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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
12/27

王子様襲来

 イクシス王子の誕生会から一夜明け、世間には『性格の悪い婚約者に捕まった、可哀相なアメリア様』の噂が広まった。

 解せぬ。突然プレゼント扱いされた私と、三文芝居で撒かれた憐れな王子は何処へ消えたんだ。


 尾ひれはひれのついた噂話は、相当な悪女へと成長していた。


 凄いな、ユカ・ルクレシアという女は。

 六頭の白馬に金色の馬車を引かせ、歩く道には全て赤絨毯を敷かせるそうだ。

 王子の誕生会にも関わらず、けばけばしいほどの化粧を施し、シャンデリアと見紛うほどの装飾品を身に纏ってやってきて、意地汚く料理を食い荒らしたそうだ。


 ……なあ、冗談だろう? 私はまだ10歳なんだが、いくつを想定した話をしているんだ?



 恐らく、ここまで噂話が肥大化した理由に、私が外部へ露出しないことが含まれるだろう。

『偏屈』という前情報以外、私は社交界に顔を出さない。

 空想にゆとりのある人物像は、さぞかし虚像を練りやすいことだろう。


 そして何より、アメリアの見目は整っている。更には彼の家は財力もある。

 顔良し、家良し、金良しと揃えば、飛びつかない方が不思議だろう。

 そんなアメリアを独占している醜女。これだけで観劇の台本が作れそうだ。

 そう、瑞々しいゴシップのネタだ。


「すまんな、母上。父上にも面倒をかける」

「構いません。人の噂など、すぐに廃れます」


 レースを編む母上の正面に座り、テーブルに頬杖をつく。

 給仕するイオリはぷんぷんと怒っており、「ユカ様の素晴らしさを解さない低俗なゴミ虫め。愚弄するその口、二度と使えぬよう刎ねてしまおうか」等々呟いていた。……頼むからやめてくれ。


 エレナはエレナで静かに包丁を研いでいたので、彼女も彼女で犯罪を犯さないよう懇々と説得した。

 彼女は美しいまでの微笑みを浮かべ、「ご安心ください、ユカ様。こう見えて、捌くのは得意にございます」全く聞いてくれていなかった。


 何故うちの使用人はこうも殺意が高いのだろう? 頼むから手を汚さないでくれ……。


 ひたすら肉をミンチにする厨房も、やたらと掃除に走るメイドも、色柄まで落ちるのではないだろうかと疑うほど洗濯するメイドも、皆落ち着いてくれ。

 私は大して気にしていないんだ。


「……なあ、母上。養子を取らないか?」

「何を寝惚けたことを言っているのです」


 しれっとした声音で、私の提案を母上が一蹴する。

 いつも通りの仕草でレースを編み、普段通りお茶を嗜んでいる。


 母上はその繊細な見た目に似合わず、些細なことには気にしない。

 ……そうでもなければ、偏屈と悪名で有名な娘の母親など務まらないか。


「嫡子は男子が鉄則だろう」

「あなたが心配することではありません」

「心配くらいさせてくれ。私では家督を継げん」

「わたくしも、昔はそれはそれは色々と言われました。やれ女狐、やれ悪女。そのような雑言、放って置けば良いのです」


 母上はレースを紡ぐ手を止めない。教本の朗読ような淡白な声で、そう告げる。

 ……これではまるで、私が傷心しているようではないか。憮然とした調子でそっぽを向いた。


「……今回の件を気にかけているわけではない。勘違いしないでくれ」

「ええ。あなたはあなたのまま、ただ元気にいてくれれば良いのです」


 母上相手に勝ち目など、到底見込めるものではない。

 私の両親は、それはそれは一人娘を溺愛している。過保護だと言っても過言ではない。

 降参だと両手を挙げ、席を立つ。自室へ戻ろうとしたところで、ひとりのメイドが血相を変えて現れた。


「お、奥様! たいへん、大変でございます!!」

「どうしたのですか」

「おっお客様が、その、たった今、お見えになられて……!!」


 慌てふためく彼女の告げた来訪者の特徴に、緩やかな午後が強制的に終了させられた。






 自宅の応接間にいる、金髪に赤目の少年。

 昨夜生誕を祝ったばかりの彼が、いくつになったのかを私は覚えていない。

 光を受ける金糸は繊細で、黙っていれば母方似の美人だろう。そう、黙っていれば。


「遅いぞ! いつになったら、ユカ・ルクレシアは来るんだ!?」


 苛立たしげにテーブルをこつこつ鳴らし、ここにいるはずのない王子様がソファにふんぞり返っている。


 何故だ。何故きみがここにいる?

 私はきみの名前も覚え切れていないというのに、何故私の家を知っている?

 あとな、そのユカ・ルクレシアとやらは、ここにいるぞ?


「……どのようなご用件でしょうか」

「おい! 俺はあの女を出せと言っているんだ!」


 私がその女だが?

 憤慨している王子様は、どうやら私のことがわからないらしい。


 改めて自分の装いを振り返る。

 今日もズボンとベストと白シャツだ。サスペンダーまでついている。

 ふふん、どうやら私の男装技術は、相当なようだな。誇らしく思うぞ。


 しかし昨夜悪女を演じ切った手前、男装しているものが私だとは言い出しにくい。

 ……こいつも今日限りでとっとと帰るだろう。

 国の宝がそう易々と他人の家になど上がり込めはしまい。

 よし。私は架空の弟になる。


「姉はただいま留守にしております。ご用件はこちらでお伺いいたします」

「留守だと!? この俺がいながらにしてか!」

「……失礼ですが、今一度お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「イクシッ、……イクスだ。イクスと呼べ」

「畏まりました、イクス様」


 ああ、そうだ。イクシス王子だ。

 お世継問題で少々耳にする程度でしか、彼の名前を聞くことがなかったな。


 激昂した彼がそっぽを向き、むすりと偽名を名乗る。

 ……ふむ、お忍びか。道理で付き人の数が少ないわけだ。

 しかし王家の馬車で来てしまっては、周知しているも同然だぞ?


「ユカは何処にいる」

「……新しいドレスの仕立てに」

「嘘だな」


 赤目がぎりりとこちらを睨み、不機嫌そうに……便宜上イクスとしよう。彼が腕を組む。

 自分の屋敷なのに着席すら出来ない私は、対角線上に立ったままだ。


「ルクレシア家は仮にも貴族だぞ? 何故高慢きちな娘が、わざわざ自分の足を動かしてまで仕立て屋に通うんだ。呼びつけるだろ」

「なるほど。では私も騙されていたようです。残念ですが、私も姉の行方を存じ上げません」

「ちっ」


 な、なるほど……? ドレスの仕立てなど碌にしたことがないから、そのような仕組みだとは思いもしなかった。


 ことあるごとに外出を強請る私だ。仕立ても採寸も、エレナを引き連れて直接仕立て屋へ赴いている。

 マダムの仕事部屋は数多の布やレースや型紙に埋もれていて、見ていて面白い。

 マダムが歓迎してくれるため忘れていたが、そうか、貴族とはそういう生き物だったな……。


 舌打ちしたイクスがそっぽを向き、苛立ったように足を組む。

 ……誤魔化せただろうか? 架空の私の悪行がどんどん膨らむのだが、私は彼を誤魔化せているだろうか?


「イクス様は、姉にどのようなご用件がおありでしょうか?」

「あいつのついた嘘を、暴きに来た」


 おい、やめろ。仮にも女性のミステリアスな一面に、土足で踏み入るなど言語道断だぞ。


 私の内情など構うことなく、イクスが眼光を強める。

 彼は確か、11か12歳の我がまま王子のはずなのに、何故こんなにも理路整然としているんだ?

 ならば他人の婚約者を奪略しようなどと考えてくれるな。事の発端はそこだぞ。


「嘘、ですか。それはどういったものでしょう?」

「あいつは『婚約者が右足から歩くと手を抓る』と言っていたが、アメリアは俺の前から去るとき、右足から歩いていた」


 目敏いな。そしてよく覚えていたな、その文言。

 私はすっかり忘れていたぞ。これが加害者と被害者の関係か。


「だからあいつは母上の狂言に乗ったのだと推測した。おい、お前。ユカは本当は何処にいる?」

「……申し訳ございません。私も、姉の行方を存じ上げません」

「あとな、ここに来る前に、ルクレシア家についても調べてきた。ルクレシア家には一人娘しかいないはずだが、お前は一体誰だ?」


 じっとこちらを窺う赤色の目に、言葉を詰まらせる。

 ……どうも私は相手の力量を見誤っていたらしい。

 誰だ我がまま王子だとの情報しか風潮して回らなかったやつ。まさかの観察眼ではないか。

 王妃の狂言に気付いている辺り、あの親にしてこの子ありというやつなのか?


 どうやって乗り切ろうか。ここまで来て名乗り上げるなど、ごめんだぞ。

 握り締めた手に力が篭る。顔を俯かせ、思考を巡らせた。


「申し訳ございません、私のことは……他言しないでください」


 すまん、イクス。いつか誰か、大人の人に正解を教えてもらうんだぞ。

 私は私で、嘘を塗り重ね過ぎて、最早始めの嘘を忘れているんだがな。


「私は、余り身体が丈夫ではありません。本当は外で走り回りたいと願っているのですが、それも叶わず」

「そ、そうか。……おい、そこに座れ。お前の家なんだろう、遠慮するな」

「お言葉に甘えて」


 驚いたような顔をしたイクスが、顔を背けてソファを示す。

 騙している現状は心苦しいが、存外にきみはいいやつだな。見直した。


 対面に腰を下ろし、エレナが私の前に紅茶を置いた。

 ……私の予定では、とっくに追い返せているはずだったんだがな。


「姉もあれで、高熱に伏していた時期があります。両親は少々過保護な性質で、その……」

「そうか、わかった。お前のことは、俺の中で秘匿としよう」

「有り難き幸せ」

「い、いいか! 俺はただのイクスだ! そう畏まって話すな、疲れる!」

「かしこ……わかった」


 言葉遣いを眼光で捻じ伏せられ、強制的に口調を改めさせられる。

 今なら私を不敬罪で打ち首に出来るぞ。


「……イクス、ひとつ指摘させてくれ」

「何だ?」

「馬車が、物々しい」

「……しまっ、あ、あれは借りものだ!!」


 一瞬頭を抱えた少年が、必死に取り繕って弁明する。

 何処の世界に、王族専用の馬車を借りるものがいるのかわからないが、どうやらそうらしい。

 私も嘘で塗り固めた上で彼と会話している。お互いの均衡として、多少の粗には目を瞑ろう。


 羞恥に頬を染めたイクスが、剥れた様子でソファにふんぞり返る。彼の赤い目がこちらを向いた。


「……なあ、お前、名前は何だ?」

「ジェイ」

「そうか、ジェイか」


 即席で騙った名前を、彼が小さく復唱する。

 ひとつ納得したように頷いた少年が、徐に立ち上がった。

 連れのものへ目配せする仕草に、ようやく戦いが終わったのかと息をつく。


「おい、次回こそはあいつを引き留めておけよ」

「……また来るのか?」

「俺はあの女に一言言わねば気が済まない。いいな、縛ってでも置いておけ」

「……きみは、そう頻繁に外へ出られるのか?」

「お、俺はただのイクスだからな! 当然だ!」


 慌てた様子で鼻を鳴らしたイクスに、思わず天井を見上げてしまう。

 ……どうやら私は、何やらとんでもないことを仕出かしてしまったようだ。浅知恵など働かせるものではなかった。

 すまん、イクス。きみの純情を悪戯に弄んでしまった。


 玄関まで見送り、王家の馬車に乗る、どう見ても王子様へ帰りの無事を祈る。

 窓から顔を覗かせた彼が、ぞんざいな口調で「次は手土産くらい用意してやろう」顔を背けながら告げた。


 実はきみ、ただただ良い人だろう? 噂とは当てにならんな。

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