健康になれる水
母上から聖水をもらったが、正直私は、健康になれる水も、幸せになれるアクセサリーも、あやしい壷も買わない主義だ。
すまない、母上。うさんくさいんだ、この水。なんか白いもやに包まれているし……。
とはいっても、もらった手前、水が減らないとあやしまれる。
どうしたものか……。
うんうん唸りながら、自室の窓を開けた。
「そうだ! イオリ、イオリ! 来てくれ!!」
はっと目に留めた緑に、天啓を得る。
すぐさまイオリを呼び、駆けつけた彼に外出を強請った。
「ユカ様、そちらは?」
「ミントだ!」
小型のプランターを窓辺に置き、不思議そうなイオリに胸を張る。
中に植えた緑の葉は、繁殖力の旺盛なミントだ。これならば、ちょっとやそっとでは枯れないだろう!
ふふん! まさかこんなにも早く、食べられる野草の知識を活かせるとは思わなかったな!
食べものというよりハーブだが。もっというと、誰でも知っているような植物だが……。
霧吹きに、くだんのあやしい水を入れ、ミントに吹きかける。
霧に紛れて、白いもやがうっすらと漂った。……聖水って、薄めても根強いんだな。
「これから育てようと思うんだ!」
私の代わりに聖水を飲んでもらうためにな!
心の声を飲み込み、イオリに事実だけを伝える。
感動したように口許を覆ったイオリが、染まった頬を緩めた。
……イオリは今年21歳になるが、相変わらず私に対してでれでれだ。心配だ。
「大変素晴らしくございます!」
「そんなに褒めないでくれ。相手は滅多に枯れないミントだ」
「いいえ! ユカ様の慈愛を一身に浴びるなど、雑草の分際でなんと光栄なことでしょう!」
「イオリ? それはどこ目線なんだ?」
ふふっ、黒髪の青年が微笑む。見た目の清浄さと飛び出した言葉のギャップに、私は風邪を引きそうだ。
私の前で跪いたイオリが、壊れものを扱うかのような仕草で、私の手を取った。
……なあ。私は15の小娘なんだが、仰々しくないか?
例えこの屋敷の一人娘だとしても、この扱いは丁重すぎないか?
「ユカ様、これからもご用のある際は、一番にこのイオリをお呼びください」
「いつも呼んでいるだろう?」
「はい。……これからも」
「わかった、わかった」
どうやらイオリは、舞い込む縁談を全て断っているらしい。
彼が何を思っているのかは知らないが、21ともなれば、適齢期もとうに越している。
……まあ、イオリの顔ならば、もらい手などいくらでも見つかるだろう。
神子が誰を選ぶのかは知らないが、そういった部分もゲーム通りなのだろう。
攻略対象が結婚してしまえば、話の内容が昼ドラの愛憎劇になってしまう。
それはちょっと……個人的にいただけない。私の大切な友人たちには、是非とも幸せになってもらいたいからな。
イオリの頭をぽんぽん叩く。クリスと接するうちに、味をしめた節がある。
普段は身長のせいで絶対にできないが、今ならイオリは屈んでいる。チャンスだ!
呆然と私を見上げたイオリが、そのままぽてんと倒れた。
安らかな顔をしていた。意識がなかった。
いや、待て。慌てて彼の肩を揺する。「ゆかさま……」おぼろ気な声がした。いやいや!!
「イオリ!! しっかりしろ!!」
私がふれると、きみは気絶するのか!?
今後私は、きみとどう接すればいい!?
*
早速だが、ミントが枯れた。
冗談みたいだろう? あの繁殖力の強さと、強靭さで有名なミントが、だ。
聖水を与えて三日目くらいから、葉の端が茶色く変色していた。
まさかと思って与え続け、二週間で枯らしてしまった。
……聖水の含有量は、ティースプーン一杯分だぞ?
それで枯れるのか?
何なんだ。ミントには与えてはいけない成分でも含まれていたのか?
途方に暮れる私を、イオリが励ましてくれた。
……いや、本当はもうひとつ、大きな気掛かりがある。
この頃、母上が床に伏せているんだ。