乗馬だってデートになる
アルタータ家が金持ちなことは知っていたが、このような土地を持っているとは知らなかった。
アメリアの引く馬に乗せてもらいながら、景色を見回す。
湖畔から伸びる道は踏み固められ、木々に囲われた周囲は緑に溢れていた。
光を透かす梢がさざなみを立て、心地好い風を届ける。
木漏れ日が描く陰影は不規則で、先導するアメリアの髪を、時に明るく時に暗く照らした。
「馬上からの景色は高いな!」
「はしゃいで落ちないでね」
振り返ったアメリアが、小さく苦笑いを浮かべる。
当初よりも明るい表情は年相応で、お兄さんらしい対応に笑みが深まった。
「なあ、アメリア。この馬は何て名前なんだ?」
「フローレンスだよ」
「そうか! すまない、女性の背に乗ってしまったな」
「あははっ、大丈夫だよ。フローレンスも、散歩出来て喜んでるし」
「そうか……? ならいいんだが……」
こげ茶のタテガミを撫でていると、アメリアにおかしそうに笑われた。
そ、そんなに笑わなくてもいいだろう。私はフェミニストでいたいんだ!
「……馬のタテガミとは、存外に硬いんだな」
「そうだね。驚いた?」
「ああ。ブラシを通すのも、一苦労だな」
「……あとでやってみる?」
「良いのか!?」
勿論。こちらを見上げたアメリアが柔らかい顔をする。
所謂箱入り娘である私は、余り外へ出ることが出来ない。
当然馬の世話もさせてもらうことも出来ず、密かに憧れを募らせていた。
今日の乗馬も、アメリアとの親睦という点については引っ掛かるが、乗馬自体は自分が望んだことだ。週末を待ち遠しく思った。
話してみればアメリアも存外に良い人で、優しい講師は純粋にありがたい。
乗馬ルートを一周終え、一度馬上から下ろしてもらう。身体に残る振動と地面の感覚にふらついた。
私の身体を支えたアメリアは、思っていたよりも背が高い。既に私と頭半個は差がある身長を見上げ、礼を述べた。彼が目許を和らげる。
「今度はぼくも乗って、少し早く走ってみようか?」
「よろしく頼む!」
彼の申し出をありがたく受け取ると、またしても笑われてしまった。
*
馬上でアメリアの膝の間に座ったユカは、想定以上に小さな女の子だった。
白藤の髪に木漏れ日が差し、きらきらと光を弾く。
アメリアへと振り返った同色の睫毛は長く、彼は慌てて前を向いた。
ユカの尊大な口調と態度と、少年っぽい服装に惑わされていたが、彼女は立派な貴族の令嬢だった。彼の認識以上に女の子だった。
睫毛の毛先を数えられそうな距離感に、今更ながらアメリアが慌てふためく。
大丈夫かな? 嫌がられたりしない? 馬上で暴れられるのは危ないから、揉めるなら地上がいいな……!
彼の胸中は忙しかった。
「アメリアは思っていたよりも身長があるな」
「うーん、ありがとう……?」
「手も、思っていたより大きい。こんなに線が細いのにな!」
「……もしかしてぼく、けなされてる?」
フローレンスへ出発の合図を送り、軽快な蹄が音を立てる。
助走ほどの速度が風を起こし、ユカの白藤の髪が緩やかに靡いた。高過ぎない音域の歓声が上がる。
「ははっ、すごいな! 風が心地好い!」
「危ないから、ちゃんと掴まっててね?」
「心得た!」
アメリアの腕に収まるあたたかな体温が、走行中にもお構いなしに「今の鳥は、何と言う鳥だ?」「あそこに見えるものは何だ?」「この辺りには他の動物はいるのか?」次々と好奇心をぶつけてくる。
弾んだ声は楽しそうで、明るく無邪気だった。アメリアの頬が緩む。
「フローレンスは、足が速いな!」
「もっと速く走れるよ」
「本当か!? 君は別嬪な上に、馬力もあるのか!」
馬を褒める姿に、少年が小さく笑う。
彼がユカについて調べた際、変わり者との評価が目立った。事実、疑いようもなく変わり者だ。
お茶会で会う令嬢たちとは、まるで違う。
もっと気安くて、楽しくて、友達として傍にいたい人物だとアメリアに思わせた。
最低な関わり方をしたと、もっと正当に出会いたかったと後悔させる。
一周を回り終え、彼等が馬から下りる。
下馬のため繋いだユカの手は汗ばみ、跳ねた前髪を気にすることなく頬を紅潮させていた。
にっぱりと笑った彼女が、アメリアの手を握り返す。彼の心臓が大きく跳ねた。
「ありがとう、アメリア! とても楽しかった!」
「喜んでもらえて、何よりだよ」
「君は存外にかっこいいな。将来が楽しみだ!」
「何でそんな親戚の人目線なの? それにさっきから存外って、ひどくない?」
「はははっ、気のせいだ」
明るくしれっと言いのけた見た目少年を、アメリアがじっとりとした目で見下ろす。
ふいと背けられた顔に、半眼を作った年上の彼が、小生意気なユカの両脇をくすぐった。
笑い転げるユカが、目尻に涙を溜めて「ごめんなさい」と言うまで、彼はくすぐり倒した。どうだ、参ったか。アメリアの表情は、さっぱりしていた。