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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
6/27

従者のお兄さん

 青い空が広がると、気分が良い。

 うかれた心地でブーツの踵を鳴らし、舗装された石畳を駆ける。

 振り返り、大きく息を吸い込んだ。


「イオリー! 早く来ないと、置いていくぞー!」

「ユカ様! そう走られますと、転んでしまいますよー!」


 かっちりとした黒いベストと、白いシャツ。

 黒いネクタイに黒いズボンに黒い革靴と、黒ずくめの少年が私を追って走る。

 黒髪に黒目の彼は、私の従者だ。

 名前はイオリ・キサラギ。とても馴染み深い語感だ。


 イオリに追いつかれる前に、前を向いて駆け出し、大通りの雑踏を直進する。

 所詮10歳の引きこもりと16歳の脚の長い少年の歩幅だ。

 あっさりとイオリに両肩を掴まれ、呼吸荒くけらけら笑った。


「ははっ! はーっ、今日こそは勝てると思ったんだ!」

「余り無茶をされないでください。お怪我をされては、私はお供の任を解かれてしまいます」

「む……、それは困るな。わかった。大人しくしよう」


 柔らかく安堵の息をついたイオリが、目許を緩めて白手套に包まれた手を差し出す。

 さらりとした布地に手を添えると、軽く握られた。

 笑みを浮かべて彼の手を握り返し、私の歩幅に合わせられた歩調で進む。



 こんなにも穏やかに接してくれるイオリだが、彼もまた攻略対象のひとりだ。


 そう、私は彼にも見放されるのだ。

 この人望のなさ、きっと前世で業を背負ったんだろうな。

 ……俺、何したんだろう……。極悪人だったのか……?



 開いた身長差を見上げる。温和そうな微笑みが、こちらを見下ろした。


「なあ、イオリ。もしも気になる人が出来たら、遠慮なく知らせるんだぞ」

「そうですね……。今気になると言えば、ユカ様を誑かそうとしているネズミでしょうか。忌々しい」

「笑顔でどす黒いことを言うんだな、君は」

「ははは、冗談ですよ」


 にこにこと清らかな笑顔で、イオリが真っ黒な毒を吐く。

 私が伝えたい「気になる」と彼の示している「気になる」の温度差が激しくて、風邪を引きそうだ。

 何故君はそんなにも、見た目に反して殺伐としているんだ。


「それよりも、お使いを済ませてしまいましょう」

「……ああ」


 私にとっては『それより』の問題ではないのだが、これ以上イオリの口を割らせると、更なる暗黒を垣間見そうでこわい。

 君はその清らかな見た目の通り、清らかな心でいてくれ。




 私は基本的に、屋敷の敷地内から外へ出ることが叶わない。

 これでも一応お嬢様なのだ。箱入りもいいところで、年中母上に外出希望届を出している。


 母上も鬼ではない。毎週決まった曜日に、こうして従者を添えて外へ出してくれる。

 今日はおつかいを命じられた。

 フレンチトーストを作るらしい。バゲットを購入するよう託を賜った。



 神子や瘴気と宣っているファンタジー世界だが、食文化や産業背景は整っている。

 何より喜ばしいことに、この国自体、治安が良い。


 とはいっても、裏路地などはやはり雑然としている。

 イオリが刀を差していることが、警戒の証拠だ。


 そんな中、護衛対象が急に走り出すのだから、イオリとしても気が気でないだろう。

 はははっ、あと7年の辛抱だ。もうしばらく付き合ってくれ。



 大通りは人の往来も多く、活気に満ちている。

 楽しそうな笑い声や話し声、客を呼ぶ威勢の良い声に、何かを焼く良いにおい。

 誘惑に満ちた雑踏をあちこち見渡し、はぐれないよう手を繋ぐ保護者を引っ張った。


「なあイオリ。あれは何だ?」

「じゃがいもを潰して焼いたものですね」

「うまそうだな」

「ユカ様、言葉遣い」


 片目を閉じたイオリが、唇の前に人差し指を立てる。

 むう……。口を噤んだ私を、柔らかな声が笑った。


「奥様がお待ちです。参りましょう」

「私は絶対に女々しい言葉遣いなどせんからな……!」

「ははは。勇ましくございます」


 6歳も年が離れれば、イオリにとって私など子どもに過ぎないだろう。

 愉快げな口許と、温和な眼差し。

 手を引かれるまま、目的地パン屋を目指して歩いた。

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