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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
13/27

すくすく育つうわさ話

「な、笑えるだろ?」

「笑えねーよ」


 クリスとのんびりひなたに座りながら、街に飛び交う私の噂について話す。

 眉間に皺を寄せた彼は、その美麗な顔を台無しにしていた。苛立ちのこもった目付きは鋭い。


「何だよ、それ。全然ユカとちげーじゃんか」

「ああ。だからこそ、今後この噂がどう成長するのか楽しみなんだ」

「どこが!!」


 憤慨だと、勢い良く立ち上がったクリスがこちらを見下ろす。

 まあまあと彼の聖歌隊の制服を引き、座るよう促した。

 怒声を必死に耐え、彼が乱雑に腰を下ろす。


「私を知らない人は、私のことを『金遣いも人使いも荒く、傲慢で嫉妬深く、三分毎に愛を囁かなければ張り手を繰り出す、化粧と宝飾品にまみれた令嬢』だと思っているんだ。大体合っているだろう?」

「どこがだよ!? あんたが化粧とか着飾ってるところとか見たことねーし、三分以上一緒にいても張り手なんて飛んでこねーし、金遣いは知らねーけど、嫉妬深くはないだろ!?」

「ふむ、残ったものは『人使いの荒い傲慢な令嬢』か」

「令嬢とか!」

「すまんな、クリス。私は金持ちの娘だ」

「嘘つけ!!」


 盛大に否定され、私の男装は最早完璧の域にいるんじゃないかとの自信が湧く。

 いや、ディック辺りは私が小娘なことに気付いているか。あと、市井のご婦人方も。

 ……年齢層が上がるとばれてしまうのか。そうか、今後の課題だな。


「あーッ! 腹立つ!!」

「ははは、きみは優しいな。私の代わりに怒ってくれるのか」

「あんたが怒らないから、余計苛つくんだよ! もっと怒れよ!!」

「怒ると疲れるだろう?」

「年寄りくさいな!」


 少なくとも、私の中身はそれなりに年を食っているぞ?


 この噂話によって、治まっていたアメリアへの縁談話が、再び火を噴いたらしい。疲れ切った顔の彼が、そう零していた。

「噂のような娘と婚約するくらいなら、うちの娘とどうか」「わたしは束縛などいたしません」などなど、語られる内容に笑ってしまった。


「このまま、『熊を素手で倒した』といった武勇も加わればいいんだが……」

「いいのか!?」

「『馬のように走れる』でもいい」

「怪人かよ……」


 ぐったりとため息をついたクリスが、私の膝に寝転がる。きみ、私の扱いが自由過ぎないか?

 こちらに背を向ける金糸をぺんぺん撫でた。相変わらず手触りの良い髪だ。


「クリス、風邪を引くぞ」

「へーきだよ、こんぐらい」

「あと膝枕は、友人同士ではやらんぞ」

「……誰とならやるんだよ」

「恋人か、介抱のときだな」

「じゃあ俺、今具合わりーわ」

「……そういうことにしておいてやる」


 繊細な毛先へ指を滑らせ、緩やかに髪を梳く。

 クリスのことを甘やかしている自覚はあるが、いつかはきちんと分別出来るよう、話をしなければならない。

 彼が悪い大人に誑かされないためにも、私がしっかりと教えねば!




 *


 ユカ・ルクレシアの悪評に、『男を何人も囲っている』との噂が追加されたらしい。

 10歳の女児にどんな業を背負わせているんだと呆れてしまうが、やはり個人的に『熊を素手で倒した』を加えてもらいたい。

『大蛇を片手で往なせる』でもいい。求む、武勇。


 この噂話で最も被害を被っているのは、アメリアと父上だろう。

 私個人はといえば、あまりにも噂が私から剥離してしまい、周囲は私を『渦中の人間』だと認識出来ないらしい。


 なので私は、何ひとつ変わることなく生活を送ることが出来ている。

 今日の目的地は、フランのパン屋だ。イオリと手を繋ぎ、ゆったり歩く彼を引っ張る。


「イオリ、急げ! パンが売り切れる!」

「売り切れていれば、他のパンを購入すれば万事解決します」

「本当にそれで事足りるか? パンには色々と種類があるんだぞ?」

「……そうですね。……ユカ様に最良を」


 にこりと笑んだイオリが歩く速度を私に合わせる。

 ……始めからその速度で歩いてくれれば良いものを、イオリは意地悪だな。


 フランの店からは、小麦を焼いた良いにおいが漂っていた。

 ドアベルが涼やかな音を鳴らし、店番していた少年がこちらを振り返る。

 挨拶の言葉が中途半端に途切れた。


「ユカくん! いらっしゃい。来てくれて嬉しいよ!」


 ぱっと表情を輝かせたフランが、レジの前からこちらまで駆けてくる。

 ふわふわの飴色の髪が、柔らかそうに弾んで揺れた。

 桃色の目を輝かせた彼が、嬉しくて堪らないとばかりに私の手を取る。


「聞いて! あれからあの恐い人たち、来なくなったんだ!」

「そうか、それは何よりだ!」


 フランのパン屋は、リキュー卿より搾取の対象とされていた。

 無償で商品であるパンを提供させられ、反抗すれば暴力を振るわれる。フラン親子は怯えていた。


 その取り立て現場にたまたまイオリと居合わせ、ならずもの等をうちの従者が往なしてくれた。

 後日新聞にリキュー卿の話題が載っていたが、どうやら市井の目に触れ、警備隊が動いたことにより、他貴族からの白眼視があったらしい。

 リキュー卿も当分は横柄な態度に出られまい。


 喜色満面、頬を紅潮させたフランが、私の手を上下にぶんぶん振る。


「本当にありがとう、ユカくん! ユカくんのおかげだよ!」

「礼ならイオリに言ってくれ。私は何もしていない」

「ううん。ユカくんがうちを気に入ってくれたから、イオリさんが助けてくれたんだよ!」


 私から手を離したフランが、勢い良く頭を下げる。

「本当に、ありがとうございました!」重ねられる謝辞の言葉がくすぐったい。

 ちらりとイオリを見上げると、にこにこと整った外面の笑みを浮かべていた。……こうやって見ると、イオリは本当に清浄な見た目をしている。


「構わない。助けになれたなら幸いだ」

「えへへ。ユカくんは、僕たちを救ってくれた神子様だよ!」

「それはちょっと大袈裟過ぎないか?」

「そんなことないよ!」


 へにゃりと表情を崩したフランが、思い出したようにレジの裏へ行く。

 何かを取り出した彼が店内を一望し、店員の顔へ戻った。

 客の切れ間なのか、私たち以外に人がいない。


「ユカくん、これ、今うちでみんなにおまけしてるジャムなんだ」

「ほう、豪傑だな」

「今日だけね。こっちはイオリさんの分。ふふっ。さ、ご注文は?」

「バゲットをひとつ頼みたい」

「いつもありがとう!」


 嬉しそうに微笑み、手際よくフランがバゲットを袋に包む。

 ジャムの瓶には見慣れない果物のラベルが貼られてあり、財布を取り出しながらしげしげと眺めた。

 紙袋へ入れられたそれを見詰め、フランにパン代を手渡す。にっこり笑った彼がお釣りを両手で手渡した。


「はい、おつり。……またね、ユカくん、イオリさん」

「ああ。またな、フラン」


 パンと紙袋を抱えたイオリが会釈し、私へ白手套に包まれた手を差し出す。

 彼の手を握り、ひらひら手を振るフランへ手を振り返した。涼やかな音を立てて、扉が閉まる。


「良かったな、イオリ。フランも喜んでいたぞ」

「ユカ様に喜んでいただけるのでしたら、いくらでも」

「そこまで窮地に立ち会いたくないがな……。だが、私も嬉しい」

「有り難き幸せ!!」


 清浄な見た目を遺憾なく発揮させ、イオリがキラキラと眩しい笑みを向ける。

 お、おう……。きみに喜んでもらえて、私も嬉しいぞ……。

 鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌なイオリに、きみは本当にそれでいいのか? 問い掛けたくなった。


 帰宅後、ふたつもらったフランのジャムを母上に紹介した。母上も喜んでくれたのか、表情が柔らかい。

「朝食にいただきましょう」と笑ってくれたため、後日フランにお礼を言いに行こうと、固く決意した。

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