デートと洒落込もう
「アメリア! 今日は無理に付き合わせて、すまないな!」
呼び鈴を鳴らして現れた少年の姿に、アメリアは思わず目を見開いた。
言葉の内容とは裏腹に、にこにこと笑う少年には見覚えがある。服装こそ違えど、見合いに招いた少女だ。
衣装ひとつでここまで印象が変わるのかと、彼は素直に感服する。
出迎えた彼……ユカ・ルクレシアの後ろから、夫人と思わしき女性が咳払いをする。
びくりと肩を跳ねさせたユカが、口許を引き攣らせ、アメリアさま、か細く言い直した。
「本日は突然の申し入れをお受けいただき、誠に感謝申し上げます」
「いえ、こちらこそ、お誘いありがとうございます」
咳払いのときとは打って変わって、にこやかな表情で夫人が礼をする。
落ち着いた物腰と洗練された動作。お辞儀ひとつで妙齢の彼女の人柄を察し、アメリアは慌てて礼をした。
アメリア自身、4つも年下のユカを利用している。デートのひとつくらい、流石にやらなければ人として駄目だろう。
アメリアが胸中でため息をつく。彼はユカとの契約に、後ろめたさを感じていた。
簡単な挨拶をかわし、アメリアがこの屋敷の一人娘の手を取り、馬車へ乗せる。
はしゃいでいるらしい少女の手のひらは、見た目の冷ややかな色彩に反して、あたたかな温度を有していた。
彼女の侍女を同伴させ、馬車が走り出す。
目的地はアメリアの家が持つ湖畔の別荘だった。静かなそこは景色もよく、馬を快適に走らせることが出来る。
最も、それを令嬢が好むかどうかは別問題だが。アメリアはその湖畔の景色がすきだった。
「エレナ、あの店は何だ?」
「どちらでしょう?」
「もう過ぎてしまった。馬車は速いなあ」
侍女と話し、快活に笑うユカは、服装もあってか令嬢には見えない。
シンプルなベストと、長いズボン。乗馬に適したブーツと揃えば、彼女の性別を間違えても仕方がないだろう。
顔の造形も整っているため、美少年と称するに相応しい。
しかし、端々にまぎれる所作は女性的なもので、中性的な見た目と言動が、ますます性別を倒錯させる。
ユカがアメリアの方を向いた。
初日に見せた人を食ったようなにんまり顔ではなく、明るく楽しそうな笑顔だった。
「改めて礼を言う。アメリア、今日は連れ出してくれてありがとう」
「まだ何もしてないよ?」
「そうなんだがな……、私は今日という日を楽しみにしていたんだ」
アメリアは馬に乗れるのか? キラキラとした羨望の眼差しで見詰められ、思わずアメリアの肩から力が抜ける。
アメリアから見て、ユカは彼を責め立てて良い立場にいる。不快に思うことこそ当然だろう。彼は彼女を利用している。
しかしユカは彼を責めることなく、むしろ友好的に接してくる。……調子が狂う。アメリアが内心ため息をついた。
彼は今回の誘いを、罪滅ぼしのつもりで引き受けていた。
「乗れるよ」
「すごいな! 私も乗れるようになるだろうか!?」
「練習次第かな」
「そうか……、頼りにしているぞ、アメリア!」
あっけらかんと笑う彼女が、「どのような場所に行くんだ?」「馬は何頭いるんだ?」はしゃいだ声で質問を続ける。
……年下の弟が出来た気分だ。思わず表情を崩したアメリアに、ユカの侍女が、彼女へ何やら耳打ちする。
「む、むう……。母上のようなことを言わないでくれ……」
「どうしたの?」
「その、……すまないな。落ち着きが足りなかった。……アメリア、さま」
ユカの視線が泳ぐ。そっぽを向いたそれが、不貞腐れたように敬称をつけた。
堪らず噴き出したアメリアを、恨みがましそうな目がねめつける。
「……笑い過ぎだ」
「ご、ごめんね……っ! こんなに渋々呼ばれたの、初めてで……、あははっ」
「良かったな。奪ってやったぞ、その初めて」
半眼で腕を組むユカに、再度アメリアが謝罪を述べる。
――みんなが嬉々として呼んでる敬称を、こんなに渋い顔で言われたのは初めてだ。変わってるなあ、この子。
アメリアの表情は、穏やかなものへと変わっていた。
ユカは乗馬を楽しみにしている。彼女の純粋な期待に応えるためにも、薄暗いことを考えるのはやめよう。
彼の中で、思考が一区切りついた。
「あー、笑った……」
「良かったな。辛気臭い顔が晴れやかになったぞ」
「やっぱり辛気臭かった? ごめんね」
肩の力が抜け、微笑み返す余裕が生まれる。
彼が感じていた圧迫感や閉塞感が、嘘のように晴れていた。
ユカが背けていた顔を、ちらりとアメリアへ向ける。表情はまだ、不貞腐れたものだった。
「大丈夫だよ、敬称とかなくて。話し方もそのままでいいし」
「良いのか? 私は馴れ馴れしいぞ?」
「だから今更『様』とかつけられても、変な感じがするなあって」
「なるほど。既に毒されてしまったか」
嘆くように額を押さえたユカが、緩く頭を振る。これが母上の策か……。何かをぶつぶつ呟いていた。
彼女が顔を上げる。青の瞳は印象的だった。
「では、ありがたく呼び捨てにさせてもらおう、アメリア」
「うん。改めてよろしくね、ユカ」