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男装令嬢と隣のお兄さん  作者: ちや
残り7年
11/27

王子のお兄さん

「ユカ、今度のイクシス王子の誕生パーティについてだけど、」

「すまんな、アメリア。その日は腹が痛くなる予定だ」

「それって予定なんだ」


 優雅な仕草でティーカップを手にしたアメリアが、困惑したように眉尻を下げる。

 物腰の柔らかい問い掛けへ首肯し、手許の茶器をソーサーへ戻した。


「ああ。立派な予定だ」

「……もしかして、ドレスを着たくないから?」

「何故わかった」

「何でだろうね」


 苦笑を浮かべた彼がソーサーを鳴らす。

 今日は母上の策略により始まった、アメリアとの月一の会合の日だ。

 温和な彼が告げた予定に、苦々しい心地を覚える。


 私には、どうしても克服出来ないことがある。

 そう、ドレスだ。

 この呼称を聞いただけで逃げ出したくなる。あの布の塊に対する拒絶心は凄まじいものだ。

 どれだけ母上の手を焼こうと、エレナに宥めすかされようと、イオリに褒められようと、着たくないものは着たくない。ご免被る。


「似合ってたよ」

「嫌だ」

「折角綺麗な顔をしてるのに」

「母上譲りだからな。整っていないわけがない」

「……似合ってたのに」

「さては母上の差し金だな?」


 じっとりと睨みつける私へ、悪戯に微笑んだアメリアが「ばれちゃった」小さく呟く。

 素知らぬ顔でクッキーをかじる彼に、行儀悪くため息をついた。


「きみは味方だと思っていたんだが」

「一応、婚約の発表をしないといけないからね」

「……書面では駄目か?」

「隣でじっとしてるだけでいいから。挨拶が終わったら、すぐに帰ろう?」

「……いたた、腹が痛い」

「今痛くなっても、意味がないと思うんだけどな……」


 腹を押さえてテーブルに伏せる私の背を、立ち上がったアメリアが苦笑しながら撫でる。

 勿論私の腹痛は演技だが、「大丈夫?」と気遣う声に罪悪感が刺激された。

 ……アメリア、少々お人好しが過ぎないか?


「……悪いな。もう平気だ」

「そっか。じゃあ当日痛くなっても、こうしてあげるよ」

「いたたっ、いたたたた」


 再びテーブルに伏せる私を、笑いながらアメリアが介抱する。

 く、くそう、こいつ存外に腹が黒いぞ……!? さてはきみ、策略家キャラだな!?






 イクシス・ターゲリートとは、我がままで有名な王子らしい。

 引きこもりな私は直接面会したことはないが、風の噂がそう囁いている。

 毎年誕生会が盛大で、尊大な物言いが目立つらしい。私には関係のない、雲の上の人の話だ。


 さて、件の人物の前に立つ。

 アメリアの腕に手を絡め、懸命に外面を保っているが、私の内情は大嵐で荒れ狂っている。

 誰だ、こんなドレスを用意したやつは。母上か。無理だ、勝てんな。


 アメリアに倣って、静かに礼をする。私は喋らないタイプの人形だ。


「イクシス王子殿下、アメリア・アルタータでございます。この度は12歳のお誕生日、誠におめでとうございます」

「ああ、アルタータのところのか。それで、隣は?」

「彼女はユカ・ルクレシアと申します。私の婚約者です」

「ふーん」


 玉座に退屈そうに座る王子様は、不遜な態度で足を組み、肘置きで頬杖をついていた。

 足許に黒豹などを置けば、何となく悪役に見えるだろう。

 金髪に赤目の配色も、王族らしい整った顔立ちも一役買っている。


 まあ、今後一生会うこともない。さっさと挨拶を終わらせて、絢爛な会場をとっとと出るぞ。

 そしてドレスを脱ぐ。この纏められた髪も解く。

 だからアメリア、用は済んだ。早急に帰るぞ。


「おい、お前」


 恭しく垂れていた頭に、唐突に投げかけられたぞんざいな声。

 ぎょっとして顔を上げると、そのナントカ王子があくどい顔で口角を引き上げていた。


「お前、俺の12個目のプレゼントになれ」

「……は?」

「毎年年齢の数だけプレゼントをもらっているんだ。でもな、今年は最後のひとつが決まらなかった」

「…………」

「だからお前がプレゼントになれ」


 待て。今私の理解を超えた言葉を投げられた。意味がわからん。どうしてそうなった。


 隣のアメリアへ目配せする。彼は彼で、呆気に取られた顔をしていた。

 ……駄目だ。他!

 見回した周囲の重鎮や大人たち、王子の後ろの玉座に座る国王、王妃共々、アメリアと似たような顔をしていた。

 誰か! 動いてこの王子を止めてくれ!!


「し、失礼ですが、イクシス様。彼女は私の婚約者とご紹介したはずですが……」

「だから何だ? 俺が欲しいと言ったんだ。俺のものだろう?」

「ですが……ッ」


 はたと正気を取り戻したアメリアが、懸命に擁護する。

 しかし変わらぬ不遜な態度に、彼が焦った様子で唇を引き結んだ。

 私よりアメリアの方が、腹痛に苦しんでいそうだ。顔色が悪い。

 王族への口ごたえなど、不敬罪で捕縛ものだろう。

 例え内容が相手方の無茶な要求だとして、基本的に私たちは上に逆らえない。


 王子の後ろに座っていた王妃が立ち上がり、徐に王子の肩に手を添える。

 柔らかな笑みを浮かべる妙齢の女性が、麗しい声で囁いた。


「そう、イクシスちゃんは、その子が気に入ったの」

「ああ、母上。この娘を俺の婚約者にして欲しい」

「イクシスちゃん。フィオナちゃんはどうするの?」

「知るか、あんな女!」

「あら。フィオナちゃんも、とっても美人さんよ?」

「嫌だと言ったら嫌だ! あんな口煩い女!!」


 怒り心頭とばかりに怒鳴り散らした王子様が、苛立ったように肘置きに拳を叩きつける。

 困ったように眉尻を下げる王妃様が、あらあらと頬に手を当てた。


「ねえ、あなた。あなたは温和なお方?」


 不意に振られた話題に、発言権を与えられたのだと息をつく。

 背筋を正して、にっこりと母上譲りの顔を笑ませた。


「申し訳ございません。対極におります」

「あら。どのくらい対極なの?」

「毎日新聞記事に文句を連ね、朝食に指定したクロワッサンがなければ皿をひっくり返し、婚約者が右足から歩けば手を抓るくらいには、対極にあります」

「あらあら、お転婆さんね」


 うふふ、上品な仕草で王妃様が微笑む。

 この人について行けば、私はこの窮地を脱せられるのだと確信を得た。

 即興で練り上げた空想の私の話だが、中々にめんどくさそうな人物ではないか? ふふん、王子様が固まっているぞ。


「本日も私のドレスにつき合わすため、婚約者を早朝から呼び出しました」

「まあまあ、気合い充分ね」

「はい。何時間にも渡って褒め称えさせましたので、気分は上々です」


 おい、アメリア。笑うな。

 顔を背けたアメリアが、静かに肩を震わせている。

 軽く小突くと、弱々しい仕草で患部を押さえられた。

 ……存外にノリが良いな、きみ。


 ちなみにこれは一部脚色しているが、概ね事実だ。

 呼び出したのは私ではなく母上だが。時刻についても誇張しているが。


 午前中にやってきたアメリアと、うちのイオリとエレナにひたすら賞賛され、物置に閉じこもるも無理矢理開けられ、あの手この手でドレスを着させられた。

 最後は何だったか? 普段の男装が正常な姿で、このドレスは女装だと言われたんだったか?


 事実など知る由もない王子様が、愕然とした顔で震えている。

 ふふん、きみの夢は崩させてもらった。

 私は風来坊という野望を達成せねばならんからな! きみの妻になる気などないんだよ!


「う、嘘だ!! 俺を騙そうとしているだろう!?」

「まさか。私は事実を述べているだけです」

「だったら少しは否定しろよ! 明け透けにえぐい話を公言するな!! 嘘くさい!」


 玉座から立ち上がった少年の指摘に、確かに少しやり過ぎたかと思い至る。

 中々折れない王子様に、王妃様が困ったように「あらあら」と言っていた。

 他は完全に蚊帳の外だ。誰か間に入って、私を引き摺り出すとかしても良いんだぞ?

 王子を誑かした罪とか色々でっち上げて。


 ふむと思考を一巡させる。

 私に眠れる悪役令嬢を総動員させ、アメリアへ手を差し出した。

 ここまで形にしたんだ。どうにかして『こいつは粗悪品』と思ってもらわねば。

 私は婚姻などしたくないぞ。

 この王子も確か、神子に好意を寄せるひとりだったはずだ。我が家を没落させるのは、本意ではない。


「アメリア、証明を」

「……ここで?」


 アメリアが怪訝そうな顔をしている。

 見上げた彼へ手の甲を晒し、蔑むほどの冷淡な笑みを浮かべた。

 ……引き上げた口角が引き攣りそうだ。

 それでも過去これまでで、最高に悪役らしい顔をしていることだろう。

 素直に驚いているアメリアの様子が、演技を迫真に見せた。


「いつもやっていることでしょう? 今更場所が違うからと言って、何です?」

「……わかったよ」


 私の手を取ったアメリアが跪き、手の甲に唇を寄せる。

 こちらを見上げる常盤色の目は、窺うように揺れていた。


「ユカ、今日も綺麗だよ」

「もっと気の利いたことを言えないのですか? まあ、いいです」


 玉座へ向き直り、背筋を正す。

 唖然とこちらを見詰める王子様に、悪役らしい笑顔で小首を傾げた。


「私、婚約者にはたくさん愛を囁いていただきたくございます。他への目移りなど言語道断。私を愛で、賞賛し、何よりも私を優先する方を望みます」

「な……っ、」

「ああ、申し訳ございません。私如きが王子様の貴重なお時間を浪費してしまいました。これにて失礼いたします。この度はお誕生日、誠におめでとうございます」


 呆気に取られる周囲を置いて、畳み掛けるように恭しく礼をし、アメリアの腕を掴んでそそくさと退散する。

 本音を述べるなら走りたいところだが、慣れないヒールと場所が場所で、それも叶わない。

 玉座の間を抜けてしばらく歩き、懸命に笑いを堪えるアメリアの腕を叩いた。


「おい、笑うな」

「あ、あははっ、わかった、ごめんねユカ。これからはもっと、ふふっ、愛を囁くようにするね」

「やめろ。もう充分だ。私が棺桶に入るまで必要ない」

「ユカ、ふふっ、可愛い顔が、台無しだよっ、ははは」

「きみというやつは……! おい、エスコートなどいらんぞ! 私は自力で歩く!!」


 けらけら笑うアメリアに腰と手を取られ、抑えた声量で懸命に反抗する。

 けれども変わらない体勢に、悔しさから歯噛みした。

 何が「気分は上々」だ! あんな発言をした過去の私を殴らせてくれ!

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