表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り2年
19/27

健康になれる水

 母上から聖水をもらったが、正直私は、健康になれる水も、幸せになれるアクセサリーも、あやしい壷も買わない主義だ。


 すまない、母上。うさんくさいんだ、この水。なんか白いもやに包まれているし……。


 とはいっても、もらった手前、水が減らないとあやしまれる。

 どうしたものか……。

 うんうん唸りながら、自室の窓を開けた。


「そうだ! イオリ、イオリ! 来てくれ!!」


 はっと目に留めた緑に、天啓を得る。

 すぐさまイオリを呼び、駆けつけた彼に外出を強請った。






「ユカ様、そちらは?」

「ミントだ!」


 小型のプランターを窓辺に置き、不思議そうなイオリに胸を張る。

 中に植えた緑の葉は、繁殖力の旺盛なミントだ。これならば、ちょっとやそっとでは枯れないだろう!


 ふふん! まさかこんなにも早く、食べられる野草の知識を活かせるとは思わなかったな!


 食べものというよりハーブだが。もっというと、誰でも知っているような植物だが……。



 霧吹きに、くだんのあやしい水を入れ、ミントに吹きかける。

 霧に紛れて、白いもやがうっすらと漂った。……聖水って、薄めても根強いんだな。


「これから育てようと思うんだ!」


 私の代わりに聖水を飲んでもらうためにな!


 心の声を飲み込み、イオリに事実だけを伝える。

 感動したように口許を覆ったイオリが、染まった頬を緩めた。

 ……イオリは今年21歳になるが、相変わらず私に対してでれでれだ。心配だ。


「大変素晴らしくございます!」

「そんなに褒めないでくれ。相手は滅多に枯れないミントだ」

「いいえ! ユカ様の慈愛を一身に浴びるなど、雑草の分際でなんと光栄なことでしょう!」

「イオリ? それはどこ目線なんだ?」


 ふふっ、黒髪の青年が微笑む。見た目の清浄さと飛び出した言葉のギャップに、私は風邪を引きそうだ。


 私の前で跪いたイオリが、壊れものを扱うかのような仕草で、私の手を取った。

 ……なあ。私は15の小娘なんだが、仰々しくないか?

 例えこの屋敷の一人娘だとしても、この扱いは丁重すぎないか?


「ユカ様、これからもご用のある際は、一番にこのイオリをお呼びください」

「いつも呼んでいるだろう?」

「はい。……これからも」

「わかった、わかった」


 どうやらイオリは、舞い込む縁談を全て断っているらしい。

 彼が何を思っているのかは知らないが、21ともなれば、適齢期もとうに越している。

 ……まあ、イオリの顔ならば、もらい手などいくらでも見つかるだろう。


 神子が誰を選ぶのかは知らないが、そういった部分もゲーム通りなのだろう。

 攻略対象が結婚してしまえば、話の内容が昼ドラの愛憎劇になってしまう。


 それはちょっと……個人的にいただけない。私の大切な友人たちには、是非とも幸せになってもらいたいからな。



 イオリの頭をぽんぽん叩く。クリスと接するうちに、味をしめた節がある。

 普段は身長のせいで絶対にできないが、今ならイオリは屈んでいる。チャンスだ!


 呆然と私を見上げたイオリが、そのままぽてんと倒れた。

 安らかな顔をしていた。意識がなかった。

 いや、待て。慌てて彼の肩を揺する。「ゆかさま……」おぼろ気な声がした。いやいや!!


「イオリ!! しっかりしろ!!」


 私がふれると、きみは気絶するのか!?

 今後私は、きみとどう接すればいい!?




 *


 早速だが、ミントが枯れた。

 冗談みたいだろう? あの繁殖力の強さと、強靭さで有名なミントが、だ。

 聖水を与えて三日目くらいから、葉の端が茶色く変色していた。

 まさかと思って与え続け、二週間で枯らしてしまった。


 ……聖水の含有量は、ティースプーン一杯分だぞ?

 それで枯れるのか?

 何なんだ。ミントには与えてはいけない成分でも含まれていたのか?


 途方に暮れる私を、イオリが励ましてくれた。

 ……いや、本当はもうひとつ、大きな気掛かりがある。


 この頃、母上が床に伏せているんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ