナイフを抜き放って突っ込んでくる。

 客が悲鳴を上げる中、一層冷徹な目をしたイオリが、足許の大男を踏み潰してから身を屈めた。鈍い悲鳴だった。

 瞬きの内に禿頭の男は床を舐めたので、うちの従者が何を行ったのかがわからない。

 ……君はご老公のお供の片割れか?


 唖然とした空気の中、嫌悪感に満ち満ちた顔のイオリが舌打ちをする。

 忌々しそうに白手套を外した彼が、無造作にズボンのポケットへそれを押し込んだ。


「失礼。憲兵へ連絡を」

「は、はい!」


 無感動な表情で主人へ言付けたイオリが、こちらを向いた。

 その瞬間、見慣れた心配性のイオリの顔になり、大股で私の前へ来た彼が跪く。

 待て。躊躇いを持ってくれ。こら、手を握るな。


「ユカ様、お怪我はございませんか?」

「怪我をする要素など、ひとつもなかっただろう」

「ユカ様にもしものことがあれば……私は……っ」

「泣くな。この瞬間だけでも、君の感情の触れ幅があまりに広過ぎて、私は戸惑いを隠せない」

「お説教は後ほど山のようにさせていただきます! 全くユカ様はもっとご自重ください! 私は大変肝が冷えました!」

「待て。既に説教が始まっている。私たちはバゲットを買いに来たんだ。すまん、フラン。バゲットをくれ」

「えっ、あ、ああ……」


 伸びた男達を恐々と見下ろしていたフランが、慌てたように顔を上げる。

 手渡された商品に金銭を支払おうとするも、彼は受け取ってくれない。

 眉尻を下げたフランが、勢い良く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました!」

「出しゃばってすまなかったな。全てイオリのお陰だ。私からも礼を言う」

「ユカ様……ッ」


 頬を染めたイオリが口許を押さえ、悶えるように自身の胸の辺りを掴んでいる。

 ……私は「ありがとう」まで言えていないのだが、君はそれでいいのか?

 おい、10歳児にでれでれするな。一歩間違えると通報案件だぞ。


 もう一度フランへ代金を押し付けるが、頑なに受け取ってくれない。

 首を横に振った彼が、へにゃりと笑みを浮かべた。


「今回はお礼だよ。本当にありがとう!」

「駄目だ。釣銭が合わなければ、母上に勘付かれる。それは不味い。受け取ってくれ」

「え? でも……じゃあおまけ! 父さんからもお礼を……」

「駄目だ。既に定刻を過ぎているんだ。私は速やかに家に帰り、母上に虚偽の報告をしなければならない。気持ちだけ受け取ろう。ありがとう、フラン」

「……ユカくん、難しい言葉使うね……。うん、……わかった」


 しょんぼりと落ち込んだ顔のフランが、会計処理をしてくれる。

 渋々手渡されたお釣りを確認し、財布へ流し込んだ。

 無造作に床に転がる暴漢たちを一瞥し、再び看板息子へ視線を向ける。


「この程度であれば、簡単に切り捨てられるだろう。今後、充分用心しておけ」

「……うん、ありがとう」


 笑顔を曇らせた少年が、店の外まで見送ってくれる。

 ちょっとした人垣の出来ていたそこに、内心冷や汗を掻いた。

 憲兵が駆けつける前に、早々に立ち去らなければならない。母上にばれてしまう!


 深々と頭を下げるフランを肩越しに振り返り、小さく手を振った。

 イオリに手を引かれるまま、少しばかり早足で帰路につく。

 バゲットを片腕に抱えたイオリは珍しい素手で、ひんやりとした指先を軽く握った。


「イオリ、大事ないか?」

「勿論です。お心遣い感謝いたします、ユカ様」

「……そうか。良かった」


 ところでイオリが、鼻歌でも歌い出しそうなほどにご機嫌な顔で、声まで甘くでれでれなんだが。

 君、将来神子に仕えるんだぞ。わかっているのか?

 10歳児に振り回されている場合じゃないんだぞ!

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