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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
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デートと洒落込もう

「アメリア! 今日は無理に付き合わせて、すまないな!」


 呼び鈴を鳴らして現れた少年の姿に、アメリアは思わず目を見開いた。

 言葉の内容とは裏腹に、にこにこと笑う少年には見覚えがある。服装こそ違えど、見合いに招いた少女だ。

 衣装ひとつでここまで印象が変わるのかと、彼は素直に感服する。


 出迎えた彼……ユカ・ルクレシアの後ろから、夫人と思わしき女性が咳払いをする。

 びくりと肩を跳ねさせたユカが、口許を引き攣らせ、アメリアさま、か細く言い直した。


「本日は突然の申し入れをお受けいただき、誠に感謝申し上げます」

「いえ、こちらこそ、お誘いありがとうございます」


 咳払いのときとは打って変わって、にこやかな表情で夫人が礼をする。

 落ち着いた物腰と洗練された動作。お辞儀ひとつで妙齢の彼女の人柄を察し、アメリアは慌てて礼をした。


 アメリア自身、4つも年下のユカを利用している。デートのひとつくらい、流石にやらなければ人として駄目だろう。

 アメリアが胸中でため息をつく。彼はユカとの契約に、後ろめたさを感じていた。


 簡単な挨拶をかわし、アメリアがこの屋敷の一人娘の手を取り、馬車へ乗せる。

 はしゃいでいるらしい少女の手のひらは、見た目の冷ややかな色彩に反して、あたたかな温度を有していた。


 彼女の侍女を同伴させ、馬車が走り出す。

 目的地はアメリアの家が持つ湖畔の別荘だった。静かなそこは景色もよく、馬を快適に走らせることが出来る。

 最も、それを令嬢が好むかどうかは別問題だが。アメリアはその湖畔の景色がすきだった。


「エレナ、あの店は何だ?」

「どちらでしょう?」

「もう過ぎてしまった。馬車は速いなあ」


 侍女と話し、快活に笑うユカは、服装もあってか令嬢には見えない。

 シンプルなベストと、長いズボン。乗馬に適したブーツと揃えば、彼女の性別を間違えても仕方がないだろう。

 顔の造形も整っているため、美少年と称するに相応しい。

 しかし、端々にまぎれる所作は女性的なもので、中性的な見た目と言動が、ますます性別を倒錯させる。


 ユカがアメリアの方を向いた。

 初日に見せた人を食ったようなにんまり顔ではなく、明るく楽しそうな笑顔だった。


「改めて礼を言う。アメリア、今日は連れ出してくれてありがとう」

「まだ何もしてないよ?」

「そうなんだがな……、私は今日という日を楽しみにしていたんだ」


 アメリアは馬に乗れるのか? キラキラとした羨望の眼差しで見詰められ、思わずアメリアの肩から力が抜ける。


 アメリアから見て、ユカは彼を責め立てて良い立場にいる。不快に思うことこそ当然だろう。彼は彼女を利用している。

 しかしユカは彼を責めることなく、むしろ友好的に接してくる。……調子が狂う。アメリアが内心ため息をついた。

 彼は今回の誘いを、罪滅ぼしのつもりで引き受けていた。


「乗れるよ」

「すごいな! 私も乗れるようになるだろうか!?」

「練習次第かな」

「そうか……、頼りにしているぞ、アメリア!」


 あっけらかんと笑う彼女が、「どのような場所に行くんだ?」「馬は何頭いるんだ?」はしゃいだ声で質問を続ける。

 ……年下の弟が出来た気分だ。思わず表情を崩したアメリアに、ユカの侍女が、彼女へ何やら耳打ちする。


「む、むう……。母上のようなことを言わないでくれ……」

「どうしたの?」

「その、……すまないな。落ち着きが足りなかった。……アメリア、さま」


 ユカの視線が泳ぐ。そっぽを向いたそれが、不貞腐れたように敬称をつけた。

 堪らず噴き出したアメリアを、恨みがましそうな目がねめつける。


「……笑い過ぎだ」

「ご、ごめんね……っ! こんなに渋々呼ばれたの、初めてで……、あははっ」

「良かったな。奪ってやったぞ、その初めて」


 半眼で腕を組むユカに、再度アメリアが謝罪を述べる。

 ――みんなが嬉々として呼んでる敬称を、こんなに渋い顔で言われたのは初めてだ。変わってるなあ、この子。

 アメリアの表情は、穏やかなものへと変わっていた。

 ユカは乗馬を楽しみにしている。彼女の純粋な期待に応えるためにも、薄暗いことを考えるのはやめよう。

 彼の中で、思考が一区切りついた。


「あー、笑った……」

「良かったな。辛気臭い顔が晴れやかになったぞ」

「やっぱり辛気臭かった? ごめんね」


 肩の力が抜け、微笑み返す余裕が生まれる。

 彼が感じていた圧迫感や閉塞感が、嘘のように晴れていた。

 ユカが背けていた顔を、ちらりとアメリアへ向ける。表情はまだ、不貞腐れたものだった。


「大丈夫だよ、敬称とかなくて。話し方もそのままでいいし」

「良いのか? 私は馴れ馴れしいぞ?」

「だから今更『様』とかつけられても、変な感じがするなあって」

「なるほど。既に毒されてしまったか」


 嘆くように額を押さえたユカが、緩く頭を振る。これが母上の策か……。何かをぶつぶつ呟いていた。

 彼女が顔を上げる。青の瞳は印象的だった。


「では、ありがたく呼び捨てにさせてもらおう、アメリア」

「うん。改めてよろしくね、ユカ」

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