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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
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乗馬だってデートになる

 アルタータ家が金持ちなことは知っていたが、このような土地を持っているとは知らなかった。


 アメリアの引く馬に乗せてもらいながら、景色を見回す。

 湖畔から伸びる道は踏み固められ、木々に囲われた周囲は緑に溢れていた。

 光を透かす梢がさざなみを立て、心地好い風を届ける。

 木漏れ日が描く陰影は不規則で、先導するアメリアの髪を、時に明るく時に暗く照らした。


「馬上からの景色は高いな!」

「はしゃいで落ちないでね」


 振り返ったアメリアが、小さく苦笑いを浮かべる。

 当初よりも明るい表情は年相応で、お兄さんらしい対応に笑みが深まった。


「なあ、アメリア。この馬は何て名前なんだ?」

「フローレンスだよ」

「そうか! すまない、女性の背に乗ってしまったな」

「あははっ、大丈夫だよ。フローレンスも、散歩出来て喜んでるし」

「そうか……? ならいいんだが……」


 こげ茶のタテガミを撫でていると、アメリアにおかしそうに笑われた。

 そ、そんなに笑わなくてもいいだろう。私はフェミニストでいたいんだ!


「……馬のタテガミとは、存外に硬いんだな」

「そうだね。驚いた?」

「ああ。ブラシを通すのも、一苦労だな」

「……あとでやってみる?」

「良いのか!?」


 勿論。こちらを見上げたアメリアが柔らかい顔をする。


 所謂箱入り娘である私は、余り外へ出ることが出来ない。

 当然馬の世話もさせてもらうことも出来ず、密かに憧れを募らせていた。

 今日の乗馬も、アメリアとの親睦という点については引っ掛かるが、乗馬自体は自分が望んだことだ。週末を待ち遠しく思った。

 話してみればアメリアも存外に良い人で、優しい講師は純粋にありがたい。


 乗馬ルートを一周終え、一度馬上から下ろしてもらう。身体に残る振動と地面の感覚にふらついた。

 私の身体を支えたアメリアは、思っていたよりも背が高い。既に私と頭半個は差がある身長を見上げ、礼を述べた。彼が目許を和らげる。


「今度はぼくも乗って、少し早く走ってみようか?」

「よろしく頼む!」


 彼の申し出をありがたく受け取ると、またしても笑われてしまった。




 *


 馬上でアメリアの膝の間に座ったユカは、想定以上に小さな女の子だった。

 白藤の髪に木漏れ日が差し、きらきらと光を弾く。

 アメリアへと振り返った同色の睫毛は長く、彼は慌てて前を向いた。


 ユカの尊大な口調と態度と、少年っぽい服装に惑わされていたが、彼女は立派な貴族の令嬢だった。彼の認識以上に女の子だった。

 睫毛の毛先を数えられそうな距離感に、今更ながらアメリアが慌てふためく。

 大丈夫かな? 嫌がられたりしない? 馬上で暴れられるのは危ないから、揉めるなら地上がいいな……!

 彼の胸中は忙しかった。


「アメリアは思っていたよりも身長があるな」

「うーん、ありがとう……?」

「手も、思っていたより大きい。こんなに線が細いのにな!」

「……もしかしてぼく、けなされてる?」


 フローレンスへ出発の合図を送り、軽快な蹄が音を立てる。

 助走ほどの速度が風を起こし、ユカの白藤の髪が緩やかに靡いた。高過ぎない音域の歓声が上がる。


「ははっ、すごいな! 風が心地好い!」

「危ないから、ちゃんと掴まっててね?」

「心得た!」


 アメリアの腕に収まるあたたかな体温が、走行中にもお構いなしに「今の鳥は、何と言う鳥だ?」「あそこに見えるものは何だ?」「この辺りには他の動物はいるのか?」次々と好奇心をぶつけてくる。

 弾んだ声は楽しそうで、明るく無邪気だった。アメリアの頬が緩む。


「フローレンスは、足が速いな!」

「もっと速く走れるよ」

「本当か!? 君は別嬪な上に、馬力もあるのか!」


 馬を褒める姿に、少年が小さく笑う。


 彼がユカについて調べた際、変わり者との評価が目立った。事実、疑いようもなく変わり者だ。

 お茶会で会う令嬢たちとは、まるで違う。

 もっと気安くて、楽しくて、友達として傍にいたい人物だとアメリアに思わせた。

 最低な関わり方をしたと、もっと正当に出会いたかったと後悔させる。



 一周を回り終え、彼等が馬から下りる。

 下馬のため繋いだユカの手は汗ばみ、跳ねた前髪を気にすることなく頬を紅潮させていた。

 にっぱりと笑った彼女が、アメリアの手を握り返す。彼の心臓が大きく跳ねた。


「ありがとう、アメリア! とても楽しかった!」

「喜んでもらえて、何よりだよ」

「君は存外にかっこいいな。将来が楽しみだ!」

「何でそんな親戚の人目線なの? それにさっきから存外って、ひどくない?」

「はははっ、気のせいだ」


 明るくしれっと言いのけた見た目少年を、アメリアがじっとりとした目で見下ろす。

 ふいと背けられた顔に、半眼を作った年上の彼が、小生意気なユカの両脇をくすぐった。

 笑い転げるユカが、目尻に涙を溜めて「ごめんなさい」と言うまで、彼はくすぐり倒した。どうだ、参ったか。アメリアの表情は、さっぱりしていた。

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