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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
2/27

婚約者のお兄さん

 さて、困ったものだ。これまでにも縁談はやってきたが、何とか回避出来ていた。

 しかし今回は母上も乗り気とあって、容易には断れない。

 おまけに先方はこちらの家柄よりも地位が高いため、お断りの言葉は困難を極めている。

 ……さて、困ったものだ。



 久しぶりに身につけたドレスは窮屈なもので、思わずため息をついてしまう。

 髪は長さを誤魔化すために団子にされているが、それ以上に誤魔化しの利かないものが、この性格だ。


 自分の前世が男だと自覚して以来、女性らしい仕草が苦痛になった。

 言葉遣いが特に顕著だろう。とてもではないが、母親の真似をすることが出来ない。


 自分が「ですわよ」なんて口にした日には怖気が走る。

 苦肉の策が、見た目を少年っぽくすることだった。


 当初はそれはそれは反対があった。

 母に倒れられた回数も、一度や二度ではない。

 それでもこれが最後の我がままだと訴え、なし崩しで今に至る。

 父は寛容だったが、母は諦めたようで、それでも見放さずにこうして目にかけてくれる。

 貴族社会で奇行とも呼べる行動を見逃してもらえることは、私にとって何よりの幸福だった。



 しかし、だ。縁談はさすがに不味い。

 こんな不良品を押し付けては、先方に不躾だろう。

 一時的に猫を被るにしても、相手にどれだけの見合い話が持ち込まれているのか未知数だ。


 大多数の中のひとりであれば、断るのも容易かろう。

 問題なのは、少数、あるいは私ひとりだったときの場合だ。

 こういうとき、母譲りの整った見た目は足枷になる。

 出来るだけ穏便に破談へ持ち込みたいが、いやしかし、どうしたものか……。




 アルタータ卿の屋敷に着き、簡単な挨拶を済ませる。

 案内された部屋へ到着し、開かれた扉に慣れない礼をした。


「お初にお目に掛かります。ユカ・ルクレシアと申します」

「……ようこそ、ぼくはアメリア・アルタータ」


 変声期前の静かな声音に、はたと顔を上げる。

 立ち上がった少年に、目眩に似た感覚を覚えた。


 怒涛のように脳裏を過ぎたのは、嘗ての妹と遊んだゲームの内容だった。

 走馬灯で見た符合箇所が、ピースがはまるように音を立てて隙間を埋めていく。



 私、ユカ・ルクレシアは、アメリア・アルタータの婚約者となるが、将来的に婚約破棄され、国外へ追放される。

 それはゲームのシナリオであり、この世界に散りばめられた用語が世界観を示しており、私は17の年に全てを失うことを意味していた。


 ……不味いな。非常に不味い事態に出くわしているな……。


 呆然と硬直した私に、アメリアと名乗った少年が訝しむような顔をした。

 珈琲のような髪色と、常盤色の目が窓から差し込む逆光を背負う。

 大人しそうな憂いた表情と、引き結ばれた唇。

 すらりと伸びた手足は線の細い印象で、少年と青年の境目にいる彼の第一印象は、場違いながらも儚いだった。

 咄嗟に我に返り、慌てて口を開く。



「すまない。知り合いに似ていたため、少々驚いた」


 開いた口から飛び出た自分の言葉に、再び硬直する。

 ……やっちまったぜ……。母上、面目ない……。


 静かに天井を見上げる。

 想定外の記憶開示に動揺したのは事実だ。この縁談の先に、私の破滅が待っている。

 何の準備もなく、7年後に死ぬ思いをすると告知を受けたのだから、気だって遠くなる。


 それとは別に、母上に口酸っぱく注意を受けていた話し方を、こんなにもあっさりと披露してしまった。

 二重の苦痛に、このまま速やかに帰りたい。


 しかしどうやら困惑しているのは少年も同じらしい。固く結ばれていた唇が、ぽかんと緩んでいる。

 ……気持ちはわかるぞ。見合い相手が粗野な話し方をしているんだ。普通の感性ならお断りだろう。

 もう一度胸中で母上に謝罪し、意を決して口を開いた。


「礼に欠く言動、誠に申し訳ない。これでわかったと思うが、もしも縁談を成立させたいのなら、他の御令嬢をお勧めする」

「いや……、えっと……、……まあ、座って……?」


 指し示された対面のソファに、長居するつもりはないのだが……胸中で肩を落とす。

 大人しく指示通り腰を下ろし、澄まし顔の使用人からお茶をもらった。

 困惑顔のアメリアは視線を俯けており、時折それがこちらへ向けられる。


 ……母上には申し訳ないが、可能ならば縁談をここで破談させたい。

 どうも私は将来国を追い出される運命にあるらしく、家名を傷つけないためにも、不穏の芽は早々に摘みたい。


「……きみにも事情があるのだろうけど、ぼくの話を聞いて欲しい」


 ため息混じりに前置きしたアメリアは、年上だと聞いていたが、気弱そうな印象が年齢を下げて見せた。

 臙脂色のリボンタイを首許に、仕立ての良いベストが家柄の良さを物語っている。


「ぼくにはまだ、婚約者がいない。けれどもぼくの家は優良物件らしい。……たくさんの縁談や紹介に困っている」

「顔が良いことも加味されるだろう。きみの見目はとても整っている」

「……ありがとう。……だけど、正直ぐいぐい来られて、……本当に困っているんだ」


 長い睫毛を伏せて、疲弊したようにため息をついた彼に、顔が良いのも大変だな。軽く相槌を打つ。

 益々彼が気鬱そうに息を吐いた。


「それで、誰からの縁談も受けないきみと婚約関係になれば、きっと周りも静かになると思ったんだ」

「ふむ。つまり虫除けか」

「……あえて避けて言ったんだけどな……」


 じと目で睨まれ、けらりと笑みを返す。

 しかし、利用目的の婚約か……、成る程、考えたな。


 ……ならばこの縁談を逆手に取れば、上手く破談出来るのではないだろうか?

 相手の提案は仮契約だ。

 私自身、持ち込まれる見合い話を延々蹴り続けることは難しい。……これは思わぬ良案ではないか?


 きらりと閃いた私の脳細胞が、嬉々とした提案を持ち上げる。

 にんまり、持ち上がる口角を抑えることが出来なかった。


「では、期限を決めよう」

「そんなあっさり決めるの!? だって、ぼく、」

「なに。母上孝行をしたいと思っていたところだ。それで? 君はいつまで婚約関係を続けたい?」


 唖然とした顔で、衝動的に浮かせた腰を、アメリアが再び座面へ落ち着ける。

 ゲーム画面で見た彼より遥かに幼い顔が、呆然とこちらを映していた。


「あっさりしてるね……。……出来れば、ぼくの卒業まで」

「心得た。もしも契約途中に良い人を見つけたら、遠慮せずに言ってくれ。その時点で契約終了だ」

「……きみ、すごく変わってるね」

「よく言われる」


 呆れ顔に微笑み返す。

 この提案ならば、ひと時でも母上を喜ばすことが出来る上、上手くいけば国外追放も防ぐことが出来るだろう。

 自身の案に頷いた。

 期間限定の婚約者ごっこ。愛がないからこそ出来る技、我ながら名案だ。


「私は喋るとボロが出るからな。君と公式の場へ行くときは、口を噤んでいることにしよう」

「……本当に、いいの……?」

「構わない。私も縁談に困っていたところだ。利害関係の一致。そう考えてみてはどうだろうか?」

「……ぼくより小さいのに、難しい言葉を知ってるんだね」


 アメリアのしみじみとした言葉に、そういえば自分がまだ10歳の子どもだったことを思い出した。

 知識だけが嵩んでいる分、年齢の感覚があやふやになる。

 恐らく享年を追い越せば、目立った言動も紛れるだろう。……享年がいつかは知らないけど。


 ソファから立ち上がり、右手を差し出す。

 きょとんと瞬いた常盤色の目を見下ろし、これからの共犯者へ笑みを贈った。


「では、異論がなければ、君は今日から私の婚約者だ。よろしく頼むよ」

「ありがとう、……しばらくの間、よろしくね」


 重ねられた手のひらが、緩く握られる。

 私の手をあっさりと包んでしまえるそれに、初めて彼を年上の少年なのだと認識した。

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